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求められる「環境」と「高齢者福祉」の統合的向上。そのビジョンと取り組み事例|環境と福祉 問題解決のための「統合」とは【第4回】

2023年11月13日

環境と福祉  タイトル画像

未来ビジョンを描く際、前提となることの1つが人口予測です、2020年の国勢調査をもとにした国立社会保障・人口問題研究所の予測によれば、2070年に日本の総人口は9千万人を割りこみ、高齢化率は40%近くになるとされます。

高齢者は、個人差があるとはいえ加齢により身体生理機能が衰え、それとともに社会の中心から離れていきます。社会参加の機会も少なくなり、収入も減少します。また、高齢者単独世帯の増加、近隣関係の希薄化、周辺地域の人口減少や若年層の流出などにより、高齢者を支える社会は頼りないものとなっています。高齢者は、(個人差はあるものの)個人的にも社会的にも周縁にいる脆弱者側の存在になります。

このため、高齢者の増加(高齢化社会の進展)は社会全体の脆弱化をもたらします。社会全体の脆弱化のために、高齢者を支える福祉も脆弱なものとなり、高齢者は一層脆弱な存在となってしまいます。

今回は、「高齢化時代の高齢者」という脆弱者に注目し、環境問題との関係を考えていきます。

高齢者イメージ写真

1人あたりがもたらす環境負荷が大きいのは高齢者か?

一般的にいえば、高齢者は退職や子供の独立などにより仕事時間が短くなり、自由時間が長くなります。「社会生活基本調査」の結果によれば、「自由時間はテレビ・ラジオなどの在宅型余暇活動時間や睡眠時間に充てられ、特に70歳以上では、睡眠時間、余暇活動時間とも各年代を通して最も長く、余暇活動時間の8割以上は在宅型余暇活動となっている」とされます。増えた自由時間が在宅に充てられるということは、それだけ在宅での滞在や活動によるエネルギー消費量が多くなることを示します。

このことも含めて、高齢者のエネルギー消費(二酸化炭素排出量)が相対的に多い理由として、次のことがあげられます。

  • 高齢者は、在宅で過ごす時間が多い(→在宅でのエネルギー消費が多い)
  • 高齢者は、単独あるいは少人数で暮らす人が多い(→一人当たりの環境効率が悪い)
  • 高齢者は、古い住宅、戸建住宅に居住する(→住宅の環境性能が悪い)
  • 高齢者は、古いものを長く使う(→省エネ性能が悪い家電製品を使用している)
  • 高齢者は、太陽光発電等の設備に新たな投資をしにくい

特にゼロカーボン社会を実現していくためには、ZEH(ゼロエネルギーハウス)への住宅インフラの置き換えや省エネ家電への買い替え、住宅用太陽光発電の普及等が不可欠になります。こうした急ピッチなインフラ転換に、高齢者が対応できるのかが懸念されます。

高齢者の暮らしにおける環境負荷削減のための対策として、外出による仲間との交流時間を増やしたり、同居や集住を促すことが考えられます。これらの対策は、高齢者の孤立化を防ぎ、社会参加によるウェルビーイングを向上させるとともに、高齢者1人当たりの環境負荷を減らす効果が期待できます。

ただし、高齢者のもったいない精神や愛着のあるものを長く使う意識は、リデュースやリユースの側面で優れた特性だといえます。ゼロカーボンのための買い替えか、ものの長寿命化か、いずれを重視するかによって、高齢者の環境負荷の評価が異なることとなるでしょう。

高齢者のごみ出し問題をどうするか

「高齢者のごみ出し問題」に注目してみましょう。身体が衰えた高齢者にとっては、いっぱいになったごみ袋をごみ出しの場所まで持っていく作業は決して軽作業とはいえなくなります。在宅時間やケータリングが増えれば、ごみの排出量も増えますし、紙おむつを使用する家族がいれば、ごみ出しはますます大きな負担となってきます。

高齢者のごみ出しイメージ写真

ごみ出しができないと家の中が不衛生になったり、近隣住民とのトラブルも発生します。使用しなくなった小型家電製品などの死蔵は資源の損失になります。高齢者のごみ出し問題は、高齢者の福祉問題であり、健全な循環型社会の実現の支障となる問題(環境対策の阻害問題)であるわけです。

環境省「高齢者のごみ出し支援制度導入の手引き」によれば、高齢者のごみ出し支援には「直接支援型」と「コミュニティ支援型」の2つのタイプがあります(表1)。いずれも、高齢者のごみ出しが困難な場合に、清掃工場あるいは最寄りの収集拠点までごみを運ぶ支援を行うものです。

ごみ出し支援は、環境と福祉の統合的向上を図る取り組みとしての意義をもっています。ごみ出し支援を実施している多くの場合に、収集時に声掛けをして安否確認を行い、状況に応じて、本人や家族への電話連絡を行うこととなっています。また、担当が普通救命講習を受講し、利用者に異常があれば即座に対応するように備えている地域もあります。

一方で、支援者側の福祉向上もあります。ごみ出し支援をシルバー人材センターなどに委託する場合では、支援者である高齢者の生きがいを高めるという効果が期待できます。ここでは高齢者との面談による状況確認、安否確認の結果や対応の情報共有において、廃棄物部局と高齢者福祉部局の連携が必須になってきます。

また、「コミュニティ支援型」では、ごみ出し支援を通じて地域のコミュニティのつながりを強めるという効果が期待できます。高齢者を取り巻くコミュニティは、ごみ出し支援に限らず、地域に暮らす高齢者の安心感や災害時の支えあいの基盤となります。

表1 高齢者のごみ出し支援の方法と福祉との連動

高齢者のごみ出し支援の方法と福祉との連動

スマートハウスは高齢者福祉を向上させるか

高齢者は環境負荷が大きく、環境対策への参加に支障がある存在となりがちですが、集住化やごみ出し支援のように、一歩踏み出した工夫を行うことで環境と福祉のWIN-WINを創出していける可能性があることを示しました。続いて、環境アクションと高齢者福祉の統合的向上の例としてスマートハウス、コンパクトシティ、グリーンスローモビリティに注目します。

スマートハウスでは、住宅に設置した太陽光発電と、家電製品、蓄電池、電気自動車等をつなぎ、HEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)により、発電、蓄電、消電、売電を制御するとともに、スマートメーターによる電力需給を「見える化」し、居住者に省エネを促すことができます。
センサーを配備することで、自動消灯やエアコンの最適運転などができ、自動化による省エネも進みます。また、外からスマートフォンを使って、家の電力消費の状況を閲覧したり、電源のオンオフを遠隔で操作することができます。こうした見える化、自動化、リモート化が進んだスマートハウスでは、表2のように高齢者の脆弱性の支援を行うことができます。

表2 スマートハウスによる高齢者福祉の向上効果

スマートハウスによる高齢者福祉の向上効果

スマートハウスは在宅でのケアを充実させることができます。ただし、在宅ケアを充実させることで、高齢者の外出機会が減り、在宅時間が多くなってしまうと、環境面では在宅でのエネルギー消費量が増加することになりますし、福祉面では高齢者同士の交流が希薄化するという可能性があります。
この意味では、スマート化を進める際には、スマートシティだけでなく、高齢者の外出や地域での活動を支援するようなコミュニティのスマート化もあわせて進めていくことが期待されます。

またスマートハウスでは、災害により電源が喪失した場合に、情報通信機器が稼働せず、高齢者福祉に支障をきたす可能性もあります。スマートハウスであることに依存してしまい、コミュニティとのつながりが希薄化してしまうと、そのことが新たな脆弱性となってしまいます。家族や近隣の人々との対面での交流(コミュニティ)が基盤にあり、その基盤を強める方向にスマート技術を活用していくことが必要となります。

スマートハウスのイメージ写真

コンパクトシティは高齢者にとって住みやすいのか

コンパクトシティは、中心市街地の活性化、鉄道やバス等の公共交通の整備、鉄道駅等の周辺への集住化を進める、土地利用の再編を図る構造的な取り組みです。

コンパクトシィの目的は環境、福祉、地域経済、行財政効率化等の多岐にわたりますが、環境と福祉の統合的向上を図る構造的な対策としても重要です。
特に環境面では、移動距離を減らしたり、輸送効率を高めることで、移動に伴う二酸化炭素を減らすという気候変動への緩和策としての効果が期待できます。高齢者福祉の面では、自動車を利用できない高齢者等が商業、文化、福祉、医療等が集積する中心市街地等に集まって暮らすことで、日常の利便性や安心感を高めることができます。

SDGsと地域活性化 第2部第1回 コンパクトシティ:持続可能な都市の構造とは」で取り上げましたが、土地利用の再編や公共交通事業者同士に連携が必要となるために、コンパクトシティの実現は容易なことではありません。それでも、富山市のようにコンパクトシティが実現できたとき、表3のように高齢者福祉を向上させることができるでしょう。

もっとも、長く住み慣れた土地を離れることは高齢者には抵抗があることですし、先祖代々の土地や家を守るという使命感もあります。短兵急にコンパクトシティをつくろうとせず、高齢者の中止市街地や駅周辺への住み替え等を、高齢者一人ひとりに寄り添いながら、長い目で行っていく行政施策が必要になります。

表3 コンパクトシティによる高齢者福祉の向上効果
コンパクトシティによる高齢者福祉の向上効果

グリーンスローモビリティを高齢者福祉に活かす方法

グリーンスローモビリティ(略称:グリスロ)は、低速(時速20km)で走行する小型の電気自動車のことです。ゴルフ場のカートのようなものが、まちやむらの公道を走行することをイメージすればわかりやすいと思います。電気自動車であるゆえに、走行時の大気環境への負荷がなく、環境省も国土交通省とともに導入を推進しています。

グリスロは、自動車免許の返上や地域のバス路線の廃止等から、移動手段がなくなった高齢者の外出を支援する交通手段として期待されていますが、必要となる地域は過疎化が進むと地方圏の農山村だけとは限りません。
大都市圏の郊外のニュータウンでは、分譲開始時の入居が同時期に高齢者となり、子どもも少なくなることから、通勤通学の移動手段であったバス路線の廃止等が進行しています。とはいえタクシーや送迎に頼るわけにもいかない、そうした移動手段へのニーズに答えるのが、小規模で利用料金が安いグリスロです。自由時間がある高齢者にとっては、日常の移動はゆっくりでもいいわけです。

また、グリスロはラストワンマイルの移動手段でもあります。最寄りのバス停や鉄道駅への徒歩5分、10分の移動は若いうちはいいですが、高齢者にとってはその移動が苦痛になります。最寄りのバス停や鉄道駅までのラストワンマイルをグリスロで移動できることで、外出がしやすくなります。

グリスロの本格運行の事例として、島根県松江市にある「社会福祉法人みずうみ」の取り組みを紹介します。
同法人では、高台に位置する高齢化率4割になる団地において、2018年の実証実験を経て、2019年からグリスロの本格運行を開始しました。毎週火・木の14時~16時のみ開店する商店へのアクセスのための運行です。同法人は、ももとも団地内になくてはならなかった「生鮮食品を扱うお店」の維持を支援してきており、さらにそのお店への移動手段の確保も実現したわけです。
このグリスロの名前は、地域社会に再び希望を持つという願いを込めて「Re×hope(リ・ホープ)」。合言葉は「行きは歩いて健康づくり、帰りは荷物が重たいから、みんなでRe×hope(リ・ホープ)に乗りませんか?」です。

この取り組みにより、表3に示したコンパクトシティの効果と同様に、高齢者の外出機会が増え、同時に社会とのつながりが強まっています。グリスロは単なる移動面だけでなく、高齢者福祉全体に寄与することがわかります。

筆者が乗ったことがあるグリーンスローモビリティ

筆者が乗ったことがあるグリーンスローモビリティ

環境と高齢者福祉をつなぐ2つの取り組み

環境と高齢者福祉をつなぐ統合的取り組みには「高齢者の環境配慮支援」と「環境福祉の基盤整備」の2つがあります。 

「高齢者の環境配慮支援」は、高齢者の受動的な環境配慮(ごみ出し等)を支援するものと能動的な環境配慮(緑地整備等)を支援するものです。この支援は、環境対策や環境創造を進めるだけでなく、支援を通じて高齢者とコミュニティの関係を強め、高齢者のウェルフェアやウェルビーイングを高めることにもなります。

「環境福祉の基盤整備」は、住宅のスマート化や土地利用の再編、公共交通の充実を図るもので、高齢者の在宅や移動の利便性や快適性を高めるとともに、環境負荷を抑制する効果も期待できます。この際、元気な高齢者には在宅支援ではなく、外出を支援することが健康や社会とのつながりを高めるうえで望ましいと考えられます。

そして、環境問題が解決され、自然と共生する暮らしが実現すれば、高齢者の環境問題による被害が回避され、よい環境の中でのウェルビーイングも向上します。高齢者福祉が充実すれば、元気な高齢者が増え、高齢者による環境配慮が活性化します。つまり環境と高齢者福祉の相互作用による向上が期待されるのです。
ここまで示してきたことを図1にまとめました。

図1 環境と高齢者福祉の統合的取り組みと統合的向上(本原稿で取り上げたこと)

環境と高齢者福祉の統合的取り組みと統合的向上

環境と高齢者福祉の問題を解決する「リローカリゼーション」

グローバリゼーションの弊害を解消するために、リローカリゼーション(地域内での循環共生)が必要だと言われます。地域内で循環共生を図るべき重要な要素として、エネルギー、モノ、食、そして福祉があげられます。リローカリゼーションが進んだ地域のイメージを書き出してみましょう。

  • 地域資本によって地域資源である再生可能エネルギーを使った発電・小売、熱供給がなされ、エネルギーの地産地消が実現している
  • 地域内でのリユースやシェアがなされ、地域内全体でモノが共有され、モノの滞留時間が長くなっている。
  • 食の地産地消によって、食料の地域自給率が高く、生産者と消費者がつながり、生産と消費のそれぞれに安心と歓びがある
  • 高齢者等の暮らしを地域のコミュニティで支える関係ができている、高齢者支援を通じて、コミュニティのつながりが強まっている
  • 元気な高齢者が地域の中で役割を持ち、地域社会に参加し、高齢者同士で支えあって、活き活きと暮らしている

このようなイメージから、リローカリゼーションは環境と高齢者福祉の問題を根本的に解決する地域社会をつくることだとわかります。リローカリゼーションのキーワードをあげれば、やや古いいい方ですが、「スモール」、「スロー」、「スマート」の3Sになるでしょうか。

日本で市民共同発電所を最初に設置した滋賀県湖南市の福祉作業所は、「作業所の屋根の上に、市民出資の太陽光発電所をつくりませんか?」と提案されたとき、最初はよくわからなかったといいます。しかし、「エネルギーと福祉の問題は根っこでつながっている」、「小さなエネルギーを自分たちでつくることと福祉を地域で行うことは、同じ方向を目指している」ことに気づき、設置の要請を受け入れたそうです。環境と高齢者福祉の統合的向上に向けて、リローカリゼーションという方向性を視野に入れていく必要があるでしょう。

冒頭で、2070年に日本の総人口は9千万人を割りこみ、高齢化率は40%近くになると予測されていることを示しました。その2070年に高齢者になっているのが今の大学生や若者たちです。今の若者が高齢者になったときの社会を、環境制約が解消された、活力のあるものにしていくためにはどうしたらいいのでしょうか。目指すべき社会のビジョンを明確にしてロードマップを描き、アクションを進めていきたいものです。

次回は、「地域間格差と環境」をとりあげます。

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