【第8回】コロナ禍における飲食関連マーケットの変化を、サステナブル思考でチャンスに変えるには

2020年05月18日

<連載>サステナブル・マーケティングのすすめ

「サステナブル・マーケティング」をキーワードに、令和におけるマーケティング戦略を考察していく連載コラム。
新型コロナウイルスの影響によって、人々の食生活は一変しました。店舗で提供されていた食の多くは停滞する一方、自宅で楽しむ食への関心が高まっています。
人々の行動変容によってもたらされた、幅広い飲食関連マーケットの変化を通じて、マーケターが検討すべきソーシャルグッドなマーケティングの方向性を探ります。

コロナ禍で広がる飲食業界の混乱

外食産業市場動向調査│日本フードサービス協会

コロナ禍の外出自粛によって、外食市場は激変しました。日本フードサービス協会加盟会員社による外食産業市場動向調査によると、2020年3月の時点で外食産業の全体の売上は82.7%(前年比)。東日本大震災の減少幅を上回る打撃を受けました。緊急事態宣言後の4月は、これをさらに上回る影響を免れないでしょう。

外食産業の停滞に伴い、それに関連した食材消費も停滞しています。北海道の鈴木直道知事の呼びかけから始まった"牛乳チャレンジ"のSNS波及は、その問題を象徴するものです。
給食での牛乳消費がなくなったことや、乳製品をふんだんに用いる外食メニューや観光商品が売れなくなったことで、北海道の生乳の消費量は激減しました。それでも生産ラインを止めることができない生産者の苦悩は続いており、フードロスはこれまで以上の問題となりつつあります。

デリバリーなどを通じて活路を見出そうとする飲食業界の動きや、SNSによって消費を促す生産者側のメッセージなど、支援的な消費を促す話題は増えています。
しかし支援という側面での消費は一時的なものでしょう。ではその先にある、新しい食生活にフィットしたアフターコロナの飲食マーケティングとは、どんなものになるのでしょうか。
消費者の視点から考えた飲食業界に関わるマーケティングの方向性について探ります。

スマート家電や食材提供サービスへのニーズが高まる

ターゲットを問わず、人々の在宅時間はコロナ以前に比べ増えています。これは、「在宅によって生じる悩み」と対峙する機会が大きく増えたとも言い換えられます。

コロナ禍で売れ行きを伸ばしている商品のひとつが、自宅向けの家電です。特に調理家電の売れ行きは、健康維持のために求められている加湿器と並ぶ人気ぶりです。快適な生活を送るための投資に対し、消費者はこれまで以上に関心を寄せています。
インターネットを介して機能の制御やユーザーの補助をするスマート家電は、まさにその関心に応える商品です。特に、日々のルーティンワークで時間のかかるタスクである調理に関わる家電は、今後ますます求められるでしょう。
調理の温度管理だけでなく、使用後の洗浄まで自動化したスマートオーブンや、食材の在庫状況を確認できるスマート冷蔵庫などは、ロスの少ない調理を実現するための鍵を握るアイテムでもあります。

家電のほか飲食関連で急成長を遂げているのは、食材の流通に関わるサービスです。Uber Eatsなどのデリバリーはその最たる例ですが、このほかにもコロナ禍によって生まれた新たな試みがあります。


写真:クックパッド株式会社

生鮮食品を販売するECサイト「クックパッドマート」は、その商品を受け取るために必要な生鮮宅配ボックスを、一部地域で無償提供し始めました。コロナ禍で急増したスーパーマーケットへの需要と混雑は、感染リスクや顧客満足度の点で好ましい状況ではありません。
このサービスはスーパーマーケットの混雑緩和を促し、消費者に新しい食材購入の方法を提供するものです。


写真:オイシックス・ラ・大地株式会社

同じく農産品や加工食品などの宅配サービスを展開していた「Oisix」は、コロナ禍でのニーズの急増への対応が間に合わず、新規会員登録を休止する事態に陥りました。しかし、4月末にはセレクト商品をメインメニューとする新サービス「サクッとOisix」を開始。作業効率化と出荷量急増への対応を進めるとともに、手間を省いてユーザーが食材を購入できる土壌を作りました。

コロナ禍で食の満足が家に集約した結果、外食に替わる自宅調理への需要は一気に高まりました。作る手間を省略する、食材購入の手間を省く、品質の高い調理をテクノロジーに任せるといった方法で叶える「満足度の高い自宅調理」は、これからの食のスタンダードになる可能性を秘めています。

業界を越えた企業連携が進む欧米フードテック

こうした商品やサービスの共通点は、インターネットの力を借りていることです。
スマート家電や食材宅配サービスなどの価値は、さまざまなデータをクラウドで管理・活用できることにあります。「フードテック」や「スマートキッチン」などの概念の礎となっているのがこれらのデータです。

米国で開発されたフードアプリ「innit」は、個々のユーザーの体調や特性に応じたレシピを提供することで急成長を遂げました。このアプリは単にレシピを掲載するだけでなく、そのレシピに必要な食材をそのままオンラインで購入し、さらにはスマート家電で調理するところまでをアプリで管理することができます。
フードテックやスマートキッチンの領域は欧米を中心に成長し、スタートアップ企業だけでなく、大手家電メーカーの参入も始まっています。スーパーマーケットと家電メーカーの連携により、アプリを介して食材の購入履歴やメニューを一括管理するスマート冷蔵庫も誕生しました。

こうした食を巡るサービスのプラットフォーム化は、今後"食のGAFA"を生み出すかもしれないと言われています。食の市場がよりインターネット化する未来はアフターコロナの世界にもフィットしており、国を越えて利用が進むでしょう。
一方で、消費期限のある食材を扱ううえに、それぞれの文化に根付いた営みでもある調理は、ローカライズが難しい側面もあります。日本文化を熟知した食のプラットフォームがいつか登場することで、私たちの食生活は一層豊かになるかもしれません。

食を基軸にしたマーケティングの将来性

では、日本における食を基軸にしたサステナブル・マーケティングには、どのような方向性が考えられるのでしょうか。
ポイントは、消費者の新たな食生活にフィットすることです。

意識したいのは、機能性や利便性を訴求するにとどまらず、人々の生活がどのように変わるかを提案できるものにすることです。
激変する環境のなかでも豊かに生きるため、改めて「自分らしさ」というキーワードが注目されています。個々のライフスタイルと寄り添い、持続可能な生活が手に入ることを伝えることが、消費者の行動のきっかけを作るでしょう。
戦略の基盤に役立つのは、いまを生きる人々のリアルな声です。SNSは急激な変化のなかで戸惑う人々の声があふれており、そこから解決に向けたコミュニケーションを取っていくことや、潜在的な課題を見つけることが比較的容易な状況です。

たとえば、コロナ禍ではケーキやお菓子などを作る投稿がTwitterやInstagramでシェア数を伸ばしています。特に、季節を感じるフルーツを扱っていたり、少し手間のかかるデコレーションをしたりしているものが頻繁に取り上げられます。
こうした傾向は外出自粛によってふくらむ"贅沢"への渇望の表れかもしれません。また、外を歩くからこそ感じていた季節感を食材で取り入れようという意識も感じられます。
普段は手をかける時間がないけれど、コロナ禍の今だからこそチャレンジできた、という現状へのポジティブな解釈も人々の共感を得やすいのでしょう。

食と暮らしのメディア「macaroni」では、こうした需要をいちはやく取り入れ、女優羽田美智子さんを迎えたコラボレーション動画を公開。自宅でのケーキ作りの様子を飾らない演出で伝え、反響を呼んでいます。
マーケターは、消費者のニーズや想いをミクロな視点で把握し、それに対して応じられるサービスや商品を開発していくことが求められます。これまでのマーケティング業界の常識にとらわれることなく、人々の暮らしに密着した戦略を立てましょう。

ピンチをチャンスに変え、新しいスタンダードに

食に関わる市場は、コロナウイルスによる打撃が特に大きい領域です。経済的な損失は計り知れないものですが、これこそ逆転のチャンスと捉えることもできます。
これまで提供してきたサービスや商品をどう伝えるのかではなく、変わった消費者の生活に何を提供できるのかという視点から切り込み、チャレンジしてみましょう。その先には、これまでとはまったく違ったフィールドが広がり、新しいユーザー・コミュニケーションと事業の成長を期待できるかもしれません。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。
記事カテゴリー
企業のSDGs取り組み事例