環境との調和を掲げ、植物材料のクルマを生み出したトヨタ車体の"本気" 企業のSDGs取り組み事例vol.76

2024年11月18日

トヨタのミニバン、商用車、SUVの開発から生産まで、自社一貫体制でクルマづくりを行うトヨタ車体。植物材料の樹脂素材を開発し、車両部品として実装することで、カーボンニュートラルの実現にも貢献しています。なぜ植物材料に着目したのか。生み出した素材はどう活用されているのか。同社の取り組みについて、植物材料技術室の納谷藍子さんにお聞きしました。

トヨタ車体株式会社 材料技術部 植物材料技術室 商用営業部 兼務 納谷藍子さん。
乗っているのは、今回の記事に登場する超小型BEV「もくまる」

石油資源の枯渇を問題視し、植物材料を使った素材を開発

──まずは御社の事業概要について教えてください。

納谷 弊社はトヨタ自動車のクルマをつくる創業79年の「完成車両メーカー」です。「ハイエース」といった商用車をはじめ、「アルファード」「ヴェルファイア」といったミニバン、SUVの「ランドクルーザー」、福祉車両、超小型BEV「コムス」など、幅広い車種のクルマを、開発から生産まで一貫して行っています。

基本理念に"環境との調和"を掲げ、「地球にやさしいクルマづくり、人にやさしいクルマづくり」の考えに基づき、環境負荷の少ないクルマづくりを目指しています。

──環境負荷の少ないクルマといえば、御社が昨年「人とくるまのテクノロジー展 2023」で発表した、植物素材を使った超小型BEVのコンセプトカー「PLANT COM(プラン コム)もくまる/りょくまる」は、大きな話題となりました。

植物材料を使った、超小型の電気自動車(BEV)「PLANT COM もくまる」。
コンセプトカーとして「人とくるまのテクノロジー展 2023」に出展し、大きな話題となった

納谷 ご注目いただき、ありがとうございます。

弊社は20年以上前から植物材料に着目してきました。植物材料に注目したきっかけは、石油資源の枯渇が深刻に懸念されたことです。動力に石油を、部品に多くのプラスチックを使用している自動車業界にとって、石油が使えなくなることは事業の存続にも関わります。そこで、石油由来のプラスチックの代わりに植物が使えないかと研究・開発を進めた結果、植物から自動車部品に使える材料を生み出すことができました。

環境負荷の低いクルマづくりをすることは、当然の責務

──ビジネスを軸に始まった開発が、結果的に環境配慮にもつながっていた、ということですね。

納谷 はい、そうです。ただ、クルマづくりを行うメーカーとして、環境負荷の低いクルマづくりをすることは、ある意味、当然の責務でもあると考えています。

自動車の排出ガスは、地球温暖化や大気汚染の要因のひとつだと言われてきました。また、自動車に使われているプラスチックは、ごみになると分解されないので、自然界に長くとどまり、環境汚染の原因になります。

そのなかで弊社は、社会全体がいまほど、環境への意識がそれほど高くない1993年に環境基本方針を策定し、環境と経済の両立を実現する技術と新製品開発を推進してきました。

弊社が植物を生かした工業製品づくりに本気で取り組むことで、少しでも環境貢献につながればという願いがそこには込められています。

学生時代から植物を活用する研究に携わってきた納谷さん。手にしているのは、試作品のテーブルウェア。
「植物材料を使い、地球にも人にもやさしいクルマづくりに貢献したい」と話す

スギの間伐材を使った、環境に優しい素材「TABWD®

──納谷さんのご所属は「材料技術部 植物材料技術室」。専門の部署があることからも、御社の本気度がうかがえますね。

納谷 そうですね。なかなかこんな部署のある自動車メーカーはないのではないでしょうか。それだけ弊社は、「本気で植物を生かした工業製品をつくりたい」という想いが強いと言えると思います。

──その"本気"が実を結び、植物材料の素材が誕生したのですね。実際に、どのような形で自動車に使われているのでしょうか?

納谷 はい。間伐材を配合した樹脂素材「TABWD®(Toyota Auto Body WooD:タブウッド)」という植物材料を自動車の部品に使用しています。
先ほどの「PLANT COM もくまる/りょくまる」は、このTABWDをルーフ、フェンダー、インストルメントパネルなどの内外装に使用したコンセプトモデルとなっています。

間伐材を配合した樹脂素材「TABWD」は、クルマに使う前提で、安全性や耐久性にもこだわっている

「森をはこぶ」TABWD

──TABWDの原料は、スギの間伐材だそうですが、「スギ」に着目した理由があれば、教えてください。

納谷 スギに着目したのには、理由があります。戦後の拡大造林後、十分な活用がなされず放置されている日本の森林を改めて資源として活用し、健全な状態に回復させることに貢献しながら価値あるものをお客様へ提供できるのではないかと考えたからです。

原料であるスギの間伐材を、独自の技術で植物繊維(TABファイバー)と熱可塑性(※)プラスチックを複合化して、TBAWDをつくっています。
※適当な温度に加熱すると軟化し、冷却すると固化する、加工しやすい性質のこと

1990年代から自動車用パーツへの適用開発を始め、現在までに、多くの車種のフォグランプブラケットやバッテリーキャリア、ワイヤーハーネスカバーといった自動車部品に、TABWDを採用しています。

──植物由来の材料で、安全性や耐久性はどのように担保されているのですか?

納谷 スギの間伐材を補強繊維として利用し、プラスチックと木粉の境目をしっかり密着させることで、高耐熱性、高剛性を実現しました。製造時に難燃剤を練り込むことで、燃えにくいグレードの提供も可能です。

これまで自動車部品には、強度や耐熱性を高めるために、ガラス繊維などが補強材料として添加されるのが一般的でした。しかし、TABWDに配合したスギはガラス繊維よりも軽量でかつ成長過程で吸収した二酸化炭素がストックされており、カーボンニュートラルに貢献します。

また、付加価値の高い方法で間伐材を活用することは、おざなりにされがちな間伐を促進し、健やかな森の育成・循環を促します。このことは森の二酸化炭素吸収能力を高く維持することにもつながるのです。また、TABWDは繰り返し活用することも可能で、サーキュラ―エコノミ―にも役立ちます。

以上のようにTABWDは「カーボンニュートラル」と「サーキュラ―エコノミ―」をつなぎ合わせる役割を担うことができ、私たちはこの効果のことを「森をはこぶ」と表現しています。

健やかな森を育てる循環と素材を繰り返し使う循環のふたつをつなぎ、CO2の排出削減・材料廃棄削減に貢献するTABWD

素材をクルマとして"見える化"したことで、一気に認知が拡大

──1990年代から使われているにも関わらず、冒頭で触れたイベントがあるまで、TABWDが注目を浴びることはありませんでした。その理由はなぜだとお考えですか?

納谷 一般の方の目に触れにくく、どこに採用されているかわかりにくいことが、大きな原因だったと思います。
そこで2023年には、認知を高めるため、クルマの内外装にTABWDを採用した超小型BEV・コムスのコンセプトカー「PLANT COM」を展示。プロモーション用のビデオも初めて制作しました。

「人とくるまのテクノロジー展 2023」で流した、植物材料「TABWD」の特徴を生かした展示製品の紹介動画

さらに、木の外観が伝わる「もくまる」と、森のグリーンをイメージさせる「りょくまる」という名前をつけたところ、一般のお客さまから「かわいい」「植物でできているなんて、すごい」と注目を集めました。また、林業に関わる方や自治体からは「うちの森の木も使えないか」という問い合わせや相談をいただき、メディアにも多く取り上げられました。

植物材料技術室は技術者集団ですから、これまではどうしても部品の精度や強度などに注力しがちでした。しかし、広く伝えるためには「見た目のデザインも大事」だということが、今回のことでよくわかりました。企画部署やデザイン部と協力し、名前もつけたことで親近感が高まり、私たちの想いが伝わりやすくなった結果、広く知っていただける契機が生まれたと感じています。

色と用途が異なる「もくまる」と「りょくまる」。
プライベート用の「もくまる」は、木をイメージした茶色でトランクがついていて、ビジネス用の「りょくまる」は、森の緑をイメージした緑で、荷台がついている

今後もTABWDパートナーの"輪"を広げていきたい

──「人とくるまのテクノロジー展 2024」では、ミラーカバーなどにTABWDを使用したアルファード(コンセプト)が展示されていました。こちらも大きな反響があったのではないでしょうか。

納谷 はい。林業に関わる方から「自分の森の木がアルファードに採用された。誇りに思う」と喜ばれ、技術者としても非常にうれしく思いました。

「人とくるまのテクノロジー展 2024」で展示された、TABWDが使用がされたアルファードのイメージ

──TABWDの開発によって、笑顔の輪が広がっているというのは、素敵ですね。今後の展望についても教えてください。

納谷 さまざまな方法で加工が可能で、独特な風合いを表現できるTABWDは、2021年のパラリンピックのモバイルトイレで採用されるなど、自動車部品以外にも活用されています。24年1月からはオカムラのオフィスチェア「Runa」にも採用されました。

今後はもっとTABWDをより多くの方に使っていただけるよう、TABWDを製品に活用してくれるパートナーを広げていきたいと考えています。

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筆者プロフィール
講談社SDGs編集部

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