都市の未来像から始める、「住」の持続可能性|SDGsと衣食住【第5回】

2023年01月31日

SDGsのアプローチは、ともすれば国際機関や国家、あるいは大企業といった大きな主体が取り組むべきものと思われがちです。
しかし、将来の世代に持続可能な地球を残すために、私たちの暮らしは変わらざるを得ません。政治や行政、ビジネスの変化をただ待つだけではなく、市民の生活や消費のスタイルも変化させる必要があります。
本連載では、私たちの日々の衣食住とSDGsの各目標との関係を整理し、持続可能な未来のためのライフスタイルについて想い描きます。


私たちのくらしを支える三大要素である衣食住をSDGsの視点から検討する本連載。今回は前回に引き続き、「住」の持続可能性がテーマです。
前回は個人の住まいを切り口として、住宅のありかたについて検討しました。今回は、視野をやや広く取り、社会における「住」のありかたについて考えてみましょう。

急速に変化する「住」のかたち

この連載ではこれまでにも、20世紀半ば以降に人類の生活がかつてない変化を遂げていることを指摘してきましたが、「住」もまたその例外ではありません。19世紀以前に比べて、現代の私たちの「住」のかたちは大きく変化しています。その変化とは「都市化」です。

地球全体を見渡してみましょう。人類はどこに住んでいるのでしょうか。実は現在、世界人口の半数以上が都市に住んでいます
国連によれば、2007年に歴史上はじめて、世界の都市人口が農村人口を上回りました。世界の都市人口は1950年代には約25%でしたので、50年間でおよそ2倍に増大したことになります。この数値は今後もゆるやかに増加し、2030年には世界の10人のうち6人は都市に住んでいるだろうと予測されています。

中でも日本は、急速に都市化を遂げた国のひとつです。20世紀初頭には10%程度だった都市人口比率は、100年後の21世紀初めには80%に達し、現在では90%を超えています。都市化というと高度経済成長期をイメージする方が多いかもしれませんが、実は現在にいたるまでずっと続くトレンドなのです。

政府統計のひとつである住民基本台帳人口移動報告では、市区町村や都道府県をまたぐ人の移動状況を把握していますが、2021年の都道府県別の転出入では東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、大阪府、福岡県などいわゆる都市域にある10の都府県が転入超過となっている一方、残りの37の道府県は転出超過となっています。

また1954年以降の長期的な推移を見ると、1970年代までは東京圏、名古屋圏、大阪圏の3大都市圏が転入超過であったのに対し、1980年代以降は東京圏のみが転入超過となる東京一極集中の構図が明らかです。この結果、現在、東京都とその周辺に連なる横浜市やさいたま市、千葉市からなる東京都市圏は、3800万超の人口を抱える世界最大の都市圏を形成しています。

都市が抱えるリスク

人類の居住形態の大転換につれて、都市というセクターが地球環境に及ぼす影響も極めて大きくなりました。地球上の土地面積において、都市域が占める割合はわずか2%にすぎません。にもかかわらず、都市は、世界で生み出されるエネルギーの78%を消費し、温室効果ガス排出の70%に寄与しています。

都市化の原因は非常に複雑で一概には言えませんが、都市化と経済成長は相関関係にあることが知られています。また多くの場合、都市化が進むと、労働人口は農業から工業や製造業へ、そしてサービス業へとシフトします。つまり、都市化はその国や地域の産業や経済構造の変化と密接に関係しており、都市だけでなく農山村もその影響を受けて変化させるのです。

都市には多くの人口が集中して居住することから、電化、上下水道、舗装路、店舗の集積など、社会的なインフラの整備をより効果的に行うことができます。したがって、都市での生活は一般に農山村よりも利便性が高くなります。うまく発展した都市では、一定の面積のなかに多くの商業活動が生じ、労働力が集積することから、活発な経済活動が生まれ、多くの富が生み出されます。

ところが、十分な都市計画のないままに、あるいは都市域の再編が進まないままに流入人口だけが増えると、安価で良質な住宅や医療サービス、公共交通の供給が追い付かず、結果として、都市は社会的な不平等や貧困の温床となり得ます。世界全体でみると、都市人口の23.9%がスラムに居住しており、特にサブサハラ・アフリカ、中央アジア・南アジア、東アジア・東南アジア、の3つの地域では顕著な存在です。都市のスラムは海岸や河川の近くなど、洪水などに脆弱なところに形成されがちです。

また日本でも見られたように、新型コロナ禍による経済的な困窮は、低賃金で雇用の不安定な非正規労働者や移民、不法滞在者といった社会的に弱い立場の人をいっそう、追い詰めました。

社会的な不平等以外にも、都市には多くのリスクが内在しています。たとえば、集中して人口が居住する地域を、頻発化・甚大化する自然災害から守るためにはどうすればいいのか。また現在、多くの都市はエネルギーや物資の自給力に乏しく、他地域からの供給に依存していますが、新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻のような世界を揺るがす出来事が起こると、流通が混乱し、途端に脆弱さを露呈することになります。

新たなウィルス・パンデミック、戦争を伴う紛争、世界規模での経済的混乱──そのいずれも、決して歓迎できるものではありませんが、今後絶対に起こらないとは言い切れません。先行きが見通せない動乱の時代に、都市における複雑な「住」を、どうやってレジリエントで持続可能な存在へと変化させていけばよいのでしょうか。

SDGsの目標から考える、持続可能で強靭な都市

都市の持続可能性という大きな課題は、SDGsにおいて、ずばり目標11「住み続けられるまちづくりを」として位置付けられています。目標11には11.1から11.7までの7つのターゲットが示されていますが、その内容、すなわち、住宅、交通、持続可能で包括的な都市化、文化・自然遺産の保護、自然災害の影響の軽減、都市による環境インパクトの低減、安全で包括的な緑と公共空間へのアクセス、という7つの項目が、持続可能で強靭な都市をつくる際の切り口と考えられます。

住宅については、前回詳しく見たように、エネルギー効率がよく、快適で健康的で、もしもの際に安心な住まいというありかたが考えられます。
交通については、公共交通網の充実だけでなく、中心市街地への自家用車の乗り入れ規制や自転車の奨励、あるいは、歩行空間の整備といった取り組みがありうるでしょう。都市は時として無計画に広がることから、文化・自然遺産のような人類にとって貴重な領域を都市化から保全したり、あるいは都市化とうまく共存させることも重要です。

近年の自然災害の激甚化は気候変動と深く関係しており、気候変動を食い止めなければ、この傾向は一層続くものと予想されていますが、このような中で注目を集めているのが「Eco-DRR(エコ・ディー・アール・アール:Ecosystem-based Disaster Risk Reduction)」という考えかたで、「生態系を用いた防災・減災」と訳されます。

Eco-DRRでは、従来のように、人工構造物で自然に対抗して災害を抑え込むのではなく、河畔林や遊水池など自然の構造を活かして水や風の勢いを逃がすような災害対策が提唱されています。環境省が公表した「自然と人がよりそって災害に対応するという考え方」というパンフレットでは、水田や湿地を活用した洪水緩和や屋敷林による暴風対策など、古くからの知恵に学びつつ、災害に強い都市を作るための取り組みが紹介されています。

都市による環境影響という点では、大気汚染の問題が特に深刻です。人口が集中し、経済活動が活発に行われる都市は、大気汚染の主要な発生源となっています。WHOでは大気汚染に関して基準となる指針を公表していますが、驚くべきことに、2021年時点では世界のほぼすべての人々が、基準値を超える汚染された大気の中で暮らしているとされています。

ゴミ問題も、同じく都市に起因する環境影響です。大気汚染や廃棄物処理の問題は、人間の健康被害を引き起こすとともに地球の環境にも影響を及ぼすという特徴があります。大気汚染や廃棄物の課題解消は、人間と地球の双方の健康改善に必須なのですが、そのカギは都市にあるのです。

緑地や公共空間には、ヒートアイランドなどの暑熱をやわらげたり、災害時の拠点となったり、歩行空間を提供するなどの機能があります。Eco-DRRの視点を取り入れて、計画的に都市の中に緑地を配置することができれば、河川の氾濫を受け止める遊水池のような役割を持たせることができます。緑地として農地を配置すれば、地産地消や農との触れ合いなどの機能も期待できるでしょう。

緑地の配置は生態系保全の観点からも重要です。生物多様性の急速な減少も地球規模の環境問題のひとつですが、街から街へ、あるいは山から街を通ってまた山へと、動物や昆虫が移動できるような緑のつながりの確保は、生物多様性の保全にも貢献します。

望ましい都市の未来像を描こう

先に述べた7つの切り口は、相互に組み合わせることで、持続可能な都市への一体的な転換経路を描きます。

たとえば、駅前の中心市街地に自家用車の乗り入れを制限し、緑道や商店街からなる歩くまちづくりを行うと考えてみましょう。実現のためには、公共交通の充実や、周辺地域への駐車場の整備、市街地内の歩道や自転車道の整備が必要ですが、それにより得られる効果は街のにぎわい創出に留まらず、自家用車の利用減少による排ガスの減少、自転車や徒歩による移動が増えることによる健康増進、買い物難民や交通弱者問題の解消、大規模な公共空間が確保されることによる災害リスクの低減など多面的です。

さらに市街地の一角に、農産物のマルシェや市民菜園を設ければ、地産地消、農との触れ合い、また都市農村交流の促進にもつながるでしょう。つまり、持続可能な都市への転換を促すには、個々の課題にのみ着目して部分最適の取り組みを行うのではもったいなく、まずどういう都市が望ましいのかという全体的な未来像を描き、そこに向けて様々な要素を組み合わせていくことが理想的です。

では、あるべき都市の未来像にはどのようなものがあるでしょうか。たとえば、オランダは自転車交通がさかんな国として知られていますが、筆者が2017年の7月にユトレヒト市を訪れた際には、廃線になった鉄道敷が自転車道に転換されている光景を目にしました。

オランダ・ユトレヒト市。線路後を改変した自転車道(2017年7月・筆者撮影)

これは線路近傍に住む住民の要望を機とするプロジェクトとのことですが、市当局は鉄道敷を自転車道を備えた公園に転換しただけでなく、既存の自転車道道への接続を確保し、市全体の自転車交通網整備へとつなげています。そのほか4車線の自動車道を歩道と自転車道に変えたり、駅に大規模な駐輪所を整備したりすることで、ユトレヒト市は、都市交通の主役は自動車ではなく徒歩と自転車であるべきという明確な姿勢を示しています。

またフランスのパリ市では、2020年の市長選の際に、当時の現職だったイダルゴ市長が「15分都市」という構想をマニフェストに掲げました。これは生活に必要なすべての都市機能、つまり、職場、学校、買い物、飲食、公園、医療機関などへ、15分の徒歩または自転車でアクセスできる街へとパリを転換させるという構想です。このキャンペーンにより再選された市長は、自動車道を歩道に転換したり、広場を緑化する取り組みを順次進めています。

ポルトガルのリスボン市は、2008年から、公共交通網の再編と都市の緑化に強力に取り組んでいます。それらを含む持続可能な都市への転換プロジェクトを通じて、エネルギー消費量や温室効果ガスの排出量を大幅に削減した功績により、2020年にはEUの「緑の首都賞」を受賞しました。リスボン市では市中心部での自家用車の利用を制限するとともに、公共交通網を充実させ、電化し、電動自転車のシェアリングサービスの導入を進めるなどで、公共交通、自転車、徒歩による交通を実現しました。また緑地の整備も積極的に行い、その結果、現在市民の9割以上が公共交通拠点に、また7割以上が都市緑地にすぐアクセスできる環境にあるとされています。 

少し違った切り口として、韓国の「子ども向け食品の総合的安全対策」についてご紹介しましょう。韓国では、子どもの食生活の安全管理を目的とする特別法が2008年に制定されましたが、その中の施策の一つとして、学校から半径200メートルの区域は「グリーン・フード・ゾーン」に指定されています。この区域内では、高カロリーで低栄養な食品や、高カフェイン食品の販売が禁止されています。またこの区域内で子ども向けに食品を販売する事業者は、一定の基準を満たすことが義務付けられています。

以上はいずれも、都市はどうあるべきかを明らかにし、それに向けて必要な施策やサービスを導入していった事例です。
現代の社会経済や地球環境において、都市が占める割合はとても大きいため、都市のありかたを変えることは、社会を変えることにつながります。

日本でも、あるべき未来の都市の像として、国土交通省や経済産業省、環境省などの省庁が、コンパクトなまちづくりを公共交通網でつなぐ「コンパクト・プラス・ネットワーク」や、地域資源を活用した自律分散型の社会が相互に補完し合う「地域循環共生圏」という未来像を示しています。しかし、実際に私たちの「住」のありかたをデザインするのは地方自治体であり、地域の市民社会です。

みなさんは、どういう都市に住みたいと思いますか? 筆者が所属する研究グループでは、以前、京都市の鴨川をモデルとして、望ましい未来の都市の水辺はどうあるべきかについて語り合いました。その時出た意見は、たとえば、河畔には実のなる木が植えられ、木々の間にハンモックがあり、河川敷の草地ではヤギやヒツジが草をはみ、人が釣りを楽しむ横で鳥が同じく魚をねらうというような情景でした。

2050年の鴨川周辺の様子。人と自然が共存するポスト成長期フードシステム。
© 2021 AOI Landscape Design

こんな空間が住まいの近くにあれば、日々の通勤通学や週末の過ごしかたがずいぶん変わるのではないでしょうか。また、このような生活空間のなかでは、きっと、まだ見ぬ新しいビジネスの可能性が多くあることでしょう。

都市の持続可能性を確保するとは、安全で強靭で快適な街へと身の回りの空間を変えていくことであり、その過程では市民の声が必要です。そしてそれは、我慢を強いるような苦行ではなく、望ましい地域の居住空間を描くことであり、同時によりいきいきとした経済を実現することでもあります。SDGsの17の目標のなかでも、目標11は、特に市民として取り組みやすい目標と言えるのではないでしょうか。

今回で「住」は終わり、次からは最後の要素である「衣」がテーマに移ります。衣服と持続可能性の関係はどのように読み解くことが出来るでしょうか。どうぞお楽しみに。

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SDGsの基礎知識