2020年06月25日
<連載>サステナブル・マーケティングのすすめ
「サステナブル・マーケティング」をキーワードに、令和におけるマーケティング戦略を考察していく連載コラム。
リモートワーク化が進むいま、オフィスの定義は崩れ始めています。オフィスの解約を決断する企業が増加する一方、オフィスしか果たせない役割があることも浮き彫りになりつつあります。
オフィスの価値は、これからどう変わるのでしょうか。またマーケターはそれとどのように向き合い、新しいオフィス像からマーケティングの可能性を広げていくべきでしょうか。調査データとともに考察します。
※調査データ出典:『リモートワークの現状調査』(株式会社ネオマーケティング)
コロナ禍におけるリモートワーク対応が進むと同時に生まれたのが、オフィス維持の課題です。企業規模によって差があるものの、オフィスの維持費は経営にかかる固定費のなかでも大きな割合を占めます。
2020年4月頃から、SNSやメディアでオフィス解約を決断する経営者の声が頻繁に取り上げられるようになりました。特にwebマーケティングを主軸とするベンチャー企業など、比較的リモートワーク化が容易で従業員数が少数の企業は、オフィス解約に前向きな傾向があるようです。
一方、オフィス解約のためにかかる費用はキャッシュフローに影響を与えます。解約時期によってかかる違約金や什器処理にかかる費用の捻出が難しければ、オフィス解約はそもそもできません。また、法人登記の住所をどこにするか、電話対応や郵送物はどうするかなどの問題も出てきます。
リモートワークの常態化が予想される今後、オフィスをどうするか考えを巡らせている企業は多いでしょう。それは、オフィスの存在意義の再定義でもあります。従業員が日々出社することだけが存在価値となるオフィスは、今後姿を消していくかもしれません。
しかし、首都圏のビジネスパーソンにリモートワーク経験者1,000人に対しておこなったアンケート調査では、従業員側から見てオフィスは約80%の人々が「必要」、または「どちらかといえば必要」と感じています。
データ1:オフィスの必要性について
調査実施期間:2020年6月3日?6月10日
調査対象:東京・神奈川・千葉・埼玉在住のリモートワーク制度の利用者 20?50代 男女1000名
調査方法:webアンケート
ところが同調査では、オフィスワークよりもリモートワークを希望する人が57.1%と過半数を占め、非常時に限定して言えば91.2%がリモートワークという働き方を受け入れています。
データ2:今後のリモートワーク継続について
※調査概要はデータ2と同じ
つまり、リモートワークを前提とし、ときどきオフィスワークを選択するような働き方が、アフターコロナの時代では求められています。これまでのオフィスワークとリモートワークのポジションが逆転する形ともいえるかもしれません。
この理想を叶えるために現状維持を続けることは、従業員が限定的に使うオフィスに多大なコストをかけ続けることを意味します。それを解決するには、オフィスを再構築し、従業員の出社以外の目的でも活かす戦略が必要になってくるでしょう。
こうした現状から、今後のオフィスのありかたを考えてみましょう。
まず都心のオフィスを縮小して地方にサテライトオフィスを構えたり、オフィス自体を地方に移転したりする手段が挙げられます。
最低限のスペースを都心から離れた場所に準備すれば、大幅なコスト削減が見込めます。リモートワークを中心にしてもオフィスがある状態を維持するためには、低いコストで維持できるオフィスに拠点を移すことがもっとも手っ取り早い方法です。
この動きは、地域貢献への可能性にもつながります。
人口減少に苦しむ地方では、自治体や市が主体となった企業誘致施策が多く存在します。そのメリットを受けながら、地域の特性を活かし事業展開や福利厚生を検討したり、地域密着型のマーケティングを新たに試みたりすれば、働きやすさと経営強化を両立し、その地域への貢献ができるでしょう。
次に、オフィスのイベントスペース化が考えられます。
"イベントスペース"というと一般向けのように感じられますが、ここでは従業員やステークホルダーが特別な時間を共有できる場としてオフィスを作り変えるイメージです。
リモートワークのデメリットとして必ず出てくるのが、コミュニケーションの希薄化です。業務連絡や進捗報告はオンライン・ツールで事足りても、ちょっとした雑談や相談といったコミュニケーションは、対面のほうが取りやすいと感じる人が多いようです。
こうしたコミュニケーションを取ることに特化したオフィスを再定義してみましょう。
個々人の業務スペースよりも相互が話し合える場を主軸とし、部署やチームを越えた偶発的なコミュニケーションが生まれやすいような設計を取り入れる。それは結果的に、イベントスペースに近いものとなるはずです。さらにプロダクトのヘビーユーザーを招いたヒアリングの場を設けたり、パートナーシップを組んだ企業同士の懇親会をしたりといった応用例も考えられます。
コロナ禍では人の集まるイベントを開催することは難しいですが、小?中規模の対面コミュニケーションの必要性は根強いものです。アフターコロナの時代は、換気や消毒の設備が整い、人々が距離を取れるラウンジ的なスペースの需要が高まると考えられます。
理想となるのは、これまで外のスペースを介して行われていた活動をすべて自社のなかで完結できるようなオフィスです。人が集まるあらゆる機会を価値に変換できるように設計すれば、マーケティングの観点から見て優位性のあるオフィスと言えるでしょう。
オフィスを持つべきか持たざるべきかの判断は企業規模や業界、経営状況によって変わるものです。しかし一つ言えるのは、毎日オフィスに出社することが当然だとする企業は今後少数派になっていくということです。
コロナ禍では多くのビジネスパーソンがリモートワークを経験しました。そのうえでリモートワークを続けたいと希望する人が過半数を占める今、オフィスを持つならば「なぜ出勤する必要があるのか?」という問いに答えられるスペースを提供すべきです。
先ほど挙げたサテライトオフィス設置やイベントスペース化といった例は、いずれも手法の話です。根本的に重要なことは、オフィスが感動体験や偶発的なコミュニケーションを生み出す装置になることです。
東急不動産グループはより快適なオフィス空間の提供を目指し、移転後のオフィスをショーケース的な役割を兼ねて作り上げました。例えばオフィス全体に配置された観葉植物は、実証実験によって生産性に寄与すると判断された施策の一つです。他にもスタンディングデスクの配置やイベントスペース提供など、従業員や社外関係者を満足させる設備を整えています。
モチベーション向上が見込める空間として研究を重ねて作り上げられたオフィスは、リモートワークを越える快適なオフィスワークを実現します。リモートワークに移行した従業員の「オン・オフを切り替えるのが難しい」、「ちょっとした相談をしづらい」といった悩みを解決する場としても機能するでしょう。
リモートワークが前提にあっても、オフィスに行くのが楽しみだ。オンラインで商談が成立しても、顔を合わせて時間を共有したい。そんな風に思わせられるオフィスを作るためには、そこに感動体験を作り出すことを忘れてはなりません。
そのためには、
・働きやすさを向上させる什器・小物の徹底
・社内外のスムーズな交流を促す空間の工夫
・人々の出入りを柔軟に受け入れるシステム整備
などの点に注目しながらオフィス改革を進めてみると良いでしょう。
ちなみに、先に挙げた東急不動産の社内では、ヨガスクールを受講することも可能です。従業員の視点に立ち、スペースを有効活用するためのあらゆる手法を取り入れることが、より良いオフィスを作り出していくでしょう。
コロナ禍によって、人が集まることへの価値観は急変しました。しかしそれは、新たに生まれた場所へのニーズを先取りし、提供する絶好の契機とも捉えられます。
新たに人を集める事業や企画を立てることよりも、オフィスという既存の空間を活かした戦略を立てるほうが現実的です。
最近では、オフィス解約を決めた企業向けのリーズナブルなシェアオフィスサービスが増えつつあります。リモートワークとシェアオフィス、あるいはレンタルオフィスを組み合わせる働き方は、今後より普及していくでしょう。
だからこそ、もしもオフィスを維持するのであれば、そこでしか生み出せない価値を提供することが求められるようになります。これは、主体としては経営者や経営企画、人事などが考えていく事案ですが、マーケターも考え、積極的に参画するべきだと思います。
オフィスというスペースを最大限に活用する制度やシステムを整える過程において、マーケティング活動にも有効なアイデアを盛り込んでいくことが、アフターコロナの時代のマーケティング力を高めていくでしょう。