気候変動への適応を通じた地域づくり|SDGsと地域活性化【第5回】

2021年09月02日

SDGsを達成するには、全国展開する企業や、住民が多く存在する大都市圏だけでなく、すべての地域で積極的に取り組むことが必要です。特に地域におけるSDGsへの取り組みは、その地域の活性化につながるものであることが重要になるでしょう。
山陽学園大学・地域マネジメント学部で環境政策を専門とする白井信雄教授が、SDGsを活かしてどのように地域の活性化を図っていくべきかを解説します。


気候変動への対策には、緩和策適応策があります。緩和策はカーボンゼロを目指す対策で、省エネルギーを進め、それでも残るエネルギー需要を再生可能エネルギーで賄うことが基本になります。しかし、すでに多くの二酸化炭素等の温室効果ガスを排出してしまっており、それに基因する猛暑や豪雨の被害は拡大しつつあります。また、カーボンゼロの実現は2050年の目標であり、それまでに排出する温室効果ガスにより、気候変動はさらに進行せざるを得ません。こうした緩和策では避けられない影響に対して、水土砂災害や熱中症対策、農作物の高温障害対策、生物多様性の保全などの気候災害対策を強化したり、将来に備えるという対策が「適応策」です。


気候変動の適応策は、SDGsのゴール13「気候変動に具体的な対策を」に位置づけられます。例えば、ターゲット13.1は「全ての国々において、気候関連災害や自然災害に対する強靱性(レジリエンス)及び適応の能力を強化する」というものです。
今回は、気候変動への適応策と地域づくりとの関係を解説し、適応策を通じた地域づくりの実践事例を紹介します。気候変動の適応策は研究としては早くから検討されてきましたが、地域の行政や事業者においてはこれからの検討課題であるところが多い状況にあります。ただ、2018年に気候変動適応法が制定され、地方自治体では地域の適応計画を策定し、取り組みを推進することになっています。

気候変動が異常気象をかさ上げする

気候変動の影響を考える前提として、まず気候変動と異常気象の違いを理解しなければいけません。"気候"は中長期的にとらえるもの、"気象"とは短期的にとらえるものです。
気象予報士は日、週単位の予報をしますが、気候の予測は行いません。そして、"気候変動"の原因は人的要因(温室効果ガスの排出)、"異常気象"は火山の噴火や太陽活動の変化等といった自然要因によるものです。異常気象は極端な豪雨や猛暑等として、いつでも起こりえるのですが、その異常気象を気候変動がかさ上げします。100年で数度の温度上昇というと、漸進的で大したことがないと思いがちですが、ただでさえ大変な異常気象が気候変動でさらに深刻なものになる、あるいは発生確率がほとんどないと思っていた異常気象が頻繁に発生するようになります。

イメージしやすいように、図1に岡山市の8月の日平均気温の推移を示します。自然変動により暑かったり、そうでなかったりする年が繰りかえされています。しかし、猛暑の年がより頻繁になったり、それが常態化したり、想定以上に高温になる年が発生するようになってきていることがわかります。気候変動が猛暑という異常気象をかさ上げしています。

図1 岡山市の8月の日平均気温の推移(気象庁のデータより作成)

図1岡山市の8月の日平均気温の推移(気象庁のデータより作成)

気候変動の地域への影響

適応策は気候変動の影響を軽減するものです。したがって地域の適応策を検討するためには、気候変動の地域への影響を具体的に把握し評価する必要があります。

環境省の「気候変動影響評価報告書」では、気候変動が日本にどのような影響を与えうるのかについて、科学的知見をとりまとめ、「重大性(影響の程度等)」「緊急性(影響の発現時期や適応の着手・重要な意思決定が必要な時期」「確信度(情報の確からしさ)」の3つの観点から、影響の評価を行なっています。
注意しなければならないのは、気候変動の影響は地域の気象条件はもとより、地域の社会経済条件によって異なるものであり、その評価も地域の主体によって異なるものであることです。したがって、気候変動の影響評価は、地域毎に、地域の住民や事業者が独自に、当事者意識をもって行なう必要があります。
表1に、地域資源への気候変動の影響の例をまとめました。地域資源とは地域にあるもの、地域での活動やまちおこしに活用されるものです。地域資源が影響を受けるのですから、それへの対策(適応策)は不可欠なものとなります。

表1 地域資源への気候変動の影響

表1 地域資源への気候変動の影響

適応策とは、「地域の弱いところ」への改善

気候変動の影響の程度は、温室効果ガスによる気温上昇やそれに伴う豪雨の増加などの気候外力の変化の程度によるだけでなく、気候変動の影響を受ける側面の要因、すなわち影響の受けやすさ(感受性)や社会経済の適応能力の程度が関係します。感受性と適応能力をあわせて抵抗力(レジエンス)といいます。
たとえば、高齢者の熱中症患者が増えていますが、これは猛暑日が増えていることだけでなく、高齢者が増えていること、昼間独居の高齢者が増えていること、また高齢者を見守る近隣関係が希薄化していることなどが関係し、気候変動への感受性を高めていると考えられます。また高齢者が、自分が思っている以上に水分摂取が必要であるという知識や姿勢を持っているかどうか、すなわち適応能力が備わっているかどうかが、熱中症の発症を規定します。
したがって、熱中症に関連する適応策では、高齢者と地域との関係づくりによる支え合い等の感受性改善に関することと、高齢者への熱中症対策グッズの配布やそれを通じた啓発による適応能力の向上を行なうことになります。

地域の将来を考えると、今後は気候変動の進行だけでなく、社会経済の抵抗力の低下が進むと予測されます。人口減少、高齢化、地域での互助関係の希薄化、財政余力の低下等です。そうすると、気候変動の影響はますます発生しやすく、深刻なものなっていきます。気候変動の影響に対する目的短絡的な対症療法ではなく、社会経済の状況を改善していくという大きな視点で、適応策を考えることが重要です。
社会経済の抵抗力の向上は、気候変動への適応策となるだけでなく、地震等の自然災害に対する対策にもなります。また、抵抗力の向上は高齢者等の弱者が生きやすい社会づくりであり、地域活動を行なう基盤づくりでもあります。

以上のことをひらたくいえば、気候変動の影響は社会経済の弱いところ(抵抗力が低いところ)に起こり、その弱さの改善が適応策であるということです。適応策を通じた弱さの改善が、安全・安心で暮らしやすく、元気のある地域づくりにつながるわけです。

図2 気候変動への緩和策と適応策の考え方

気候変動への適応策を通じた地域づくりの事例:長野県高森町の市田柿の適応策

地域資源を守る適応策の事例として、長野県高森町における市田柿に関する取り組みを紹介します。
高森町は、南信州の中心都市である飯田市に接した北部に位置する、人口約1万3000人の地域。市田柿は農家の秋冬の副業として定着してきました。全国区で注目され、2006年には地域ブランド(特許庁の地域団体商標登録制度)に認定され、2016年には地理的表示(GI)保護制度に登録されました。栽培農家は500戸弱とされます。
市田柿は小ぶりな干柿で、もっちりとやわらかで、実の糖分が外に浮きでて、白い粉化粧のようにみえます。全国の干柿出荷量の4割を市田柿が占めていた時期もあり、高森町はその市田柿の発祥の地です。この町にあった市田という地区にあった柿の木が南信州全体に広がり、市田柿という地域ブランドとなっています。

ところが近年では、他の地域の干柿と同様に、柿を干す時期の温度上昇により、カビの発生が深刻になってきました。自然変動によるカビの被害が深刻な年とそうでない年がありますが、気候変動により深刻な年が頻繁になってきたわけです。
そこで、高森町では適応策を研究する法政大学地域研究センター(当時筆者が在席)と連携し、2016年から2019年にかけて、気候変動の市田柿への影響を調査し、農家や農協等とともにワークショップを開催しました。その結果、2019年12月に「将来の気候変動を見通した市田柿の適応策計画」が策定されました。

当面は高温化に対応する従来の生産・加工技術の情報共有を図ることとし、中長期的には新たな生産・加工技術の開発を進めることとしました。つるす手間の自動化(ロボット)の導入、カビ発生警報機の開発などが、新たな技術開発のテーマとなりました。
また、技術が開発されても小規模零細農家や後継者がいない農家では導入のための設備投資が進まないことから、生産・経営の形態の改善、すなわち共同化を気候変動の適応策として位置づけ、それを重点アクションとして実行することにしました。

適応策計画に位置づけられた農家間の連携による技術共有や生産・経営の形態の改善は、地域農業の活性化方策としてもともと進めるべきものとされてきました。その農業政策を、気候変動適応策を通じて、より強く押し進めようというのがこの計画です。
とかく、農業分野での適応策の検討では、高温下に対応する技術の開発と普及が中心テーマになりがちですが、高森町の検討では技術の導入ができない「抵抗力の弱いところ」に焦点をあて、その解消方策を適応策として位置づけ、具体化した点が重要です。

市田柿

市田柿(長野県高森町役場が運営する「市田柿」紹介サイトより)

気候変動への適応策とSDGsとの関連

気候変動への適応策とSDGsのゴールとの関係を、表2に整理しました。冒頭に、適応策はSDGsのゴール13「気候変動に具体的な対策を」のターゲット13.1に示されているとしましたが、適応策は社会経済の弱いところの改善であること、その検討プロセスにおいて地域主体の参加と協働が重要であることなどをふまえると、適応策は多くのゴールに多面的に関連することがわかります。
適応策を単なる緩和策では避けられない影響を補完するものだと狭く捉えるのではなく、多くのゴールに達成に貢献できる対策として意義づけて、能動的に取り組むことが望まれます。

また、SDGsで重要なことは、「誰も取り残さない」という社会的包摂の考え方です。気候変動の影響は弱いところに起こるということとは、逆に言えば、強いところでは気候変動の影響は深刻なものとなりにくいということです。
たとえば、少子高齢化が進む地区では豪雨等への防災対策もままならず、水土砂災害の被害が深刻で復旧もできずに地域の衰退が加速します。これに対して、祭り等の地区活動が活発で、賑わいのある地域では、防災対策においても徹底されるというように、弱いところと強いところの差がますます開いていく可能性があります。
弱い地域を優先して手を差し伸ばし、誰も取り残さないようにするのがSDGsの考え方です。このSDGsの理念は、気候変動適応策においても重要なものであり、SDGsと気候変動適応は親和性が高いということができます。

表2 地域主導の気候変動の適応策によるSDGsへの貢献例

今回は、気候変動適応策というもうひとつの気候変動対策を地域で検討、実施していくことが、ローカルSDGsの実現につながることを取り上げました。気候変動適応を地域活性化につなげるという視点で、適応策を能動的に捉えることが大切です。

次回は、SDGs未来都市をとりあげます。

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SDGsの基礎知識