2021年11月10日
2021年10月31日、イギリスでCOP26が開幕し、メディアでも多く取り上げられています。日本でも、菅元首相による2020年の「2050年カーボンニュートラル宣言」を受け、さまざまな取り組みが進められています。
地球の気温は1850年以降上昇を続けています。2016年、2019年、2020年には過去最高レベルの気温を記録するな。本記事では、気候変動問題解決を目指す概念であるカーボンニュートラルの意味と現状や取り組みについて、またSDGsとの関わりを解説します。
カーボンニュートラルを直訳すると、炭素の意味である「カーボン」を「ニュートラル(中立)」の状態にするという意味になります。つまりカーボンニュートラルは、「温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」ことを意味します。
温室効果ガスの排出を完全にゼロにすることは現実的に難しいため、排出量から吸収または除去した量を差し引いて、全体としてプラスマイナスでゼロにするという考え方です。「ネットゼロ」も、カーボンニュートラルとほぼ同じ意味の言葉として使われています。
温室効果ガスは、太陽の熱を吸収して地球に閉じ込め、再放出して地表を温める性質があります。温室効果ガスには、二酸化炭素の他、メタン、一酸化二窒素など全部で7種類ありますが、中でも排出量が圧倒的に多いのが二酸化炭素で、炭素を燃やすと排出されます。他の6種の排出量は二酸化炭素排出量として換算されることから、温室効果ガスの排出量は二酸化炭素排出量として算出することが一般的です。
地球温暖化が深刻な問題として注目され始めたのは、1970年代になってからです。
1988年には世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって、気候変動に関する最新の科学的知見を評価する政府間組織「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が設置されました。そのIPCCは、気温上昇の原因は人間社会の温室効果ガスである確率が95%以上と結論づけています(2014年)。
1995年には、ドイツ・ベルリンで「気候変動枠組み条約第1回締約国会議(COP1)」が開催され、先進国に対する温室効果ガスの削減義務の強化などが採択されています。
温暖化問題で耳にすることの多い「パリ協定」は、2015年12月にフランス・パリで開催された「COP21」で成立した、国際的な枠組みです。
この「パリ協定」では、1997年の「COP3」で定められた「京都議定書」の後を継ぎ、国際社会全体で温暖化対策を進めていくため「世界の平均気温上昇を産業革命前と比べて2℃以下に保ち、1.5℃に抑える努力する」という世界共通の目標を掲げています。「京都議定書」では先進国に対してのみ求められていた削減義務が、開発途上国を含む全ての国に求められているのが特徴です。気温上昇を1.5℃に抑えるためには、2050年までに温室効果ガスを世界全体で実質ゼロにする必要があると試算されており、世界各国が脱炭素社会の実現へ向け本格的に取り組むようになりました。
日本では、2020年、菅元首相が所信表明演説において「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする。すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言しています。
2021年10月31日、イギリス・グラスゴーで「COP26」が開幕しました。国連の発表によると、各国がパリ協定のもと表明した温室効果ガスの削減目標を達成したとしても、2030年の排出量は2010年に比べて16%増加すると見込まれています。このため、削減目標の引き上げや産業革命前と比べ、世界の平均気温の上昇を1.5度に抑えることを世界一致で合意できるかが議題となりました。また日本は、2030年度に石炭火力による発電を19%まで減らす計画を立てていますが、石炭火力発電の全廃に賛同していないことで厳しい立場に立たされています。
日本の温室効果ガスの排出量は2019年度には12億1200万トンで、世界で5番目に多い排出国です。2020年の「2050年カーボンニュートラル宣言」を受け、政府は新たな戦略の策定や計画の改定を行っています。
そのひとつに、2021年6月に策定された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」があります。「経済と環境の好循環」を作っていく産業政策=グリーン成長戦略とし、対策が不可欠であり成長が期待される、洋上風力・太陽光・地熱産業や水素・燃料アンモニア産業、自動車・蓄電池産業、半導体・情報通信産業など全14分野を対象に設定しました。10年間で2兆円のグリーンイノベーション基金を造成し支援する方針です。
2021年10月には「地球温暖化対策計画」が5年ぶりに改訂されています。2030年度において2013年度比で温室効果ガス46%の削減目標に向け、住宅や建築物の省エネ基準の適合義務付けの拡大や、イノベーション支援、100以上の「脱炭素選考地域」の創出などの政策が記載されています。
また同じ2021年10月、「第6次エネルギー基本計画」が閣議決定されました。さまざまなエネルギーを組み合わせて、「3E+S」を達成するためのエネルギー政策の道筋が示されています。
3E+Sは、安全性(Safety)を大前提とし、自給率(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時に達成することを意味しています。
再生可能エネルギー源の積極的な導入が推進され、石炭による二酸化炭素の削減が求めらる中、注目されているのが水素エネルギーです。水素は燃やしても二酸化炭素が出ず、水や化石燃料、バイオマスなど、いろいろなものから作ることができます。経済産業省は「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を打ち出し、水素社会に向けた取り組みも進めています。
また別の視点から、「カーボンオフセット」という考え方も取り上げられています。カーボンニュートラルは、排出される二酸化炭素を吸収・除去し、排出量をプラスマイナスでゼロにしようという考えであるのに対し、二酸化炭素の排出量削減活動と同等の投資などを行うことで埋め合わせをしようとするのがカーボンオフセットです。
J-クレジット制度は、省エネ設備や再生可能エネルギーの導入、適切な森林経営による温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証する制度です。クレジット創出企業は、クリーンエネルギーの導入が可能となり、設備投資費用の一部をクレジットの売却によって補うことができます。クレジット購入企業にとっては、クレジット購入を通して省エネ活動を応援することができ、企業のPRにもなるというメリットがあります。
海外に目を向けると、EUはいち早くカーボンニュートラルに取り組んでいる地域です。2005年から二酸化炭素排出量取引制度(EU₋ETS)を導入し、二酸化炭素の排出量が多い企業に対して課金する制度を導入しています。これにより、企業が自主的に二酸化炭素削減の方向へ向かっていったようです。
また2020年、EU首脳会議で「欧州復興基金」が合意され、EU共同債権の発行により約94兆円が調達される予定です。コロナ禍からの復興をCO2削減対策に託す取り組みとして注目されています。
中国は温室効果ガスの排出が世界で最も多い国です。これまでの経済発展に伴い、石炭火力を大量に増やしてきましたが、2020年には日本に先立ち、2060年までのカーボンニュートラルを宣言しています。その実現に向け、水素をエネルギー源とする技術開発を始め、産業全体で炭素イノベーションが急速に進んでいます。
アメリカに関しては、バイデン政権のもとパリ協定に復帰したことで、世界のカーボンニュートラルへの動きを加速させる役割を果たしたといえるでしょう。バイデン政権では、気候変動対策を最重要政策の一つと定め、2050年にカーボンニュートラルを目指すことを宣言しています。電力の脱炭素化、グリーンエネルギー化を目指し、4年間で約200兆円を投資することを公約にしています。
SDGsの17の目標のうち、直接カーボンニュートラルと関わりがあるものが、目標07「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」と目標13「気候変動に具体的な対策を」です。
しかし、SDGsはそれぞれ単独で成し得るものではなく、温暖化対策はSDGsのすべての目標の達成に何らかの形で関わっているといえるでしょう。
たとえば、温暖化や温暖化による自然災害は、農林水産業における収量と品質を低下させます。さらにそれに関わる失業を招き、目標01の「貧困をなくそう」や目標02の「飢餓をゼロに」と関連します。
自然災害や海面上昇によって住む場所を失えば、目標11の「住み続けられるまちづくりを」に直接影響を及ぼします。また住まいやオフィスの省エネ化や廃棄物削減の取り組みは、カーボンニュートラルの取り組みと重なります。
目標09「産業と技術革新の基盤をつくろう」に設定されたターゲット9.4には「2030年までに、資源利用効率の向上とクリーン技術及び環境に配慮した技術・産業プロセスの導入拡大を通じたインフラ改良や産業改善により、持続可能性を向上させる」と、クリーンエネルギーについて言及されています。
このように見ていくと、地球温暖化は自然災害による直接的な影響だけでなく、経済活動や雇用、健康福祉などさまざまな分野へ影響を与えていることがわかります。カーボンニュートラルへの取り組みは、SDGsの達成に欠かすことのできないテーマになっているのです。
二酸化炭素実質ゼロの達成期限は2050年です。パリ協定後の「日本のNDC(国が決定する貢献)」である2013年度から、2050年度の37年間で、前年度比約2.7%の削減を毎年続けなければいけない計算になります。経済産業省の「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討」では、技術やコスト、自然・社会制約などのさまざまな面で、多くの課題を乗り越える必要があると訴えています。
SDGsは、2030年までの達成を目指す17のゴールと169のターゲットで構成されています。この2030年は、温室効果ガスの排出量削減の中間目標が設定された年でもあります。日本では、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比で46%削減するとしています。
この目標を達成するための核となる政策が、再生可能エネルギーの導入を増やすこととエネルギー利用の効率化です。政府は2030年までに全発電量に占める再生可能エネルギーの割合を22%~24%程度にすることを目標としています。
カーボンニュートラルに関してはさまざまな課題や問題点が指摘されていますが、ここではその根拠となる二酸化炭素の排出基準について考えます。
現在、国別の二酸化炭素排出量は「生産」をベースにして計測されています。しかしこの方法だと実情よりも先進国は減少傾向、開発途上国は増加傾向に出てしまいます。
開発途上国ではインフラの整備のために排出量が増加していたり、化石エネルギーへの依存度が高いこともありますが、先進国の企業がコストの負担軽減のため、人件費の低い国に工場を建てることも影響しています。他国へ輸出する製品の生産過程で排出される二酸化炭素も、工場のある開発途上国の排出量として計測されてしまうのです。
しかしながら「消費」ベースで計測するには精緻なデータが必要で、統計に時間がかかるという問題があります。
排出基準の設定が難しい以上、その検証にも課題があります。カーボンニュートラルは、世界全体で取り組むべき問題ですが、たとえば先進国が安い人件費などを求めて開発途上国に工場を移転した場合、先進国の二酸化炭素排出量は目標を達成できても、世界全体では増加しているということになりかねません。カーボンニュートラルを目指すためには、世界が対立ではなく協調していくことが欠かせません。
一次エネルギー国内供給の推移(経済産業省資源エネルギー庁)を見ると、2019年度には石油37.1%、石炭25.3%、天然ガス22.4%と、化石エネルギーが約85%を占めています。これを2050年までに実質ゼロにするためには、再生可能エネルギーの拡大が不可欠です。再生可能エネルギーにはどのようなものがあるか見ていきましょう。
太陽光発電
2019年時点で、日本の太陽光発電は累積導入量で世界第3位です。2009年の固定価格買取制度、2012年の固定価格買取制度(FIT制度)のスタートにより、急速に普及が進んでいます。
発電効率を高めるタンデム型太陽電池や、軽量で柔軟性のあるビルの壁などに設置できるペロブスカイト型など、新たな太陽光発電システムの技術開発が進められています。
洋上風力発電
洋上風力発電は現在はヨーロッパがリードしていますが、海に囲まれた国土と、太陽光と比べ昼夜や天候に関わらず、安定した風量が見込めることから日本でも注目が集まっています。建設に時間がかかることや得られた電力をどう届けるかというインフラ構築などの課題がありますが、今後の拡大が期待されています。
また、海洋においては、波力、潮力、海洋温度差、塩分濃度差などを活用した再生可能エネルギーの研究も進められています。
バイオマス
動植物などから生まれた生物資源の総称(バイオマス)を、燃焼したりガス化することで発電するのがバイオマス発電です。京都議定書では二酸化炭素を排出しない方法として取り扱われています。廃棄物の再利用や減少につながるため、循環型社会の構築に貢献していますが、収集・運搬・管理などのコスト面で課題も残っています。
地熱発電
火山の多い日本は、世界第3位の地熱資源を持つ国です。洋上風力発電と同様に、安定した電源となります。火山地帯の深部には、高温・高圧の超臨界水が存在すると推定されており、これを活用した超臨界地熱発電は、従来よりも大規模化が可能で、次世代地熱発電技術として期待されています。
水素エネルギー
水素は燃やす時に二酸化炭素を排出せず、水や石油・石炭などの化石燃料、木材やゴミなど、さまざまなものから作ることが可能です。さらに他のエネルギーを水素に変えて貯蔵できるという特徴もあります。すでに家庭用燃料電池エネファームや、燃料電池自動車などに利用されており、コストやインフラ、制度整備など課題も多くありますが、水素社会の実現へ向けて歩み出しています。
ゼロエミッションとは、あらゆる廃棄物をリサイクルすることで、最終的に処分する廃棄物を一切出さない資源循環型の社会システムを指します。ゼロエミッションを地域の基本構造として位置づける政府の「エコタウン事業」制度の創設のほか、自治体や企業でもさまざまな取り組みが進められています。
ゼロエミッションという言葉は、二酸化炭素排出実質ゼロの意味でも使用されています。ゼロエミッション電源は原子力発電と再生可能エネルギーによる電源のことで、日本では、2030年のエネルギーミックスでゼロエミッション電源比率を44%(原子力発電で20~22%、再生可能エネルギーで22~24%)にすることを目標としています。
原子力発電は、安全性や廃棄物の問題から持続可能なエネルギーとは言えませんが、「第6次エネルギー基本計画」では、「安全を最優先し、再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する」とされています。
省エネルギー(省エネ)は、限りあるエネルギーを効率よく使うことを指します。省エネは身近な問題として考えやすいテーマですが、家庭のエネルギー消費量は年々増加しています。家庭からの二酸化炭素排出量を見ると、約半分を電気が占めており、家庭で省エネを進めるためには電気の使い方を見直す必要があります。
企業においては、1979年に省エネ法が制定され補助金や助成金などの支援も積極的に行われています。省エネ法では2013年度比で、2030年までに、エネルギー消費効率を35%改善することを目標としています。
二酸化炭素排出が避けられない場合、地中に埋めたり、資源と捉えて有効利用したりすることで二酸化炭素を処分する技術開発も進められています。
排ガスから二酸化炭素を回収・貯留する技術をCCS、有効利用する技術をCCU、これらの組み合わせをCCUSと言います。さらに、二酸化炭素を空気中から直接回収する技術(DAC)も注目されています。
二酸化炭素を有効利用する場合は特に「カーボンリサイクル」と呼ばれています。
トヨタ自動車では、世界の各地域ごとの利用者の利便性を考慮しつつCO2排出量を削減する、「サステナブル&プラクティカル」な電動車づくりとともに、人とクルマと自然が共生する社会へ向け取り組んでいます。
トヨタ自動車は2015年に6つのチャレンジから成る「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表しました。具体的には、2050年までのCO2ゼロチャレンジとして、グローバルで新車の平均CO2排出量を2010年度比で90%削減することを目指しているほか、グローバル工場からのCO2排出ゼロ、さらに製造から使用、廃棄の製品ライフサイクル全体でのCO2ゼロを掲げています。2021年には、当初2050年までとしていたCO2排出量実質ゼロ目標を大幅に前倒しし、2035年までとすることを打ち出しています。
三井不動産グループでは、グループ全体の温室効果ガス排出量を、2019年度比で2030年度までに30%削減、2050年度までにネットゼロとすることを目標として設定しています。
活動の具体例として、2018年にオープンし年間2200万人が訪れる複合用途型施設「東京ミッドタウン日比谷」において、省エネと創エネを組み合わせ、東京都が大規模事業者に削減を求める「特定温室効果ガスの基準排出量」に対し約20%削減を実現しています。また敷地内には約2000㎡の緑化空間を設備し、ヒート対策も行っています。
その他、太陽光発電等の再生可能エネルギーを活用したメガソーラー事業や木造賃貸オフィスビルの計画検討など、温室効果ガス削減に関するさまざまな取り組みを行っています。
スターバックスは、世界30か国、40万人を超えるコーヒー農家からコーヒーを購入し、「コーヒーの持続可能な未来に取り組む」としています。カーボンニュートラルに向け、グリーンコーヒー(生豆)の実現に取り組み、2030年までにその加工過程で使用する水の量を50%削減するという目標を設定しています。
日本国内においては、店舗で使用する電力をCO2排出量ゼロの100%再生可能エネルギーへ切り替える取り組みを進めています。2021年4月には、北海道、東北、沖縄を除く、路面の直営店301店舗で切り替えが完了しています。
地方自治体においても脱炭素に向けた取り組みが行われており、329の自治体が「2050年二酸化炭素排出実質ゼロ」を表明しています。(2021年3月時点)
千葉県睦沢町の地域新電力「CHIBAむつざわエネジー」は、再生エネルギーが防災に活用された一例です。
地域新電力は、太陽光やバイオマス、風力などの地域内の発電電力を最大限に活用し、地域内の企業や家庭に電力を供給する事業です。「CHIBAむつざわエネジー」は、2019年、台風15号が上陸した際に停電発生から5時間後に発電機を稼働させ、電力共有を行いました。また地域の防災拠点としても機能しています。
カーボンニュートラルの基本的な知識と、現状や課題、SDGsとの関わりについて紹介してきました。カーボンニュートラルを達成することはSDGsの達成とも密接であり、両方を合わせてメッセージとして発信している企業も多くあります。また、カーボンニュートラルを目指すことによってさまざまな技術革新も進んでいます。
カーボンニュートラルに取り組むことは、環境対策や企業の責任としてしての意義に留まらず、今や企業の成長戦略として欠かせないものとなりつつあります。