2022年07月29日
多様性を認め、すべての人が暮らしやすい世界を目指す動きが加速しています。そして、その取り組みのひとつとして注目されているのが「ユニバーサルデザイン」の考え方です。本記事では、ユニバーサルデザインの意味や目的、ユニバーサルデザインのルールについて、さらにさまざまなユニバーサルデザインの例などを紹介します。
ユニバーサルデザイン(Universal Design)は、「普遍的な」という意味を持つ "ユニバーサル" が示しているように、身体能力の違いや年齢、性別、国籍に関わらず、すべての人が利用しやすいようにつくられたデザインです。この「デザイン」は、目に見える部分だけでなく、構造やシステムなども含む広い意味で使われています。また、実際にデザインされた製品や建物、環境など全般を指すこともあります。頭文字をとって、「UD」と表現されることもあります。
利用しやすいデザインかどうかは、作る側ではなく使う側が判断するものですから、ユニバーサルデザインは「利用者の視点を重視したデザイン」と考えることができます。
ユニバーサルデザインに完璧はありません。ひとつのデザインが、ある人には利用しやすくても別の人にとっては利用しにくい、という場合もあるでしょう。これまでより利用しやすい、という人をひとりでも増やすために、絶えず進化していくのがユニバーサルデザインです。
ユニバーサルデザインは、利用しやすいデザインによって、すべての人がが安心で快適に暮らせることを目指すものです。
よく混同されがちな「バリアフリー」には、高齢者や障がい者が社会生活をしていく上で障壁(バリア)となるものを除去する、という意味があります。住宅建築用語として登場した言葉ですが、物理的な障壁だけでなく、社会的、制度的、心理的など広い意味での障壁に対して用いられています。
バリアフリーは、「障害があることを前提に、その障壁を後から取り除く」という考え方であり、「初めからすべての人が利用しやすいようにデザインする」ユニバーサルデザインとは異なる意味を持ちます。
ユニバーサルデザインの歴史が始まる以前の1963年、デンマークで「ノーマライゼーション」が提唱されました。ノーマライゼーションは、障がい者や高齢者を特別視するのではなく、一般の人たちと同じように暮らせるようにしよう、という考え方です。この考えは北欧諸国から世界へと広まり、バリアフリー化の推進にもつながりました。
その後1990年に、アメリカで「障害をもつアメリカ人法(ADA)」が成立します。障がい者への差別を禁止し、交通機関や公共施設は障害の有無にかかわらず使えなくてはならないことを定めたものです。これをきっかけに、すべての人が使いやすいデザインを提供しよう、という運動が広がりました。その中心となったのが、ノースカロライナ州立大学のユニバーサルデザインセンターを設立したロナルド・メイス教授です。教授は「あらゆる体格、年齢、障がいの有無に関わらず、誰もが利用できる製品、環境を創造する」という「ユニバ―サルデザイン」を提唱しました。
メイス教授は幼い頃の病気がもとで、酸素吸入をしながら電動車椅子を使って生活していました。バリアフリーで特別扱いされることに疑問を抱き、初めから誰もが使いやすいデザインを考えればいいと、仲間とともにユニバーサルデザインの考えを広めていったのです。
日本でも、少子高齢化社会への対応が求められる中、ADAの成立を受けてユニバーサルデザインの考え方が広まっていきました。1994年に施行された「ハートビル法」では、劇場や銀行、ホテルなど誰もが日常利用する建築物などにおいて、高齢者や身体障害者が利用しやすい建物にすることを求めています。2005年には、国土交通省が「ユニバーサルデザイン大綱」を発表し、それまでメインだったハード面の対策に加え、心のバリアフリーなどソフト面も考慮されるようになりました。また「東京オリンピック・パラリンピック」の開催にあたっては、「ユニバーサルデザイン2020行動計画」が立てられ、さまざまな取り組みが実践されました。
ユニバーサルデザインは、街中や公共施設、住宅、学校などで私たちが普段何気なく使っている設備やモノから、印刷物やWEBなどのメディアにいたるまで、あらゆる場所で求められ拡大しています。ユニバーサルデザインの原則を理解し「これはユニバーサルデザインに当たるかどうか」という視点で身の回りを観察してみると、より理解が深まるかもしれません。
ユニバーサルデザインを理解する助けとなる、「ユニバーサルデザインの7原則」を紹介します。
この原則は建築家や工業デザイナーらが協力しあってまとめたもので、ユニバーサルデザインの方向性を明確にしています。
ユニバーサルデザインの7原則
1:誰にでも公平に利用できること
誰にでも利用できるように作られており、かつ、容易に入手できること。
2:使う上で自由度が高いこと
使う人のさまざまな好みや能力に合うように作られていること。
3:使い方が簡単ですぐわかること
使う人の経験や知識、言語能力、集中力に関係なく、使い方がわかりやすく作られていること。
4:必要な情報がすぐに理解できること
使用状況や、使う人の視覚、聴覚などの感覚能力に関係なく、必要な情報が効果的に伝わるように作られていること。
5:うっかりミスや危険につながらないデザインであること
ついうっかりしたり、意図しない行動が、危険や思わぬ結果につながらないように作られていること。
6:無理な姿勢をとることなく、少ない力でも楽に使用できること
効率よく、気持ちよく、疲れないで使えるようにすること。
7:アクセスしやすいスペースと大きさを確保すること
どんな体格や、姿勢、移動能力の人にも、アクセスしやすく、操作がしやすいスペースや大きさにすること。
(出典:国立研究開発法人 建築研究所 「ユニバーサルデザイン7原則」)
この7原則は、ユニバーサルデザインを評価するものではありません。また7原則すべてを守る必要を示しているわけでもありません。作り手が可能な限り多くの人の要求に応え、理想のデザインを目指すための指針とされています。
地球上の「誰一人取り残さない」ことを掲げるSDGsは、すべての人が利用しやすいデザインで快適に暮らせることを目指すユニバーサルデザインと多くの共通点を持っています。17の目標では、主に次の3つと深く関わっています。
・目標4「質の高い教育をみんなに」
目標4は、国籍や性別、経済力などに関わらず、すべての人が学べる環境を整えることを掲げています。
・目標10「人や国の不平等をなくそう」
世界には性別や年齢、障がいの有無、国籍、人種、宗教、難民、性的マイノリティなどさまざまな不平等があります。目標10は多様性を認め、すべての人が活躍できる社会を目指すものです。
・目標11「住み続けられるまちづくりを」
世界の半分以上の人が都市部に暮らすいま、過密化や大気汚染やゴミ問題、格差の拡大、犯罪などの問題が深刻化しています。目標11は、誰もが暮らしやすい街づくりを目指すものです。
この目標11のターゲットは、
11.2「脆弱な立場にある人々、女性、子ども、障がい者及び高齢者のニーズに特に配慮し、公共交通機関の拡大などを通じた交通の安全性改善により、すべての人々に、安全かつ安価で容易に利用できる、持続可能な輸送システムへのアクセスを提供する」
11.7「女性、子ども、高齢者及び障がい者を含め、人々に安全で包括的な緑地や公共スペースへの普遍的アクセスを提供する」
とあり、すべての人々が安全で安価に利用できるシステムや公共スペースの必要が示されています。ユニバーサルデザインを推進することは、目標11の達成に密接に関わっていると言えるでしょう。
・自動ドア
スーパーやマンションなど、街中を歩けば多くの自動ドアを見かけます。車イスの人が利用しやすいのはもちろん、両手に荷物を抱えている人やベビーカーを押している人、視覚に障がいがあってボタンの位置が分かりにくい人にとっても便利です。ドアを開けたりボタンを押したりという動作が省略されるという点でも、すべての人に利用しやすさを提供するデザインの代表例と言えるでしょう。
・自動販売機
自動販売機は、元々「どこにでもあって誰でも好きな時に購入できる」というユニバーサルデザインの考えが取り入れられていますが、誰もが利用しやすいように変化を続けています。たとえば、商品を選ぶボタンは低い位置にも設置する、かがむ必要のない取り出し口、まとめてコインを入れられる受け皿型の投入口、ユニバーサルカラーの採用などです。最近ではキャッシュレス決済も広がっています。
・ピクトグラム
ピクトグラムは、何らかの情報や注意を示すために単純化された絵文字のことです。公共交通機関や、観光施設、商業施設などさまざまな場所で使われており、日本語がわからない外国人や視力の低下した高齢者でも、一目で理解することができます。
・センサー式蛇口
手を近づけただけでセンサーが反応して水が出る蛇口は、手に障がいがある人や握力が弱い人も無理なく利用することができます。蛇口に触れる必要がないため、衛生的に使うことができます。
・シャンプーとリンスのボトル
ボトルの側面にギザギザの刻みがついており、目の不自由な人でも、目をつぶっていても、触っただけでシャンプーとリンスを区別できるように工夫されています。これは消費者の声をきっかけに花王が広めたもので、ユニバーサルデザインの代表例としてよく知られています。
・利き手に区別なく使える商品
右利き・左利きの両方で使える商品です。今でははさみや定規などの文房具、爪切り、トランプなど身近にたくさん見られるようになりました。両開きの冷蔵庫もその一例です。これらは、左利きの人だけでなく、利き手をケガしてしまったときにも役立ちます。
・紙幣
私たちが日々使っている紙幣にも、ユニバーサルデザインが採用されています。紙幣には、目が不自由でも指の感触でお札の種類が分かる識別マークが付いています。現在はそれぞれのお札のほぼ同じ位置に配置されていますが、2024年に発行予定の新紙幣ではお札ごとに位置が変わるため、より判別しやすくなりそうです。外国人でもわかりやすいように、漢数字より算用数字を大きくする変更も加えられるようです。
・浴室
浴室は、濡れた床やしゃがむ・またぐといった動作、入口の段差など、うっかり転んでしまうリスクの高い場所です。ユニバーサルデザインの考え方を取り入れた浴室は、滑りにくい素材を使用する、水がたまりにくい構造になっている、手すりを設置するなどの工夫がされています。また浴槽への出入りを楽にするため、浴槽の1/3ほどを床に埋め込んだり、ふちを広めにするなどの工夫も見られます。
2011年に施行された「改正障害者基本法」では、障害のある生徒もない生徒も、可能な限り一緒に教育が受けられるように求めています。またインクルーシブ教育が世界の潮流となっていることもあり、教育の場におけるユニバーサルデザインの考え方が重要視されるようになりました。
子どもたちの多様性に応える教育は、障がいのあるなしに関わらず、すべての子どもに必要です。教育におけるユニバーサルデザインは、障がいのある人にとっては必要不可欠なものであり、障がいのない子どもにとっても理解を助けるものでなければなりません。
そのためには、誰もが学ぶ喜びや達成感を得ながら、生きる力を習得できるような環境整備が必要です。分かりやすい授業づくりや達成感を味わえる学習体験の提供、安心して学べる人間関係づくりなどが望まれていくでしょう。
具体的な例を挙げると、板書の色使いや位置、授業の展開のしかたを統一すれば、学ぶ場所や科目が変わっても安心して学習を進めることができます。教室内の物は、何がどこにあるかをルール化することで迷わず行動でき、それを使うことによって自主性を育てることもできるでしょう。拡大教科書や、デジタルデバイスやスクリーンを活用すれば、全員が必要な情報を共有できることにつながります。
・京王プラザホテル
2019年に施行された「改正バリアフリー法」で、50室以上のホテルは車イス使用者用の客室を1%以上設けることが義務付けられました。稼働率が低いとされる車イス用の客室ですが、そんな中で稼働率が8割を超えているのが、京王プラザホテルのユニバーサルルームです。
1988年にリハビリテーション世界会議の会場に選ばれたことから取り組みが進められたこの客室は、仕様が決まったバリアフリーの部屋を提供するのではなく、利用者側に選択肢を提供するという視点に立っています。手すりやスロープは可能な限り着脱式になっているため、利用者の要望に合わせて必要な設備をカスタマイズでき、取り外してしまえば通常の部屋と変わらなくなります。その他にも、エレベーターホールの音声標識ガイドシステム、フロントと筆談でコミュニケーションができるアプリなど、各所に利用者の声を取り入れた工夫がなされています。
長年、モノや仕組み作りは健康な成人男性を想定して行われる傾向にありました。しかし、社会には高齢者や子ども、妊婦、障がい者、外国人などさまざまな人が暮らしています。健康な人であっても、病気になることもあれば体調が悪い日もあります。
多様なニーズに応えるため、ユニバーサルデザインに取り組んでいく企業や自治体は増えており、そこをビジネスチャンスと捉えることもできます。2025年開催予定の「大阪・関西万博」に向けても、ユニバーサルデザインガイドラインに沿った会場内の施設整備が進められています。
また、生産年齢人口が減少していく日本では、すべての人が能力を発揮しやすい環境や制度を作っていくことは、働く意欲を高め新たな雇用を生み出すという点でも重要でしょう。
AI技術の進化もあり、日常の利便性は今後さらに高まっていくことが予想されます。それと同時に、利用する私たちも常に相手の視点に立って物事を考えていく意識が欠かせません。
企業内や民間でユニバーサルデザインをコーディネートする人材育成のためのプログラムも導入されています。今後はユニバーサルデザインをハードとソフトの両面からさらに推進していくことが期待されます。
ユニバーサルデザインはより多くの人のために、さまざまな声を取り入れながら変化していくもので、終わりがありません。これまで何気なく使っていた商品やサービスも、ユニバーサルデザインの視点で見ると新たな可能性を見つけることができそうです。