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ESG投資は本当に「利益」と結びつくのか? ──「ニュー資本主義」のすすめ(第4回)

2021年05月13日

環境や社会への影響を配慮することが利益に結びつくと考える「ニュー資本主義」。新しく生まれたこの経済認識のうえに成り立つ「ESG投資」は、従来の投資と比べて、同等以上のパフォーマンスを発揮できるものなのでしょうか?

語り:夫馬賢治 構成:講談社SDGs編集部

企業にも投資家にも求められる「長期思考」

企業のESG(環境・社会・ガバナンス)の状態を重視した投資手法が「ESG投資」です。2006年に発足した国連責任投資原則(PRI)が、「ESG」を投資運用の中に組み入れるという原則を示したことで、ESG投資という概念が世に誕生しました。

ただし、投資家が本格的にこの手法を取り入れていくためには"従来の投資と同等か、それ以上のパフォーマンスを発揮"する必要がありました。なぜなら、ESG投資は社会道徳の枠組みの中で語られるものではなく、あくまで利益を増やすことを前提としているものだからです。

従来の投資では、企業の売上成長率や利益成長率、財務の健全性といったデータを収集。専門的な指標を考慮しながら株価の見通しを立てていくことで、できるだけリターンを確実なものにしようとします。なお、上場企業には財務データを開示することが義務付けられているので、比較可能な情報は容易に入手可能です。

では、一方で、ESG投資においては、どのような情報があり、どう分析すれば企業の将来性が判断でき、投資をリターンに結びつけられるのでしょうか?

そもそも企業が環境や社会を考慮した行動をとった場合、その瞬間には何らかのコストが発生するので、その段階に限ってみれば、利益は減少しています。環境や社会への考慮で利益が増えるとすれば、将来的なメリットへの先行投資となっているか、将来的なリスクに先んじて対処しているからだということになります。要するに結果が出るのは先の話になります。

そのためESG投資は、投資を受ける企業、投資をする側の双方に「長期思考」があってこそ成り立つことになります。そこがまず、ESG投資のリターンを考える第一歩になります。

2008年に起きたリーマン・ショックは、企業の側が「長期思考がいかに重要であるか」を認識するための大きなターニングポイントになりました。多くの企業では、リーマン・ショックを機にリスクの見直しを行いました。リーマン・ショック直後は「資産価値ショック」がダメージとしてもっとも大きいと考えられていたのですが、長期的視点で分析を進めたことによって、環境や社会に関連した領域に大きな事業リスクがあることにも気がつきました。

気候変動問題もそのひとつです。気候変動によって自然災害が増えれば、経済活動に影響を与え、事業にダイレクトで損害が出ます。そこで企業は、気候変動に対処する姿勢を強化しました。それによりリスクは小さくでき、社会的評価も高まります。こうした考え方がニュー資本主義やESG投資のベースにはあるのです。

ちなみにESGに配慮しないリスクとしては、ほかに経済格差や人口課題、水の希少性、嵐やサイクロン、生物多様性の喪失、慢性疾患などが挙げられます。世界経済フォーラムが開催する「ダボス会議」で発表されるグローバルリスク報告書を見ても、リーマンショックから2年後、2010年と翌2011年を比較してみれば、わずか1年のあいだにリスク認識が大きく変わり、リスクが拡大していることが読み取れます。今後グローバルリスクに対応していない企業は、グローバルから取り残されてしまうリスクがそこには存在している、と言っても過言ではありません。

しかし企業が変わっても、投資家のニーズと合致しなければ、資金を集めることができませんよね。実は、機関投資家と呼ばれるプロの投資家は「ESG投資」のような長期思考に慣れています。短期的な売買を繰り返す投資家もいますが、年金基金や保険会社などの機関投資家は株式や債券を長期保有することを前提にしているからです。そのため、リーマン・ショックによってリスク管理の重要性をあらためて認識すると、企業の経営陣に対しては、目の前の利益を求めるだけではなく「長期的な経営目標にコミットしてほしい」と投資家も考えるようになったのです。

その結果、経営陣の短期思考を促しやすい四半期利益見通しの発表も廃止する方向にシフトしていきました。アメリカの主だった企業といえる「S&P500」(ニューヨーク証券取引所などに上場している代表的な企業500社)の動向を見れば、2003年には75%の会社が四半期利益見通しを発表していたのに対し、2010年には36%にまで減少していたほどです。

一方、このようなトレンドの中で、日本が取り残されていた事実があります。日本では2006年の段階で上場企業の四半期決算開示が義務化されたことを考えると、グローバルとは真逆の方向へと動いていたのがわかります。出遅れたことが影響して、日本でESG投資が本格的に盛り上がってきたのは欧米より10年ほど遅れており、ここ3、4年のことです。

ESGデータとマテリアリティ

ESG投資が投資手法として浸透するためには、企業にも投資家にもまず「長期思考」が求められるということは、おわかりいただけたのではないかと思います。そのうえで、「データの開示」「重要項目の見定め(=マテリアリティ特定)」が求められ、ESGの状態を数値化するような「評価体制」が必要とされます。これがESG投資を利益と結びつけるための4つの基盤です。

UNEP(国連環境計画)の公認団体としてサステナビリティに関する国際基準の策定を進めているのがGRIです。GRIは2006年に「企業が開示すべき情報」として、原材料、エネルギー消費量、水消費量、生物多様性、排ガス・廃水・廃棄物、製品安全性、男女別従業員数、労災、教育研修、男女差別禁止、児童労働、賄賂防止、地域社会との関わりなど97項目を挙げています。

EUは早くからこうした流れに沿った情報開示を進めていこうとしていました。アメリカでは義務化の動きは遅くなっているものの、アメリカに本社を置くグローバル企業の多くも2015年までにはEUレベルのESG情報開示を自主的に実施するようになっていました。アジアでも、香港、シンガポール、台湾、インド、オーストラリアで義務化されています。日本は、CSR報告書の中で情報開示をするようになっていましたが、その段階では社会的責任や倫理という観点のものがほとんどでした。

GRIが示した開示すべき情報のガイドラインを基準にしながら「どの項目にどう対処すれば利益が増えるのか」を見定めるマテリアリティ特定も進んでいきました。

2016年にはアメリカのNPO「SASB(サステナビリティ会計基準審議会)」が11業種77産業のマテリアリティをまとめた「SASBスタンダード」を発表しています。このように体系化されてきた中にあり、企業は、ESGスコアを良くするためには何をすべきかを理解して、改善のための長期目標を設定して報告する流れができています。

ESG投資の合理性の証明

では、ESG評価の高い「高サステナビリティ企業」に投資すれば、リターンは確実で、大きなものになるのでしょうか? その答えは「YES」です。

ESG投資に経済合理性があるのかどうかの分析も進められています。すでに多くの機関が、高サステナビリティ企業の株価やROE(自己資本利益率)は高くなる、という分析結果を出しています。それでもやはり、反論するアナリストはいます。反論側の中心になっているのは、「企業は環境や社会に及ぼす影響などは考慮せず短期思考経営を心がければいい」とするオールド資本主義にこだわり続ける人たちです。彼らも反論する論拠を提示しましたが、そこで持ち出されている投資理論は最新のデータに基づいているものではありませんでした。

ESG投資のパフォーマンスを分析した研究結果はすでに2000以上出ていて、メタ分析も行われています。それによると、ESG投資のパフォーマンスが「高い」という結果を出した研究は63%、「判断できない」が29%となっています。「低い」という結果は8%に留まります。こうしたメタ分析を見ても、ESG投資は合理性のある「投資」だと言えるでしょう。

企業と投資家、そして社会を豊かにする「ESG投資」は、次世代のニュースタンダードとして、着実に広がりを見せています。この時流に乗るためには、企業はESG、そしてSDGsへの取り組みをしっかりと進めることが大切なのです。

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