コミュニティ・ファンドが支える地域づくり・滋賀県東近江市|SDGsと地域活性化【第3部 第5回】

2023年04月07日

SDGsを達成するには、全国展開する企業や、住民が多く存在する大都市圏だけでなく、すべての地域で積極的に取り組むことが必要です。特に地域におけるSDGsへの取り組みは、その地域の活性化につながるものであることが重要になるでしょう。
武蔵野大学工学部環境システム学科で環境政策を専門とする白井信雄教授が、SDGsを活かしてどのように地域の活性化を図っていくべきか、先進都市の事例から解説します。


近江商人の持つ経営理念である「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」は、売り手と買い手の間の取り引きが社会全体の幸福につながるという考えかたです。近江商人は地域の外で活動することが多く、地域の外において気配りを重視し、「三方よし」の理念に到達したといわれます。世間よしには環境よし(環境問題がないこと)も含まれるとすれば、「三方よし」はまさに環境・経済・社会の統合的向上、すなわち持続可能な発展のあり様を示しています。

今回は、「三方よし」を冠した基金を持ち、環境・経済・社会の統合的発展を市民主導で進めている地域として、滋賀県東近江市をとりあげます。同市は滋賀県南東部に位置し、人口約12万人。平成になって、八日市市・永源寺町・五個荘町・愛東町・湖東町、さらには能登川町・蒲生町が合併し、鈴鹿山脈から琵琶湖まで「森・里・川・海」の水系が1つにつながる地域となっています。

東近江市における多彩なコミュニティ・ビジネス

東近江市がこれまで進めてきた取り組みの特徴として、多種多彩のコミュニティ・ビジネスが立ち上げられ、活動していることがあげられます。コミュニティ・ビジネスは地域資源を生かし、地域住民が自発的に地域課題の解決に取り組む経済活動のこと。コミュニティによるコミュニティのためのビジネス、すなわち「地域主導の三方よし」の事業といえます。市民による社会的事業といってもいいでしょう。

東近江市におけるコミュニティ・ビジネスの例を表1に示します。これ以外にも移住者の拠点づくり、空き家活用、コミュニティバスなどのボランタリー性の強い活動も数多くあり、市内各地で、様々な主体による多彩な活動が関係しあいながら、曼荼羅のように響きあい、動いています。

表1 東近江市におけるコミュニティ・ビジネスの例

出典)東近江三方よし基金の資料等より筆者作成

ここで注目したいのは、環境面の活動であっても福祉に配慮していたり、福祉がメインのようにみえる活動でも環境に配慮しているというように、一つひとつの活動が三方よしの方向であろうとしていることです。
たとえば、「菜の花プロジェクト」では菜の花の栽培と菜種油の製造を行っているほか、農業体験における高齢者の生きがいづくりや新規就農者の支援などにも活動の幅を広げています。「グループリビング」という多世代同居は同居というだけで1人当たりの環境負荷を減らすことになりますが、施設に太陽光発電が導入されています。

SDGs未来都市の計画では、地域の環境、経済、社会への取り組みを列挙して、全体として環境・経済・社会の統合的向上をしているように見せている場合がありますが、環境面の取組みで福祉への配慮がなかったり、環境への取組みで事業収益性を高める工夫がなかったりということでは、本当の意味で統合的向上とはいえません。東近江市のコミュニティ・ビジネスひとつつひとつが三方よしであろうとしている姿勢を見倣いたいものです。

東近江市の取組みのこれまで:アリーナとチームの形成

東近江市の取組みを時系列で整理してみましょう。表2では、コミュニティ・ビジネスを資金面で支える「公益財団法人東近江三方よし基金(以下、三方よし基金)」に焦点をあてた取組みの変遷を、4段階で示しています。
この中でも「ひがしおうみ環境円卓会議(以下、環境円卓会議)」の運営、「NPO 法人まちづくりネット東近江(以下、まちづくりネット)」の設立、そして三方よし基金の設立が大きな意味をもっています。

表2 東近江市の取組みの年表(三方よし基金を中心として)

注1)BDFは、バイオディーゼル燃料の略
注2)SIBは、ソーシャル・インパクト・ボンド(社会的インパクト投資)の略

出典)三方よし基金の資料等より筆者作成


2009年に開始された環境円卓会議は、第一次環境基本計画の中で位置づけられ、科学技術振興機構の「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」という研究事業の一環としても運営されました。2030年の東近江市の将来像を市民・事業者・行政の対話により検討する場として、市内外で活躍するキーパーソン26名で構成されました。

ここで作成されたビジョン策定の作業では、市民が感じる「豊かさ感」に係る要素が抽出され、また社会・経済・環境面の効果がそれぞれ「生活時間の変化」「中間投入の地域内自給額」「二酸化炭素の排出削減量」として定量的に計算されました。この円卓会議の効果として、次の点があげられます。

  1. 市民・事業者・行政そして研究者の緊密な関係、すなわち社会関係資本の構築
  2. 地域資源の再評価と地域経済循環の意義の確認、それらの共有
  3. 環境・経済・社会の統合的向上が重要だという考えの確立、それらの共有

第二次環境基本計画においても、この円卓会議の成果が担保となり、環境面に留まらない範囲と理念をもった計画が継承されることとなりました。

環境円卓会議が協働のアリーナであるとして、その推進役となるチーム、すなわち中間支援組織がまちづくりネットです。このチームは2011年に任意団体として設立され、2013年にNPO法人となっています。理事会は行政以外に地縁組織、NPO、民間企業の関係者などで構成されています。継続して実施されている円卓会議のファシリテーションや事務局の役割を担うとともに、地域づくり関係団体の交流や意見交換、相談・助言による活動支援を行っています。
まちづくりネットが場の運営や情報的支援を行う中間支援組織であるとすれば、さらに資金的支援を行うチーム(中間支援組織)として、2016年に設立されたのが三方よし基金です。

三方よし基金の事業内容

三方よし基金が実施している資金的支援には、表3に示すように4つのタイプのものがあります。投資は出資者への償還、融資は金融機関への返済が必要となる事業収益性の高いコミュニティ・ビジネスが対象となり、助成は返済がなく、事業収益性が低くとも地域課題に解決に貢献する事業が対象となります。

ここで重要なことは、三方よし基金は単に資金的支援だけを行っているわけではない、ということです。調査・研究、情報提供等の機能を持ち、支援先の事業への伴走、関係者をつなぐといった役割を果たしており、資金的支援を入り口として、事業推進に踏み込んだ中間支援組織としての役割を果たしています。

表3 三方よし基金の主な資金的支援事業

出典)三方よし基金の資料等より筆者作成

表3の事業のうち、「東近江市版SIB事業」といわれる社会的インパクト投資の仕組みがやや複雑ですので、説明を補足します。

2016年から開始された同事業は、コミュニティ・ビジネスの運営資金を民間投資家から募り、民間で運営します。市民から集めたお金をコミュニティ・ビジネスの事業に出資し、事業が成果をあげたとき、行政(東近江市)がその元本を出資者に償還するという仕組みとなっています。
事業の成果の評価は、三方よし基金・専門家・行政が連携して行います。この仕組みは売り手、買い手というだけでなく、広く関係者が三方よしになるように設計されています。関係者のメリットとして、次のことがあります。

  1. 市民は、まちづくりを応援したいという志をもって出資し、事業の成果に応じて配当金が得られます。出資する市民自身もまちづくり事業の当事者になります。
  2. 行政の補助金の使いかたとしては、事業が成果をあげた場合に補助金が支出されますので、補助金の無駄使いを防ぐ仕組みとなります。
  3. 投資を受けるコミュニティ・ビジネスは、資金調達をできるだけでなく、市民、三方よし基金、専門家、行政等からの応援を得ることができます。

地域スーパーの再生:愛のまち合同会社「i・mart(あい・まーと)」

三方よし基金の支援先の例として、愛のまち合同会社による「i・mart」という地域スーパーの再生事業を紹介します。

「i・mart」は後継者がいなくて廃業となった地域スーパー。これを地域住民の手で再生し、運営しています。

高齢者世帯が多く、中心部までの移動に車が必要なこの地区において、地域スーパーは不可欠なもの。廃業の際に、市民の困った声に対応すべく協議の場が設けられました。そこで地域スーパーをただ継承するだけでなく、自分たちで運営する地域スーパーにどのようなものが必要かのアイディアを出しあい、夢を語り合い、改装・開業にこぎつけました。

改装に必要な資金については、三方よし基金に相談し、助成や「ビーナス」の融資を受けました。さらにこれ以外にも地域住民が多くの資金を出し合って、コミュニティによるコミュニティのためのスーパーができました。スーパーの開業は2021年8月。子供から高齢者までを対象にした商品をそろえ、高齢者に人気の惣菜やお弁当なども用意しています。

さらに、交流の場となるスペースを用意し、おしゃべりやイートインで食事ができるようにするとともに、介護事業にも取り組んでいます。また関係する業者さんから移動販売車を譲り受け、地域を回って移動が不便な方に商品を届けたり、暮らしの困りごとを収集しています。収集した暮らしの困りごとは、市民の協議で解決策が検討され、実践へと繋がっています。

みんなのお店「i・mart」

菜の花プロジェクトのその後:愛のまちエコ倶楽部

東近江市(特に旧愛東町)の名前を全国に広げた先駆けとなったのが「菜の花プロジェクト」です。ここで誕生した「NPO法人愛のまちエコ倶楽部(以下、エコ倶楽部)」もまた、三方よし基金の支援を受け、古民家を改装し、2022年9月に移住者支援の拠点『だれんち?』をオープンしました。

エコ倶楽部は、市内の廃食油をバイオ燃料であるBDFやせっけんにリサイクルしたり、地元農家が栽培した菜種から食用油を製造する「菜の花プロジェクト」を担い、その活動拠点である地域資源循環モデル施設『あいとうエコプラザ菜の花館』の管理運営を行ってきた団体です。この団体は、BDF事業等で時代にもまれながらも順調に発展してきましたが、さらに地域資源を活用したグリーンツーリズムや農業等を担う移住者の支援へと事業を展開してきました。

その事業拡張の一環として整備されたのが、「だれんち?」という民家を利用した拠点施設です。移住によるミスマッチや孤立が懸念されるなか、移住前に段階的に地域と関係性をつくれる交流型滞在拠点となることを狙いとしています。

エコ倶楽部によれば、「だれんち?」の資金調達にあたり、エコ倶楽部の事業展開の様子を知っていた三方よし基金から「休眠預金が使えます」という提案があってありがたかった、とのことです。

新規就農者を中心としたマルシェを開催@だれんち?(愛のまちエコ倶楽部提供)

地域の活動を支える仕組みと人

ここまで示してきたように、東近江市において、コミュニティ・ビジネスが多彩に展開されてきた理由として、4点をあげることができます。

第1に、協働による地域づくりを進めるアリーナとチームが設置され、活動を継続してきたことがあげられます。アリーナとは舞台であり、様々な立場や考えかたを持つ人々が計画・実践・調整等を行う場のことです。東近江市では、環境円卓会議や各地区の「まちづくり協議会」がこれに当たります。そしてアリーナの場を運営するチームとして、まちづくりネットという中間支援組織があります。

第2に、活動に必要となる資金を市民が出資し、志金と活動をつなぐローカル・ファイナンスの仕組みが整備されました。その中核を担う団体が三方よし基金です。この基金はファイナンスだけでなく、地域の活動をつなぎ、支援する中間支援組織としての役割も発揮しています。また、地元の金融機関も地域づくりへの融資を行う事業を始めています。

第3に、地域活動の積み重ねによって形成されてきたシティズンシップ(市民力)があります。歴史をさかのぼると、東近江市では"惣村(そうそん)"という中世から続く農村の自治活動が継承されているという指摘もあります。また、東近江市の中でも愛東町は、菜の花プロジェクトの発祥地として全国から注目され、全国をリードしてきたその活動が地域住民の意識に影響を与えてきたことも考えられます。この市民力は、東近江市で展開されてきた曼荼羅のようなダイナミズムによって、さらに強まってきているといえるでしょう。

第4に、上記に示す組織や仕組みを担ってきたキーパーソンの方々の存在があります。市民協働を進めた首長(プロデューサー)、地域活動のリーダー(ディレクター)、中間支援組織のスタッフ(コーディネイター)、地域活動を評価し、支援する地域外の研究者(アドバイザー)といった役割を持つ人々が東近江市の取組みを生成・継続・波及させてきました。すべての方々の固有名詞はあげませんが、アクティブに活動する尊敬すべき方々がいたからこそ、東近江市の取組みが動きつづけ、発展してきたことを記しておきます。東近江市は、キーパーソンがたくさんいるまちです。

地域の計画の実効性を担保してきた人と計画

活動を支えてきた人のうち、特に中間支援組織のスタッフ(コーディネイター)と地域外の研究者(アドバイザー)のことを詳しく記します。

中間支援組織のうち三方よし基金においては、事務局長である山口美知子さん(以下、山口さん)の仕事ぶりに注目したいと思います。山口さんは林業の技術職として滋賀県庁に採用され、庁内の環境政策の担当課で仕事をしていました。そのときに、異なる業界をつなぐ政策を作る仕事にはまり、その継続を希望した結果、環境円卓会議を知り、東近江市の職員となりました。

市では企画部緑の分権改革課、総務部まちづくり協働課を経て、市民環境部森と水政策課にて第二次環境基本計画の策定等をサポート。その環境基本計画で示された施策が三方よし基金であったことから、その実現を担おうと市の職員を退職し、三方よし基金の常務理事兼事務局長となっています。

こうした経験を持つ山口さんは、県の仕事を経験し、俯瞰的な視点を学んできたからこそ、実践を担うコーディネイターとしての役割が果たせているのではないでしょうか。筆者は、別の記事において、コーディネイター人材が育つ、社会の流動性が必要だと指摘しましたが、山口さんの存在がそれを裏付けてくれます。

また、三方よし基金は、環境円卓会議の検討を踏まえて策定された第二次環境基本計画で位置づけられ、実行されたわけですが、このプロセスにおいて、研究者が重要な役割を果たしています。

まず、環境円卓会議では、環境と経済・社会の統合的向上という視点を地域に持ち込み、適正規模や市民主導という方向性を強調した研究者がおられました。また、第二次環境基本計画の策定の際には、「環境政策だけに限定せずに、環境円卓会議の理念を引き継ぐべきだ」と、計画策定審議会の座長である別の研究者がこだわりを示したとされます。

従来の取組みの継続を重視する行政内部からは、前提となる枠組みの見直しを行う提案は出てきにくいものです。優れた研究者(アドバイザー)は、専門的な見地から地域の取組みの前提を問い直す、重要な役割を果たしました。

三方よし基金のオフィスがある建物

東近江市の取組みとSDGs

東近江市では、SDGsを掲げて地域づくりを進めてきたわけではありませんが、環境、経済、社会にかかわる多様な地域課題を市民主導で解決するべく活動している地域です。ローカルSDGsの実現に多様な主体が取組み、それを支援する中間支援組織が仕事をしているという意味で、SDGs未来都市に指定された地域以上にSDGs未来都市の望ましい姿を実現しているといえます。

山口さんは、「どんなことがあっても、支えあう関係がある地域を目指していきたい」といいます。支えあう関係がある地域、それはSDGsの重要な理念である「社会的包摂」が充足された姿に他ならないでしょう。

鈴鹿山脈から見た東近江市(三方よし基金提供)

次回は、地域における先進事例編の最終回をお送りします。

記事カテゴリー
SDGsの基礎知識