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「消費者という弱者」を起点に考える消費者問題と環境問題|環境と福祉 問題解決のための「統合」とは【第3回】

2023年10月16日

環境と福祉  タイトル画像

人間は自分では栄養をつくれない他栄養生物、すなわち「消費者」です。つまり、栄養を他の生物に依存せざるを得ない弱さを持っています。この弱さを克服するために、人間は火、農耕、機械などといった様々な技術を開発し、食料生産を拡大してきました。
そして食料のみならず、石炭、石油、天然ガス等の化石資源を利用し、大量にエネルギーを消費し、機械によって効率的に生産されたモノを大量に消費するようになってきました。技術進歩に伴い、人間は生産者に依存する消費者としての特性を強めたのです。

大規模な農業のイメージ

今日では、他者がつくる食料やモノ次第で、自らの生存や安全、健康、自己実現などが左右されるようになってきました。外部依存度を高めた今日の消費者は、自分で自分の生命や生活を維持できない脆弱な存在になっています。

今回は、消費者という脆弱者(弱者)の視点から消費者問題と環境問題を捉え、消費者が脆弱性を克服し、さらには消費者問題と環境問題の統合的解決を図っていく方向性について、記していきます。

環境問題における「消費者という被害者・加害者」

消費者はこれまでさまざまな食品公害や薬害等において、被害者となってきました。たとえば1955年には、最初の大規模な食品公害として死者133人、中毒患者1万2千人に及ぶ被害を出した森永ヒ素ミルク事件が発生しました。また、医薬品によるサリドマイド事件(1962年)、米ぬか油によるカネミ油症事件(1968年)等の、深刻な被害が発生しました。

厳密にいえば、食品公害や薬害は、有害物質を直接、人体が摂取することで起こる健康被害ですから、有害物質による環境汚染の影響という環境問題と区別されますが、生産者が加害者となり、消費者が被害者となる問題としては共通点があります。つまり消費者は被害を受ける側の弱者(脆弱者)だということです。

一方、1953年には国産の電気洗濯機が登場し、「電化元年」と呼ばれました。しばらくして、テレビ、電気洗濯機と合わせて、電気製品の「三種の神器」が出揃うこととなりました。こうした消費構造の変化を、1959年版国民生活白書では「消費革命」と呼びました。
また、流通分野ではスーパーマーケットが登場しました。国内最初のスーパーは1953年に東京にオープン。大量流通によって商品単価は下がり、消費量の拡大とそれを前提にしたライフスタイルが形成され、定着してきました。

大量生産・大量消費型の暮らしが追求されるようになると、水質汚濁や大気汚染等の都市生活型公害、廃棄物問題、さらには気候変動などの地球規模の環境問題が社会問題化してきました。これらは、消費生活によるエネルギー消費、使用済の製品の廃棄などによるもので、不特定多数の消費者が加害者となる問題でした。

こうして被害側の存在であった消費者は、被害者であるとともに同時に加害者の側になってきました。自らが意図しないままに自らの大事な環境を損なっているとしたら、消費者は自業自得を制御することができない弱者(脆弱者)だといえるでしょう。

大量廃棄物のイメージ

消費者が持つ4つの脆弱性と環境問題

消費者が弱者(脆弱者)である理由は、生産者(企業)と比較することで、明確にすることができます。消費者は企業と比較して、次の4つの側面で脆弱だといわれます。

【生産者と比較した消費者の脆弱性】
① 個としての感受性
② 社会的能力の劣位
③ 構造としての情報の非対称性
④ 参加や選択の能力・機会の不足

「①個としての感受性」は、消費者は一人ひとりが精神と肉体を持つということです。このため、生産者の生産あるいは自らの消費に起因する環境問題により、健康や安全を脅かされてしまいます。生産者である企業の被害は財産上の損失に留まりますが、消費者と比較すれば生命を取られるようなことではありません。

消費者の「②社会的能力の劣位」とは、財力、政治力、交渉力などが相対的に弱いということです。消費者もまた法律に守られているとはいえ、問題が生じたときに裁判がおこっても、裁判に対応する専門家をもち、組織としての対応経験が豊富な企業に対して、消費者は苦しい立場に置かれてしまいます。

「③構造としての情報の非対称性」は、製品に関する情報が企業に偏在し、消費者に正しく伝達されていない(あるいは秘匿されている)ために、消費者が不利益を被るということです。製品を設計し、生産し、情報を発信するのもすべて企業ですから、企業はその製品の専門家となり、消費者は素人となってしまいます。情報を持たない消費者が、いくら自らの安全・安心を損なうことがない製品を調達しようとしても、判断材料あるいは判断基準をもたないわけです。

「④参加や選択の能力・機会の不足」は、③にも関連しますが、問題解決のためになんからの行動を起こしたり、消費行動の改善や商品の選択をしようとしても、それが阻害されていたり、自由度がないということです。たとえば、安全・安心な製品を選択しようとしても製品の種類が1つしなければ、選択すらできないわけです。

表1に消費者の4つの脆弱性が環境問題の発生に関連することをまとめました。
消費者の脆弱性が環境問題の発生に関連しており、消費者の脆弱性を解消すること(すなわち、消費者の福祉の向上)が環境問題の解決のために必要です。

表1 消費者の4つの脆弱性と環境問題

表1 消費者の4つの脆弱性と環境問題

消費者の基本的人権(ウルフェア)を守ることの大切さ

この連載の1回目で、福祉には、ウルフェア、ウルビーイング、フェアネス、コミュニティといった4つの側面があるとしました。このうち、ウルフェアとウルビーイングの側面から、消費者問題、さらには消費者問題と環境問題との関連を考えてみましょう。

まず、消費者のウルフェアとは消費者の基本的人権を守ることです。この基本的人権を守るために、消費者運動という市民活動、消費者行政という行政施策が進められてきました。

消費者の基本的人権とは、具体的に何をさすのでしょうか。国際的な消費者団体である国際消費者機構が1982年に提唱し、日本の消費者基本法にも参照されている消費者の権利には、次の8つがあります。

【消費者の8つの権利】
① 消費生活における基本的な需要が満たされる権利
② 健全な生活環境が確保される権利
③ 安全が確保される権利
④ 選択の機会が確保される権利
⑤ 必要な情報が提供される権利
⑥ 教育の機会が提供される権利
⑦ 意見が政策に反映される権利
⑧ 適切、迅速に救済される権利

脆弱者である消費者の権利が保証されることで、消費者は環境問題のことを知り、学び、情報を得て、選択し、意見を表明することができます。そしてそれが消費者自身の環境と共生する豊かな暮らしを実現していくことにつながります。

消費者の権利が保証されても、環境問題に取り組む消費者は少ないかもしれませんが、取り組みの基盤としてこの権利の保証が必要であることは確かです。
消費者の権利の保障は消費者福祉の肝であることを考えると、消費者福祉と環境問題の解決は一体的なものだとわかります。

消費者の真のウルビーイングが環境問題を解決する

消費者のウルビーイングと環境問題との関係はどうでしょうか。
ルビーイングを一人ひとりのよい状態、すなわち快適感や充足、幸福感、自己実現が得られる状態であることとすれば、消費者のウルビーイングと環境問題の関係には、トレードオフ(相反作用)の場合とシナジー(正の相互作用)の場合があります。

トレードオフの場合としては、消費者のウルビーイングの追求がモノやエネルギーの消費量を拡大し、環境負荷を増大させてきたことがあげられます。廃棄物、気候変動、自然破壊等の問題は、より快適で便利な暮らしを求める消費量の拡大による影響です。

シナジーの場合としては、精神的な豊かさや自然や人とのふれあい、内面的な充実を求める方向でのウルビーイングの追求が環境問題の解決と合致していくことがあげられます。エシカル消費における環境配慮商品の購入や地産地消は、問題解決への貢献や顔の見える関係による社会的充足というウルビーイングを高めるものでもあるはずです。

このように、消費者がどのようなウルビーイングを追求するかによって、消費者のウルビーイングと環境問題はトレードオフの関係にもなり、シナジーの関係にもなります。

もっとも、環境問題とトレードオフの関係になるような消費者のウルビーイングの実現は、モノやエネルギーに依存し、自立共生の歓びが希薄な見せかけのものかもしれません。依存から解放された真のウルビーイングを求めることが、環境問題の解決とウルビーイングのシナジーをつくっていく道となるでしょう。

消費者の真のウルビーイングの実現を目指すこともまた消費者福祉のテーマであり、この面でも消費者福祉と環境問題の解決は一体的なものだといえます。

ウェルビーイングのイメージ

消費者と環境の統合的発展を図る3つの取り組み

消費者福祉と環境問題の同時解決、すなわち消費者と環境の統合的発展を実現する方策として、①第三者による情報的支援、②共同による消費、③消費者による生産の3つがあります。

の「第三者による情報的支援」は、生産者(第一者)と消費者(第二者)の間での情報の偏在を解消するために、情報伝達を適正かつ円滑なものとするための「第三者」による情報的支援のことです。製品・サービスに情報を付与するルールづくり(環境ラベルなど)、消費者への製品・サービスに関する情報の収集と提供などがあります。
これは行政や市民活動等によってすでに取り組まれていますが、SNSの普及に伴い、信頼性のない情報が氾濫している状況もあり、情報の偏在が健全に解消されているとはいいがたい面もあります。

②の「共同による消費」は、消費者が共同して商品を購入することで、個としての脆弱性を解消し、商品に関する知識を高め、生産者に対する力を高めるという方向で、これもまた消費生活協同組合(生協)や共同購入グループなどのカタチで実施されています。
消費生活協働組合の組合員数は全国で6,890万人(令和4年度消費生活協同組合実態調査より)にものぼり、食料の調達のほか、共済、医療、福祉・介護事業と消費者を支える事業の担い手となっています。

の「消費者による生産の方向性」を、アメリカの未来学者であるアルビン・トフラーは「自給的生産=消費(プロシューマー)」と表現しました。情報化が高度に進行するなかで、消費者の脆弱性が解消され、消費者が生産に関わり、またイノベーションを起こすことを予言したものです。
有機農産物の自給自足など、外部依存から解放され自立した暮らしの再生を志向することは、情報化社会の文脈ではないため、プロシューマーとは言わないかもしれませんが、消費と生産の一体化の1つのカタチだと考えます。

この他、フェアトレード、エシカルファッションやエシカル消費等も、消費者のウルフェアやウェルビーイングの実現と環境問題の解決の同時実現を図る取り組みだといえるでしょう。

事例:再生可能エネルギーの「産直」と生産地との連携

消費と生産の一体化の事例をひとつ、ご紹介します。
「生活クラブ生協神奈川」は、2011年に40周年を迎え「脱原発」の立場から再生可能エネルギーによる発電事業を行うことし、秋田県にかほ市に風車を設置しました。風車の立地場所を探すなか、風車設置の実績のあった北海道の生活クラブ生協に協力を求め、にかほ市に設置することにしました。この風車で発電した電気を、首都圏の消費者が購入することができるのです。

また、生活クラブ生協神奈川では風車の設置をきっかけにしてにかほ市の特産品を開発し、これも産地直送として扱うことにしました。風車を設置した集落との交流も行われ、消費者と生産者(生産地)の関係がつくられてきました。

環境意識を持つ消費者が環境に配慮したエネルギーや食料などを求め、その生産に乗り出し、消費と生産の再構築に踏み出していくこのような事例が、今後も増えていくことを期待しています。

にかほ市の風車

にかほ市の風車(筆者撮影)

まとめ:消費者福祉の向上からつながる環境問題の解決

消費者の脆弱性の解消は、消費者と生産者の関係における不平等の解消、すなわちフェアネスの獲得を意味します。しかし、フェアネスという観点から俯瞰すると、消費者には不利益を被る脆弱者というだけではない側面が見えてきます。
また途上国の生産者の脆弱性に依存して先進国の豊かな消費があること、消費者の中にも貧富の格差、居住地等による消費環境の格差があることなど、フェアネスの観点から消費者について考えるべきことがまだまだあります。

消費者のコミュニティ、すなわち人と人のつながりについてはどうでしょうか。たまたま製品を消費する専門性に劣る消費者は、消費者同士でつながることで、脆弱性を解消していくことができます。消費者のコミュニティの向上は、消費者のフェアネスを向上し、さらには消費者のウルビーイングを高め、環境問題の解決にもつながるものとなるでしょう。

いくつかの論点を残しますが、まとめると、消費者の脆弱性の解消とは、消費者の福祉(ウルフェア、ウルビーイング、フェアネス、コミュニティ)の向上であり、それが環境問題の解決というシナジーを生み出す可能性がある、といえることです。
生産者においても、社会的包摂やSDGsに取り組むのであれば、「消費者の脆弱性の解消」という視点から、消費者福祉に取り組んでいくことが必要となるでしょう。

次回は、「高齢者・高齢化社会と環境」をとりあげます。

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