2024年12月25日
都市ガス事業で世界トップクラスの東京ガス。1885年の会社創設以降、創業者・渋沢栄一の「道徳経済合一」の考えが根付いており、公益性と経済性の両立を目指し、事業を展開しています。日本のエネルギーインフラを支える一方で、CO2排出量の削減という課題とも向き合う、東京ガスグループのSDGsへの取り組みを聞きました。
東京ガスエンジニアリングソリューションズ株式会社 ソリューション技術本部 先進ソリューション技術部 CCU技術グループマネージャー 清水智也さん(左)、同 駒谷拓己さん。おふたりの背景にあるのは、二酸化炭素回収装置「CarbinXTM」
──まずは御社の事業概要から教えてください。
清水 東京ガスは1885年、日本資本主義の父・渋沢栄一によって創立されました。創立以来、ガスの安定供給を通じて、日本の経済発展と豊かな暮らしを支えてきたと自負しています。
大気汚染問題が深刻化していた高度経済成長期には、当時主流だった石炭や石油よりも環境負荷の低いLNG(液化天然ガス)を日本で初めて導入するなど、一貫してエネルギーの安定供給と環境負荷低減の両立に取り組んできました。
──文化的で快適な生活になくてはならないエネルギー産業は、CO2排出量が多い業界でもあります。環境負荷低減に早くから取り組んできた御社が、いまあらためてSDGsへの取り組みを強化する理由を教えてください。
清水 弊社には、エネルギーの安定供給により、お客さま・社会を支えるという公益的使命があります。
LNG導入には莫大な投資費用を要しましたが、並行して先進的な基幹システムを採用することにより、業務効率化と需要拡大を実現。結果的に公益性と企業の持続的成長を両立させることができました。
現在は、世界的な「脱炭素」という課題にグループ全社で挑んでいます。
LNG導入時と同様、取り組みがいますぐに収益につながるわけではありません。しかし、再生可能エネルギーや水素技術など、将来的に必要となる事業に先行投資をして、気候変動対策とエネルギーの安定供給を実現することは、弊社の経営根幹にある渋沢栄一の「道徳経済合一(公益と利益を同時に追求する姿勢)」の理念にも合致するものと考え、取り組みを進めています。
「東京ガスの道徳経済合一の精神は、SDGsと合致するもの」と話す清水さん
──具体的なSDGsへの取り組みについて教えてください。
駒谷 では、東京ガスグループのカーボンリサイクル(炭素資源の再利用)の取り組みについてご紹介します。
駒谷 まずは、ガス機器排気中の二酸化炭素(CO2)を資源として活用し、炭酸塩を製造・利用するオンサイト(お客さま先)での「CO2資源化サービス」をご紹介します。
これは、都市ガス機器利用時の排気に含まれるCO2と水酸化物を反応させ、洗剤や肥料の原料となる炭酸カリウム(炭酸塩)をお客さま先で作るサービスです。お客さま先のガス機器が排気するCO2を「資源」として回収し、炭酸塩を製造・利用するカーボンリサイクルを実現しています。
東京ガスグループが進める「CO2資源化サービス」によるカーボンリサイクルのイメージ
──温室効果ガス排出量を減らすためには、サプライチェーン全体での取り組みが必要です。お客さま先のCO2排出量を資源として回収するというアイデアは、どのように思いついたのですか?
清水 カーボンニュートラルの実現のためには、弊社から供給するガスや電力のCO2排出量を削減することと同時に、お客さま先でのCO2排出量を減らすことにも取り組む必要があると考えています。
日本で最も歴史のある都市ガス事業者である私たちは、お客さまの生活にとって、非常に近い存在です。その立ち位置を最大限に活用すれば、お客さまと一緒に脱炭素化を推進していくことができるのではないかと、私たちはずっと模索していました。
そんな時、カナダのベンチャー企業「CleanO2 Carbon Capture Technologies」社(以下、CleanO2)が、CO2を回収して炭酸塩を製造する装置「CarbinXTM 」を開発したことを知ったのです。この技術を導入してお客さま先で排出されたCO2を回収・利用できれば、日本のカーボンリサイクルの早期実現に貢献できると考え、開発を進めました。
駒谷 北米と日本では空気の湿度やガス機器の排気性状が異なるため、最初は炭酸塩が塊になってしまい、うまくいきませんでした。しかし、何としてもカーボンリサイクルを実現したいという想いで実験を重ね、東京ガスの独自技術を加えることにより、日本においても排気中のCO2を吸収した炭酸塩を安定製造できるようになりました。
「初めは左のように炭酸塩が塊になってしまっていましたが、繰り返し実験を重ね、最終的に右側の形状の炭酸塩を安定供給できるようになりました」と駒谷さん
──お客さま先でCO2を「資源」として回収し、どのくらいの炭酸塩が製造できるのですか?
駒谷 水酸化カリウム75kgを装置に入れ、排気を取り込むと、排気中の二酸化炭素(CO2)と水酸化物が反応し、1週間ほどで洗剤や肥料の原料となる炭酸塩が約100kgできます。この製造方法は、反応時に排気の排熱も利用するので、従来の製造方法と比べて、原料調達から製造までのプロセスにおけるCO2排出量が約2割削減されます。
この製造方法で、従来の製造方法と比べて、原料調達から製造までのプロセスにおけるCO2排出量が約2割削減できたという
※炭酸塩を合成する化学式:2KOH(水酸化カリウム)+CO2→K2CO3(炭酸カリウム)+H2O(水)
清水 小型でスペースが限られる場所への設置も容易に行える本装置を活用することで、脱炭素をはじめとした環境経営を推し進めることが可能になる、というのは企業のESG経営推進に大きなメリットと考えています。炭酸塩は様々な用途で活用されていますので、先ずは素材として炭酸塩を調達しているメーカー企業などに導入メリットがあると思います。
──装置を設置することでESG経営の実現に寄与するというのは、SDGsへの取り組みに悩む企業にとってベネフィットがありますね。一方、「SDGsへの取り組みは推進したいけれど、そこまでコストをかけられない」という声も聞きます。費用面やコストバランスで導入が難しい企業へはどう対応しているのでしょうか。
清水 昨今、上場企業は有価証券報告書にサステナ情報の開示欄を新設することが義務付けられるなど、企業は環境情報の開示やCO2削減など、さまざまな対応が求められています。弊社では、脱炭素をはじめとしたお客さまの環境経営を支援する環境コンサルティングサービスも提供していますが、実際にお話を伺うと、SDGsへの取り組みに苦労しているというお声も耳にします。
そこで、装置で作った炭酸塩からオリジナルCO2リサイクル製品を開発・製造。それを使っていただくことで、SDGsへの取り組みに参加できる仕組みを考えました。この利用モデルを広げることで、CO2を排出するまちや工場の中で利活用される「地域におけるカーボンリサイクル」の実現も目指しています。
──具体的に、どのような製品を生み出しているのですか?
駒谷 現在、「洗濯洗剤」と「農業用肥料」の2つの製品を開発中です。都市ガス機器の排気に含まれるCO2を回収・利用した洗剤、肥料の開発は日本で初めての取り組みです。
都市ガス機器排気中のCO2を回収した炭酸塩(炭酸カリウム)を活用した、「CO2リサイクル洗濯用液体せっけん」は、2021年からヱスケー石鹸株式会社とのコラボレーションで開発しています。排気中のCO2のほか、使用済み食用油も利用しています。
現在は試供品を製造して認知向上を図っている段階ですが、将来的には広く一般の方にもお使いいただける製品化を目指しています。
都市ガス機器排気中のCO2を吸収した炭酸塩(炭酸カリウム)を活用した「CO2リサイクル洗濯用液体せっけん」の試供品。今後はデザイン開発なども含め、製品化を目指しているという
──「農業用肥料」についても教えてください。
駒谷 はい。もうひとつは、東京ガスが独自で開発した普通肥料「エコカリウム®」です。
カリウム成分には植物の根の育成を促進し、植物全体を丈夫にする効果があります。また、炭酸塩(炭酸水素カリウム)には、他のカリウム肥料に比べて土壌障害を起こしにくいという利点もあります。
小松菜の栽培試験で、ガス機器排気中のCO2を回収した炭酸水素カリウム肥料の効能検証を評価・確認した結果をもとにして、農林水産大臣による肥料登録を受けることができました。こちらも製品化に向けて、現在取り組みを進めています。
小松菜の栽培試験の結果を見せながら肥料「エコカリウム®」の開発経緯を説明する駒谷さん
──今後の展望や目標も教えてください。
清水 弊社は1872年に、日本で初めて横浜にガス灯をともしました。当時、ガス灯は文明開化の象徴とされ、やさしく柔らかな光で街を包みました。その後、ガスも電気も垣根なく提供するなど、新しい取り組みにも果敢にチャレンジ。いまは、東京ガスグループの事業活動全体で、お客さま先を含めて排出するCO2をネット・ゼロにすることへの挑戦を掲げています。
今回ご紹介したオンサイトでの「CO2資源化サービス」を通じて、カーボンリサイクルの意識を社会全体に広げることができるよう、サービスを推進していきたいと思っています。
駒谷 カーボンリサイクル技術をはじめ、さまざまなソリューションの提供で、お客さまとともに環境負荷低減への取り組みを進めていくことは、弊社の使命でもあると考えています。
脱炭素社会の実現は一足飛びにできるものではありません。あらゆる手段を講じてSDGsの目標達成を目指すなか、オンサイトでの「CO2資源化サービス」が、日本にカーボンリサイクルを広げる第一歩になるという意識で取り組みを推進していくことで、社会全体をやさしく照らしていきたいと思っています。
筆者プロフィール
講談社SDGs編集部
SDGsをより深く理解し、その実現のために少しでも役立てていただけるよう、関連する知識や事例などの情報をお届けします。