2025年02月17日
1890年の創業以来、食料・水・環境の分野で社会に役立つさまざまな製品を世に送り出してきたクボタ。「社会課題を解決するのが責務」と語る同社では、農業の未来を支える営農・サービス支援システム「KSAS(ケーサス)」を提供しています。同システムを活用した農業のDX(スマート農業)、その先につながるSDGsへの取り組みについて聞きました。
株式会社クボタ 農機国内本部 担い手戦略推進室長 藤田強さん
──まずは御社の事業概要について教えてください。
藤田 弊社は、人が生きていくために欠かせない食料・水・環境の領域でものづくりやソリューションの提供を通じて、社会課題の解決に取り組んできた企業です。
2025年に136年目(135周年)を迎えます。特に農業機械・建設機械・エンジンなどの機械関係や、水道用鉄管・水処理システム・廃棄物処理プラントなどの水環境関係の製品・サービスの提供を通じて社会に貢献してきました。国内だけでなく、世界各地のニーズに合わせグローバルに事業を展開しており、弊社の製品やサービスは現在、120ヵ国以上で使われています。農業分野では作業効率や生産性の向上の面で、世界の農業を支えていると自負しています。
近年は特に、国内の人手不足の課題解決を目的に、最先端のICTやロボット技術などを駆使し、作業の超省力化や作物の高品質化に寄与する、農業のDX、スマート農業のサポートを積極的に推進しています。
──日本の農家の高齢化と人口減少による担い手不足は、かなり深刻な状態にあるのでしょうか?
藤田 そうですね。農業人口の減少は、「持続可能な農業」において、一番大きな課題だと考えています。農林水産省の調査によれば、2024年時点で基幹的農業従事者は約111万人。2000年時点で約200万人いた基幹農業従事者が20年の間にほぼ半減しており、今後も減少傾向は続くと思われます。
このような状況下、人材不足を補うためには、農作物の生産量を落とさずに、省力化・省人化を実現する必要があります。そのために、デジタルを活用した「スマート農業」の普及を支えていくことが、弊社の使命だと考えています。
クボタの製品は「技術的に優れているだけでなく、社会の皆様に役立つものでなければならない」という創業者の言葉があります。その精神が現在も脈々と受け継がれており、社会課題を解決する製品やサービスを生み出すことが"当たり前"という意識が社内に浸透していることも、農業を支えることが「使命」であると捉えることに、つながっているように思います。
加えて、弊社のブランドステートメントは「For Earth,For Life」です。美しい地球環境を守りながら、人々の豊かな暮らしを支えていく。農業を支えることは、まさに"豊かな暮らしを支えていく"こともでもありますよね。
──深刻な担い手不足という課題の解決に、強い使命感を持って臨まれているのですね。農業のスマート化(DX)によって、そうした課題をどのように解決できるのでしょうか?
藤田 地理的要件で言うと、日本の農地は世界と比較すると、農作物を栽培する土地「圃場(ほじょう)」がとても小さいんです。
簡単に言うと、1枚の田んぼの面積が小さい。そこで、隣り合う2枚の圃場をつなげて圃場1枚当たりの面積を大きくして作業の効率化を図ることで、人手不足をカバーすることができます。そのためには、そもそも各農家が自分の圃場を正確に把握する必要がありますが、管理をデジタル化すれば、簡単に実現可能です。
圃場整備は国が進めている取り組みでもあり、これは持続可能な農業のために、非常に重要な要素です。なぜなら効率化を進めることで、仮に、農業従事者が今後減少しても、生産量が維持できれば、安定した食料供給を担えるようになるからです。結果、圃場が大きくなれば、それに対応した機械も必要になります。クボタの製品は、そうした変化にも対応できるよう、多様な製品をラインナップし、日々ものづくりに取り組んでいます。
──クボタはグローバル企業です。日本の課題を解決することは、グローバルの事業にも活きていくのでしょうか?
藤田 はい。弊社の機械事業の規模は、海外が9割、国内が1割ほどです。少子高齢化が進む日本は、「課題先進国」と表現されることがあります。将来的には、他国も日本と同じ課題を抱える可能性を秘めています。その点では、いま日本が抱えている課題を解決することは、将来的にそのノウハウがグローバルの事業に活きていくと考えています。
「代々受け継がれてきた日本の農業を守っていきたい」と話す藤田さん。
──どのようにして、農業のスマート化(DX)をサポートしているのでしょうか?
藤田 2014年にローンチした「KSAS」は、農家の方が持つ圃場の"見える化"を実現する、営農・サービス支援システムです。おかげさまでご好評をいただき、2024年で10周年を迎えました。
少子高齢化は、サービス開始(2014年)以前から重要な問題として顕在化していました。そのなかで当時、廃業する農家が増加する一方で、集落単位で農業生産を共同で行う「集落営農」による大規模化の流れがありました。しかし、それまで紙ベースで管理を行っていたこともあり、農家の方たちの管理業務の負荷は高まっていました。その課題解決のために、デジタル技術によって圃場を見える化し、一元管理できるサービスとして「KSAS」は誕生しました。
なぜ、こうした現場の声(課題)が私たちにまで届くかといえば、製品開発の際には、現地でテストを行うのですが、その際に、農家の方とコミュニケーションを取っているからです。そこで農家の方から「機械と連携して記録が残せるサービスはないか」というご意見があり、研究開発を進めることになりました。ですから、「KSAS」は単独で圃場の管理ツールとしても使用できますし、クボタ製品と組み合わせることで、自動で作業記録を残すことができるサービスとしても活用できるようになっています。
──営農の"見える化"を実現する「KSAS」は、具体的にどのようなことが可能なのでしょうか?
藤田 1つは、圃場の場所や作業記録の見える化です。
昔ながらの営農が続く農家では、自分たちが圃場を持つエリアの「白地図」に色を塗り、事務所の壁に貼って作業を確認・管理するというケースが珍しくありませんでした。もしくは、勘と経験を頼りに、そもそも作業記録を残さない、という農家の方もいました。ですが、大規模化によって圃場が増えると、紙ベースの管理や勘と経験では、情報共有が困難になっていました。
「KSAS」はGoogleマップと連携しており、圃場の場所、住所、面積、所有者情報などを一元管理することができます。
パソコンやスマートフォンで作業日誌の記録ができ、経営者の立場からすると現状を正確に把握できますし、作業をする立場からは、現地でスマートフォンを見て、その日作業する圃場を確認できるようになるというメリットがあります。また、記録はExcelでも出力できるため、法人化した農家の方ですと、各種報告書の提出の際にも役立ちます。
ほかにも、圃場枚数が増えると、管理する場所も広大になりますから、作業する圃場を間違えてしまうケースがあったそうなのですが、そうしたミスの防止にもつながっていると聞きます。
「KSAS」ではGoogleマップを活用し、圃場を可視化する。品種別、土地の所有者別など、好きな基準で色分けをして記録することができ、リアルタイムで作業進捗が把握できるほか、作業の抜けもれを防ぐ効果もある
2つ目は、圃場ごとの食味・収穫量の見える化です。この機能は、ある意味「KSAS」の最大の特徴とも言えます。
KSASが2014年にサービスを開始したタイミングで、クボタは「KSAS」と連携できる「食味・収量センサ付きコンバイン」を発売しています。この製品は、作物の刈り取りをしながら圃場一枚当たりの収穫量と、食味を把握できるという機能を持ち、自動で「KSAS」と連携し、記録を残してくれます。ちなみに、食味とはお米のおいしさのことで、タンパク含有率が高いと、食味が低下すると言われています。
このコンバインを導入すると、たとえば同じ品種でも圃場によって収穫量の多い少ない、食味にバラツキがあるかどうかなどが、すべて数値化され、正確に把握できるようになります。問題が発生した場合には、肥料が少なかったのか、病気が発生したのかなど、原因を分析することで、次年度の対策が打てますので、収穫量の安定と食味の均一化を図りやすくなるわけです。
最後は2023年から対応可能となった「リモートセンシング機能」です。
これは、ドローンで撮影した画像をKSAS上のマップに「見える化」し、生育ムラの把握を可能にするものです。生育ムラがわかれば、肥料の追加などの対応ができますから、収穫量のバラつきを未然に防ぐことができるわけです。
肥料の散布には、ドローンを活用することで、自動化を実現しています。これにより、収量の安定、肥料の最適化をサポートしています。近年、ドローンの進化は凄まじく、スマート農業も比例して進化しています。
食味・収量メッシュマップセンサ搭載のコンバインなら、メッシュマップで食味・収量のバラつきを詳細に確認でき、投下する肥料の量を決めることができる。
──まさに農業のDXを「KSAS」はサポートしているのですね。しかも、一定数までは無料で提供しているそうですね。
藤田 これまでの農業は、ITリテラシーが決して高いとは言えない業界でした。「便利そう」と思ってもらえても、導入してもらうのは簡単ではありません。そこで、まずは使ってみてほしいという思いから、圃場100枚まで使える無料プランを2022年からスタートしました。ここ数年で認知も進み、現在の契約軒数は約3万2000軒。契約面積(畑作を含む)は約22万ヘクタールと、単純計算で日本の水田作付面積の16%に相当します。
──契約軒数が伸びている理由は、「KSAS」の導入効果が高いからだと思います。実際に使われた方の反応はいかがですか?
藤田 さまざまな声をいただいています。
会社員生活を経て新規就農した宮崎県のとある農家さまは、圃場の場所を覚えるのが大変で、作業が順調に進められないという課題をお持ちでした。そこで「KSAS」を導入したところ、誰が見ても圃場の場所がわかりやすくなり、圃場を作物によって色分けして管理することで作業効率も上がったと言います。
他にも、岩手県のとある農家さまは、広域に点在する大小合わせて900枚近い圃場を保有していました。しかし、多様な圃場の特性を把握しているのは熟練者のみで、スタッフの8割を占める若手への継承・共有が課題でした。そこで「KSAS」を活用し、圃場の特性をデータベース化し、さらに作業の進捗を見える化することで、さらなる収量アップに取り組んでいるとのことです。
圃場の情報はスマホから、いつでも登録、確認できる
入力内容は即時反映され、リアルタイムで、作業の進捗状況を確認することもできるため、多数の圃場の管理が効率化された
今後も現場の声に真摯に耳を傾けながら、「KSAS」を進化させていきたいです。
──持続可能な農業のために、農業のスマート化をサポートしている御社。今後の展望を、聞かせてください。
藤田 農業の持続可能性のために目指していることのひとつが、自動化・無人化です。現在、自動で無人で作業するところまでは可能なのですが、近くで人が監視していることが条件なんです。次のステップとして、遠隔監視下で無人作業を可能にする完全無人化に挑戦中です。
有人監視下で、自動で作業する「Agri Robo(アグリロボ)」シリーズ。ゆくゆく"遠隔監視"でも利用できるようになれば、営農の効率化はさらに向上することになる
「KSAS」の今後という点では、現在は記録を残す機能がメインで、蓄積されたデータを見て改善策を考えるのは農家の方です。将来的にはAIなどを活用し、蓄積されたデータを元に、改善策の提案までできる機能を搭載できるよう、進化させていきたいですね。
まだまだ多くの課題がありますが、弊社が挑戦してきた事業がそのまま持続可能な未来につながると信じています。これからもぶれずに「For Earth, For Life」―地球環境を守りながら、人々の豊かな暮らしを支える活動を継続していきたいと思います。
文/モリヤママリコ 編集/赤坂匡介(講談社SDGs)
筆者プロフィール
講談社SDGs編集部
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