さかなのプロの視点で見る、海の現状と課題。漁業が支える海の循環|海と漁業とSDGs Vol.1

2024年11月05日

今回から、「さかなのプロ」ながさき一生(いっき)さんの連載がスタート。漁業に深く関わる、ながさきさんが、「海と漁業とSDGs」をテーマに、水産業をとりまくビジネスの状況や、真の海の豊かさについて解説していきます。初回となる今回は、SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」に着目し、「海の現状と課題」を整理します。

SDGsの目標を漁業視点で解説!

みなさん、はじめまして。おいしい魚の専門家ながさき一生(いっき)です。
私は、新潟県糸魚川市(いといがわし)の筒石(つついし)という漁村で生まれ、家業の漁師業を手伝いながら育ちました。東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売企業に就職。その後東京海洋大学大学院で魚のブランドや知的財産について研究し、修士課程を修了しています。

現在は、「魚」にまつわるビジネスの経営コンサル・アドバイザリーや、全国各地で水産業にまつわる講演・講義などを行っています。2022年には漁業ビジネスをテーマにしたドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修も務めました。
本連載では、私の経験と知見をベースに、持続可能な海と漁業にまつわるビジネスについてお伝えしていきたいと思います。

初回は、SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」の現状と課題を、漁業の視点で解説します。魚を獲るだけではなく、海の環境も守る日本の漁業が担う機能についても、あわせてお伝えします。

SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」

汚染だけにとどまらない海洋環境問題

「海のSDGsへの取り組み」というと、「海洋プラスチックごみ問題」を思い浮かべる方が多いと思います。
分かりやすいところだと、海洋プラスチックごみの増加によってウミガメなどの海洋生物が餌と間違えて食べてしまい、消化管が詰まって死亡するケースが増えてきているそうです。このようなことは皆さんもご存知のことでしょう。

プラスチックごみが、海洋環境を壊し、生態系に悪影響を与えていることが大きな問題となっている(画像はイメージ)

しかし、海の生態系に悪影響を及ぼしているのは、海洋プラスチックだけではありません。

では、「海の豊かさ」を損なう原因にはどのようなものがあるのでしょうか。詳しく解説します。

海洋環境が悪化する3つの要因

1.開発工事や埋め立てなどの人間活動

海洋環境が悪化する要因のひとつには、開発工事や埋め立てなど、人の活動によるものがあります。
たとえば、埋め立てや土木工事などで、干潟(ひがた※)が減少すると、魚類や貝類、甲殻類など多種多様な生物の成育・産卵の場がなくなり、生物多様性が崩れます。
※砂質または砂泥質の浅場がひろがっている場所

また、海と陸との境界に位置する干潟には、海水が陸地に浸食するのを防ぎ、海水を浄化する役割もあります。この干潟の減少により海の循環バランスが崩れ、海洋環境悪化の一因となっています。

2.海水の富栄養

人の生活排水や船舶の油などの流出による、海水の富栄養(ふえいよう※)化も、海洋環境悪化の原因のひとつです。
海水が富栄養化すると、海中のプランクトンが増えます。増えすぎたプランクトンをエラにつまらせて魚が窒息したり、プランクトンの毒にやられて魚が死亡したりなどの問題が起きます。
※海水に含まれる栄養が多くなりすぎた状態

大量に発生したプランクトンで海水が赤く見える「赤潮」現象(画像はイメージ)

3.海に栄養が足りない「貧栄養」問題

一方で、近年は、海がきれいになりすぎたことで栄養分がなくなって魚が獲れなくなるという「貧栄養」化という問題も起こっています。

海洋汚染を解決しようと、上下水道の整備や、海に汚染物質を流さないよう企業への規制強化などが行われた結果、海はきれいになりました。ところが、逆にきれいになりすぎたことで、食物連鎖の下支えともいえる植物プランクトンの餌となるリンや窒素などの栄養分が減少。魚が育たなくなるという現象が発生するエリアが出てきてしまったのです。

特に大阪湾や瀬戸内海などでは、この貧栄養による魚の減少が深刻な問題となっています。

「海の循環バランス」を守っている漁業

ここまで、海洋環境悪化の原因について解説してきました。
海の豊かさを守っていくには、海洋汚染問題だけではなく、海の循環バランスを維持することが大事だということがおわかりいただけたかと思います。

この海の循環バランスの監視役ともいえる役割を担っているのが、漁業です。
漁業は、海の循環バランスを保つためにも重要な役割を果たしています。参考までに、水産庁のホームページの図も紹介しましょう。

チッソ、リンを取り込んだ海の生物を捕獲し、人間が食べる。この食物連鎖の一端とモニタリングを担っているのが漁業であり、漁業と海の循環バランスは密接につながっている
水産庁ウェブサイト「海の環境を守る漁業の物質循環システム」より)

「魚を獲る」だけではない漁業の多面的機能

漁業には、海の豊かさを守り、文化や商業の創出という役割もあります。いくつかご紹介しましょう。

1)藻場(もば:海藻が茂る場所)・干潟の保全により、魚類、海藻、貝類など、水産物の安静供給を守る
沿岸部に広く分布している藻場や干潟は、魚類をはじめ多くの生き物の成長・産卵の場となっています。魚を獲って生活をしている漁業者は、海の環境と密接で、魚が自然に生産され続ける環境を維持していかなければ死活問題につながります。そのため、沿岸域では、藻場や干潟の保全といった形でも持続可能な漁業に貢献しています。

2)地域の発展、雇用創出に貢献
基幹産業である漁業の発展は、地域の活性化に大きく寄与します。造船業や修理業者、飲食店、宿泊業など、さまざまな事業・雇用も生まれます。

3)伝統文化と観光創出
天候や自然に左右される漁業では信仰も重視されてきました。お祭りなどの文化を守り伝え、地域の特色として観光ビジネスに発展させてきたのも漁業の役割です。

4)関係人口の創出
漁業体験、環境教育など、漁業は都会の人との交流機会を生み出し、関係人口創出にも貢献しています。

持続可能な未来のために、卸先である企業もSDGsアクションを推進

コロナ禍を乗り越え、インバウンド需要が戻り始め、世界中の人々が、ふたたび「寿司」を求め、日本に訪れるようになりました。
観光資源としても日本にとって重要な「魚」。美味しく食べ続けるためには、海の豊かさを守り、持続可能な漁業ができる仕組みを構築していく必要があります。

ただし、漁業はエリアや現場によって獲れる魚や時期が異なりますし、漁業権のルールや浜を取り仕切る体制など現場によってさまざまです。つまり、ひとつのエリアの成功例を横展開する難しさがそこには存在します。それでも、データ計測技術をもった企業や自治体とともに、持続可能な藻場、干潟保全への取り組みを進めている現場もあります。

私たちにとって身近な「食」、魚を守るために、全国の漁業関係者が今日も、持続可能な未来のために、さまざまな取り組みを進めています。そしてそのアクションは、卸先である企業も同様に行っています。まさに日本の食を守るために、一致団結して取り組みを進めているのです。

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次回は、インバウンドにも人気の「回転すしのSDGs」をテーマに、回転すし事業を展開する企業がどのように持続可能な寿司ビジネスに取り組んでいるのか、詳しく解き明かしていきます。どうぞお楽しみに!

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SDGsの基礎知識