2024年11月20日
公園遊具・休憩施設のトップメーカーである内田工業。公園づくりを通じて、「誰も取り残さない」社会の実現を目指す同社は、誰もが利用できる「インクルーシブ公園」の拡大にも貢献しています。さまざまな遊具に込めた想いを、商品企画課の原昌之さんにお聞きしました。
内田工業株式会社 商品企画課 原昌之さん
──まずは御社の事業概要について教えてください。
原 弊社は公園の遊具や休憩施設を製造販売しているメーカーです。
1959(昭和34)年に機械部品等の溶接業として創業。次第に鉄骨建築や製缶など、大きな製品の受注が増え、その高い技術力が評価されました。その頃に地元の自治体から公園遊具の製作依頼を受けたことをきっかけに、徐々に遊具メーカーへと特化していきました。
──都市部では、公園は貴重な環境基盤になっています。御社ではSDGsへの取り組みをどのようにとらえているのでしょうか。
原 おっしゃる通り、緑が多い公園は、地域の環境や防災面で重要な役割を果たす公共施設です。また、老若男女を問わず、人々の健康や精神的充足に重要な憩いの場ともなっています。
私たちは公園遊具や休憩施設のメーカーとして、誰もが安全に楽しめる遊び場をつくっていくことは、当然の使命と考えてきました。これは、SDGsが掲げる「誰ひとり取り残さない」という理念に合致するものです。
たとえば私が企画した製品に、「パオスライダー」という小さな滑り台があります。これは、生まれて初めて体験する滑り台を想定した製品です。この製品ができるまでは、1メートル以上の高さがある滑り台がほとんどで、低年齢の子が安心して楽しめる滑り台はありませんでした。
販売前は「こんな低い滑り台に需要があるのか」という意見もありましたが、実際に販売してみると大好評。いまでは弊社の代表製品ともなっています。
原さんが企画した「パオスライダー」。安全性はもちろん、ゾウの帽子部分に安全バーを設計し、違和感のないデザインにもこだわったという
──誰もが安心して楽しめる公園遊具をつくり続けてきたのですね。SDGsへの取り組みという意識が強まったのはいつ頃からですか?
原 日本に「ユニバーサルデザイン」という概念が広がり始めた1990年くらいからです。公園においても、性別、年齢、障がいの障壁を取り除く視点が重要視されるようになりました。
ところが、当時の"障がいのある人も安全に遊べるように"という「配慮」は、多様性への理解が不十分であり、結果的に「排除」につながっている事例も多々ありました。
そこで2019年頃から、すでに欧米で取り組みが進んでいた「インクルーシブ公園」の考え方に着目し、誰も取り残さない遊び場を日本全国に広げる取り組みを行っています。
「さまざまな障壁によって従来型の公園では遊びの機会を得られない子どもたちにも、障壁なく楽しめる場を提供したい」と話す原さん
──「インクルーシブ公園」とは、どういうものですか?
原 インクルーシブは「包含性」、すべてを含むという意味があります。つまり、インクルーシブ公園は、障がいがある方だけの特別な場所ではなく、誰もがのびのびと利用できる公園ということになります。多様性への理解を深め、地域や社会とのつながりを広げていける場所をイメージしています。
近年は、「障がいは人ではなく社会の側に存在する」という「障がいの社会モデル」が定着しつつあります。
私たちは、子どもには多様な仲間と出会い、成長し合える環境が必要だと考えています。またその環境を、障がいの有無に関わらず、すべての人に提供できる空間が、公園本来の姿だとも考えています。
こうした考えから、あらゆる子どもたちが同じ空間で、「出逢い・関わり合い・楽しみ合える」障壁のない空間づくりを目指し、インクルーシブ公園づくりに取り組んでいます。
また、インクルーシブ公園は、ひとつの遊具だけでつくることはできません。公園全体により多くの遊び要素を取り入れることで、誰もが楽しめるインクルーシブな公園に近づくため、さまざまな視点での新しい遊具も開発・提案しています。
内田工業が考える「インクルーシブ公園」に必要な5つのポイント
──具体的にどのような遊具を開発しているのですか? その効果・反響についても教えてください。
原 では具体的な製品をご紹介します。
まずはハンモックタイプの「ユニバーサルブランコ」です。
座面のネットが体を包み込むハンモックのデザインを取り入れたユニバーサルタイプのブランコシリーズ。誰もが安心して揺れを楽しむことができる
誰もが使いやすいインクルーシブ公園のブランコというと、落ちないよう身体を固定するハーネスタイプがよく見受けられます。
しかし、ハーネスタイプはひとりしか乗れないので、身体拘束が苦手なお子さまや、ひとりだと精神的に不安を感じるお子さまは利用できません。
そこで、体を固定するのではなく、身体を起こしても寝そべっても使うことができるハンモックタイプのブランコを採用しました。このブランコを実際に特別支援学校に通うお子さまや保護者の方にご利用いただいたところ、「保護者や先生と一緒に乗ることができるうえ、身体へのフィット感があるネットタイプは、包まれているような安心感が得られる」と、大変好評でした。
さらに話を聞いてみると、「いかにも障がいに配慮した、特別仕様の見た目には違和感がある」と感じるケースもあることもわかりました。
──そこで「障がいのある方が楽しめる」のではなく、「誰もが楽しめる」という視点のブランコが生まれたのですね。
原 はい、そうです。私たちは「障がいがあっても楽しめる」ではなく、誰もが遊びたいと思う遊具を、障がいの有無に関係なく安全に楽しむことができる遊具を目指しています。
「楽しさは劣るけれど、障がいのある子でも遊べそう」という観点で遊具のデザインや設計を考えるのは、それこそSDGsから大きく外れていると思っています。
──「誰もが楽しめる」という視点で、ほかにもこれまでにない発想から生まれた製品があれば教えてください。
原 では、「コージートンネル」をご紹介します。
誰もが居心地のよい時間を過ごせることを目指し、これまでにない発想で生み出された遊具「コージートンネル」
これはひとりでゆっくりと、落ち着ける場所を提供する「遊ばない」遊具です。
日本の公園遊具はもともと、体力促進を目的として誕生した背景があるため、どれだけ身体を使って遊べるかが重視されてきました。また子どもの社会性を育む場としても認識されており、コミュニケーションをとって一緒に遊ぶことを良しとする文化があります。
一方で、子どもたちの中には、遊び場で気分が高揚しすぎたり、パニックになって感情を抑えられなくなったりする子もいます。そんなときにひとりで落ち着きを取り戻し、気持ちと身体をクールダウンできる居心地のよい空間があればと考え、このコージートンネルを開発しました。
──"遊ばない遊具"は、まさに「誰も取り残さない」遊具なのですね。
原 そうです。この遊具の横には、日本家屋の縁側をイメージしたベンチが付いており、子どもがクールダウンできるまで、保護者が座ってゆっくり見守ることができるようになっています。子どもだけでなく、一緒に過ごす保護者の居場所も提供することが、「誰もが楽しめる」インクルーシブ公園の役割だと思っています。
コージートンネルには、ベンチが付いており、保護者の居場所も提供している
──インクルーシブ公園では、3歳未満児に特化した遊具や空間も提供しています。こちらについても、開発背景と効果・反響を教えてください。
原 では、3歳未満児用遊育空間「すくすくランド」をご紹介します。
3歳未満児用遊育空間「すくすくランド」
すくすくランドは、「3歳未満の子どもたちが安心して遊べる専用スペースがほしい」というお母さんたちの声から誕生した、0〜3歳までの子ども専用の遊び場です。
インクルーシブ公園と聞くと、まだまだ「障がいの有無に関わらず遊べる」という部分が注目されがちですが、本来の目的は、誰も取り残さずにみんなが遊び憩える公園をつくることです。3歳未満児は、12歳以下の子どもの中でも15%以上を占めます。障がいの有無だけでなく、3歳未満の子どもたちとその保護者の居場所を整備することは、インクルーシブ公園の実現にとって重要な要素です。
3歳未満の子どもたちにとっても、外遊びは貴重な成長とエネルギー発散の機会になります。しかし従来型の公園には、小さな子どもたちの身体や発達状況に見合った遊具は少なく、その保護者も含めて居場所が足りない状況でした。
そんなお悩みをお持ちの方たちが、公園で安心して子どもを遊ばせることができるよう、0〜3歳までの子どもの発達に応じた、適切な施設と空間を生み出しました。なお、公園向けの3歳未満児専用の遊び場を発売したのは、弊社が日本で初めてとなります。
──「居場所がないならつくればいい」という発想から生まれたのですね。ただ「0〜3歳未満児専用」と制限を設けた空間をつくるのは、公共スペースとしてはハードルが高かったのではないでしょうか。
原 たしかに「利用者が少ないのでは」「費用に見合った反響が得られるのか」と懐疑的にとらえる方もいただろうと思います。
しかし私たちは、日頃から公園に足を運び、誰よりも利用者を観察して隠れたニーズを想像しています。また当時は、保育園等の待機児童問題もあり、園庭のない保育施設が増えていたので、「きっと需要は多いはずだ」という期待がありました。実際に現場で声を聞いてみると、その期待は確信に変わりました。
開発がスタートし、内容に強く共感いただいた自治体から設置が始まると、想像以上の利用者が集まりました。
その背景には、それまで3歳未満児が安心して遊べる場所は屋内の遊び場が中心でしたが、「利用料金が高い」「保護者が一緒に楽しめる施設ではない」という声が多くあったからではないかと思われます。
その点、「すくすくランド」は公園の施設なので利用料がいりません。
多くの方が気軽にご利用いただくことができ、結果として子どもたちが遊んでいるのを見守りながら、保護者同士のネットワーク構築やコミュニケーション促進が育まれ、エリアに人が集まるという効果を生み出しました。
このように、1回限りのイベントのような一時的な集客にとどまらず、持続的なコミュニケーションを生み出すことができるのも「公園」の持つ力だと私たちは考えています。
さらには、近隣の商業施設にも人が集まるようになるなど、地域の経済活性にも貢献しています。
──誰もが自分の「居場所」を見つけられるインクルーシブ公園は、子どもたちだけでなく、集う大人たちの心の健康や、地域の持続的成長にも貢献しているのですね。御社の今後の目標や展望についてもお聞かせください。
原 いま、少しずつインクルーシブ公園を全国に広げています。今後は、さらにこの誰もがのびのびと利用できる公園を広げていくとともに、段階的に障がいのある方をインクルーシブ公園のつくり手としても受け入れたいと考えています。
これにより、多様性への理解をさらに深め、誰もが持続可能な社会のサイクルに参加できる未来に、つなげていければと思います。
筆者プロフィール
講談社SDGs編集部
SDGsをより深く理解し、その実現のために少しでも役立てていただけるよう、関連する知識や事例などの情報をお届けします。