2020年10月14日
<連載>サステナブル・マーケティングのすすめ
「サステナブル・マーケティング」をキーワードに、令和におけるマーケティング戦略を考察していく連載コラム。
今回は、SDGsを基軸に事例紹介をしてきた連載のまとめとして、コロナ禍の社会課題をSDGsに照らし合わせながら解説していきます。また、それに対して企業がどのようなアクションを取れるか、SDGsとどう向き合っていくべきかを考えます。
SDGsとは、持続可能な開発目標として掲げられた国際的な指針です。2030年までに各国が達成すべき17のゴールが定められており、その達成率や経過は国別で審査され、可視化されています。
SDGsで注目すべきポイントは、この目標が全ての国を対象としたものであることです。前身となったMDGs(ミレニアム開発目標)は発展途上国に焦点をあてていましたが、全世界共通の課題をまとめたものとしてSDGsが生まれました。
つまりいずれの国も社会や経済の基盤に問題があり、安定した社会を持続することは難しいという認識です。環境破壊、貧困、教育や福祉、経済成長......さまざまな観点からSDGsはその改善点を示唆しています。
SDGsへの取り組みは、近年日本でも活発化していましたが、そこに新型コロナウイルスの波が押し寄せました。感染リスクを下げるための喫緊の対応に追われ、中長期的な視点でSDGsを捉えたプロジェクトの多くは停滞しています。
今、私たちはウィズコロナと呼ばれる時代のさなかにいます。各業界における感染防止対策には一定のアンサーがでそろい、消費者も新しい生活様式を少しずつ受け入れつつあるといえるでしょう。
ここで改めて問いたいのは、「SDGsはこの時代の変化と切り離して考えるべきものなのか?」ということです。SDGsが示す17の指標は、コロナ禍によって効力を失うような狭義のものではありません。むしろ世界共通の脅威を眼前にした今、これまで以上に解決の必要に迫られている目標もあります。
ここからは、コロナ禍の変化をSDGsと照らし合わせながら再確認し、企業がSDGsをどのように戦略に取り入れていくべきかを考えていきます。
ウィズコロナ時代における廃棄物量は、総じて増加しています。
外出自粛による家庭ごみの急増が問題視されており、特に不燃ごみやプラスチックごみの増加が顕著です。中には不燃ごみの量が前年比3割を上回る地域もあり、自治体はごみ排出の軽減を各家庭に呼びかけています。
これが単に外出していた人が家にいることで出るごみならば、一方で減少したオフィスや店舗の事業ごみと見合わせれば以前と大差がないはずです。
しかし、コロナ禍ではテイクアウトやデリバリーのニーズが急増し、大量の使い捨て容器や包装が必要とされています。さらに商品販売においても、感染リスクを下げるためのカバーや個装を追加するケースが増えています。言うまでもなく使い捨てマスクは世界的に大量消費されています。
逆に、ウィズコロナ時代の変化が環境改善につながったケースもあります。例えば、人々の移動が減ったり工場生産が一時ストップしたりしたことから、大気汚染が改善された事例もあります。
しかしこれはあくまで一時的なものです。本来の生活や生産を停止したことで得られた効果を、サステナビリティとは呼べません。
SDGsには「12. つくる責任 つかう責任」、「11. 住み続けられるまちづくりを」といったゴールがあります。そして各ゴールの詳細なターゲットでは、廃棄物の発生防止や管理を徹底することを求めています。
企業は自社製品を届けるプロセスで出るごみを軽減するだけでなく、家庭ごみの削減に資するアイデアの提案や、製品を使ったあとの活用まで考えた製品を開発すべきです。特に、コロナ禍でニーズが生まれた感染防止や外出自粛に深く関わる商品は、サステナブルなアイデアを強く意識して取り入れるべきでしょう。
2020年4月のコロナショック以降、国内で特に経済的な打撃を受けているのは低所得層です。外出自粛による雇用への影響は主に非正規雇用の人々に色濃く出ており、コロナショックは所得格差を広げています。
日本の新規感染者数は、4?5月の第一波に引き続き、7月にも増加傾向が見られました。外出自粛の緩和に対しては今もなお慎重な地域が多く、消費の押し上げを期待した諸政策も賛否が分かれています。また、全国民を対象に行われた10万円の特別定額給付金は、給付額のうち3割程度が消費されたものの、生活困窮者の支援策としては不足が否めません。
こうした苦しい状況は長期化すると見られており、経済成長が回復するのは早くとも2021年末から2022年半ばと予想されています。この間、収入が減少する世帯は拡大し、低所得層の困窮は深刻化するでしょう。
SDGsの中で貧困層の課題解決に言及した「1. 貧困をなくそう」は、今、国内で現実的に向き合うべき目標の一つです。また、その他の目標にも、貧困に紐づいた課題解決の必要性が問われています。
また「11. 住み続けられるまちづくりを」のターゲットのひとつとして、貧困層を含め弱い立場の人々を被災から守る環境構築が挙げられています。所得格差と居住地の格差は比例しており、それが暮らしの安全の水準にも差を生んでいるからです。災害大国日本において、貧困層がどのような災害においても命を守れる住環境や町づくりを進めることは、喫緊の課題といえるでしょう。
「2. 飢餓をゼロに」でも、貧困層をふくめた誰もが栄養のある食事を一年中食べられることをターゲットとして掲げています。貧困は飢餓と直結しており、日本でも昨今は相対的貧困層の飢餓が問題視されています。日本は最低限の生活や仕事を確保するための水準が高く、家賃や保険料、通信費や被服費に収入を割き、食費が不足する世帯が増加しているのです。
直接的な言及ではありませんが、「8. 働きがいも経済成長も」に書かれた雇用創出や若年雇用、インクルーシヴな同一労働同一賃金の達成といったターゲットは、これらの問題を解決するための指針にもなります。
コロナ禍で私たちが模索すべき道は、ニューノーマルと呼ばれる生活様式やニーズに対応する事業と雇用の創出を急ぐと共に、低所得層の衣食住やライフラインを支える基盤を模索することです。
コロナショックは、これまで水面下にあった不平等の一部を浮き彫りにしました。
当たり前の日常が一変するとき、多くの場合はマジョリティへの対策が優先されます。それは、経済状況や障がいの有無、性別や人種といった側面でマイノリティである人々への不平等を生み出す一面も持ちます。
例えば、LGBT等の性的マイノリティに該当する人々は、コロナ禍での収入減少率が高いという調査結果があります。職場にいかなければ成立しない非正規雇用者が多く、テレワークを選択できなかったケースが多いそうです。
またテレワークを促進した結果見えてきたのは、男女の家庭内における役割の不平等です。共働き家庭をはじめ、外出自粛によって家事・育児など家庭内の労働量が急増した女性の悩みが社会問題となりました。
不平等の問題は、居住地にもあります。感染者対応や予防対策には地域差があり、コロナショックは地方の医療格差問題が明るみに出る結果も生みました。同時に感染者の少ない地域では、不安から感染者を排他する動きも広がっているようです。地方のこうした問題も深刻化しています。
不平等から引き起こされる不安や心的ストレスの増大は、あらゆる形で心身が健康な生活を阻害します。家庭内の不和といったミクロな問題から、地域コミュニティの分断、引いては経済の停滞まで、人々の健康や福祉に関わる不平等を解決していく必要があります。
SDGsの「3. すべての人に健康と福祉を」をはじめ、「5. ジェンダー平等を実現しよう」、「10. 人や国の不平等をなくそう」、「16.平和と公正をすべての人に」には、これらの問題を解決するためのターゲットが数多く記されています。
企業は性別や地域などに潜む格差を埋め、人々の健康管理や心のケアに関わる事業や活動を拡げていくことが、アフターコロナ時代の平等な社会を作る基盤となっていくでしょう。
こうした現状をふまえ、アフターコロナ時代にフィットした企業像を考えてみます。これらのビジョンを持つことによって、SDGsと直結した事業や企業活動の展開につながっていくでしょう。
廃棄物問題への対策は、商品開発や販売経路における環境配慮の徹底から始められます。廃棄物を利用した商品生産や、簡易包装を前提とした販売方法などを模索することが重要です。
大手スポーツブランドのナイキは、廃棄物を再利用したスニーカーを販売しています。他にも不用品を活かしていること自体をブランド化した成功例として、飛行機のシートを再利用してバッグを生産しているブランド「PLANE」などが挙げられます。こうした廃棄物を再利用する商品は話題性も高く、エコに関心のある顧客層へのアプローチが可能です。
またコンビニエンスストアのナチュラルローソンでは、2020年8月より洗剤の量り売りを試験的に開始しました。洗剤のプラスチック容器や、詰め替え用パッケージを必要としないシステムを導入することで、廃棄物削減を目指しています。この方法は店舗への再訪を促す効果もあり、販売促進戦略としても有益です。
貧困や飢餓といった問題に直接的な解決策を提示することは、企業にとってハードルが高いかもしれません。しかしそのような人々の生活を支えることは、将来的にあらゆる企業の成長に資することを忘れてはいけません。
中間階層の減少がもたらす消費の低迷や、子どもへの教育レベルの低下がもたらす若年層の非正規雇用化といった問題は、経済成長を鈍化させる要因として各業界に影を落としています。貧困と経済は切り離せない問題であり、企業はそれぞれの領域でこの課題と向き合う必要があります。
非正規雇用者の正社員化は、企業が取り組める問題解決の第一歩です。また、労働者の衣食住やライフラインを改善する福利厚生や、貧困化しやすい労働者の働きやすさを鑑みた制度や環境の見直しも重要です。
こうした雇用面での対策のほか、CSR的な視点から貧困・飢餓対策のプロジェクトを立ちあげることも検討できるでしょう。大手企業を中心に、子どもの飢餓対策として注目を集める「子ども食堂」への助成などのプロジェクトが増えつつあります。インテリアブランドのイケア・ジャパンは、コロナ禍の打撃によって食糧不足に悩む地域の「子ども食堂」へ寄付を始めました。
貧困層が拡大する現状は、将来的な経済成長を妨げる悪循環をもたらしています。歯止めとなるアクションを各企業が起こしていかなければ、持続可能な社会を作ることはできません。
コミュニティの分断が進むコロナ禍において、「多様性への理解」は強い発信力を持った企業ビジョンになり得ます。
サービスにおける地域差の改善や、性的マイノリティや障がいを持つ人々への雇用創出、リモートワーク下の女性の育児サポートなど、各企業が事業の強みを活かせる領域でのアクションから始めることができます。そしてその姿勢をブランドパーパスとして掲げることは、発信力と企業ブランドの強化に直結します。
インクルーシヴなビジョンが話題を呼んでいる例は、現状では欧米企業のものがほとんどです。人種や体型が異なる人々をモデルに起用するアパレル・コスメブランドや、障がい者の雇用を前提としたシステムを確立している企業は、国内ではまだそう多くありません。
しかしこれからインクルーシヴなブランドを作っていこうとする企業が、必ずしも欧米企業の前例を踏襲する必要はありません。なぜなら、国や地域によってマイノリティの様相は異なるからです。
P&Gが展開するヘアケアブランドのパンテーンは、『#HairWeGo さあ、この髪でいこう。』というブランドメッセージと共に、性的マイノリティである人々の就活に焦点をあてた動画を公開しました。トランスジェンダーへの理解が少ない日本において、自身の性を偽らなければ就職活動をすることが難しい人々のリアルを伝えました。
今、日本国内ではどのようなマイノリティが存在し、どのような課題を抱えているのかを見極めた上で、それを包摂するビジョンとはどういったものなのか、各企業が模索していくことが重要です。
最後に、企業のSDGsへの取り組みについて現状の課題に触れます。
SDGsに向き合うことは、大小問わず全企業に課せられたミッションです。そのミッションに対し、表面的な取り組みを急いでしまう事例も少なくありません。例えば、『〇〇はSDGsに向き合います』といったメッセージをとりあえずポスターで掲示したところで、サステナビリティに資する効果はほとんどありません。
大事なのは、SDGsという言葉にとらわれて即時的なメッセージを発信するよりも、持続可能な社会をめざして「その企業ならではのシステム」を構築することです。
そのためにまず重要なのは、社内へのSDGsの意識共有です。一部の役員や部署だけでなく、全社員がSDGsに対して関心を持ち、事業や社内改革の一つひとつにSDGsを照らし合わせるような文化を構築していかなければなりません。SDGsを一過性のテーマとして扱うのではなく、企業文化の一部として取り入れていく意識が必要不可欠です。
また、企業成長とSDGsの交点を見出していくことも重要です。マーケティング施策としてSDGsの観点を取り入れていき、ブランディングや商品開発にSDGsを活用していくのです。プレスリリースなどの企業からの発信にSDGsを紐づけていくことも大切です。
それぞれの企業が、SDGsと照らし合わせながら事業や社内制度を見直していくことで、持続可能な社会は確かな形になっていくはずです。コロナ禍であらゆる慣習が崩れた2020年。今こそ、10年後の社会に対してできるアプローチを始める時です。