人々の「生ききる」を支えるエーザイの持続可能なビジネスへの挑戦 企業のSDGs取り組み事例vol.46

2023年06月16日

「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」を企業理念に掲げ、医薬品だけでなく日常生活のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)の改善から疾病の予防まで、一人ひとりの「生ききる」を支えているエーザイ。製薬会社だからこそ可能なSDGsへの取り組みについてお聞きしました。

エーザイ株式会社 サステナビリティ部 部長 南田泰子さん(右)、同 副部長 飛弾隆之さん

エーザイ株式会社 サステナビリティ部 部長 南田泰子さん(右)、同 副部長 飛弾隆之さん

ビジネスを通じてすべての人々の健康に貢献

──まずは、他社に先駆けてパーパス経営(※1)を実践してきた御社が、SDGsを重視する理由について教えてください。

※1 パーパス経営:自社の存在価値や社会的意義を定義し、それに基づいて事業を展開する経営手法。

南田 SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」が、まさに当社の存在意義そのものだからです。

当社は「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」という理念のもと、患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上を通じてビジネスを行うことを企業理念に掲げ、長年事業を展開してきました。2010年代にSDGsという国際目標が登場したことで、企業はビジネス活動と社会的課題の解決を融合することがより一層求められるようになりました。

そこで当社は、健康憂慮の解消と医療較差の是正を効率的に実現することこそが持続可能なビジネスにつながると考え、製薬会社の領域でできるSDGsの目標達成に向け、様々な取り組みを行っています。

途上国に治療薬を無償提供し、顧みられない熱帯病制圧に取り組む

──具体的にどのような取り組みをされているのですか?

飛弾 たとえば、「顧みられない熱帯病(NTDs)」(※2)と呼ばれる疾患群のひとつである「リンパ系フィラリア症」の治療薬「ジエチルカルバマジン錠(DEC錠)」を自社で開発・製造し、2013年から熱帯・亜熱帯の開発途上国に無償で提供しています。

リンパ系フィラリア症は、蚊を媒介として人間に感染する病気です。足が象のように腫れあがるなど、重篤な身体障害を発症します。1970年代までは日本でも見られた病気ですが、予防・治療薬の徹底で世界に先駆けて制圧しました。

しかし、世界では治療に必要な医療・医薬品を受けられない人が、感染リスクにさらされています。そこで、製薬大手の使命として、このリンパ系フィラリア症を制圧するまで、薬の無償提供を続けると宣言し、実践しています。

DEC錠の提供状況。エーザイがDEC錠を提供した29カ国のうち、エジプト、キリバス、タイ、スリランカの4カ国でリンパ系フィラリア症制圧が達成された(2023年3月現在)

DEC錠の提供状況。エーザイがDEC錠を提供した29ヵ国のうち、エジプト、キリバス、タイ、スリランカの4ヵ国でリンパ系フィラリア症制圧が達成された(2023年3月現在)

※2 顧みられない熱帯病:世界で10億人以上が感染リスクにさらされている20の感染症を中心とした疾患のグループの名称。視力を奪ったり、身体の変形を起こしたりするため貧困問題と深く関係し、特に低所得国の貧しいコミュニティに多くの影響を与えている。

──医薬品の無償提供では開発途上国に特有の課題もあるのでしょうか?

南田 ええ。薬があったとしても、「薬を飲む」という習慣や考えがない途上国では、薬を飲んでもらうために病気の知識を教えることや、薬の飲み方を教えるための活動が必要になるのです。

さらに、根本的な原因を排除するため、蚊の発生を防ぐ殺虫剤の散布や排水口の清掃など、衛生環境を整えることも重要です。

こうした活動は、製薬会社である当社だけではできないので、世界保健機関(WHO)をはじめ、現地の企業や団体、政府と協働で取り組んでいます。

途上国では、薬を飲むことの大切さを子どもたちに伝える活動もしている

薬の無償提供で未来のマーケットを構築

──御社はこのDEC錠を、SDGsが登場する前から無償提供をはじめ、これまで世界29ヵ国に21億錠以上を無償提供しています。採算を度外視した寄付活動にも思えますが、持続可能なビジネスにどうつなげているのでしょうか。

南田 当社の顧みられない熱帯病への取り組みは、慈善活動やCSRではありません。

当社の定款には、「本会社の使命は、患者様と生活者の皆様の満足の増大であり、他産業との連携によるhhcエコシステムを通じて、日常と医療の領域で生活する人々の『生ききるを支える』(編注:その人らしく最後まで生きることを支援する)ことである。その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序を重要と考える」と明文化されています。

つまり当社では、儲かるから薬をつくるのではなく、「提供する薬が人々の健康憂慮の解消に貢献することが収益に結びつく」のだと考えています。この、企業理念に基づく使命と結果の順序こそが重要ととらえています。

DEC錠のビジネスは短期的には売上はありません。しかし、蔓延国の従業員のモチベーション向上による離職率低下や、疾患を制圧し貧困な人たちの生活水準が向上して購買力があがることで、エーザイ製品を使用してくれることを期待した長期投資としてとらえています。

「DEC錠の無償提供は、当社のhhc理念に依拠した、れっきとしたビジネスです」(南田さん)

企業イメージアップで優秀な人財を確保

──開発途上国・新興国の方々に必要な医薬品を届ける事業は、ビジネス以外でも様々な効果を生み出しているとお聞きしました。

飛弾 当社の「医薬品アクセス向上」活動は、多方面からご注目いただき、様々な展開につながっており、たとえば採用面でよい効果をもたらしています。

当社はグローバルで事業を展開していますが、海外の優秀な人財が当社のhhc理念や「医薬品アクセス向上」活動に興味関心を持ち、「世界中の人々の健康憂慮の解消にここまで力を入れている企業で働きたい」と、多くの問い合わせや応募をいただくようになりました。

小学生に授業を行うエーザイ社員

飛弾 加えて、2022年には千葉市立幕張小学校4年生に出張授業を行い、社員が当社の取り組みを紹介するという活動をさせていただきました。小学生を対象にSDGsに関する授業を実施したのは、当社にとって初めてで、社員一人ひとりがSDGsを自分の言葉で説明する「SDGsの自分ゴト化」にも大きく寄与しました。

「出張授業の後、小学生から自分たちも何かしたいとユニセフへ募金を行ったとお手紙をいただきました。当社の取り組みがきっかけでSDGsが広がっていくことがとてもうれしく、感動しました」(飛弾さん)

──「SDGsの自分ゴト化」によって、具体的にどのような効果が生まれましたか?

南田 エーザイでは、患者様と生活者の皆さまの言葉にならない憂慮を「自分ゴト」としてとらえるため、ビジネス時間の約1%を当事者様と一緒に過ごす活動を従業員に推奨しています。SDGsには「誰一人取り残さない」という原則があります。その中には当社が創薬で注力する、認知症やがんの患者様やご家族も含まれます。

認知症当事者様の憂慮に共感することで、その憂慮解消に取り組む社員の意識を強め、創薬のイノベーションにもつなげようとしています。

この活動は社員の自主性に任せて自由に行われていますが、活動発表の場や優れた活動を表彰することで、社員のモチベーション向上にも寄与しています。

社員の意識向上で創薬のイノベーションにつなげる

──ほかにもSDGsの取り組み事例があれば教えてください。

南田 認知症治療薬の開発と発展をリードしてきた当社は、認知症の当事者様とそのご家族が安心して暮らせるまちづくりにも取り組んでいます。

2030年には認知症当事者数が世界で8200万人になると予想されています。

当社の考えるまちづくりとは、医療・介護の専門家や行政・自治体、そして 地域の住民の方々が連携し、当事者様にやさしい「まち」を実現することです。

──人々の「生ききる」を支えるためには、働く社員のモチベーションをあげることが重要なのですね。

南田 はい、そうです。世界中の人々がその人らしく生ききることを支えられる企業であり続けるためには、全社員が主役となって、理念を実践していかなければならないと考えています。

国籍や年齢、ジェンダーなど多様性が加速する現代において、働き方や価値観の多様性も高まっています。社員それぞれがもつ夢や価値観を認め、お互いに学び合う環境のなかで、よりよい成果を追求していける企業でありたいと考えています。

できることを、できる限り続ける

──最後に、SDGsの達成に向けて、御社の今後の展望や目標をお聞かせください。

飛弾 当社は製薬会社ですが「SDGsの目標3にしか貢献できない」とは思っていません。「人々の生ききるを支える」と掲げている以上、私たちが暮らす地球環境やまちづくりにも責任があると考えています。たとえわずかでも、当社ができることを、できる限り続けていくことが使命だと考えています。

南田 SDGsが目指すゴールは、地球上すべての人がチャレンジすべきことだと思っています。とはいえ、製薬会社である我々だけでできることは限られています。パートナーシップにより、SDGsのゴールとhhc理念実現に、これからも邁進していきたいと思っています。

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