2025年04月10日
カーボンネットゼロの実現に向け、2025年4月、日本初の国産SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)の大規模生産を開始したコスモ石油。従来の航空燃料と比較してCO2排出量を大幅に削減できるという新エネルギーが、航空業界で求められる背景やその効果について、同社に聞きました。
コスモ石油株式会社 取締役執行役員 髙田岳志さん
──コスモ石油のブランドステートメントは「ココロも満タンに」。その言葉通り、人や社会と寄り添うことを重視する御社の事業概要と、SDGsへの取り組みに注力する理由について、教えてください。
髙田 コスモ石油株式会社は、1986年に大協石油株式会社、丸善石油株式会社、旧コスモ石油株式会社(精製コスモ)の3社が合併して発足。2015年10月に現在のコスモエネルギーホールディングス株式会社が発足し、持株会社体制に移行しました。その中でコスモ石油は、コスモエネルギーグループの中核を担う事業会社のひとつという位置付けです。
コスモ石油の主な事業は、原油の調達から石油製品の製造・販売を通して、さまざまな形で生活者や企業の方向けに、エネルギー供給を行うことです。
たとえば石油(ガソリン)は、車を動かす燃料として使用されます。その過程では、どうしてもCO2が排出されてしまいます。CO2はご存知の通り、地球温暖化の原因のひとつであり、エネルギー供給によって社会を支える企業としては、CO2排出量削減に取り組むことは当然の責務であると考えています。
──SDGsが国連で採択される(2015年)以前から、コスモ石油が環境保全の活動に力を入れているのは、そうした理由からなのですね。
髙田 はい。原油をはじめとするエネルギーは、地球資源の恵みでもあります。そのため弊社では、環境を守ることが自社のビジネスを守ることにもつながると考え、20年以上前から、環境問題を強く意識した経営を行ってきました。
TOKYO FM及び全国FM放送協議会(JFN)加盟局とともに行っている、地球環境の保護と保全を呼びかける活動「コスモアースコンシャスアクト」もそのひとつです。同活動の一環として、2001年からは、全国の海や公園を舞台に、清掃活動を通して環境問題を考える「クリーン・キャンペーン」を各地で展開しています。
2025年2月に行われた「コスモ アースコンシャス アクト クリーン・キャンペーン in横須賀」の参加者全員での記念写真
2021年には、「2050年カーボンネットゼロ(※1)」を宣言。「グループの事業活動から排出する温室効果ガスを2050年までにネットゼロにする」目標を掲げ、その実現に向けた取り組みを行っています。
※1 温室効果ガスの排出量と吸収量を同等にし、排出量が実質ゼロの状態
──2000年代の「エコ」(環境配慮)から始まり、現在は地球や社会にまで視野を広げ、持続可能な未来につながる「SDGs」への取り組みを推進されているのですね。
髙田 そうですね。実は、日本のガソリン需要というのは、2006年をピークに減り始め、近年は年に3%ずつ減少しています。ですから、カーボンネットゼロの実現に向け、次世代エネルギーへの取り組みを進めているのは、私たちの事業の持続可能性を高めるためでもあります。
世界全体で捉えれば、脱炭素・カーボンニュートラルの流れは加速しており、再生可能エネルギーへのニーズ、注目度は年々高まっています。こうした背景から、弊社では、従来の石油を中心とする事業での低炭素化に加え、次世代エネルギーを中心とする新領域での事業拡大にも注力しています。
「次世代エネルギーへの取り組みを進めているのは、私たちの事業の持続可能性を高めるため」と語る髙田さん
──御社が取り組む新事業「SAF」は、まさに持続可能な未来に向けた"挑戦"のひとつと言えそうです。まずはSAFについて、どのようなものなのか教えてください。
髙田 SAFは化石資源(原油)以外を燃料とする持続可能な航空燃料のことです。廃食用油や微細藻類、木くず、サトウキビ、古紙などを原料としているため、従来の航空燃料と比較して、原料の生産・収集、製造、燃焼までのライフサイクル全体でCO2排出量を大幅に削減できます。環境への負荷が軽減できると期待されています。
──SAFは環境に配慮した、次世代の航空燃料なのですね。御社はすでに、国内初となる国産SAFの大規模生産設備による供給を、2025年4月からスタートされる予定です。日本のエネルギー業界におけるSAF供給において、先陣を切った形です。
髙田 はい。以前から、CO2排出量が多い航空業界では、脱炭素に向けた取り組みが大きな課題となっていました。
そのなかで、国際民間航空機関(ICAO)は2016年の総会において、「国際航空分野のCO2総排出量を2021年以降増加させない」ことを目標に掲げ、2019年のCO2排出量を超過した分についてCO2排出権の購入等を義務付ける「CORSIA(※2)」制度の導入を採択しました。
※2 Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation:ICAOが定めた、国際航空の温室効果ガス排出削減制度
こうした状況を鑑み、2021年に日揮ホールディングス株式会社、株式会社レボインターナショナルとの協業で、国産SAFの生産を検討し始めました。
2022年にはこの3社で合同会社「SAFFAIRE SKY ENERGY」を設立し、国産SAFの製造に向けて動き出し、2024年に製造プラントを完工。2025年1月から試運転を開始し、現在に至ります。
2024年に日本政府は、2030年までに温室効果ガス(GHG)の5%削減を目標とし、「SAF供給を義務化」する方針を打ち出しています。つまり国産SAFの供給は、日本の航空業界がグローバル対応を推し進めるためにも、待ち望んでいたものと言えるでしょう。
国内初となる国産SAFの大規模生産設備(大阪府堺市のコスモ石油堺製油所内)。まずは年間約3万キロリットルのSAF生産を目指す(提供:合同会社SAFFAIRE SKY ENERGY)
──御社のSAFの主な原料は、廃食用油と聞きました。原料は飲食店、家庭などから回収するのでしょうか?
髙田 はい。主な原料は飲食店などから出る事業系の油と家庭から出た使用済み油です。日本では、年間約40万トンの事業系廃食油が排出されていますが、国内で再利用されているほか、一部は海外に輸出されています。
一方、年間10万トンあるといわれる家庭系廃食用油は、そのほとんどが回収されずに、廃棄されています。こうした状況を踏まえ、事業系の廃食油と家庭系の廃食用油、両方の資源を有効活用して生産していく方針を取っています。
──家庭用の廃食用油も回収するとなると、手間やコスト面での負荷が高くなってしまうのではないのでしょうか?
髙田 おっしゃる通り、タンカーで大量に輸入して精製する石油と比べ、回収にはコストや人手が必要で、さらに回収した廃食用油を精製する処理費用もかかります。そのため、一般的にSAFの販売価格は従来のジェット燃料に比べ2〜5倍ほど高くなってしまうのが現状です。
国産SAFの普及に向けては、今後さらに法的規制や助成金なども必要になってくると考えています。
──航空業界はいま、ビジネス(コスト負担)と持続可能性の両立を求められているのですね。国内初のSAF量産化は、供給面ではその一助となるのではないでしょうか。
髙田 まずは約3万トンの家庭系廃食用油を活用し、年間約3万キロリットルのSAFを製造予定です。また、国内外エアラインへの供給も予定されています。
2030年までには、バイオエタノールを原料とした約15万キロリットルのSAF製造に加え、海外からのSAF輸入なども組み合わせて、年間30万キロリットルのSAF供給を目指しています。
SAFサプライチェーンの流れの全体像。
原料開拓・収集(回収)は日揮HDとレボインターナショナル、製造・貯蔵はSAFFAIRE SKY ENERGY、ブレンドと販売はコスモエネルギーグループが行う
──年間30万キロリットルのSAFの供給とは、航空業界にとって、どれほどインパクトのある数字なのでしょうか?
髙田 日本政府は、2030年に日本国内のエアラインによる燃料使⽤量の10%をSAFに置き換えることを義務化する方針を打ち出しています。弊社が年間30万キロリットルのSAFを供給できるようになれば、この10%の目標の約5分の1は達成できることになります。
なお、石油業界では、他社も国産SAFの製造・販売に乗り出し、動き始めています。ペットボトルの回収が当たり前になったように、廃食用油の回収に取り組む自治体や企業も少しずつ増えてきていますので、今後はSAFが起点となって、廃食用油の回収が社会全体で広がっていくことで、循環型社会の実現につながっていくことが理想形だと考えています。
──廃食用油の回収促進のためのキャンペーンも行っているそうですね。
髙田 はい。事業パートナーである日揮HDが主導し、賛同してくれる企業や自治体と連携して、廃食用油がSAFになる過程を紹介するイベントなどを展開することで、廃食用油の回収の周知を図っています。
2024年3月には、東京都と連携して廃食用油回収促進キャンペーン「東京 油で空飛ぶ 大作戦」を実施。東京都を含む「Tokyo Fry to Fly Project」参画自治体や企業の協力を得て、廃食用油の回収キャンペーンも行いました。
2024年3月24日に開催された「国産SAFの取組拡大に向けた発表会」には、小池百合子都知事も参加した 画像:PR TIMES
コスモ石油では、実証実験として、一般の家庭から出る廃食用油を近くのサービスステーションに持ち込んでもらい、回収する取り組みを実施しました。多くの人に、生活に身近なところで脱炭素化や資源循環への貢献を実感してもらえたのではないかと思います。
なお、「Fry to Fly Project」への参画企業・自治体・団体は約200団体(2025年3月時点)となっており、今後さらなる活動の広がりが期待されます。
廃食用油回収ボックス設置イメージ(セルフ&カーケアステーション光が丘)
──多くの企業・自治体の協力によって認知が広がれば、廃食用油のリサイクルが当たり前になる日も、そう遠くないかもしれませんね。最後に、今後の目標についても聞かせてください。
髙田 従来型の燃料に代わる次世代燃料としてのSAFをはじめ、弊社はバイオ燃料や再生可能エネルギーなどの開発にも積極的に取り組んでいます。
エネルギーの安定供給を行うことで、人々の生活を支える企業であり続けるとともに、地球環境もよくしていく。賛同してくれるみなさまとともに、そんな未来を描いていけたらと思っています。
撮影/村田克己 文/相澤洋美 編集/赤坂匡介(講談社SDGs)
筆者プロフィール
講談社SDGs編集部
SDGsをより深く理解し、その実現のために少しでも役立てていただけるよう、関連する知識や事例などの情報をお届けします。