印刷とデジタル技術でこころ豊かな社会の実現を目指すセイコーエプソンのSDGs 企業のSDGs取り組み事例vol.31

2022年06月10日

企業価値やすべての技術・ビジネスを、「社会課題の解決」をベースに見直し、SDGsに取り組んでいるセイコーエプソン株式会社。社会貢献と社員の幸せの両立を掲げ、「持続可能でこころ豊かな社会の実現」を目指しています。社会課題を起点とした事業経営について、小川恭範社長にお聞きしました。

セイコーエプソン株式会社 代表取締役社長 小川恭範さん(中)、同 ビジュアルプロダクツ事業部 VP 事業戦略推進部 シニアスタッフ 宮田愛恵さん(右)、同 営業本部 IIJ営業部 エキスパート 丸山紗恵子さん(左)

「こころ豊かな社会」のために、環境と経済活動を両立

──御社は2021年3月に改訂した長期ビジョン「Epson25 Renewed」で、将来にわたって「ありたい姿」を再定義しました。この「ありたい姿」と経営方針について、詳しく教えてください。

小川恭範社長(以下、小川) 現在、新型コロナウイルス感染症をはじめ、気候変動や資源の枯渇、労働人口の減少など、さまざまな社会・環境課題が起きています。

これまでの世界では、人々や企業は、どちらかというと経済的・物質的豊かさを求めてきました。ただ、こうした経済的価値の重視が、地球環境を悪化させる原因になってきたのも事実です。ですからこれからは、人にも企業にも、精神的・文化的な豊かさを含めた「こころ豊かな社会」が必要だと私たちは考えました。

そこで、お客さまやパートナーの皆さまとともに「持続可能でこころ豊かな社会を実現する」ことを自分たちの"ありたい姿"として掲げ、その実現に向けて社員一同で取り組むことに決めたのです。持続可能な社会の前提である環境と経済活動の両立を経営の中心に据え、ビジネスを展開していく考えです。

──「環境貢献と経済活動の両立」という考えに至った経緯を教えてください。

小川 環境貢献を経営の中心に置くことは、経済成長と相反することのように思われがちです。実際、技術に定評のある当社では、これまでは「性能のよいものをつくれば売れる」という過度な自前主義がどこかにありました。

しかし、自然に恵まれた信州の諏訪地方に本社を構える当社には、「生産活動によって諏訪湖を汚すことがあってはならない」という創業者の強い想いがDNAとして根付いています。そして幸いにも、社員はみなこの創業者の想いを礎に、環境と地域との共生を図ることに非常に高い意識を持っています。

私たちエプソンの存在意義は、高い売上目標を達成することではなく、人々が幸せを感じられる社会を創り上げていくことです。そのためにはまず、社員が幸せを感じられる企業でなくてはなりません。

そこで売上目標よりも、社会・環境貢献に関わることに重点を置き、社員の幸せを増幅させるという経営方針にトランスフォームしたのです。現在は「『省(しょう)・小(しょう)・精(せい)の技術』とデジタル技術で人・モノ・情報がつながる、持続可能でこころ豊かな社会を共創する」というビジョンステートメントを掲げ、当社の持つ強い技術力と商品に先進のデジタル技術を組み合わせ、お客さまや環境の課題解決につながるソリューションを提供しています。

社会貢献と社員の幸福を掲げる小川恭範社長

環境負荷が少ない「デジタル捺染技術」でSDGsに貢献

──御社の印刷技術とデジタルを活用して環境負荷低減と社員の幸せ向上に貢献している事例として、デジタル印刷技術「デジタル捺染(なっせん)」というものがあるとお聞きしました。デジタル捺染とはどんな技術で、どのように環境貢献しているのか教えてください。

丸山紗恵子さん(以下、丸山) デジタル捺染を担当している営業本部IIJ営業部の丸山がお答えします。

デジタル捺染には、刷版を使わずに、インクを直接布地に吐出するダイレクト捺染や昇華転写があります。刷版の保管スペースや洗浄が不要になるため、従来のアナログ捺染に比べ、水の使用量を減らすことができるなど、環境負荷が少ない技術です。また、小ロット多品種に対応できるので、売れ残りの商品廃棄物を減らすことにつなげることもできます。

また、従来のアナログ捺染に比べて印刷工程が少ないので、これまで1.5〜2ヵ月かかっていた作業が3日〜2週間でできるようになります。さまざまな化学物質を含むインク調合や刷版洗浄といった工程を生まないことで、労働環境の改善にも貢献できる、環境・社会課題解決提案策です。

バリューチェーン全体にデジタル捺染の価値訴求をするプロジェクトを立ち上げた丸山紗恵子さん

小川 当社は10年以上前からこの環境負荷が少ないデジタル捺染技術の取り組みを進めていましたが、価値浸透が難しいという課題がありました。

そこで昨年、社員からの発案で、バリューチェーン全体に対して、デジタル捺染の価値を訴求していくプロジェクトを立ち上げ、広く訴求していく発想に切り替えました。現在は、ファッション・アパレル業界と連携した課題解決に取り組むことで、デジタル捺染技術の価値伝達も行っています。

「アパレル業界」のエコシステムをデジタル技術で変革

──なぜファッション・アパレル業界に注目したのですか?

小川 ファッション・アパレル業界が環境負荷の高い産業だからです。従来のアナログ捺染は先ほど丸山も説明したように工程が多く、大量の水とエネルギーを使います。また、ケミカルを多く使う高温下での過酷な労働環境も問題となっていました。

私たちは、当社のデジタル捺染がこれらの課題解決に寄与できると考えたのです。さらに、当社のプロジェクターも活用することで、アパレル業界のSDGs推進により大きな貢献ができると確信しています。

デジタル捺染とプロジェクションを活用した事例

──プロジェクターを活用し、どのような部分でSDGsに貢献できるのでしょうか。具体的な事例があれば教えてください。

宮田愛恵さん(以下、宮田) プロジェクターを担当しているビジュアルプロダクツ事業部の宮田です。実際に当社のデジタル捺染とプロジェクションを活用した事例をご紹介します。

まずは、阪急阪神百貨店さんと呉服製造・販売のデジナさんとの3社連携で開催したイベント「KIMONOクリエーション」です。

丸山 このコラボレーションは、2021年にサステナブル・ブランド国際会議で阪急阪神百貨店さんとご一緒したご縁がきっかけで実現しました。

宮田 「KIMONOクリエーション」では、プロジェクターを活用し店内の装飾・演出を行いました。その中でもご好評いただいたのは、白い無地の浴衣を着せたマネキンに一般公募で選出された約100種類の浴衣デザインをプロジェクションマッピングで投写した、バーチャル展示です。

本イベントはバーチャル展示に加え、完全受注生産で、完成品での在庫を持たずに行う方式としたことで、商品の保管スペースと展示サンプル品の廃棄物をゼロにできました。また緊急事態宣言に伴う、イベント時期や展示内容の変更にもデジタルを活かし柔軟に変更ができたことも、環境負荷低減に大きく貢献できたと考えています。

またイベントの全体の成果として、主催者さまからは、「環境負荷低減を実現しながら、プロジェクションの効果により多くのお客様に売場に立ち止まって来店してもらうことができ、コロナ影響下で来客数・イベントが激減しているなかでも、予想を上回る売上を達成できた」と、大変喜ばれました。

「環境への配慮と、自由なクリエーションによる演出・装飾を両立できることがプロジェクション活用の魅力」と話す宮田さん

小川 大きな百貨店では、すべての装飾をプロジェクションに変えると年間約2トンの廃棄物を削減できるという試算もあります。環境負荷が低く、限られた予算やスペースでもイベント開催が可能なデジタル捺染×プロジェクションという手法は、これからの世の中に広く求められる手法ではないかと思います。

イベント「KIMONOクリエーション」で実施したバーチャル展示の一部をEpsonショールームで展示中

共創の輪を広げ、持続可能な社会を実現したい

──「KIMONOクリエーション」をきっかけに、さらなる共創も生まれているそうですね。

丸山 はい。「KIMONOクリエーション」を見て当社のSDGsに賛同したファッションデザイナーが、デジタル捺染機でプリントしたオートクチュール作品を制作し、2022年1月のパリでのコレクションで発表しました。

ファッションデザイナーからは、版を作らずに、水使用量を削減した、洋服をつくる工程を選ぶことで、環境負荷を抑えながら自由にクリエーションができると好評でした。

デジタル捺染機でプリントした生地で制作したオートクチュール作品を説明するファッションデザイナーの中里唯馬さん(右)と小川社長

宮田 さらに「サステナブル・ブランド国際会議2022横浜」にて、光と映像のプロジェクションによるコレクションの再現を、ポップアップスペースで実現しました。デジタル活用で臨場感を感じさせながらも商品在庫と環境負荷を減らすことができるこの取り組みは、今後、さまざまな場所や店舗で活用いただけると思います。

──最後に。SDGsの取り組みについて、今後の展望やビジョンを教えてください。

小川 持続可能な社会の実現に向け、価値を創造していくことは、当社だけでできることではありません。丸山や宮田が申し上げた事例もそうですが、さまざまなパートナーと組んでいくことで、可能性はもっと広がると考えています。

当社はすでに、2030年までに環境関連で1000億円を投じることも発表しています。商品もサービスもすべてで環境貢献できるよう、共創につながる活動をもっと増やしていきたいと考えています。

「サステナブル・ブランド国際会議2022横浜」で展示された、「デジタル捺染×プロジェクション」のポップアップ展示スペース

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