【第14回】コロナ時代には、SDGsと重なるマーケティングの「場」づくりを考える

2020年08月19日

<連載>サステナブル・マーケティングのすすめ

「サステナブル・マーケティング」をキーワードに、令和におけるマーケティング戦略を考察していく連載コラム。
コロナ禍であらゆる常識や需要が変わりつつある昨今、改めてサステナビリティの重要性が注目されています。どんな状況下でも、人々の暮らしと環境に対し普遍的に向き合うべき課題がまとまったSDGsは、ウィズコロナの指針としても有効なものです。
前回はマーケティングの4P分析のうち、Product(商品)に焦点を当て、サステナビリティに配慮した商品の展開例を紹介しましたが、今回注目するのは、Place(流通、場)です。ウィズコロナ・アフターコロナの時代に適した商品やサービスの提供の場について、実例をもとに考えていきます。

コロナで変容する「場」の価値

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、「流通」や「場所」の価値は大きく揺らぎました。顧客との関係構築や感動の提供の場であった店舗やイベントは、コロナ禍でほとんどその機能を果たせなくなっています。一方でオンライン購入が盛んになることで、流通サービスへのニーズが急激に高まり、国内外の物流の混乱が相次ぎました。

そんな状況下で"3密"の回避といった感染防止策を徹底し、なおかつマーケティングの視点からも価値のあるPlaceを提供するためには、大きく分けて二つの戦略方針が考えられます。
一つはオンライン完結型のサービスや商品の提供システムを構築し、その中で顧客に価値のある体験を生み出す戦略を立てること。そしてもう一つは、開放的な空間やソーシャル・ディスタンスを保持できる環境下で、新たな価値を生み出すことです。
このような方針で進むPlaceの変容について、SDGsとの関連性を解説しながら、注目されているいくつかの事例を紹介していきましょう。

商品流通では非接触型のサービスが浸透

小売店舗は、"3密"を避けるための対策が急務となっています。そして、そのソリューションはすでにいくつか提供され始めています。
例えば、デジタルサイネージを通じた遠隔地からの顧客サポートがその一つです。来店した顧客にデジタルサイネージに表示されたバーチャルキャラクターが応対し、リクエストや質問が簡単な場合はAI、必要に応じて人間が遠隔から答えます。

このシステムは感染リスクを下げるだけでなく、働き手不足の解決にも寄与し効率的な人的リソースの活用につながる試みです。介護や子育てといったタスクを抱える人でも遠隔から対応でき、働き方改革の一環で見てもすぐれた取り組みと言えるでしょう。

店内カメラを利用した混雑状況の把握システムも、ウィズコロナ時代のサービスとして浸透しつつあります。顧客は、入店前にアプリを通じて店内の混み具合を確認することができ、混雑を避けることができます。買い物かごを利用した店内人数把握システムなども別途発表されており、非接触型の店舗運営は今後ますます一般化してくことが予想されます。


あべのハルカスで7月23日より稼働を開始した、3密を防ぐAI搭載「ソーシャルディスタンスカメラ?

地元のおいしさを地元で、限定した客に

飲食業界では、地域の食材を生かしたメニューの展開や、完全予約制による営業などを始めるオーナーが増えています。多くの場合は仕入れ先や顧客数を制限して経営を安定させることを目的としていますが、この制限が逆に価値を生み出すこともあります。

例えば、完全予約制に切り替えることで店舗での食の体験を特別なものとして演出し、顧客単価を高めることに成功したレストランや、地産地消のメニューをアピールすることで、県外からのオンラインの注文が増えたという飲食店がその一例です。
飲食店の置かれる立場は非常に厳しいものですが、どこで商品を提供するのか、商品の価値をどこで出すのかを再定義すれば、まったく別の観点から提供する場所を見つけられるしょう。

ソーシャル・ディスタンスを取れるアクティビティの需要増加


デンマーク発のHyggeを体感できるアウトドアフィールド「Hygge Circles Ugakei by Nordisk」、ノルディスクのプロデュースで三重県いなべ市に開業決定

次に、アクティビティのニーズの変化について見ていきます。
エンターテインメントを体験する場は、感染リスクを高めてしまう条件を持つことがほとんどで、現在は限定的な価値提供しかできていません。
しかし、これまでと異なるフィールドに体験を移植することで、アフターコロナ時代に新たなエンターテインメントをもたらそうとする動きも増えてきています。

三重県いなべ市で2021年オープン予定のアウトドアフィールド「Hygge Circles Ugakei by Nordisk」は、その象徴ともいえるプロジェクトです。
デンマーク発のアウトドアブランド、ノルディスクがいなべ市と包括協定を結び、宇賀渓を舞台に作る大規模なアウトドアフィールド。ここでは、サステナビリティへの配慮が行き届いたプライベートテントでのキャンプ体験や、大自然を体感しながら学べるラーニングフィールドなどが楽しめます。

密閉された空間で楽しむことが難しい今、自ずと開放的な自然環境に感心が寄せられます。多くの人々が同じ体験を享受しながら個々のテントの距離が取れるところも、アフターコロナの楽しみ方として優れています。

開放的な自然環境を生かしたエンターテインメントの例はこれだけではありません。米国では、ボート上で鑑賞を楽しむ「水上映画上映」のリリースが注目を集めています。


Photo: Floating Cinema/Beyond Cinema

観客は出航前に飲食物などを購入し、水上のシアター前にボートで向かうことになります。水上映画上映会を提供するBeyond Cinemaは、これまでも特定の映画をテーマにしたパーティ・イベントの開催実績があり、没入体験による映画の楽しみ方を追求してきました。
今回も、ソーシャル・ディスタンスを意識した施策ではあるものの、映画の新しい楽しみ方を提供している点が魅力的です。

こういった大々的なプロジェクトの他にも、街としてソーシャル・ディスタンスを意識した試みを始めた地域もあります。横浜・関内で開かれた「かんないテラス」は、大通りに面した飲食店のテイクアウト商品をテラス席で飲食できるというものです。
店内の感染リスクに言及するのではなく、開放的に食べられる場所を外に提供することも、また一つの解決策であると本事例は教えてくれます。そして、SDGsの観点では暮らしやすい街づくりや持続可能な仕組みづくりの項目に寄与しています。

ソーシャル・ディスタンスを確保したサービスの提供には、一定の規模を持つ空間や、周辺を巻き込んだ戦略構築が必要です。したがって、街や地域の協力を得られるかどうかも成功の鍵を握ります。
こうした「場」をつくる方針の場合は、お互い手を取り合って「場」を開拓していく必要があります。企業の事業として見守るというより、地域と連携して進めるSDGs関連プロジェクトといったイメージで取り組むと良いかもしれません。

地方は職場の分散先として価値を持つ場所に

観光戦略実行推進会議において取り上げられた「ワーケーション」という言葉が、注目を集めています。ワーク(働く)とバケーション(休暇)を合わせたワーケーションとは、遠方に赴く休暇のような暮らし方をしながら働くことを指します。
このワーケーションは、コロナ禍において大きな打撃を受ける観光産業を少しでも回復させるために推進されたものであり、同時にかつてから深刻化していた地方の過疎化を食い止めるための取り組みの一つでもあります。
ワーケーションはあくまで概念的な言葉なので、具体化していくためには課題が多いのが現状ですが、感染リスクを下げるためにリモートワーク化が急速に進む中、ビジネスパーソンの拠点が分散する流れは将来的に十分可能性があります。

このような変化に対応し、ビジネスパーソンを想定したワーケーションの場を提供する事例も出始めています。
沖縄では、市街地とのアクセスの良さなどを利点とし、1週間の最低滞在期間でオフィスと変わらないインターネット環境を提供するワーケーション向けサービスが始まりました。観光目的ではなく、長期にわたって働きながら暮らすことを想定したこのような場所の提供は今後各地で広がっていくでしょう。

ワーケーションという概念が日本に根付くことはあまり現実的ではありませんが、場所の提供が増えれば、都心のほかに拠点を持つ選択をするビジネスパーソンも次第に増えるかもしれません。その傾向は地方の持続可能性を高め、過疎化を食い止める一助になるでしょう。
働きがいと経済成長双方を目指すSDGsの目標達成にもつながり、ストレスフリーかつ効率的な働き方が編み出される起点にもなり得ます。

最近では特定の地方ではなく、キャンピングカーを拠点にデュアルライフを試みるスタイルも話題になっています。自宅という環境でリモートワークが難しいビジネスパーソンが、部屋よりもローコストで、自由に使える空間として車を利用し始める傾向があるようです。
東京一極集中の現状がすぐに解決されることはなくとも、東京以外の拠点の選択肢についての議論は活性化しています。このニーズに寄り添ったサービスや商品の提供は、今後マーケターが積極的に取り組む価値のあるテーマの一つです。

オンライン完結のサービスやエンターテインメントの成熟

「場」の持つ価値の変容は、オンラインでも起こっています。アフターコロナ時代の「オンライン完結型サービス」の提供や価値創出についても触れておきましょう。

ウィズコロナのトレンドとして、e-sports領域への注目が集まっています。e-sportsとはオンライン上で行われるゲームを競技としてエンターテインメント化したもので、一部先進国では大きな経済効果をもたらしています。しかし日本は他国と比べてe-sportsの浸透が遅く、リアルスポーツとは別個のサブカルチャーとして扱われてきました。

そんななか、コロナ禍でリアルスポーツを観戦する場が制限される本年、e-sportsのオンラインイベントの開催が相次いでいます。錦織圭選手ら著名な選手が参戦するテニスのオンライントーナメントなどの開催され、リアルスポーツとの隔たりを縮めるエポックメイキングな出来事となりました。

これまでゲームファンという限られたターゲットに向けたものだったオンラインイベントが、より広い層へリーチするものへと進化しつつあります。この流れが加速すれば、e-sportsの市場規模は大きくなり、リアルスポーツのように大企業がスポンサードするチームなども登場するかもしれません。

小売業ではバーチャル店舗での購入体験が充実しつつあります。バーチャル店舗は、実店舗をそのままバーチャル化する考えに基づいて設計されており、VRを利用することで店舗を周遊しているような感覚を伴いながらショッピングすることができます。このようなバーチャル店舗の利便性が浸透してくると、いよいよ実店舗へ足を運ぶ体験との差別化は難しくなってきます。

インテリアショップ・リビングハウスのバーチャル店舗

これらのオンライン完結型サービスが充実すると、障がいを持つ方々のスポーツ参入や店舗体験の障壁が軽減される、地方在住の人も等しく情報や体験にアクセスできるようになる、といったメリットがあります。SDGsでも掲げられる「平和と公正をすべての人に」の達成につながるオンラインサービスの可能性は、インクルーシヴな社会の礎にもつながるでしょう。

価値提供の場を柔軟に捉え、持続可能なメリットを持つシステムを構築する

"Place"というテーマでアフターコロナのマーケティング戦略を考えていくと、「街」、「自然環境」、「人々の暮らし」、「働きやすさ」など、SDGsに連なるアプローチと多面的に重ねていくことが可能です。地域との連携を基軸としたプロジェクトを進めることがあった際も、こうしたサステナビリティな戦略は相互の価値を一致させやすいでしょう。

サービスを提供する場を柔軟に考え、顧客の安全性を確保しながら、新たな価値を提供できるアイデアを練ることが、アフターコロナのマーケティングの命題です。
さらにそのアイデアが、価値提供の基盤となる場所や顧客にとってサステナブルであることが、事業が成長していくポイントとなるでしょう。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

記事カテゴリー
SDGsと担当者