2021年03月30日
左から、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 デット・キャピタル・マーケット部長 池崎陽大さん、ニューラルCEO 戦略・金融コンサルタント 夫馬賢治さん
債券のあり方を変える、新たなフォーマットとして注目される「ESG債」。日本ではこの3、4年で一気に伸びてきましたが、ESG債とは、どのような性格を持ち、どのような種類に分けられるものなのか? 基本的な枠組みとポイントについて、この分野の第一人者である夫馬賢治さんと、実際に商品としてのESG債を手掛けている、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の池崎陽大さんに語っていただきました。【全3回】
──まず、「ESG債」の概要と、近年注目度が高まっている理由について、教えてください。
夫馬 環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に関連した事業に資金使途を絞って発行される債券が「ESG債」と呼ばれます。日本の債券市場ではここ3、4年くらいで一気に盛り上がってきたトレンドですが、世界的にはもう少し早く2014年頃から存在感が強まってきました。
今、企業の人たちはこのうちE(環境)とS(社会)、とくに気候変動と格差の問題に敏感になっています。どうしてかといえば、この2つの問題が、社会的、政治的な不安定につながりやすく、経済に悪影響を及ぼし、自社の事業利益や投資リターンを悪化させると考えているからなんですね。
地球規模で考えて危機的状況を招かないようにしながら経済を成長させていくためには、これまでにはなかった取り組みが求められます。そのためにはお金も必要になるので、その資金を集める手段としてESG債が出てきたわけです。池崎さんはその専門家ですね。
池崎 これまでの社債では、企業の知名度、信用力で値付けされたお金が集められていたのに対して、ESG債では資金使途が問われます。「再生可能エネルギーの技術開発」などといった事業がわかりやすい例ですね。
旧来の資本主義では、投資家にとっては、投資したお金がどれだけの利益になって返ってくるかが何より重要でした。しかし近年は、リターンの額だけではなく「自分が出した資金が何に使われるか」が重視されるようになってきました。その部分の変化がESG債という新たな仕組みが急伸している原動力となっています。
夫馬 持続可能な社会を考える意識がそれだけ広がりをみせているということですね。環境問題などを無視して、短期的なリターンばかりを考えたやり方を続けていては、長期的なリターンを犠牲にしてしまう。それが社会の共通認識になってきたということです。今、日本はものすごいスピードで変化しています。ESG債の伸び率もすごいですよね。
池崎 3、4年前、夫馬さんとはじめてお会いしたとき、「これからしっかりとしたマーケットをつくっていく必要がありますね」と話していたのに、その後は毎年会うたびに「すごいことになってきましたね!」と驚き合っていますからね。
昨年(2020年)でいえば、日本の事業会社が発行している社債のうちESG債が占めている割合が8%くらいでした。今後、3、4年以内には全社債の50%くらいを占めるようになるのではないかと予測しています。政府系機関に限っていえば、すでにそのレベルになっています。
夫馬 ESG債に関しては、ヨーロッパとアメリカ、それと中国が巨大なマーケットになっています。日本はまだまだ発行額が少ない状況ですが、ポテンシャルは大きいので、今後が期待されますね。
――ESG債は使途によって分類されます。どのようなものがあるのでしょうか?
夫馬 資金使途が環境関連の事業に限定されるのが「グリーンボンド」で、社会支援事業に限定されるのが「ソーシャルボンド」。双方の事業にまたがって資金を使えるのが「サステナビリティボンド」です。
グリーンボンドで多いのは再生可能エネルギー設備の設置やクリーン輸送への切り替えなどですが、最近は不動産系の事業も増えてきました。省エネ型でCO2の削減効果を考えた建物はグリーンビルディングとも呼ばれています。
一方、ソーシャルボンドの中心になっているのは格差の是正です。低所得者層の方は、基礎的なサービスであるはずの教育や医療が受けにくいので、そういう課題に目を向けた新しいサービスに対して資金が集まるようになってきました。
池崎 教育格差の是正ということでは、学生への貸与奨学金の財源としてソーシャルボンドが発行されています。最近は「新型コロナ対応ソーシャルボンド」といったものも出ていて、感染症対策支援と中小企業への金融支援が二本柱になってますね。
夫馬 これからは複合型のサステナビリティボンドが増えていくんじゃいないかとも思っています。不動産でいえば、建物の問題だけでなく、「まちづくり」といえる規模の事業も増えてきました。災害対策が課題になっている場合もあれば、経済活動の落ち込みで街自体がしぼみつつある場合もあります。街の現状を見据えて複合的に課題解決に取り組んでいくプロジェクトですね。
まちづくりに限らず、本来、行政が行うべき事業の資金を調達しようとする場合は、ソーシャルインパクトボンドとも呼ばれます。
ソーシャルボンドとソーシャル・インパクト・ボンドは、名前は似ていますが、全く別の債券スキームで、ソーシャル・インパクト・ボンドの場合は、債券で資金調達したことで実施プロジェクトからの行政削減コストを「事業リターン」と見立て、債券投資家にリターンの一部を還元するスキームです。官民連携で行うケースもありますね。
ソーシャルボンドは、教育関連のものもそうですが、出資者は信用金庫や学校法人などにも広がりを見せています。出資することがそのまま社会的な信用につながるのも大きいんでしょうね。
池崎 ESG債は、国内だけで完結しているわけではないのも特徴です。日本の企業が海外で行っている再生可能エネルギー事業に関して、国内でグリーンボンドを発行する例もあります。逆に日本の会社が海外の投資家から資金を募るケースもあります。グローバル化が進んでお金の境い目がなくなっているから出てきた流れですね。
エネルギー事業に関連していえば、最近はトランジションボンドと呼ばれるものも出てきました。これまで二酸化炭素の排出量の多かった企業などが排出量の抑制を段階的に進めていく。そのための資金を集めるのがトランジションボンド=低炭素移行債です。この分野に関しては、世界的に見ても、日本が中心になっていくのではないかと見られています。
その理由ですが、日本には高い技術力がある一方、化石燃料の輸入に頼り切っているのが現実です。そのため、必然的にこれから変わっていかなければならない、つまり今の枠組みから移行していかなければならないからです。
夫馬 ESG債は、SDGsとの関連も深く、SDGsの目標を達成するうえでも非常に重要視されていますし、国連や各国政府も市場の拡大に熱心です。日本では環境省がグリーンボンドの普及をはじめましたが、今度は金融庁がソーシャルボンドの推進役を担おうとしています。世界でも日本でも、今後さらにその期待値は高まっていくでしょうね。
池崎 一般の人からすれば、どうして金融業界がESG債の旗振り役を務めているのかと不思議に思われるかもしれません。しかし、サステナビリティ、つまり持続可能性社会を意識しなければ、もはやお金は集められなくなっているのです。そういう中にあって、日本におけるESG債やSDGsはこれから本番を迎えると思っています。夫馬さんはますます忙しくなるでしょうし、私も忙しくなっていかなければならないわけです。
第2回に続く
●プロフィール
夫馬 賢治 (ふま・けんじ)/株式会社ニューラルCEO 戦略・金融コンサルタント
サステナビリティ経営やESGファイナンスの分野で東証一部上場企業を数多くクライアントに持つ。環境省、農林水産省、厚生労働省のESG領域の審議会委員。NHK、日本テレビ、テレビ朝日、J-WAVE、TBSラジオ、日経新聞、プレジデント、フォーブス、海外CNN、ワシントン・ポスト等での出演・寄稿・取材多数。依頼講演過去100回以上。ハーバード大学大学院サステナビリティ専攻修士。サンダーバードグローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部国際関係論専攻卒。著書に『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)、『ESG思考』(講談社+α新書)などがある。
池崎 陽大 (いけざき・はるひろ)/三菱UFJモルガン・スタンレー証券 デット・キャピタル・マーケット部長
同志社大学商学部を卒業して1994年4月に東京銀行(現、三菱UFJ銀行)に入行。1998年6月に東京三菱インターナショナルplc(ロンドン)にてストラクチャリング業務に従事。2001年6月から三菱UFJモルガン・スタンレー証券にて社債引受業務に従事し、2009年6月にデット・キャピタル・マーケット部マネージング・ディレクターに就任。2017年6月からデット・キャピタル・マーケット部長を務めている。