ESG投資とニュー資本主義の幕開け――「ニュー資本主義」のすすめ(第2回)

2021年02月10日

企業は利益だけを求めるのではなく、環境や社会への影響を考慮するべきだという考え方が浸透した「脱資本主義」から、環境や社会への影響を考慮することによって利益が増えると考える「ニュー資本主義」へ――。このダイナミックな変化はどのように起きたのでしょうか?

語り:夫馬賢治 構成:講談社SDGs編集部

時代はSRIからESG投資へ

環境=Environment、社会=Social、統治体制=Governanceという3要素に対する分析を重視する「ESG投資」。近い意味を持つ言葉として「SRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)」があります。

対象の企業が、環境や社会にどう向き合っているかを重視するという点では共通していますが、両者には大きな違いがあります。SRIは利益の最大化を目的としておらず、道義的な意味合いが強いのに対して、ESG投資は利益を求める投資手法である点です。

そのため、SRIは「脱資本主義」と相性がよく、ESG投資は「ニュー資本主義」にマッチします。SRIには、会社に利益をもたらさないといったネガティブなイメージがつきまとっていたため、ESG投資という概念が浸透してからはSRIと口にする企業は減りました。

短命のブームに終わった「エコファンド」

脱資本主義からニュー資本主義にシフトする過渡期には「エコファンド・ブーム」がありました。短命に終わったブームですが、覚えている人も多いのではないでしょうか?

エコファンドとは、環境破壊につながる経営をしている企業には投資せず、環境に配慮している企業を投資対象とする投資信託(金融商品)です。同じような意味合いでSRIファンドという投資信託もあり、エコファンドはSRIファンドの一種として括られることもあります。

エコファンドは、アメリカ、イギリス、北欧などで設立されたあと、日本でも商品化されました。国内第1号は、1999年に日興アセットマネジメントが個人投資家向けに立ち上げた「日興エコファンド」。設定後4か月で1000億円の投資を集めるなど、滑り出しは好調でした。他にも「損保ジャパン・グリーン・オープン」などのエコファンドが生まれましたが、そのブームは2003年までの約3年で終わっています。

原因は、2001年にITバブルが崩壊し、株式市場が大きな影響を受けたからです。基準価額(投資信託の値段)が急落したことにより、投資パフォーマンスに対してはシビアな目が向けられるようになったことで、ブームは終わりを迎えました。

この時期の日本では「利益に寄与しないのであれば、環境や社会貢献に配慮すべきではない」という考え方が主流で、「オールド資本主義」の考え方が根強い傾向にありました。しかし、日本がSRIやエコファンド的な考え方を切り捨てようとしていたとき、欧米は真逆の方向へ動いていました。この頃から欧米はすでに、「ニュー資本主義」(サスティナブル経営)へと舵を切っていたのです。

2005年、「ニュー資本主義」の幕開けを告げた報告書

世界的に見て、環境や社会に考慮することで利益が増えると考える「ニュー資本主義」への流れが加速したのは2004年でした。

1972年に国連の補助機関として発足した「UNEP(国連環境計画)」。UNEPの呼びかけによって、環境問題に対して銀行がどのように貢献できるかを議論する「環境と持続可能な発展に関する銀行声明(のちに金融機関声明と改称)」が発足。同じ趣旨から「環境と持続可能な発展に関する保険声明」も発足し、これらの組織が統合して「UNEP FI(国連環境計画・金融イニシアティブ)」が誕生しました。

このUNEP FIが、証券会社11社の協力を得て「ESGが株価に与える影響」を調査。2004年に、その結果が発表されました。以下はその一文です。

「これらの課題(環境、社会、統治体制=ESG)を有効にマネジメントすれば、株主価値の上昇に寄与する。そのため、これらの課題はファンダメンタル財務分析や投資判断の中で考慮されるべきだ」

この発表を受けて、国連のアナン事務総長は、機関投資家向けの投資原則を策定する構想を打ち出しました。有力な機関投資家を集めてディスカッションを重ねただけではなく、「ESG投資が受託者責任に反しないかどうか?」を法的観点からも検証しました。

受託者責任とは、資産の運用に関わる受託者が受益者に対して負うべき責任のこと。つまり、ESG投資が"出資者に損をさせないものかどうか"の審判がくだされる時がきたということです。結果はどうだったでしょうか? 2005年10月にフレッシュフィールズとUNEP FIが共同で報告書を出しており、そこにはこう書かれていました。

「企業の財務パフォーマンスをより確実に予想するためにESGを投資分析で考慮することは、すべての国において明白に許容されるだけでなく、議論の余地はあるものの(受託者責任の観点から)要請されるべきだ」

ESG投資が受託者責任に反しないことが示されただけでなく、"受託者の利益のためにESGの分析をすべきだ"と打ち出されたわけです。これにより「ニュー資本主義」の考え方は強く肯定され、さらに広がることとなりました。

PRIによって、投資も環境や社会に配慮する時代へ

2006年にはアナン事務総長の呼びかけにより、「国連責任投資原則(PRI)」が発足しました。PRIは、その名の通り投資家が自主的に署名する原則を表しており、その原則には投資判断で「ESGを考慮する」、「投資先への対話や議決権行使でESGを考慮する」とありました。こうしてPRIの中で普通に使われた"ESG"という言葉が、今に至る「ESG」という用語の産みの親となっています。

また、署名した投資家は、同名の「PRI」という自治組織の構成メンバーとなり、報告義務が科される一方、PRIの運営方針や理事、署名機関の義務等を定める投票権券を持つこととなります。こうして、いよいよ投資とESG投資がイコールで結び付けられる気運が高まっていきました。今からもう15年も前のことです。

ESG投資のベースにある考え方は「ESGを考慮した経営は、企業自身と、企業の取り巻く事業環境の双方の面で、サステナビリティ(持続可能性)を担保するものになる」ということです。UNEP FIの報告書やPRIが裏付けとなり、今まで対立軸で語られていた「経済リターン・経済発展」と「環境・社会の持続可能性」は両立しうるし、率先して両立させなければならないという概念が急速に盛り上がっていきます。

PRIは発足当初から運用額の大きなアセットオーナー(年金基金や保険会社などの資産保有者)が署名しており、運用資産総額は2兆ドルを超えていました。日本にも署名した機関はありましたが、運用資産の一部しかESG投資に回さず、大きなシフトは見られなかった。「ニュー資本主義」へと移行する流れに乗れていなかったのが現実です。

日本でPRIの存在が知られるようになるのは、発足から10年以上遅れた2017年頃からです。こうした意識のズレがそのままリーマン・ショック後の対応につながっていくことになります。この問題に関しては次回、解説します。

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SDGsと経営