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環境問題によって侵害される「子どもの権利」を考える|環境と福祉 問題解決のための「統合」とは【第10回】

2024年06月14日

環境と福祉  タイトル画像

本連載の8・9回目で、動物もまた人間と同様に福祉の対象であり、動物も権利を持つこと、それゆえ人間と動物の不平等の問題があることを取りあげました。今回から、人間同士の不平等の問題、そして環境問題との関係をとりあげていきます。

人はそれぞれに年齢や性別、体格、人種、国籍、心身の状態に違いがあります。また、帰属する地域や集団、嗜好、信条、文化もさまざまです。こうした違いがあるとしても、誰一人取り残されることなく、ウエルフェアやウエルビーイングを求める権利を持ちます。

しかし、個性や属性の違いによって不平等な扱いがあり、権利が侵害されるという問題は未だ解消されたとは言い難い状況です。特に権利を侵害されやすい立場の視点をもって、問題を捉え、公平性のある持続可能な社会を描き、実践していく必要があります。

今回は、年齢(発達段階)による不平等の問題、特に「子ども」という脆弱者の立場をとりあげ、それと環境問題との関係を掘り下げていきます。

環境問題と子どものイメージ

気候変動が子どもに与える深刻な影響

まず、環境問題が「子ども」という脆弱者に与える影響の深刻さを考えてみましょう。
子どもの脆弱性として、心身が発達段階にあること、経済的・社会的に自立していないことがあげられます。それゆえ、環境問題という外部変化の影響を受けやすく、主体的な対策が取りにくく、被害が大人以上に深刻なものとなります。

表1に気候変動の影響分野別に、日本の子どもへの影響の深刻さをまとめました。これは影響分野ごとの影響を示していますが、これらの影響は身の回りで常に起こるわけです。子どもにすれば、常にさまざまな気候変動の影響に晒され、とても不安な気持ちになるのではないでしょうか。現在や将来に不安を抱きながら、成長していく子どものことを想像してみる必要があります。

表1 気候変動の子どもへの影響の深刻さ(分野別)~日本を想定とした主なもの

気候変動の子どもへの影響の深刻さ(分野別)~日本を想定とした主なもの

また子どもの脆弱性が他の脆弱性と交差しあった場合、気候変動の被害は多重に深刻なものとなります。たとえば、貧困層の子どもはより気候変動の影響を受けやすいでしょうし、過疎地域や過密地域といったそれぞれの脆弱な地域に暮らす子どももまた被害を受けやすいといえます。

気候変動の影響における「脆弱性の交差(異なる種類の脆弱性が重なり、問題がより深刻になる状況)」という観点で作成された国連食糧農業機関(FAO)と国際児童基金(ユニセフ)の報告書を紹介します。

FAOでは、2017年に「長期的危機、脆弱性および人道の観点からみた農業の児童労働(原題:Child labour in agriculture in protracted crises, fragile and humanitarian contexts)」という報告書を作成し、農業における児童労働と気候変動の関連を報告しています。この中で、農業における児童労働が多く、その子どもたちが気候変動によりさらに苦しい状況に追いやられるという状況を報告しており、次のようなことが書かれています(筆者の抜粋・要約)。

  • 世界には推定で1億6,800万人の児童労働者がおり、そのうち9,800万人(約60パーセント)が農業分野で働いています。多くの児童は、非常に若い年齢から無給の家族の一員として働き始めています。
  • 農業は、農薬への曝露、危険な機械の使用、重い荷物、長時間労働、厳しい環境など、多くの危険を伴い、子どもたちは大人よりもリスクが高いとされています。加えて、自然の中で行う農業は気候変動の影響を受けやすく、農業における児童労働はますます危険で苦しいものとなります。
  • 気候変動の影響により家族の死亡や病気等があると、子どもはますます児童労働に従事しなくてはならなくなります。親が仕事や食料を探しに行く間に農村に残される子どもがより危険にさらされます。

将来を想像することで浮かび上がる「世代間の不平等」

気候変動が、子どものこれからの長い人生に与える影響を想像してみましょう。

現在、すでに気候変動が進行しており、猛暑や豪雨の頻繁化、定常化、想定外の出現が進行し、気候の非常事態というべき状況になっています。このため、2050年にゼロカーボンを実現することで、産業革命以降の温度上昇を1.5℃に抑えることが世界共有の目標となっています。
1.5℃目標は、「それを超えると人間と自然も適応の限界を超えてしまう」という視点で設定されたものですが、すでに約1℃上昇していることを考えると、今は瀬戸際に追い込まれている状況です。このため、ゼロカーボンを実現する"緩和策"を最大限に急いで推進しなければならないうえ、既にある非常事態に対する"適応策"が必要になっています。
ゼロカーボンを実現できないと、さらに猛暑や豪雨が深刻な状況となります。加えて、日本の場合、人口減少と高齢化が進行し、脆弱性が高まり、猛暑や豪雨による被害がますます大きなものとなる可能性があります。世代別の将来の年齢とその時点と気候変動及び社会経済変動の状況をまとめました。

表2 世代別の将来の年齢とその時点の気候変動及び社会経済変動の状況

気候変動の子どもへの影響の深刻さ(分野別)~日本を想定とした主なもの

2020年に60歳の人は2050年には90歳。天寿をまっとうする頃に、人類は気候変動対策に成功したか失敗したかを見届けることになります。その時に、ゼロカーボンを実現できていないと、気候危機の深刻さに不安を感じ、穏やかな気持ちで成仏はできないでしょう。

2020年に30歳の人は2050年に60歳。体力の弱った高齢期を穏やかに過ごせるかどうかは気候変動対策の成否にかかわることになります。そして、2020年に20歳の若者は就職したら、気候変動対策を急ピッチに行う社会の真っ只中を生きていくことになります。多くの若者が2100年まで生きるでしょうから(医療の発達により寿命も延びます)、2050年以降も気候変動が進行するようだと、人生の後半の心配事の多くを気候危機が占めることになるでしょう。

そして、現在の子どもたち。2020年に生まれた子どもたちは2030年に10歳、2040年でも20歳です。2030年にはゼロカーボンに向けた中間地点としてカーボンハーフを実現しなければいけないわけですが、この急ピッチの対策の担い手になりたくてもなれず、大人の行動にゆだねざるを得ないわけです。大人たちが失敗をしたら、最近生まれた子どもたちの将来はどうなるのでしょうか。

このように、今の大人にとっては気候変動の深刻化は人生の終末期や後半の出来事にすぎない問題ですが、今の子どもにとっての気候変動はこれからの人生のすべてに関わる問題となります。
気候変動の影響をうける暴露期間の長さという観点で、大人と子どもの差があることをよく考えてみる必要があります。まして、子どもの被害はこれまで大量に化石資源を消費し、物的に快適な暮らしを求めてきた大人による加害であるわけです。世代間の不平等の問題がここにあります。

中学生のイメージ

すべての大人が配慮しなければならない「子どもの権利」

気候変動の問題における「子ども」と「大人」の不平等の問題をみてきましたが、ここからはそのことが「子どもの権利」の侵害であることを記していきます。

「子ども」とは日本の児童福祉法では年齢18歳未満の児童のことです。18歳未満でも精神的に大人びた子どももいますが、18歳まではしっかりと教育を受けてもらう教育制度がつくられていますので、世間の荒波に揉まれる前に十分に成長と発達をしてもらう期間として、18歳未満までを子どもとするのは納得できるところです。

しかし、子どもは未成熟な人間、未完成の大人としてみなし、社会から排除したり、大人の強制への従順を求めたりするのは、子どもに対する不平等な扱い(差別)です。子どももまた。子どもの権利を持つ人であるからです。
子どもの権利とは何なのでしょうか。それは大人の権利と同じものなのでしょうか。図1に子どもの権利と大人の権利の関係を整理しました。

図1 子どもの権利と大人の権利の関係

子どもの権利と気候変動問題との関係の全体像

これに示すように、1.(大人も子どもも)共通して持つ権利、2.(子どもの権利にはない)大人だけの権利、3.(大人の権利にはない)子どもゆえの権利、があります。

1の「共通する権利」は、生命を侵されない、心身を傷つけられない、差別されない、助けてもらう等の人間としての権利です。大人と子どもも共通して持つ権利ではありますが、成長し発達する過程にあり、心身や社会経済的な状況において脆弱である子どもは、この権利が特に侵害されやすく、特に子どもに対する配慮や支援が必要となります。

2の「子どもが持たない大人だけの権利」は、「自己決定権」です。自己決定権の1つが参政権です。この自己決定権の1つが参政権で、子どもは選挙をしたり、政治家になることができません。自己決定権は決定したことに責任を持つことという義務を伴うものですので、成長と発達の過程にある子どもは、この責任を免除されるということでもあります。

3の子どものみが持つ、「子どもゆえの権利」としては、尊厳を持つ存在として大切にされること、成長し発達すること、社会に参加し意見を表明するという権利です。これは、子どもは成長し発達する過程にあり、社会経済的な弱者であるために、特に配慮されなければならないというものです。子どもは参政権を持ちませんが、意見を表明する権利(意見表明権)を持ち、大人は子どもの意見を聞く義務があります。子どもは意見をうまく表明する能力の発達が途上にあるかもしれませんが、大人は子どもの言いたいことに耳を傾け、尊重し、対話を行う義務があります。

重要なことは、子どもの権利を保障するのは直接的には保護者ですが、(子どもを持たない大人も含めて)すべての大人が(自分と直接、血がつながっていなくても)子どもの権利に配慮しなければならないということです。日本の児童福祉法では第二条で次のように記しています。

「全て国民は、児童が良好な環境において生まれ、かつ、社会のあらゆる分野において、児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され、心身ともに健やかに育成されるよう努めなければならない。」

「子どもの権利」はどのように検討されてきたか

次に子どもの権利に関する国際的な動きをまとめました。

表3 子どもの権利に関連する国際的な動き(主なもの)

子どもの権利に関連する国際的な動き(主なもの)

時代をさかのぼると、子どもの権利は「セーブ・ザ・チルドレン」という団体が提案した「世界児童憲章」が元になっています。同団体では、第一次世界大戦により栄養不良に苦しむ欧州の子どもたちに食糧を送る活動をしていました。1922年に提案された「世界児童憲章」では、「子どもは健康が保障され、それが脅かされた時には救護されなくてはならず、また、子どもは道徳的、身体的、精神的な発達の機会が与えられるべきである」と書かれています。この考えかたが国連(当時は国際連盟)に受入れられ、1924年の「児童の権利に関する宣言」の採択につながりました。

第二次世界大戦においても、戦争が多くの子どもの生命を奪い、権利の侵害があったという反省から、子どもの権利が主張されるようになりました。国際連盟の宣言は国際連合にも引き継がれ、1989年の「子どもの権利条約」として結実しました。現在、アメリカを除くすべての国連加盟国/オブザーバー国(計196か国)が同条約に批准・加入しています。日本は1994年4月に批准(翌月発効)をしています。

国連の子どもの権利条約に基づき、締約国の取り組みをチェックするため、「子どもの権利委員会」が設置されました。同委員会では、時代の要請を受け、様々な角度から一般的意見をとりまとめています(表4)。

表4 国連・子どもの権利委員会の一般的意見で取り上げられた主なテーマ

国連・子どもの権利委員会の一般的意見で取り上げられた主なテーマ


日本もまた、子どもの権利条約に加盟しています。国内では2016年に児童福祉法が改正され、すべての子どもが、福祉が等しく保障される「権利の主体」であることが、基本理念として明記されました(第1条)。2022年には子ども施策の基本理念を定めた「こども基本法」が制定され、2023年には子どもに関わる政策を総括する「こども家庭庁」が発足しました。

環境問題のなかで守られるべき子どもの権利

次に「環境と子どもの権利」に関する近年の動きをまとめておきます。
表4に示したように、国連・子どもの権利委員会では、2023年に「気候変動に焦点をあてた子どもの権利と環境」に関する一般的意見を出していますが、これより前から、国連では環境と人権、子どもの権利に関する検討してきました。
2020年には、国連人権理事会が「健康的な環境を通じた子どもの権利の実現」と題する決議を採択しました。この決議では、次のような方針を記しています。

「現在および将来の世代のすべての子どもがその健康およびウェルビーイングにとって十分な環境を享受できることがきわめて重要であり、かつ、環境危害を防止することこそ子どもたちをその影響から全面的に保護するもっとも効果的な方法である・・・。」
「子どもたちが、ライフコース全体を通じ、いかなる種類の差別もなく、到達可能な最高水準の身体的および精神的健康(性と生殖に関わる健康を含む)に対する権利を享受できるようにすることも促す。」

さらに2021年、国際連合人権理事会は、第48回定例会合において、「クリーンで健康的かつ持続可能な環境に対する人権」に関する決議を採択し、2022年には国連総会において、同様の決議がなされています。
これは、いわゆる「環境権」を基本的人権として認めるというものです。総会の決議の中では、先住民族、移民、子ども、高齢者、障害者などの特に脆弱な立場の人々への配慮にふれています。また、大気汚染、水質汚染、気候変動、化学物質、有毒物質、廃棄物への曝露、生物多様性の喪失など、環境被害の影響に対して子どもが特に脆弱であること、環境被害が子どもの広範な権利の完全な享受を妨げる可能性があるという認識も記しています。

子どもの権利と関連するさまざまな環境問題

そして2023年になり、子どもの権利委員会は「気候変動に焦点をあてた子どもの権利と環境に関する一般的意見26(以下、一般的意見26)」を作成しました。この内容をみてみましょう。

一般的意見26は、気候変動に焦点をあてていますが、「適用範囲はいずれかの特定の環境問題に限定されるものではない。今後、たとえば技術的・経済的発展や社会の変化と結びついたものなど、新たな環境課題が生じる可能性もある」としています。気候変動のみならず、さまざまなな環境問題が子どもの権利と関連することを示しています。

一般的意見26に示されている気候変動と子どもの権利との関係には、3つの側面があります。
1つめは、「気候変動等により子ども権利が侵害される」という側面です。特に、侵害を受ける権利としては、次のものがあります。カッコ内は対応する子どもの権利条約の条文になります。

●差別を受けない権利(第2条)  ●生命・生存・発達に対する権利(第6条)
●あらゆる形態の暴力を受けない権利(第19条) ●健康に対する権利(第24条)
●社会保障および人間らしい生活水準に対する権利(第26条・27条)
●休み、遊ぶ権利(第31条)


2つめは、「気候変動に対して、子どもが主体的に取り組むことができるように権利が保証され、発揮される」という側面です。具体的には、次のものがあります。これらの権利は、特に「子どものみが持つ子どもゆえの権利」です。得てして、子どもは気候変動という専門的なことはわからないとして、対策の検討の場から排除されがちではないでしょうか。私たち大人は、対策への意見表明と対策に関する学習と参加という権利を子どもたちが行使できるようにしているでしょうか。

●子どもの最善の利益(第3条)  ●意見を表明する権利(第12条)
●表現・結社・平和的集会の自由に対する権利(第13条・15条)
●情報へのアクセス(第13条・17条) ●教育に対する権利(第28条・29条)

3つめは、「子どもの中には特に脆弱な状況におかれている子どもがいる、最優先の配慮が必要である」という側面です。条約の中では、次のようなグループを示しています。

●先住民族の子どもやマイノリティ(少数者)グループの子どもの権利(第30条)

子どもの自由な発想を大胆な変革の力

気候変動と子どもの権利の関係として、重要な4つの点をあげておきます。

1つめは気候変動は私たちの暮らしのあらゆる側面に直接、間接に影響を与え、その影響から子どもたちは逃れることができないということです。
直接的な影響としては、猛暑や豪雨による子どもの心身の健康影響等があります。間接的な影響としては気候変動が社会経済問題を深刻化させ、その影響を子どもが受けるというものです。
気候変動の進展は農業や水産業の衰退、工場の頻繁な稼働停止、行財政のひっ迫等のように経済活動を衰退させます。また、豪雨災害により地域コミュニティや家族が分断されたりということもあります。こうした社会経済のダメージが間接的に子どもに影響を与えます。

2つめは、気候変動の影響に対する子どもゆえの脆弱性です。大人と子どもの権利と説明でも書きましたが、子どもは成長し発達する過程にあり、心身や社会経済的な状況において脆弱であるため、気候変動によって権利が特に侵害されやすくなります。

3つめに、ゼロカーボンを目指す緩和策や(緩和策では避けられない影響に対する)適応策が活発化するなか、子どもたちが参加できず取り残されるという問題です。たとえば、大人がゼロカーボンの実現のためには、脱炭素電源として再生可能エネルギーだけでは不十分で、原発の再稼働が必要であると勝手に決めてしまっても、子どもたちはそんな重要なことへの意思決定に参加できないという問題が生じます。

4つめは、気候変動対策への意見を表明する権利を子どもが行使することによる効果があるということです。子どもたちは気候変動問題を通じて、将来のことを考え、異なる考えを持つ立場との対話を行うことになります。これにより、子どもの成長や発達が促されるという効果が期待できますし、子どもが参加することで、大人も刺激を受け、意識を高めることができるでしょう。
大人は過去の成功体験にこだわり、なりゆきを変えるような大胆な変革ができないことが多いですが、子どもの自由な発想が大胆な変革の力となるでしょう。
ここまでに記した子どもの権利と気候変動問題の関係との全体像を図2に示します。

図2 子どもの権利と気候変動問題との関係の全体像

子どもの権利と気候変動問題との関係の全体像
次回は、「子どもの権利」の続編として、日本における「子どもの権利」を守る活動の実態と取り組み事例をとりあげます。

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