2024年12月20日
企業のSDGsアクションは増えるなか、デザイン性にこだわり、生活者を巻き込む取り組みは多くありません。「しかし話題づくりや興味喚起の視点から考えれば、デザインにもっと意識を向けてもいい」と、電通のアートディレクターで、アーティストとしても活動する渡辺祐さんは語ります。
渡辺さんに、SDGsへの取り組みにデザインを活用する効果、活用法のアイデアについて聞きました。
株式会社電通 第1CRプランニング局 グローバル・クリエイティブ部 アート・ディレクター 渡辺祐さん。背景の作品は、Isola Design Awardをはじめ、ヨーロッパを中心としたデザイン賞を10以上受賞した「Radiance of Nature with Urushi」
──海外で多数のデザイン賞を受賞した、渡辺さんが手がけている「Radiance of Nature with Urushi」プロジェクトについて教えてください。
渡辺さんの漆を使ったアート作品「Radiance of Nature with Urushi」
渡辺 これは、衰退の危機に直面している「漆(うるし)」と「伝統工芸」を、いかに未来に残せるかを追求するプロジェクトです。日本の伝統工芸である漆を、工芸の素材としてだけではなく、文化という視点も含めながら見直しました。
京都の漆会社、漆職人、竹職人とのコラボレーションによって、現代社会に漆の価値をどのように変換できるのかを探求しています。
──手仕事職人の衰退は、日本が抱える社会課題でもあります。渡辺さんはマテリアル、サステナビリティを軸に、デザインを通して日本の伝統工芸を研究していますが、なぜ「社会課題×デザイン」に着目するようになったのですか?
渡辺 私がSDGsへの取り組みに興味をもつようになったのは、数年前に、ある繊維商社を担当したことがきっかけでした。
自社ブランドの染色において、食品工場から出る野菜くずなどの食品残渣(ざんさ:残りかす)を染料に変えて服を染めるプロジェクトが立ち上がり、そのブランディングデザインに携わったのです。
この仕事を通して、デザインやクリエイティビティは、社会課題の解決に貢献できるのではないかと考えるようになりました。そして、ものづくりの職人ではない自分でも、デザインという立場からなら社会課題の解決に貢献できると感じ、その可能性を模索するようになりました。
その後、イギリス・ロンドンの大学院「Central Saint Martins」に留学。テクノロジー、サイエンスやカルチャーなどをかけあわせて、社会・環境問題に対しデザインがどう機能するかを考えるコースMA Material Futuresを専攻。その経験にコミュニケーションの視点を加えることで、環境やSDGsへの取り組みへの目線を変えられるのではないかと考えるようになりました。
渡辺さんは、デザインによる社会課題解決の貢献を模索し、イギリスに留学した
──「Radiance of Nature with Urushi」では漆を使っています。漆という素材に着目した理由を教えてください。
渡辺 素材としてだけではなく、歴史的また文化的な側面の魅力も感じて、本作では漆を中心にした日本人の美意識、手仕事やサステナビリティのあり方について研究しています。
漆は、日本では縄文時代から使われてきたといわれています。耐久性や抗菌性に優れた漆は、塗料だけでなく接着剤としても使われてきました。木や紙などに漆を塗り重ねて作る漆器は、欠けたり塗装が剥げたりしても、修繕や塗り直しができるサステナブルかつ生分解性のある素材です。
この漆を使い、谷崎潤一郎がエッセイ『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』で描いた、闇を美の一部として捉えるという日本古来の美意識を活用した照明をつくりました。
行灯(あんどん)や、障子(しょうじ)のようなほの暗さの中に「美」が生まれるように、明滅する光とそれを反射する漆の光沢反射で生まれる闇によって、森の中で木々の間から光が差し込むような美しい空間をつくりだすことを目的としています。
闇を美の一部としてとらえる『陰翳礼讃』の美意識と漆の光沢反射を活かし、素材の力を訴えるデザインとなっている
──イギリス留学経験のなかで、ヨーロッパのSDGsの現在地も感じられたと思います。ヨーロッパのほうが、サステナビリティへの取り組みは日本よりも進んでいるのでしょうか?
渡辺 はい。ヨーロッパでは、SDGsへの取り組みは浸透しており、サステナブルであることを前提にしたものづくり「Earth Centric Design」(人類ではなく環境や他種属を中心に据える視点)や、「Regenerative Design」(地球環境の再生への貢献)といった思想、またその背景にあるブランド哲学やナラティブを表現している印象があります。
私は2023年に続き今年も「Milan Design Week(ミラノデザインウィーク)2024」(※)にて作品を展示してきました。そこでは、素材の話だけではなく、職人の手作業で生み出されるプロダクトによって、ものを大事にする、長く使うというSDGsへの企業精神を表現している流れも感じました。
※毎年4月にイタリア・ミラノ市で開催される世界最大規模の国際家具見本市「ミラノサローネ(Salone del Mobile.Milano)」と、同時開催の「フォーリサローネ(Fuorisalone)」を合わせた総称
──「ミラノデザインウィーク2024」に出展されていた日本企業のブースもそうした潮流を意識し、SDGsやブランド哲学を大切にするものづくりをしているのでしょうか?
渡辺 そうですね。「ミラノデザインウィーク2024」に出展していた日本企業では、総合家具メーカー「カリモク」の展示が印象に残りました。
カリモクは今回、4つの展示会場で4ブランドを展示していて、そのなかのひとつが「MAS(マス)」というヒノキをはじめとする国産の針葉樹を用いる家具のブランドでした。
MASは、熊野亘さんがデザインディレクターを務め、十分に活用されない針葉樹や広葉樹を積極的に採用することで、日本における森林資源の課題に貢献し、同時にヒノキの魅力である白木の美しさをふまえた家具などをデザインしています。
プロダクトの紹介だけでなく、同時に、ヒノキという素材がいかに日本人の文化や生活に根づいたものであるかを示す展示をすることで、カリモクという企業やMASブランドが大切にしているものづくりへの姿勢、フィロソフィーを伝える場になっていたのが印象的でした。
電通のアートディレクターとして、ひとりのアーティストとして、渡辺さんは、デザイン×社会課題の可能性を常に模索している
──近年は生活者も、企業やブランドのSDGsへの取り組み姿勢を厳しく見ています。企業のサステナビリティへの取り組み背景や想いをプロダクトでも感じさせることがますます重要になっているといえますね。
渡辺 そうですね。最終的な商品の美しさや使いやすさはもちろんですが、商品ができるまでの過程がきちんとサステナブルであるか、ブランドが打ち出している理念と実際の行動が伴っているかどうかという生活者の視点は、ここ数年さらにシビアになっていると感じます。
ただ、逆に言うと、そこが一致していればブランドのファンになる、購入の動機になるという傾向が高まっていると見ることもできます。
ファンや生活者のためにSDGsへの取り組みをするというのではなく、企業がSDGsへの取り組みを進めることがファン獲得につながり、それが企業の成長や発展につながっていくことを、あらためて考える段階にきているのではないかと思います。
──生活者の視点もシビアになるなか、デザインを活用することは、企業のSDGsアクションにどんなメリットがあると思いますか?
渡辺 ビジュアライズ、可視化できるデザインの力は、生活者や社会の人々の注目を集める上で非常に有効な手段だと考えます。
たとえば、廃棄物を活用した商品では、どうしてその廃棄物でその商品を作ったのか、その商品を消費者が買うことで課題の解決に貢献できるなど、素材だけではなく商品やブランドのもつストーリーや理念、ナラティブがしっかりと設計されることで、より多くの人々の賛同を得ることができます。
日本は、ヨーロッパと比べると、SDGsへの取り組みはまだ十分ではない印象です。これを加速させるためには、生活者をより巻き込んでいくことが必要であり、そのなかでデザインのチカラが発揮されるケースもあるように思います。ぜひ、企業やブランドの方には、SDGsへの取り組みにデザインのチカラをもっと活用してほしいですね。
「SDGsへの取り組みに、デザインのチカラをもっと活用してほしい」と話す渡辺さん
──SDGsは「取り組むこと」以上に「取り組み続けること」が大事だと言われます。アクションを続けるためにもデザインの力は効果があるのではないでしょうか。
渡辺 そう思います。留学先でファッション繊維のリサイクル率のリサーチをしたときに、サステナビリティを促進するためのひとつの手段として、「生活者がエモーショナルコネクションを持つことが大事」だと学びました。
誰しも特別な思い出があるものはなかなか手放せないし、手放すときも誰かに渡したり適切にリサイクルしたりと慎重に考えますよね。デザインには、このエモーショナルなコネクションを生み出す力があると思っています。
デザインによって、SDGsへの取り組みを進める想いを見える化し、社会に還元していく。そんなお手伝いを、これからもしていきたいです。