拡がりを増す、肉食による持続可能性への課題|SDGsと衣食住【第2回】

2022年08月24日

SDGsのアプローチは、ともすれば国際機関や国家、あるいは大企業といった大きな主体が取り組むべきものと思われがちです。
しかし、将来の世代に持続可能な地球を残すために、私たちの暮らしは変わらざるを得ません。政治や行政、ビジネスの変化をただ待つだけではなく、市民の生活や消費のスタイルも変化させる必要があります。
本連載では、私たちの日々の衣食住とSDGsの各目標との関係を整理し、持続可能な未来のためのライフスタイルについて想い描きます。


持続可能性を考えるとき、肉食の話題は避けて通れません。食料生産は、温室効果ガスを排出し、水資源や土地を集約的に利用する産業であるため、環境影響の大きい営みですが、なかでも環境負荷が大きいのが畜産業です。近年、環境保護や持続可能性の観点から肉食を控える動きがあり、大豆ミートなどの代替肉や、ヴィーガン(完全菜食)な食生活について、社会的関心が高まっています。新たな消費の切り口と受け止め、積極的な適応をはかる企業も増えているようです。

脱・肉食は、SDGsの目標13「気候変動に具体的な対策を」、目標14「陸の豊かさも守ろう」に関連しますが、一方で、動物性たんぱく質は人間の健康にとって大切な栄養源であること、畜産業は多くの人が関わる産業であること、そして食文化や食習慣には理屈を超えた思いがあることなどのために、肉食を今すぐにやめるという選択肢は現実的ではなく、また肉食をめぐる議論は感情的な対立にもつながりやすいものです。そこで、今回は、肉食は持続可能性にとってどう問題なのかについて、詳しく見ていきたいと思います。

肉食による環境負荷の実態

国連食糧農業機関(FAO)の報告によれば、畜産業による世界の温室効果ガス排出量への寄与は、およそ14%にもなっています。畜産業のサプライチェーンのうち、主要な排出源は家畜そのものと土地利用変化ですが、前者はよく知られている「ウシのゲップ」問題です。世界ではさまざまな動物が家畜として飼われていますが、ウシやヒツジ、ヤギなどの反芻動物では、エサを腸内で発酵させて消化する過程で、メタンガスが発生します。それがゲップとして大気中に放出され、温室効果ガスの排出に寄与します。

次に、土地利用変化です。現代の畜産では飼料として与えられる牧草やトウモロコシは、飼料用として栽培されたものです。そのため、畜産業では動物の飼育に加えて、飼料の生産のために膨大な土地や水を必要とします。家畜の飼育や飼料生産を目的とした農地の開発は、世界各地で森林伐採の主要な動機となっています。

その中でウシやヒツジは、ニワトリやブタなどに比べると成長のスピードが遅く、1回の出産で生まれる子どもの数も少ないため、飼育により多くのエサを必要とします。動物性食品1キログラムを生産するために必要なフットプリント(占有面積)で比較すると、ヒツジやウシはブタとニワトリに比べて、けた違いに大きな土地利用が必要となっています(表1)。1ポンドの牛肉ステーキで考えると、一皿に約450グラムの牛肉が使われていますので、146平方メートル(約44坪)の土地が必要となる計算です。


表 1 動物性食品1キログラム当たりのフットプリント

食品

フットプリント(㎢)

羊肉

369.81

牛肉(肉牛として飼育されたもの)

326.21

チーズ

87.79

牛肉(乳牛として飼育されたもの)

43.24

豚肉

17.36

鶏肉

12.22

牛乳

8.95

6.27

出典)Our World in Data: Environmental Impacts of Food Productionを元に筆者作成

ゲップと生産効率という二つの理由から、ウシやヒツジはブタやニワトリに比べてはるかに高い環境負荷を持つ肉であると指摘できます。したがって食べる肉の種類を選ぶことは、排出削減のひとつのオプションです。とはいえ、畜産を動機とする森林伐採は家畜の種類を問わない問題です。またブタやニワトリは、ウシに比べると動物の大きさが小さく少ない用地で飼育できることから、また別の問題につながっています。それはパンデミックの問題です。

肉食はパンデミックにどう関わるのか

森林伐採は気候変動を促進するだけでなく、生物多様性を減少させ生物種の絶滅を引き起こすなど、多様な環境問題の原因となっていますが、森林伐採に畜産が組み合わさると、以下のような相互作用を通じて、パンデミックを引き起こす可能性が生じます。

まず、森林の過剰な伐採は、野生動物の生息地を狭め、それまで隔てられていた生きものの生活が重複する空間をうみだします。異種間の接触の機会が増えると、種の壁を超えて伝播する新たな病原体の出現が可能となります。もし自然と人間の距離が十分に離れていれば、出現した新たな病原体は、ある森の野生動物集団のなかで流行するにとどまるでしょう。しかし、野生動物の生息地の近くに人間が定住し、家畜を飼育している場合、新たな病原体をもった野生動物の集団と、家畜や人間の接点が生まれます。畜産業の現場に到達した新たな病原体は、動物から動物へ、動物から人間へと繰り返し伝播し、流行の最初のきっかけとなります。このとき畜産現場で抗生物質などを多用していると、病原体が薬剤耐性を獲得することもありえます。

動物に由来する病気を人獣共通感染症といいますが、SARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザなど、新たな感染症や既知のパンデミックのほぼすべては、人獣共通感染症であり、もちろん新型コロナウィルスも人獣共通感染症のひとつです。生態学や公衆衛生の研究者らは、森林の伐採や野生動物の生息地への人間の定住、家畜頭数の増大が、近年、次々に出現する新興感染症やその流行の原因であるとし、新たなパンデミックを食い止めるためにはそれらの駆動要因となっている畜産業のあり方、ひいては人間の肉食のあり方を見直すことが必要だと指摘しています。

私たちはどのように肉を食べているか

どんな肉をどのように食べるかは、国や地域によって大きく異なり、地域の食の歴史や宗教、文化とつながっています。世界的に見れば主要な食肉はニワトリ、ブタ、ウシ、ヒツジ・ヤギであり、生産量もこの順に多くなっていますが、日本の農林統計ではヒツジやヤギは「その他畜産物」とされています。一方、FAOの統計では、上記4種に加え、ガチョウ・ホロホロチョウ、ラクダ、ウマ、アヒルなどが項目として立てられています。日本国内を見ると、東日本は豚肉文化で西日本は牛肉文化だといわれます。


何をどう食べるかは地域の愛着やアイデンティティ、思い出ともつながります。単純に「環境のために肉食をやめましょう」「負荷の高いウシからニワトリに切り替えましょう」と言われても、納得できない気分になる人は多いでしょう。

消費者の責任を問うならば、種類だけでなく量も考慮しなければなりません。地域別にみると、食肉の消費は北米やヨーロッパで多く、アジアやアフリカでは少なくなっています。肉は高価な食料品なので、所得の多い国ほど消費量が多くなります。

経済成長にともなって消費量が増えることも知られており、中国やブラジルなどの新興国では消費増の傾向が顕著です。しかしインドはその例外で、菜食文化のために経済が成長しても低い消費量のまま推移しています。

世界の平均では年間の1人当たり食肉消費量は40キログラム程度ですが、2017年度の統計によれば、アメリカやオーストラリアの平均1人当たりの消費量が120キログラム以上であるのに対し、中国では60キログラム、日本では49キログラム、インドではわずか3.7キログラムと、国によってかなり差があります。

「工業的畜産」がもたらしたさまざまな影響

高所得でいわゆる西洋的食文化を持つ国ほど食肉消費量が多いことから、肉食の削減は西洋の問題ではないかと感じる人もあると思います。しかし、注意しなければならないのは、20世紀後半の50年間において、動物性食品の消費は世界中でとてつもなく増加したということです。

世界の食肉生産量は1961年から2018年の間に約5倍に増えました。家畜の飼育頭数は人口を上回るスピードで増加しており、現在、世界では毎年、約800億頭の動物が食用としてと畜されています。比較的肉食文化の浅い日本でも、高度経済成長期を通じて肉類と乳製品・卵の消費量は激増しました(図1)。2011年には、ついに国民一人あたりの年間消費量で肉が魚を逆転し、以降肉の消費量は魚の消費量を上回っています。


図 1 日本の1人1年当たりの品目別消費量の推移


出典)「食料需給表」を元に筆者作成

この驚異的な生産量の増加を支えたのは、栄養価の高い飼料、抗生物質や栄養剤、品種改良といった畜産技術の生産性向上です。さらにその背景には飼料作物の増産を可能にした農業の生産性向上があります。前回も取り上げた機械化、肥料や薬剤などの化学物質の多用、品種改良、単一種の集約的栽培・飼育という特徴に裏打ちされる工業的農業のひとつの表れが工業的畜産であり、この生産方式こそが肉食の環境負荷の中核的な原因です。

ウシのゲップが気候変動の問題になるのも、畜産業が頻発する新たな感染症の原因になるのも、工業的畜産により膨大な量の家畜が飼われているからこそなのです。

前回、世界全体の穀物生産量は充分にあるのに飢餓がなくなっていないと指摘しましたが、その原因のひとつもここにあります。工業的畜産では当然、大量の飼料を必要としますが、グローバル市場が前提にある現代の主流の食農システムでは、限りある農地は人間ではなく家畜を養うために用いることが経済合理的です。

同様に経済合理性の観点から、家畜には素早く成長し高い歩留まりを発揮することが求められています。たとえばニワトリの品種改良は目覚ましく、1950年代には出荷まで70日間かかっていたのに対し、現在では50日程度で出荷可能なサイズに到達します。

ただ骨格や内臓の成長よりも早く筋肉をつけるため、食肉用に改良されたニワトリは歩行困難や心不全を起こしやすくなっています。動物福祉の観点から、ニワトリを身動きできないケージに入れて飼育することの問題がかねて論じられていますが、ある研究では、品種改良がここまで進んだニワトリの場合、たとえのびのびと運動できる健康的な環境があったとしても、長く生きることは難しいと指摘されています。

「人新世の肉食」を考える時が来た

以上見てきたように、持続可能性の問題は肉を食べることではなく、その肉がどのように生産されたかという点にあります。人類と家畜の付き合いは長く、肉食の歴史は古代までさかのぼることができますが、これほどの規模で家畜を飼育し動物性食品を消費することは人類史上初めての経験です。人間活動が地球システムに影響を及ぼす時代、いわゆる「人新世」を象徴する状況であり、現在のあり方を容認し続ければ、一層の地球環境危機を招くことは明白です。

持続可能な肉食に転換するためには、まず、肉を安価で使い捨ての消費財であるかのようにみなすことを改める必要があります。どれほど品種改良が進んでも、工場で工業製品をつくるように動物を育てることには無理があります。安価で気軽に肉を消費する現代の私たちの食生活は工業的畜産の賜物ですが、その裏には見えないコストとして、地球環境の破壊、社会の不平等、家畜の不幸せなくらしがはり付いています。

もちろん畜産業界はこのような問題を認識しており、より持続的で環境と調和した飼育方法が広く開発・普及されています。しかし、今後より負荷の少ない方法が主流となるためには、消費者の理解や受容が欠かせません。生産性を下げることによる動物性食品の供給量の減少や価格の上昇についても、受け入れていく必要があるでしょう。

環境負荷を気にせずたくさんの肉を食べたければ、大豆ミートなどの代用肉やシカやイノシシといった野生鳥獣に切り替えるのもひとつの選択肢です。フードテックの領域では、家畜を経由せず、直接、細胞を培養して食肉を生産するという培養肉の研究開発が進んでいます。いずれのアプローチもみな肉食を否定しているのではなく、現行の高度に集約的な工業的畜産の諸問題を認識し、その解決を目指すものです。

私個人としては、「現代の日本の食環境において、肉が安すぎ・多すぎである」と感じており、持続可能な生産を可能にするためには価格上昇を受け入れつつ、食べる頻度や絶対量を減らしていくのがよいのでは、と考えています。幸い日本を含むアジアには、豆腐や納豆などの豆類や魚介類など、肉以外のタンパク質を利用する食文化が受け継がれており、ある意味で、西洋諸国よりも容易に肉を減らしながら美味しく豊かな食卓を維持することが可能です。

いいことがあったときや家族が集まるときなど、ハレの日には持続可能な方法でつくられた肉をごちそうとして楽しみつつ、普段の生活では食肉消費を減らしていく。そのような食生活の転換は、日本においてはありうる方向なのではないでしょうか。

次回は、もうひとつの動物性タンパク源である「魚食」の持続可能性について考えます。

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SDGsの基礎知識