2025年01月21日
「さかなのプロ」ながさき一生(いっき)さんの連載「海と漁業とSDGs」。第2回目は、インバウンドにも人気の回転寿司ビジネスの現状と、各社のSDGsへの取り組みについて解説していきます。
みなさん、こんにちは。おいしい魚の専門家ながさき一生です。
今回は、回転寿司業界のSDGsについてお伝えしていきます。
いまや日本だけでなく、グローバルで愛される「文化」になった寿司。伸び悩む外食産業の中でもその市場規模は年々拡大しています。
2024年4月に、「米国のすし市場は約340億ドル(約5兆3000億円)に拡大している」と日経新聞が報じました。そのなかでも「回転寿司」は、普段の生活のなかで最も魚を手軽に食べられる場所として、外国人にも人気のスポットとなっています。
富士経済の調べによると、「回転ずし」市場は、2023年に、メニューの工夫やPR強化によって前年比108%増の7829億円を達成。さらに2024年はその規模を上回る8261億円(前年比105.5%増)への成長が見込まれています。
もしかすると、「世界中でこれ以上お寿司が人気になったら、魚が減って食べられなくなってしまう」と心配する人がいるかもしれません。ただ、寿司は、本来、水産資源への負荷を分散させられる、環境にやさしい食べ物なのです。
詳しく解説します。
たとえば「マグロ丼」のように、魚種を指定して世界中の人たちが同じ魚を食べ続けていれば、その魚種の資源に掛かる負荷がだんだん多くなります。そうなると魚の減少に拍車をかける事態になり、マグロが増えなくなる(食べられなくなる)、ということも起こる可能性があります。
ですが、寿司はさまざまな魚種を楽しむ食べ物です。季節によって魚を変えてメニュー化したり、漁獲量の減った魚をメニューから外したりして、ひとつの魚種の資源に負荷が掛からないよう工夫することもできるのです。
寿司は水産資源への負荷分散を図れる環境にやさしい食べ物
しかし、回転寿司業界には、ある「縛り」があります。それは、大量仕入れを前提としているということです。
回転寿司は、低価格・高原価率のビジネスモデルです。このビジネスモデルを成立させるためには、その日の入荷状況に極力左右されないよう、冷凍魚や養殖魚も駆使しながら、味がよいネタを大量にまとめて安く買い付け、それを多売する必要があります。つまり、この「低価格・高原価率」というビジネスを成り立たせている回転寿司ビジネスでは、それぞれの魚を大量に仕入れ続けないと商売ができなくなるのです。これを天然資源の大量漁獲ばかりに頼っていては、特定の魚種の水産資源への負荷も大きくなり、持続可能なサービス提供ができなくなってしまいます。
こうした背景から、回転寿司業界では、手頃な価格かつ、大量であっても持続可能な魚の仕入れが続けられるよう、各社がさまざまな取り組みを推進しています。
ここからは回転寿司業界の取り組みをご紹介していきます。
回転寿司業界の大きな動きとしては、近年の回転寿司店における回転レーン停止があります。
このきっかけをつくったのは、大手回転寿司チェーン・ゲンキGDC(株式会社Genki Global Dining Concepts)です。
あるとき、回転レーンから寿司を取るよりも自分の好きなネタを注文して食べるお客様のほうが多いことに気づき、データを取ってみると回転レーンから寿司を取るお客様はわずか15%程度でした。お客様が注文して食べる方を好むのであれば、寿司を回す必要はないと考えました。
そこでゲンキGDCは2012年、東京・渋谷に、"回らない"回転寿司店をオープン。寿司をレーンに流すのをやめ、お客様が注文するたびにレーンでテーブルまで運ぶ「特急レーン」式に変えました。
"回らない"寿司レストランは、ゲンキGDCが生み出した、新たなスタイル(「特急レーン」式のイメージ)
"回る"を売りにしてきた回転寿司店が、寿司を回すのをやめるというのは、思い切った発想の転換だったと思います。しかし、お客様のオーダーを聞きながら回転レーンに流す作業をする手間がなくなり、また、誰にも取られずに廃棄する寿司が減らせてフードロス削減につながることなどから、いまでは回転寿司チェーンを展開する各社が「回らない寿司」方式を導入するようになりました。
ほかにもゲンキGDCでは、レッドカップキャンペーンに参加し、定番商品「サーモン」の売上の一部を国連WFPに寄付し、飢餓に苦しむ途上国の子どもたちに学校給食を届けるなど、さまざまなSDGsへの取り組みを展開しています。
くら寿司は、実際に生産現場まで足を運び、漁師と一緒に水産資源の保護と漁業の活性化を目指しています。ここでは、その取り組みのなかから、3つをご紹介します。
① 天然魚丸ごと一船買い
定置網にかかった国産天然魚を年間契約で丸ごと買い取る「一船買い」に取り組んでいます。
市場では値がつかない魚も、一船分まるごと買い取ることで、漁業者の方々の収入を保証。漁師の労働条件を向上させると同時に、これまであまり寿司ネタには使われていなかったシイラやボラなどの魚を寿司ネタに使うなど、水産資源の有効活用にも貢献しています。
おいしいのにあまり知られていない魚や、加工や調理の仕方が難しくて市場に出回らない魚もまるごと買い取る「一船買い」は、漁師と二人三脚で進めるSDGsアクション
② 天然魚 魚育(うおいく)プロジェクト
一船買いで定置網にかかってしまった天然の未成魚(幼魚、若魚)の一部を人工の生けすで育てる「畜養(ちくよう:捕まえた天然の魚を、生け簀や小さな池などで短期間飼育すること)」にも取り組んでいます。1年から1年半ほどかけて育て、寿司ネタとして出荷することを目指しています。
③ さかな100%プロジェクト
魚1匹のうち寿司ネタになる部分はわずか40%しかありません。国産天然魚の骨やアラなど、魚の約40%にあたる食べられない部位を養殖魚の飼料の一部として活用。獲れた魚を余すことなく100%使い切る「さかな100%プロジェクト」を展開しています。
また、残りの20%においては、おいしいのに寿司ネタとして使用できない骨の回りについた中落や、切り落としの部分で、海鮮丼に使用したり、すり身としてコロッケに加工するなど、サイドメニューへの活用も進めています。
2018年5月からくら寿司が取り組む「さかな100%プロジェクト」は、"社会的課題の解決と、自らの成長の両立をめざす企業の取り組み"として高く評価されている
スシローは、「回転寿司の一歩先へ」向けた取り組みとして、新型のデジタルビジョンと回転レーンを融合させた「デジロー(デジタル スシロービジョン)」を導入。回転レーンに実際の寿司を回すのではなく、デジタルを活用した、バーチャル回転寿司体験は、回転寿司本来の楽しさを損なうことがないよう、設計されています。
「デジロー(デジタル スシロービジョン)」。複数人で同時に操作ができ、家族みんなで楽しめるクイズやゲームなども、タッチディスプレイ上で体験できる
スシローでは、デジローを活用することで、回転寿司の醍醐味である、流れる商品を見て選ぶ楽しさや、新しい商品に出会う楽しさを体験できるのはもちろん、タッチディスプレイ上で寿司ネタに関するクイズや商品にまつわるこだわり情報も提供するなど、注文するだけでなく、食事を盛り上げる工夫を盛り込むことで、店内での体験価値の向上を図っています。このデジローを活用すれば、お寿司の廃棄を出すことなく、回転寿司ならではの魅力を体験しつつ、お客様にお寿司を楽しんでもらうことができます。
なお、2023年に3店舗ではじめたトライアル実施は好評で、2024年12月には全国25都道府県に導入店舗を拡大しています。
地球環境と、健康・おいしさの両立を考えたサステナブル商品の開発、提供に取り組むかっぱ寿司では、陸上養殖で育った魚など、天然の水産資源への負荷を低減したネタの提供に力を入れています。
かっぱ寿司では、陸上養殖で育った魚など、天然の水産資源への負荷を低減したネタを提供した(2024年11月21日~12月4日)
陸上養殖は、魚の生育環境を整備した陸地の養殖場で魚を育てる方法で、海水魚の養殖も可能です。これまでの海上・河川上での養殖と異なり、環境をより厳密に管理することができます。
かっぱ寿司は、2024年11月21日~12月4日の期間、鳥取県琴浦町が力を入れているご当地ブランドサーモン「陸上養殖 とっとり琴浦グランサーモン」を販売。このほか、完全陸上養殖で育てた国産ブランド「幸えび」を使った「陸上養殖 静岡県産幸えび天にぎり」や、植物由来原料を使用した「明太風ペースト」を使った「からだにやさしい 明太風軍艦」などを販売していました。かっぱ寿司では環境負荷が低く、サステナブルでおいしい寿司メニューも提供しています。
「はま寿司」を展開するゼンショーグループは、年々漁獲量が減少し、私たちの食卓に並ぶ機会が少なくなっている鰻の食文化を継承していくため、鰻資源の保全活動に力を入れています。一般財団法人「鰻の食文化と鰻資源を守る会」(通称:うなぎ財団)の中心メンバーとなって、専門家や関係団体と協力しながら、持続可能な鰻資源の保全に力を注いでいます。
各地のうなぎに関する文化の収集や、うなぎ祭りやうなぎの放流会に参加するなど、地域に根ざした活動も行っている
うなぎ財団では、全国各地の小学校(4〜6年生対象)を訪問してウナギ学の出前授業も行っています。なお、コロナ禍で一時活動を停止していましたが、2022年から出前授業を再開しています。
回転寿司業界のSDGsへの取り組みをみていると、これまで「安くておいしい」部分ばかりを強調して生き残ってきた回転寿司の在り方が、少しずつ変化していきているのがわかります。今後、回転寿司は持続可能性を高めるために、ビジネスとSDGsの両立をさらに推進していくのではないでしょうか。
世界中でここまで魚が食べられるようになった礎をつくったのは、回転寿司業界の功績によるところも大きいといえるでしょう。そして、今後、おいしいお寿司を食べ続けられるかどうかは、回転寿司業界の取り組みと消費者の皆様の理解にかかっているように思います。
日本が、100年先もおいしいお寿司を食べられる国であることを、私も魚ビジネスに関わる人間のひとりとして、心から願っています。
なお、2024年12月に発売された、私が監修した絵本『おすしって どうやって できるの? おいしい おすしずかん』(大泉書店)では、わかりやすくお寿司の解説をしています。また、2025年2月18日(火)には、私が主催するイベント「魚ビジネスEXPO 2025」も開催されますので、ご興味のある方はぜひ、足をお運びください。