2022年06月22日
いま、そしてこれからもさらに求め続けられるサステナブルな企業経営。この連載では、企業におけるSDGs達成をゴールとし、そのためにマーケターはどのような視点でどんな活動をするべきか、そのヒントをお届けします。
第二回のテーマは、持続性を高める力を持つファンマーケティングの可能性について解説します。
2021年末、SDGsアクションプラン2022が発表されました。これを機に、日本企業はこれまで以上に具体的なSDGs達成に資する施策を求められています。
そこで考えておきたいのが、企業そのものの持続性についてです。企業が健全な経営を続け、その中でSDGsに貢献することは、社会の持続性を高め、経済活動を活性化します。世界の持続性と企業の持続性は相互作用しており、循環しているのです。
その循環の構成要素になっているのが、「人」です。「人」は企業から見れば顧客・ユーザー、社会から見れば国民・市民といった呼びかたができるでしょう。昨今、顧客起点でのマーケティングやDXの重要性が高まってきています。顧客を度外視して利益ばかり追い求めるマーケティングや経営には限界があり、その姿勢のままでは本質的なDXも実現しないという課題を、日本企業の多くが実感したからです。
顧客にとってより良い商品やサービスを追求すれば、経営の持続性を高めることにつながります。そして、より良い商品やサービスの基準には、ユーザーに対する包摂性や環境への配慮など、SDGsに含まれるような指標もおのずと含まれてきます。この社会に生き、国を構成するのは人であり、その人たちの幸福や豊かさは持続性のある世界によって保たれるからです。
本記事では、そんなユーザーの視点からSXやSDGsを見て、企業としてどのような施策を打ち出すべきか考えます。
まず、toCのビジネスについて考えてみましょう。toCとサステナビリティをテーマによく語られるのは、いわゆる"ソーシャルグッド"な企業ブランディングの重要性です。企業活動とは単なる商売ではなく、社会や環境に多大な影響をもたらすものだということを、すでに多くのユーザーが知っています。大手企業のSDGsに対する取り組みもSNSなどを通じてダイレクトに伝えられており、以前に増して社会・環境問題に対する意識と購買の関連性は強まっていると言えるでしょう。
ただ、その流れが国民全体の消費行動を変える決定打になっているかというと、まだそこまでの影響は見られていません。BCGによる消費者意識調査(2021年12月実施)によると、環境に配慮した節約行動については7割程度の人が取り組むと答えた一方、環境に配慮した商品に対してコストをかける人は3割程度にとどまっています。また、世代によって環境配慮への意識には濃淡があり、消費の盛んな20~30代では意識の高い層と無関心層との二極化が顕著です。
(参考:サステナブルな社会の実現に関する消費者意識調査結果)
つまり、エシカル消費を前提としたマーケティングは、まだ現段階では効果的な手段とは言いきれません。社会背景に対して興味のある層にターゲティングを絞るサービス・商品の場合は別ですが、安易に「ソーシャルグッド=売れる」という図式で物事を捉えると、本質的な施策からはそれてしまうでしょう。
では、社会や環境に配慮した企業活動や商品開発がマーケティングにおいて無益かと言えば、決してそうではありません。社会にとって良いものを(たとえハイコストでも)選ぶというユーザーはまだ少ないかもしれませんが、その商品を選ぶ理由について熟考するユーザーは確実に増えてきているからです。その理由として確かな手応えを感じられるストーリーを提供することが、既存顧客のファン化につながります。それがわかりやすい先行事例を見てみましょう。
化粧品ブランドSK-IIは、ミッションとして「#CHANGEDESTINY~運命を、変えよう。」を掲げ、それに紐づく施策を推進しています。
その一例として、コロナ禍で打撃を受けた女性起業家たちがビジネスを構築するプロセスへの資金、ビジネスネットワークなどを提供する取り組みです。運命に立ち向かう女性たちのストーリーを動画や特設サイトで展開し、動画再生回数に応じて支援金を拠出する仕組みなども相まって話題を呼びました。ここで取り上げられた女性起業家のストーリーは、メタバース的なアプローチで作られた「SK-II CITY」内で現在も閲覧可能です。
SK-II CITY
また2021年の施策では「既存のルール」や「プレッシャー」、「ルックス」などと戦う女性アスリートを主人公とした動画シリーズを公開。プレミア試写会としてライブ配信を行い、ダイバーシティを象徴するゲストを迎えたトークセッションなどを通じ、商品ではなくメッセージを全面に押し出したプロモーションを展開しました。
これらの施策は商品自体の機能性や魅力には触れていませんが、SK-IIが目指す社会、世界観をあらゆる形で伝えています。「社会や環境に配慮している」ことを訴求しているのではなく、企業としてどの社会問題にスポットを充て、どう対処していきたいかを示しているのです。その姿勢に共感を覚えてファンとなり、商品を選ぶ顧客も少なくないことでしょう。
次に、toBのビジネスについて考えます。toBの場合、顧客となる企業もまた同様に、SDGs達成という共通課題を持ちます。SDGs達成への取り組みの有無が取引に直接的な影響を及ぼすことはないかもしれませんが、互いに持続性のある企業かどうかは重要なポイントです。したがって、SXに向き合えている企業であることを示すことは、toBのビジネスでは信頼性に直結します。
また、SDGs達成という共通課題を持つ法人同士であるならば、取引相手という関係性を越え、社会課題を解決するためのパートナーシップを組むという方法もあります。そのわかりやすい事例を挙げてみましょう。
廃棄物の圧縮減容機の開発や、融雪装置の法人向け普及を進めるエルコム社は、海洋プラスチック減少につながる「クリーンオーシャンプロジェクト」を推進しています。自治体や漁業関係者が処理に困っている漂着プラスチックをボイラ燃料にするソリューションを開発・提供し、エネルギーの地産地消という循環型モデルの形成に貢献しています。
同社の取り組みの優れたところは、利用する事業者や団体の視点に立ってプロジェクトを推進していることです。自治体や有識者、漁業関係者などと連携して本プロジェクトを進め、派生的な事業創出を促進、また製品であるボイラは小型化し、利用者の負担を軽減することに努めています。
エルコムは機械製品を単に開発・提供するだけでなく、その先にあるゴミ問題や防災対策、資源活用にまで目を向け、企業や団体との連携を通じてそのモデルを地域に浸透させていく取り組みを事業化しています。法人向けのソリューション開発と提供を通じて、点ではなく面で地域に貢献していく流れはSXを体現した好例です。
同社のコーポレートサイトには、SDGsを全面に押し出した特設メニューがあり、「エルコムSDGs宣言」と題した企業メッセージが掲載されています。実績に裏打ちされたメッセージングは、企業の信頼性を高めるという点でマーケティング面でも極めて効果的です。
株式会社エルコム「SDGsの取り組み」
ここまではtoC、toBそれぞれのSDGs達成やSXに関連する効果的な方針について解説しました。その上で、企業がサステナビリティを基軸に顧客のファン化を目指す際のポイントを整理します。
まず、顧客と社会課題の解決は、それぞれレイヤーが違うだけで重なる話であるという前提を理解しましょう。企業活動を通じてそれらにどう対応していくのか、その姿勢を明確にすることが、SXの第一歩になります。
一例として、土木建築・物流関連の製品及びソリューションを提供するコマツグループのCSRについて紹介します。コマツグループはCSR活動の内容を社会課題やSDGsと照らし合わせ、重点的に扱う項目、SDGs達成に向けて自社が特に注力する領域を数値化して明示しています。このように、まずは自社の事業領域を客観的に見直し、何に重点を置くかから考えてみると良いでしょう。
コマツグループ「マテリアリティ(重点活動分野の策定)」
次に、コンセプト・ドリブンであることが大切です。SK-IIの「#CHANGEDESTINY」やエルコムが掲げる「エルコムSDGs宣言」のように、企業姿勢をわかりやすく伝えるコンセプトを示すこと、そしてそのコンセプトを軸に施策を打つことが、顧客と強い関係性を結ぶきっかけを作ります。コンセプトに共鳴する顧客を巻き込み、さらに大きなアクティビティへとつなげていくことができれば、それが数字につながるはずです。
そして最後に、サステナビリティについて固定概念を持たないことです。SDGsの概念やロゴが普及し、あらゆる文脈で安易にSDGsが引用されるようになりましたが、本来は自社の周辺課題に目を向けなければ社会課題を本当の意味で理解し、対策することはできません。
SK-IIが女性のエンパワーメントを志し、危機に面した女性起業家の支援という手法をマーケティングに活かしたこと、そしてエルコムが拠点である北海道の海洋廃棄物処理の課題からエネルギー創出事業を展開したことなどからわかるように、サステナブルな施策の最適解は、企業によって異なります。
SDGsに掲げられた目標にこだわらず、顧客の課題を起点にして何を伝えたいか、何をすべきか考えてみましょう。そうすれば自社にとっても顧客にとっても、そして社会にとってもより良い、いわばWin-Win-Winなマーケティングが実現できます。
最後に、企業のマーケティング事例ではありませんが、YouTuber・HIKAKIN氏の取り組みを挙げます。
日本のYouTuber業界をリードするプレイヤーであると同時に、同業界のリードカンパニーであるUUUM株式会社最高顧問の顔を持つHIKAKIN氏ですが、近年はその影響力を活かして社会課題に取り組む一面も注目されています。
氏は震災やコロナ禍での医療負担を受け、チャリティー活動や募金キャンペーンなどを実施。また、FIFAワールドカップでは清掃活動を通じたマナー啓発なども行っていました。都知事とのリモート対談を通じて視聴者へ外出自粛を呼びかけたこともあります。
いわゆる"ソーシャルグッド"なブランディングではなく、一個人の「影響力をいい風に使いたい」という思いが生んだ取り組みはいずれも絶大な支持を獲得し、コロナ医療支援募金では全国21万人のファンから約3億7000万円の寄付を集めました。
ここまでさまざまな施策方針やポイントなどを連ねてきましたが、そのコアにあるべきは、こうした「善の心」なのだと思います。自社が培った技術力やノウハウ、これまでの商売を通じて得た顧客からの信頼などをフル活用し、社会に対して何ができるのか。そんな純然たる想いから発せられるマーケティング施策は、きっと顧客の心に響き、共感を得る足がかりとなるはずです。