2024年08月22日
ノーマライゼーション(※)の考え方に基づき、社会に先駆けて福祉車両の開発・販売に注力してきた本田技研工業株式会社(Honda)。「すべての人に移動する喜びを提供したい」という同社の福祉車両にかける想いを、担当の井上秀剛さんと田口健人さんに聞きました。
※障害の有無や年齢、社会的立場などに関係なく、誰もが同じ生活や権利が保障されるよう、環境を整備すること
「N-BOX スロープ」担当の統合地域本部 日本統括部 商品ブランド部 福祉事業課 アシスタントチーフエンジニア 井上秀剛さん(右)と、
「FREED CROSSTAR スロープ」担当の同課 チーフ 田口健人さん
──御社は日本にノーマライゼーションの考え方が定着する(1980年代)より前から、福祉車両に取り組んできました。御社が福祉車両の開発・販売に注力する理由について教えてください。
井上 弊社のクルマづくりの原点は、創業者・本田宗一郎の「世のため人のため、自分たちが何かできることはないか」という志にあります。福祉車両への取り組みもその一環です。弊社は創業以来ずっと、世の中の役に立ち、みなさまと喜びを共有しようと、時代のニーズを先取りして独自の技術でモビリティ社会の発展に貢献してきました。
弊社のビジョン「すべての人に、『生活の可能性が拡がる喜び』を提供する」には、すべての人に移動する喜びを提供したいという願いが込められています。
これを具現化するため、障がいの有無にかかわらず活躍できる「ノーマライゼーション社会」に先駆けて、1976年にはテックマチック(手動運転補助装置)を、1982年には国内唯一のフランツシステム(足動運転補助装置)を開発。こうした流れのなかで、高齢化、超高齢化社会に入ってからは、ごく自然に介護用の福祉車両へと取り組みを広げてきました。
Honda福祉車両の歩み。世界的に「ノーマライゼーション」が広がったのは、国連が1981年を「国際障害者年」と定めたことが契機となった
──超高齢化社会に入り、日本の被介護人口は年々増加しています。福祉車両に取り組むことは、ビジネスチャンスとしても大きいのではないでしょうか。
井上 残念ながら、チャンスばかりとは言えません。たしかに、被介護人口は2021年時点で690万人と年々増加傾向にあります。しかし、福祉車両の販売台数はピークの3万台から年々減少し、市場は縮小しているのが現状です。
福祉市場の動向
──なぜ被介護人口は増えているのに、福祉車両市場は縮小しているのでしょうか。
井上 「福祉車両」という言葉のイメージにネガティブなイメージをもつ方が多いからだと思います。実際にお客さまに伺ってみると、「私はまだ早い」と応える方がたくさんいらっしゃいました。
また、デザイン性が低い、標準車に比べて価格が高いというイメージを持たれがちなのも課題と考えています。
しかし、福祉車両がなければ移動が難しくなってしまう方もいるでしょう。この方たちを無視することは、弊社の目指す「すべての人に移動する喜びを提供したい」に反します。
そこで、「ポジティブなイメージを抱いていただける福祉車両」をつくることで、福祉車両へのネガティブなイメージを払拭しようと考え、「N-BOX スロープ」を開発しました。
「N-BOX」は3年連続、新車販売台数No.1の人気車種。そのデザイン性、魅力をそのままに、"介護にも使える"車両として生まれたのが「N-BOX スロープ」
──「N-BOX スロープ」は、御社の創業精神を体現した車種と言えそうです。その特徴とこだわりを教えてください。
井上 「N-BOX スロープ」は、「N-BOX」シリーズの、車椅子のまま乗り降りができる福祉車両です。もともとは「車いす仕様車」という名称で販売していて、3代目の「N-BOX スロープ」は、スロープ(車いす)仕様車の中で6年連続国内販売台数No.1を維持する高い人気でした。
この人気の高い「N-BOX スロープ」に、「車いす以外でもスロープはこんなに便利に使える」という魅力をプラスすれば、福祉車両に対するネガティブなイメージを払拭できるのではないか。そう考えた私たちは、これまでの"福祉車両"という扱いではなく、「スロープ機能がついた標準車」という考えのもと、企画しました。
「介護のため」、「私にはまだ早い」というイメージが強かった福祉車両を、「レジャーや普段使いもできて、介護にも使える便利な車」へと変えようと、さまざまな試みに挑戦しました。
「N-BOX スロープ」は、一見普通のN-BOX。しかし後部座席の後ろに、スロープが折りたたんで格納されている。介護以外にも、レジャーで重い荷物を乗せる際にも便利であると、多角的な利便性を訴求することで介護色を軽減した
──具体的にどのような取り組みをされたのか教えてください。
井上 まずは「車いすのためのスロープ」ではなく、「車にスロープがついていると、できることが広がる」という見せ方、表現に徹底的にこだわりました。
そのため、まずは「アウトドアの重い荷物やまとめ買いした日用品もラクラク搭載でき、4人載っても荷物も余裕で積める」ということを前面に出して訴求しました。加えて、「もちろん、車いすも力要らずで、ラクに乗降できます」と説明しました。
スロープは普段、フラットな荷室の床として使用できるため、使用時以外は"普通"の車。この見た目のよさが、「スロープ機能も付いているN-BOX」という印象をさらに高めている
これにより、「福祉車両はまだ、自分には関係ない特別な車」と思っていた方にも、スロープの利便性を知っていただくことで、「自分ゴト」として検討していただけるようになったのではないかと思います。
また、これまでの福祉車両は、見た目が"いかにも福祉車両"というデザインになっていたことも、選ばれづらい要因になっていました。誰だって、せっかくなら、おしゃれな車に乗りたいですよね。その点を意識し、標準車とほぼ変わらないデザインにすることで、抵抗感を払拭。おかげさまで、2023年度車いす仕様車において国内販売台数No.1を獲得できました。
"介護にも使える"ユニバーサルカーとしてデビューした「FREED CROSSTAR スロープ」
──「N-BOX スロープ」の好評を受け、さらに2024年には、「FREED CROSSTAR スロープ」も誕生しました。
田口 「N-BOX スロープ」のヒットを受け、「1台で多目的に使える車」という考え方をさらに強めたのが「FREED CROSSTAR スロープ」です。アクティブな装いのCROSSTARにスロープを搭載することで、「さまざまな用途で長く快適に使える車」というイメージが、さらに拡大したと感じています。
福祉車両のネガティブなイメージを払拭するために、「FREED CROSSTAR スロープ」では、PRにもこだわりました。
「介護のための福祉車両」ではなく、コンセプトは「3ウェイ ユニバーサル ムーバー」。「1台でレジャーや趣味、介護と幅広く使える便利な車」であることを強くアピールしました。つまり、"介護にも"使える利便性の高さを訴求したわけです。これを広告や、YouTube動画で積極的に発信したところ、驚くほど多くの反響があり、計画を上回る受注台数を達成しました。
──購入層への変化も見られたのではないでしょうか。
田口 まさに、おっしゃる通りです。購入者の内訳をみてみると、介護目的の方に加えて、「いずれ介護をするかもしれない」と考えた40〜50代の「介護予備軍」の方が、レジャーや日常使いでご購入くださいました。「3ウェイ」というコンセプトがしっかり届いた結果だと、大きな手応えを感じています。
──「N-BOX スロープ」「FREED CROSSTAR スロープ」の登場で、福祉車両のイメージも少しずつ変化しているように思います。最後に、今後どのような未来を目指しているのか、展望を聞かせてください。
井上 すべての人に移動の喜びをご提供できる「N-BOX スロープ」で、日本中に福祉車両への共感を広げていきたいです。そして、「福祉車両」という言い方がなくなるくらい、スロープのある車があたりまえの時代がきて、誰もが自由に移動の喜びを楽しめるようなきっかけを今後もつくっていきたいと思っています。
田口 私たちは「特別な人のための介護車」ではなく、誰にとっても行動の可能性を広げるユニバーサルカーを目指しています。そのため、「N-BOX スロープ」も「FREED CROSSTAR スロープ」も、どちらも"福祉車両"という表現は使用していません。
「1台でさまざまな用途に使えるユニバーサルカー」というコンセプトを普及させることで、福祉車両のイメージをポジティブに変える。そして市場を大きくして、少しでも困っている方の支えになれたらと思っています。
「車いす乗車スペースの方が夏場に快適にお過ごしいただけるよう、リアクーラーを搭載しています。また、リアヒーターダクトも装備していますので、暑い夏から寒い冬まで快適な車内環境でドライブを楽しめます」と、笑顔で語る田口さん。こうした細やかな配慮が、Hondaのノーマライゼーションの視点のもと、「FREED CROSSTAR スロープ」にはいくつも詰まっている
筆者プロフィール
講談社SDGs編集部
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