2020年07月20日
<連載>サステナブル・マーケティングのすすめ
「サステナブル・マーケティング」をキーワードに、令和におけるマーケティング戦略を考察していく連載コラム。アフターコロナへと時代が移行するなか、マーケティングも転換期を迎えています。ここではそのヒントをSDGsの視点から探り、これからの時代に必要な戦略の柱を考えます。
今回は、4Pとされるマーケティング活動から、商品(Product)開発に焦点を絞り、さまざまな事例を紹介します。
前回の記事では、新型コロナウイルスの感染拡大と共に生活様式が変わるなか、SDGsを基軸としたアフターコロナへの対策や、"新しい生活"への移行が進んでいる現状を紹介しました。世界全体がサステナビリティに対して必然性と必要性を感じている今、SDGsに掲げられた目標を意識したマーケティングは顧客ニーズに合う可能性が高いことも指摘しました。
今回はこの考え方に基づき、マーケティングのプロセスの一部である商品開発について考えていきます。
商品開発にはSDGsの目標達成に資する工夫のポイントが多くあります。機能性やデザイン、ブランドといった商品の魅力と、環境や多様性への配慮、教育や福祉への貢献といったSDGs的視点は、決して切り離されるべきものではありません。
まず、サステナブルな商品とはどのような特徴を持つのかをまとめます。
リユース・リサイクルといった持続可能な性質を備える商品は、廃棄物削減や生産量コントロールといった面でSDGsに貢献しています。また商品そのものだけでなく、付随する梱包材の削減や流通方法の工夫などのアプローチからもサステナビリティを体現できます。
これまで商品の評価軸には、「消費者にとって便利であること」、「価格帯が適切であること」、「ブランドに信頼感があること」などが挙げられました。しかしコロナ禍では生活の定義そのものが変わりつつあり、数の限られた商品を工夫して使うことや、自宅で長く使えるものに投資することなどの価値が高まってきました。
こうした消費者の価値観の変化は、「持続可能であること」という評価軸の優先度が高まる時代の到来を示唆しています。サステナビリティに対して説得力を持つ商品は、アフターコロナ時代の消費者に選ばれやすくなるでしょう。
あらゆる背景を持つ消費者に対応する商品は、マーケティングのみならず企業ブランディングにも直結します。人種や肌の色、性別、体型といった生物学的個体差によってターゲットを限定する手法は、多様性を重んじる社会に適しません。伝え方によっては商品や企業のネガティブイメージを生み出します。
商品ではありませんが、Apple社が提供するデバイスで利用可能な人の絵文字は、白色、黄色、黒色など肌の色を選択でき、手のサインにも義手の選択肢まであります。意図的なターゲティングだけでなく、これまで無意識に除外されてきた対象がいるということを気付かせてくれる配慮です。
特にコロナ禍で全世界の人々が共通の困難と危機を感じる体験は、この多様性への理解の必然性を私たちに提示しました。視覚や聴覚に障がいを持つ人々がソーシャルディスタンスを保つことの難しさ、高齢者のサポートとコロナ対策のバランスについてなど、新たな課題が生み出されたからです。
また、米国では人種差別に対するデモ運動がコロナ禍で頻発し、感染拡大という副次的な災をもたらす悲劇が今なお続いています。
私たちはコロナという共通の課題を抱え、立ち向かうために、お互いの持つ個性を深く理解しなければなりません。
このような時代に適した商品を開発することは、すべての人に等しく商品を届ける一歩になります。ファンデーションの肌色のラインナップやアパレルのサイズ展開には、対応する事例が少しずつ増えていますが、そのほかにも商品開発が人々の多様性に寄り添える方法は多く残されているはずです。
次に、こうした特徴を持つ既存の商品を紹介します。いずれも近年リリースされたブランドやレーベルであり、各業界のメディアや消費者から注目を集める商品です。どんなポイントが訴求力につながっているのか、それぞれ紐解いていきましょう。
エンパワーメントメディアを運営するBLAST Inc. から生理用品ブランド 「Nagi(ナギ)」がローンチ
サニタリーショーツブランド「nagi」は、従来の使い捨ての生理用品を利用せず、ショーツをはくだけで生理を迎えられる商品です。
月経期の女性は、ナプキンによる肌の"かぶれ"や"むれ"、匂いなどのさまざまな悩みを抱えます。そういった女性の悩みを解決する機能性と、洗濯して繰り返し使えるサステナブルな魅力を掛け合わせて生まれたのが、ショーツ単体ですぐれた吸水性を持つ本商品です。
ナプキンやタンポンといった使い捨ての生理用品はブランドによる差別化が難しく、商品に対する愛着を育てることも困難なカテゴリです。また、快適さや付け心地といった機能面の訴求は、広告で伝えきるのは限界があります。
そこに『繰り返し使う』という新たな選択肢と魅力をもたらしたことは、ターゲットから高い評価を得ました。これまでも繰り返し使える布ナプキンや、洗えるタンポンといった商品は存在しましたが、海外製のものが主流で日本人女性のサイズに適していない、衛生面や匂いなどの面で不安があるなどの声が上がっていました。メイドインジャパンかつショーツのみで過ごせるという安心感は、他に類を見ないものです。
加えて、繰り返し使える日用品はアフターコロナの価値観にもフィットするものです。オンライン購入後、店舗に赴いて購入する必要のない商品を選べば、消費者は実店舗での購入頻度を下げることができます。人の集まる店舗を避けられることが、サステナブルな商品を選ぶ理由にもなるでしょう。
さらに「nagi」のオフィシャルイメージでは、多様な国籍やバックグラウンドを彷彿とさせる複数人のモデルが起用されており、インクルーシブな商品であることも一見して伝わってきます。
現在、一部ラインナップの在庫切れ状態が続くほどの人気を博している本商品は、環境面への配慮と顧客のニーズを見事に汲み取り、商品化した良例と言えるでしょう。
『ゼロ・ウェイスト』の気づき?ごみ自体を出さない未来を考える? 商業施設 x 3Rをリードする企業 x 大学生による産学連携プロジェクト
RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Storeは、徹底的なゴミ削減に対するこだわりをアピールしています。破棄対象となっていた果実の皮を活用したクラフトビールの生産や、リユースを前提したボトルデザインなど、クラフトビール生産のあらゆる行程にサステナブルな配慮を行き届かせています。
さらに、ショップ自体も廃材を再利用した建具や家具で作り、その場に足を運ぶことが環境問題を考える機会となるよう設計しました。
こうしたゴミ削減へのこだわりは商品の魅力を語るストーリーとして描かれ、消費者が本商品を選ぶ理由として提示されています。味という評価軸のほかに、サステナビリティを訴求することでブランド力を高めているのです。
また同店舗ではクラフトビールのほか、ナッツやドライフルーツといった食料品の販売も行っており、全商品"量り売り"で提供されています。顧客が持参した容器に商品を詰める販売方法を選ぶことで、ゴミ削減につながる購買行為を提供しているのです。
「ゴミを削減しよう」とメッセージを発信することは簡単ですが、選ばれる商品を作るためには、顧客のニーズに応じた形でそのメッセージを具現化することが重要です。RISE&WINは商品、店舗、店舗体験といったすべての要素でサステナビリティを追求し、顧客満足に直結する形で提供できている点がすぐれています。
>RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store公式サイト
新ブランド「BAUM(バウム)」誕生 ?樹木がくれる、美しい世界のはじまり?
2020年6月にリリースされた資生堂のスキンケアブランド「BAUM」は、"樹木の循環"をテーマにしたスキンケアやパフュームなどのラインナップをそろえます。
レフィルを前提とした木枠のパッケージには、家具の製造工程時に出た小さな木材を利用。レフィルの容器自体にも植物由来のPETを配合したプラスチックや、リサイクルガラスを採用しています。また、売上の一部は森林を保護するための植樹に充てられます。
自然由来の素材から製造していること、樹木由来の天然香料を調合していることなど、コンセプトに合致した商品へのこだわりが随所に見られます。その一貫した樹木への想いを選ぶことが、ユーザー自身の意志であり、かつ美へのこだわりにも重なるよう設計したことが本商品のすぐれた戦略性です。
実店舗で商品を試す機会が少なくなったコロナ禍では、『肌に合う』という従来の化粧品の評価点を訴求することが困難になっています。さらに、ブランド力を活かす購入体験も、オンライン化が進めば効果は薄くなるものです。アフターコロナの化粧品は、これらの魅力に替わってサステナブルであることが求められるのかもしれません。
サステナビリティそのものをブランドの柱としつつ、しっかりと消費者のニーズにも応える。その交点を導き出すことが、説得力のある商品に結びついてくでしょう。
『デサント』ブランドで、「持続可能なモノ創りへの挑戦」サステナビリティを推進する取り組み「RE: DESCENTE」始動
アパレルブランドDESCENTE(デサント)が新たに立ち上げたレーベルRE:DESCENTE(リ:デサント)は、既存の商品から再び新しい商品を作り出す循環型生産や、自然由来の素材を用いた衣料品の生産・販売を行っています。
衣料品の過剰生産と廃棄の問題は深刻です。生産コストを抑えるために一般化した海外工場での大量生産は、消費量をはるかに上回る生産をもたらし、ブランドの稀少性を担保するための商品廃棄といった現象を引き起こしていました。
こうした資源と労力の無駄遣いは批判の対象となり、一部ブランドの信頼を大きく損なうニュースとして広がりました。SDGsやサステナビリティへの関心が強まる昨今、こうした背景があるからこそ、アパレルブランドは率先して自社製品の生産ラインやコンセプトの見直しを図っています。
コロナ禍はこの風潮に加え、外出自粛の波が押し寄せています。自宅で過ごす時間が増え、パーティーやイベントといった特別な衣服を要する機会が少なくなった昨今、各ブランドには耐久性や環境への配慮をアピールポイントとするラインナップが増えました。これは消費者のニーズの変化に応じた自然な流れです。
RE:DESCENTEの試みも、そうした変化のなかの一つの例です。RE:DESCENTEでは、衣料品にまつわる一つひとつの課題ごとにシリーズの名称と説明を加えており、消費者に商品の意図が伝わりやすいよう工夫が為されています。
サステナビリティについて業界全体が意識を強めるなか、わかりやすく取り組みの有用性を伝えることが他社との差別化の鍵を握ります。商品開発とわかりやすい説明、一貫したコンセプトといった要素を俯瞰して調整していくことも、マーケターの役割の一つです。
こうしたサステナブルな商品を例に挙げていくと、徹底したコンセプトに根ざし、消費行動の一連がサステナビリティに寄与する商品となっている点が共通しています。
コロナ禍という世界共通の困難を目の当たりにした私たちは、自分たちを取り巻く商品の在り方を根本から考え直すきっかけを得ました。それぞれの疑問や不安への解決となる商品を提供していくことで、アフターコロナのスタンダードとなるブランドを確立していきましょう。