「ゼロカーボン」を通じた持続可能な地域づくり|SDGsと地域活性化【第2部 第6回】

2022年05月11日

SDGsを達成するには、全国展開する企業や、住民が多く存在する大都市圏だけでなく、すべての地域で積極的に取り組むことが必要です。特に地域におけるSDGsへの取り組みは、その地域の活性化につながるものであることが重要になるでしょう。
武蔵野大学工学部環境システム学科で環境政策を専門とする白井信雄教授が、SDGsを活かしてどのように地域の活性化を図っていくべきかを解説します。


2050年までにゼロカーボン(二酸化炭素の排出をゼロにする)を表明する地方自治体は、2022年3月末時点で679自治体(41都道府県、402市、20特別区、181町、35村)、合計人口は約1億1,708万人となっています。ゼロカーボンは人類が達成すべき今世紀最大の課題であるとともに、地域で本格的に取り組むべき政策課題です。
今回は、地域におけるゼロカーボンを、SDGsの達成や地域活性化と一体的に実現していく方策の考え方、そして実践事例を紹介します。

ゼロカーボンを達成する中間項を整理する

まず簡単な数式の説明から始めます。ゼロカーボン社会を実現するための対策は多様ですが、その体系は二酸化炭素排出量を中間項(結果を左右する要因)で分解をすることによって整理できます。

たとえば、GNP(国民総生産量)という変数を使い、二酸化炭素排出量を次式で表すことができます。

(二酸化炭素排出量)=(GNP)×(二酸化炭素排出量/GNP)

右辺の第1項と第2項の分母(GNP)が同じですので、それがかけ算で相殺され、二酸化炭素排出量が求められることがわかります。右辺の第1項と第2項が中間項です。この式から、二酸化炭素排出量を減らすためには、右辺の第1項のGNPを減らすか、第2項の経済活動量あたりの二酸化炭素排出量を減らすか、いずれかを考えればよいということがわかります。

このように、中間項の分解をすることで、二酸化炭素排出量という目的変数を説明する要因を分けることができ、各要因ごとに対策を整理していくことができます。

これを応用して、二酸化炭素排出量を4つの中間項に分解したものが次式です。

(二酸化炭素排出量)
=(サービス需要量)×(サービス消費効率)×(エネルギー消費効率)×(炭素密度)

ここで、右辺の各変数は次のように計算されます。

(サービス消費効率)=(サービス消費量)/(サービス需要量)
(エネルギー消費効率)=(エネルギー消費量)/(サービス消費量)
(炭素密度)=(二酸化炭素排出量)/(エネルギ-消費量)

たとえば、運輸(貨物)部門の二酸化炭素排出量の場合を考えてみます。サービス需要量(右辺の第1項)は牛肉を食べたいというニーズだとします。そもそも、牛肉をたくさん食べようと思わなければ、二酸化炭素排出量が減ります。

牛肉を食べたいニーズを満たすために牛肉を輸送する活動量がサービス消費量です。牛肉を近くから調達すれば、サービス消費量が小さくなります。つまり、サービス消費効率(右辺の第2項)が小さくなり、二酸化炭素排出量が減ります。

さらに、牛肉をトラックではなく、鉄道等の公共交通で運べば、同じ量の牛肉を運ぶとしてもエネルギー消費量が少なくなります。エネルギー消費効率(右辺の第3項)が小さくなり、二酸化炭素排出量を減らすことができます。

そして、トラックで輸送するとしても、軽油ではなく、再生可能エネルギーで作った電気で走るトラックにすれば、炭素密度(右辺の第4項)が下がり、二酸化炭素排出量が減ります。

排出部門別のゼロカーボン対策の整理

4つの中間項の各々を減らす対策を、二酸化炭素の排出部門別に整理しました(表1)。

表1 4つのゼロカーボン対策(二酸化炭素の排出部門別)

国が進めるゼロカーボンのための政策は、エネルギー消費効率を高める省エネルギーと炭素密度を改善する再生可能エネルギーの導入が中心となります。これは、二酸化炭素の排出削減量が把握しやすいことと、これらの技術対策に直結する産業があり、景気浮揚の効果も期待できるからです。国・地方脱炭素実現会議が2021年6月に作成した「地域脱炭素ロードマップ」においても、地域特性に応じて、省エネルギー、再生可能エネルギーの導入を加速化させることを中心にまとめています。

しかし、サービス需要量の削減やサービス消費効率の削減もまた、検討すべき重要なゼロカーボン対策であるはずです。

サービス需要量を減らす対策は、近代化(工業化と都市化)によって形成されてきた、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会を転換することを意味します。一人ひとりが消費や仕事という経済的存在から解放されて、自分らしい時間の過ごし方や自然とのふれあいを楽しむことで、サービス需要量を減らすことができます。サービス需要量を減らす対策を何かを我慢することと捉える必要はありません。むしろ、人間らしさや生きやすさを取り戻すことによる人のウェルビーイングの実現と社会のカーボンゼロの実現を両立させる対策として期待されます。

サービス消費効率を減らす対策は、本連載でも取り上げたコンパクトシティ(第2部第1回)サービサイジング(第2部第5回)が相当します。地域の構造や産業の構造を変えていく対策です。これまでの"重・厚・長・大・遠・速"の社会を、"軽・薄・短・小・近・緩"を重視する方向に社会を転換することを意味します。この対策もまた、人のウェルビーイングの実現と社会のカーボンゼロの実現を両立させる対策として重要な検討課題となります。

持続可能な発展を目指す、ゼロカーボン社会

ゼロカーボンを実現しても、差別や格差が拡大したり、地方の農山村が消滅したり、一人ひとりの幸福度が向上していないとしたら、本末転倒になってしまいます。ゼロカーボンさえ実現すればよいのではなく、持続可能な発展の規範を満たすようにゼロカーボン社会を実現することが必要となります。

大事なことは、持続可能な発展を目指すことが上位の目的であり、ゼロカーボンの実現はその手段であり、手段を自己目的化してはならないということです。あるいは、その手段を別の目的に用いる(例えば、単なる金儲けの手段にする)ことは避けたいものです。

では、ゼロカーボン社会が満たすべき、持続可能な発展の規範とは何でしょうか。気候変動以外の環境面(自然生態系等)、社会面・経済面への配慮といってもいいのですが、筆者の整理を紹介します。
筆者が考える持続可能な発展の規範は、①社会・経済の活力、②環境・資源への配慮、③公正への配慮、④リスクへの備えの4点です。

①の「社会・経済の活力」は、社会面、経済面、あるいは人の生き方の側面に分けられます。特に、日本等では、経済の量的成長を継続しきれない状況になっています。経済面に囚われずに、社会面や一人ひとりの人的な面での活力をあわせて、活力を総合的に捉えることが必要です。

②の「環境・資源への配慮」においては、人間の不利益にならないように自然の公益機能を守るというだけでなく、自然の持つ存在価値や人間以外の生物の権利に配慮するという人間中心主義ではない配慮の仕方が重要となります。

③の「公正への配慮」は、性別・年齢・身体特性・居住地・生きる時代等の属性によって、強者と弱者が生じ、両者の格差や弱者への差別が生じることがないように、特に弱者に対する配慮が重要です。 これは、SDGsに通底する「誰一人取り残さない」ことへの配慮ともいえます。

そして、自然や弱者に配慮をしていたとしても、自然災害や想定外の災害は起こります。災害が持続可能性を損なうことになるため、④の「リスクへの備え」が必要となります。

表2 持続可能な発展の規範を満たすゼロカーボン社会の方向性とSDGsとの対応

以上の4つの規範を満たすゼロカーボン社会の方向性、それとSDGsの目標との関連を表2に示しました。ゼロカーボン対策は、SDGsの「目標13 気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を取る」を実現するためだけではなく、持続可能な規範を満たす(SDGsの気候変動以外の目標の達成にも貢献する)ようにデザインすることが必要です。

先に述べたように、エネルギー消費効率を高める省エネルギーと炭素密度を改善する再生可能エネルギーの導入といった対処的技術対策だけでなく、サービス需要量の削減やサービス消費効率の削減に関わる構造的社会対策を行うことで、より包括的にSDGsの目標達成に貢献できます。

ゼロカーボン社会への取り組みを地域主導で進める

ゼロカーボン社会を実現するためには、カーボンプライシングのような国レベルの市場の枠組みづくりや一定の技術導入を義務づける法制度の整備など、強い政策手法の検討が必要となります。その一方、地域においては、地域の事業所や住民が地域特性に応じて、主体的にゼロカーボンに取り組み、同時に地域活性化を実現していくような取り組みが望まれます。ゼロカーボン社会に向けた政策は、国レベルと地域レベルの両輪で進められるべきものです。地域における地域主導のゼロカーボンに向けた対策が重要な理由として、3つのポイントをあげます。

第1に、再生可能エネルギーの賦存量や省エネルギーを進めるうえで配慮すべき気象条件、地域の土地利用、交通基盤、立地する産業等は地域によって特性が異なり、その地域特性に応じた地域ごとの取り組みが必要であるからです。また、地域には地域で積み重ねてきた地域づくりの文脈や歴史・文化があり、それを活かした地域づくりとしてのカーボンゼロへの取り組みが期待されます。→(地域特性や地域づくりの文脈の反映

第2に、再生可能エネルギーという地域資源は、地域主体が地域のために活用することが望ましいからです。再生可能エネルギーの大量導入が地域の環境破壊や災害の被害拡大をもたらす場合もあります。地域への配慮に欠ける外発のリスクを回避するために、地域に目配りができる地域主体による適正な取り組みが求められます。→(適正な活用による地域保全

第3に、持続可能な発展の規範を満たすゼロカーボン社会は、地域主体が能動的に取り組むことで実現できるからです。地域主体が主導し、協働で取り組むことで、地域主体の活力や地域主体間の関係が強まります。そして、地域に暮らす当事者だからこそ、地域課題の解決や地域内の弱者への配慮に対して、きめ細かく取り組むことができます。→(地域主体の参加・協働による活性化

ゼロカーボン自治の動き:脱炭素かわさき市民会議

カーボンゼロ社会の実現に向けた、地域主体の参加と協働の事例として、2021年度に川崎市で実施された「脱炭素かわさき市民会議」があります(主催:脱炭素かわさき市民会議実行委員会、共催:一般社団法人環境政策対話研究所・川崎市地球温暖化防止活動推進センター)。小冊子「脱炭素かわさき市民会議(2022年3月)発行:環境政策対話研究所」より概要を紹介しましょう。

この取り組みは、欧州の国や自治体によって実施されている、無作為に抽出された市民が対策を話しあう「気候市民会議」を参考として、日本国内での先駆けとして開催されました。

市民会議の参加者75名は、選挙人名簿から無作為抽出で選ばれた川崎市民に案内を送って応募を募り、応募者の中から市全体の意見となるよう性別、年代、居住区のバランスを考慮して選ばれました。とかく政策を検討する会議の参加者は、利害関係を背負う団体から充てられたり、熱心な一部市民に限られがちですので、無作為抽出の市民によって議論を深めることに意義があります。

市民会議では、脱炭素かわさきの実現のための市民行動やそれを推進する施策について市民目線で検討しました。具体的には「移動」、「住まい」、「消費」の3分野に重点をおいて、専門家を交えながら6回にわたってグループ討議を行いました。市民であっても素人のままで検討するのではなく、専門家から学びながら意見をまとめることも重要な点です。

この検討結果は、市民提案としてまとめられ、川崎市長及び市当局に提出するとともに、広く社会に公表されました。さらに、提案に止めることなく、自らプロジェクトを具体化し、実践に関わりたいとする参加者が集り、「脱炭素かわさき市民会議プラットフォーム」が発足しています。

ゼロカーボン自治の動き:「気候変動のおかやま学」実践塾

岡山市においても、ゼロカーボンに向けた市民主導のアクションを立ち上げることを目的として、2021年度に「気候変動のおかやま学」実践塾を開講し、6回に分けた検討を行いました(筆者が企画し、運営に参加)。①ビジョンを描き、そこからバックキャスティングでアクションを検討すること、②専門家から市民が学ぶこと、③省エネや再エネだけでなく、社会構造を転換する対策を検討して入れること、という点で「脱炭素かわさき市民会議」の取り組みを参考にしています。

ただし、参加者を無作為抽出とするのではなく、プロジェクトの種を持った方々や活動の中心になりそうな人をスカウトして集めたことなど、「脱炭素かわさき市民会議」にはない、いくつかの工夫があります。スカウトを中心として参加者を集めた理由は、この実践塾では、ビジョンづくり、プロジェクトづくりを通して、フロントランナーの学びとフロントランナーによるプロジェクトの動き出しを狙いとしたためです。ただし、公募による参加者募集も行い、最終的に20名強の塾生となりました。

図1 「岡山市における持続可能なカーボンゼロ社会への道づくり」大作戦の構想図

また、緩和策だけでなく適応策についてもビジョンの検討を行ったこと、ビジョン作成後すぐにプロジェクトを検討するのではなく、プロジェクト検討の前に「哲学対話」を行う回を設けたことに特徴があります。社会転換のことを深く考えるためには、「哲学対話」という深い内省の時間を設ける必要があると考えました。

この結果、環境教育とコミュニティづくりに関するプロジェクトが立案され、全員ではないですがプロジェクトの検討チームへの参加意向が確認できています。

この実践塾は、図1に示す大作戦の構想の一環として、行ったものです。実践塾はフロントランナーという先導者を対象にしますが、ゼロカーボンの実現のための取り組みはそれだけで十分というわけではありません。SDGsに取り組む気候変動分野以外の関係者、教育者、高校生・大学生等が、気候変動についてしっかりと学び、ビジョンやアクションを学び、それを市の計画や施策・事業に反映していく、大きな仕組みが必要だと考えています。

今回は、ゼロカーボン社会に向けた検討において、持続可能な発展の規範を満たすように地域主導の取り組みが重要であること、ゼロカーボン自治ともいうべき地域主導による取り組みがすでに動き出していることを示しました。

近代化による工業化と都市化、それを主導してきた国や大企業主導の政策が社会の歪みの一端となり、気候変動という問題が深刻化してきました。これまでの社会の根本転換を考えるために、中央主導に追随するという気候変動対策の進め方を改め、真に地域主導でゼロカーボン社会に取り組むことが必要ではないでしょうか。

国では「地域脱炭素ロードマップ」を作成し、ゼロカーボンに向けた先行地域によるドミノ倒しを仕掛けています。こうした流れをチャンスとしてとらえ、地域ではゼロカーボンを通じた持続可能な地域づくりを主体的に進めることが期待されます。


今回で、第二部の「未来に向けた大胆な変革」のテーマを終了します。
次回からは第三部として特定の地域を掘り下げ、実践面での紹介をしていきます。

記事カテゴリー
SDGsの基礎知識