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経済性と社会性を両立することで、漁業の持続可能性に貢献! 漁業とコスメをつなぐ、ブルーカーボン|海と漁業とSDGs Vol.3

2025年04月11日

"さかなのプロ"ながさき一生(いっき)さんの連載「海と漁業とSDGs」。第3回目は、「漁業とコスメ」をテーマに、いま注目が高まるブルーカーボンと漁業との関係性について解説します。

漁業経営にも影響を与えている、地球温暖化

みなさん、こんにちは。おいしい魚の専門家・ながさき一生です。今回は、漁業の持続可能性に、実は化粧品が関わっているという話をお伝えしたいと思います。

昨今、気候変動の影響によって海水温の極端な高温が続く「海洋熱波」と呼ばれる海の温暖化が進んでいます。
気象庁によると、日本近海の海域平均海面温度は100年前と比較して1.33℃上昇。世界の平均海面水温の上昇率(100年あたり+0.62℃)の2倍以上となっていて、海産物の生息生態系にも変化をもたらしています。

海水温の変動で漁場環境も大きく変わりました。具体的な例としては、低い水温を好むサケの漁獲量が北海道で減少。代わりに、これまで富山県以西の特産だったブリが、北海道で獲れるようになっていることは皆さんもご存知でしょう。

漁業者は、海水温の上昇に合わせて獲れるようになった魚で新しい市場を生み出すなど、漁業の持続可能性を高めるために、さまざまな努力を重ねています。

たとえば、先述の北海道では、漁獲量が減ったサケだけなく、水揚げが活発化するブリの販売にも力を入れる漁業関係者が目立つようになりました。血抜き方法を工夫して、うま味を残しながら臭みを抑えるなど、扱い方を工夫することで魚の価値を高める事業者も増えています。

この10年ほど、北海道ではブリの漁獲量が増えている 
※画像はイメージです(Adobe Stock)

漁業の持続可能性を脅かすものは、漁場の変化だけではありません。

経済的な意味では、日本国内の「魚離れ」もそのひとつです。国内全体として魚の消費量が減り、日々の消費材としての市場は縮小傾向にあります。そこで、漁業者は売り先を変えたり、加工やレジャーといった事業の多角化を図ったりすることで、持続可能な漁業のカタチを模索し続けています。

漁業者がコスメ市場に参入する理由は、持続可能性の向上

その中のひとつには、コスメの原料として、海藻等の素材をメーカーに提供する動きも見られます。この理由は、ふたつあります。

ひとつは、化粧品は食料品に比べ最終販売時の単価が高く、新たな収益も見込めるということ。もうひとつは、海藻等のそれら原料は増殖が早く、化粧品の原料としても枯渇しづらい、持続可能性の高い素材だからです。

そもそも自然相手の漁業は、海水温の変化はもちろん、潮の流れや天気などによっても漁獲量が左右されるため収入が不安定になりがちです。しかし、「魚が獲れなければ、儲からない」では、成り手が減少してしまい、業界が衰退してしまいます。

水産庁の調べによると、2022年の沿岸漁船漁業を営む個人の漁業事業者の漁労所得は年間252万円。これはあくまで「平均所得」なので、なかには数千万円規模の所得がある事業者から、ほとんど販売を行わず自給的に漁業に従事する事業者まで、さまざまです。それでも、300万円未満の事業者が全体の7割近くを占めているのが現状です。

つまり、事業性も見込めるコスメ市場にも参入することは、漁業経営を効率化して次世代の担い手を確保することにもつながり、漁業の持続可能性を高められる可能性があるのです。

海藻・海草の利用の活発化は、SDGsの観点からも有効

保湿成分や抗酸化成分を多く含む海藻・海草は、もともと化粧品の原料として使われていました。さら近年、SDGsの観点から「ブルーカーボン」への意識が高まり、国内の藻場(※)再生に力を入れる自治体が増えてきています。このように活用しやすい環境が整っていることも漁業とコスメが結びついた要因のひとつと言えるでしょう。

ブルーカーボンとは、沿岸・海洋生態系が光合成によりCO2を取り込んで、水辺や海底に炭素を蓄積することです。ブルーカーボンの主要な吸収源には、藻場(海草・海藻)のほかに、塩性湿地・干潟、マングローブ林などがあります。陸の資源である森林などにCO2を吸収させる「グリーンカーボン」と併用することで、さらなるCO2の削減が期待できることから、世界中で取り組みが進められています。

※藻場:海藻や海草が繁茂する場所

ブルーカーボンの主要な吸収源のひとつ「マングローブ林」のイメージ(Adobe Stock)

漁師や漁業協同組合が藻場の保全・再生活動を行うことは、それだけは収益性が低く、ましてや漁業が右肩下がりの昨今では苦しい状況があります。

そこで、収穫した海草・海藻をコスメの原料として販売すれば、漁業者の収入も上がり、藻場の保全・再生活動も持続可能な形で実施できるようになっていく。漁業者は、基本的には日々の生活の場である海を大切に思っています。経済的視点だけでなく、海の環境保全にもつながることは、漁業者がコスメ市場に参入する理由のひとつになっているようにも思います。

漁業事業者の海藻活用によるコスメ市場取り組み事例

では実際の事例をいくつかご紹介します。

1) アカモクを使用した美容液を開発! 紀州日高漁業協同組合(和歌山県)

「紀州アカモク」を使用した美容液「AKKYURA」

和歌山県御坊市(ごぼうし)にある紀州日高漁業協同組合では、かつてはワカメを主な産品としていました。しかし、組合員の高齢化で生産が困難に。ワカメに代わる産物として、2017年頃から「アカモク」の収穫に取り組んできました。

アカモクは、私の故郷・新潟では「ギンバソウ」と呼ばれている海藻です。自生して海に漂うので、かつては漁船のスクリューなどに引っかかることも多く、「海の厄介者」扱いされるような存在でした。

それが、10年ほど前から、アカモクに含有されているアルギン酸という食物繊維(水溶性食物繊維)を含み、「栄養価が高く美容にいい」ことがわかり、「スーパーフード」として知られるようになりました。

さらに、アカモクには高い保湿成分があることから化粧品の原料としても注目されるようになりました。そこで紀州日高漁業協同組合は、近畿大学薬学部との共同で、和歌山県で採れるアカモク「紀州アカモク」の成分を分析。美容成分であるフコイダンという水溶性食物繊維が多く含まれていることを発見しました。

その成分を最大限に活かし、「紀州アカモク」を使用した美容液「AKKYURA(アキュラ)」を開発・販売。ほかにも、「アカモク丼」や「アカモクカレー」といった食にも「紀州アカモク」を展開。こうした活動により、「紀州アカモク」は、和歌山県優良県産品に選ばれるまでになりました。

漁業事業者の収益向上に寄与すると同時に、認知度向上による地域活性化にも貢献している好事例だと思います。

2) メカブを使用したジェルパックとクリームパックを販売! 糸島漁業協同組合×ヴェントゥーノ

福岡県糸島地区では20年ほど前から藻類が減り始め、数年ほど前から磯焼けが深刻化しています。

磯焼けは、地球温暖化によって海水温が上昇し、ウニやイスズミ、アイゴなど、藻場の海藻を食べる生物が増殖し、海藻類を食べ尽くしてしまう現象です。
磯焼けが発生すると、藻場の回復に長い年月を要します。海藻類が減少し、隠れ場や産卵場を失った魚たちの成長不良を招き、沿岸漁業にも大きなダメージを与えるため、漁師にとっては深刻な問題です。

同地区でコスメ事業を展開する、株式会社ヴェントゥーノは、糸島に未利用または廃棄されているメカブがたくさんあることを知り、地元産メカブの未使用部分を有効活用すれば、同地区の磯焼け対策にも貢献できると考え、糸島産メカブを使用したジェルパックとクリームパックを開発。販売をスタートしました。

株式会社ヴェントゥーノが手掛けた、糸島産メカブフコイダンを使用したスキンケアブランド「人魚の伊都姫」のジェルパックとクリームパック

2021年6月に糸島漁業協同組合と「ブルーカーボンの推進における地域貢献協定」を締結。海藻養殖をきっかけとした磯焼け対策、さらにブルーカーボン創出につなげるモデルケースの確立を目指し、5年計画で糸島漁協から継続的にメカブを購入し、糸島の海、産業に貢献しています。

2024年10月には、同社は糸島漁業協同組合、糸島市役所が共同で、2025年度のJブルークレジット認証・取得に向けた「Jブルークレジット取得検討会」を開催。産官民の3社連携としては福岡県初となる「Jブルークレジット認証・取得」に向けて、ロードマップを公開しました。

左から糸島市役所副市長 馬場貢さん、糸島漁業協同組合福吉地区代表理事 坂本政彦さん、ヴェントゥーノ代表取締役社長 中野勇人さん

ブルークレジット取得検討会で糸島漁協の坂本さんが発言した「海藻を養殖することでブルーカーボンが進み、海洋環境の再生にもつながる。さらにそれがクレジット化により漁師の収益になるのであれば、それは漁師という仕事へのやりがいにつながる」というコメントが非常に印象的でした。

今後の取り組みに大いに期待しています。

3) 海藻を乳酸菌発酵して美肌成分を抽出! 九州TSUTAYA×福岡県のバイオベンチャー SWF

最後は、民間企業同士の連携による海苔事業者の取り組みを紹介します。

気候変動で海水温が上昇した影響で、近年は高品質の海苔が採れにくくなり、海苔養殖家の方は大変困っています。

海苔は贈答品としても日常商材としても「売れ筋」です。需要も多いのですが、供給を増やそうと努力しても、質のいい海苔が採れなければ販売はできず、未利用資源になってしまいます。

そこで、株式会社九州TSUTAYAと、福岡県のバイオベンチャーSWF株式会社が共同で、海苔をはじめ、ツノマタ、アラメといった国産の海藻に着目。それぞれ種類別に異なる乳酸菌で発酵させた海藻乳酸菌発酵液を開発し、肌への負担を軽減する、サステナブルでストレスフリーな化粧品「STATE OF THE ART」の製造・販売を行っています。

未利用資源の海藻を乳酸菌発酵させ配合した化粧品「STATE OF THE ART」。商品はオンラインショップのほか、六本松 蔦屋書店でも販売され話題を集めた

ツノマタやアラメはワカメに近い海藻ですが、硬い部分が多く、食用としてはそれほど多く流出しないため、藻場が荒れる原因にもなっていました。化粧品の素材としてきちんと収穫されるようになれば、漁業事業者の収益にもなるうえ、藻場の管理にもつながります。海のSDGsの観点からも、素晴らしい取り組みだと思います。

ブルーカーボンを軸にした事業の多角化は、漁業の持続可能性にも寄与

ブルーカーボンへの注目が高まり、漁業者の多角的な事業展開につながっていくことは、漁業の持続可能性を高めるうえでも有効だと感じています。

藻場の管理は、ひと昔前までは漁師たちが漁をする合間に片手間で行っていました。それ自体が直接的な収益にもなるわけでもなく、収入が少ない中、ボランティアに近い形になってしまい苦しいところでした。そのため、地域によっては、なかなか活動が進まず、藻場が荒れる原因にもなっていました。

藻場のイメージ(Adobe Stock)。藻場は、水質浄化や生物多様性の維持、二酸化炭素の吸収など、海の生態系において重要な役割を果たしている

しかし、「藻場の管理そのものが収益を生む」となれば、話は別です。漁業事業者も力を入れて取り組めるようになり、さらなる藻場の再生にもつながっていきます。

今回紹介したようなコスメの原料供給もそうですが、今後も、漁業の多面的な取り組みを増やすことで、漁業事業者の収入を上げられる可能性があります。そして、海洋環境保全の活動につながって海の環境が良くなれば、漁業や社会の持続可能性にもつながってきます。このような取り組みは、さらに拡大、加速していくことが期待されるところです。

次回は、たんぱく質の確保を目的とした、新しいサステナブルな魚肉の生産方法について考えていきたいと思います。

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