2024年04月11日
「社会課題への取り組みは、小さくとも無駄ではないはず」と語るのは、電通のコピーライター・村田晋平さん。クリエイティブメンバーで社会課題を学び実行する「やさクリ-やさしい世界をアイデアで-」の活動を通して見えてきたこととは? ひとりでも多くの人が、社会課題へのアクションを動き出すきっかけになる視点について聞きました。
株式会社電通 コピーライター 村田晋平さん
──まずは村田さんの自己紹介からお願いします。
村田 僕はコピーライター/クリエーティブ・ディレクターとして、企業の広告制作や広報コミュニケーションのお手伝いをしてきました。近年では、広告クリエーターが広告以外のことにもチャレンジする動きも活発になり、僕自身は映画やアニメ、絵本や写真集といったいわゆるエンターテインメントコンテンツに関する企画、制作、プロデュースが業務上のミッションになっています。
社会課題についての取り組みは、会社から言われてやっているわけではなく、自分のライフワークとしてやっている感じです。
──村田さんは社会課題を解決する社内チーム「やさクリ」にも参加されています。このチームの立ち上げ経緯と、活動内容についても教えてください。
村田 まず僕が社会課題に興味を持ったきっかけは、熊本地震でした。地元熊本が被災した時に、自分にできることを探しました。ボランティアなどにも行きましたが、広告広報に関わる人間として、もっとできることがあるんじゃないか、と。
花農家の友人から「母の日を目前に、地震による断水で出荷直前の花が枯れてしまった」と聞き、枯れた花をドライフラワーにして売ることを思いつきました。地元メディアの知人にも呼びかけ、花以外にも文化施設の木材や石材、さまざまな壊れたものをアクセサリーなどのプロダクトに変えて販売し、募金を募る「熊本リメイドプロジェクト」という企画書を書き、メディアや行政に向けて相談に動き出しました。
ですが、ある程度進みはしたものの、結果的には実現することができませんでした。
この時の「家族や友人がものすごく困っていたのに結局自分はプロとして何もできなかった」という体験がずっと後悔として残り、それ以来、社会に対して自分ができることを考える意識が生まれたように思います。その後、新型コロナウイルス感染拡大の際にクリエーティブディレクターとして自分なりにいくつかのアクションを企画し実現していくことができたことで、社会課題により向き合うようになりました。
第一次緊急事態宣言中に取り組んだ「いのち守るマナー新聞」。全国5000万世帯に配布された。
取り組み始めると、ある社会課題は別の社会課題につながっている、ということを実感し、よりいろんなことを勉強しなければならない、と思うに至りました。見渡すと、社内に同じように自主的に社会課題に取り組むアートディレクターやコピーライターの同僚がいましたので、誘ってユニット化したのが「やさクリ」です。
スローガンは「やさしい世界を、アイデアで。」。現在は7名のメンバーとともに、定期的な情報共有や勉強会、ディスカッション、アイデア出しなどを行っています。メンバーそれぞれに詳しい領域があるので、お互いに刺激やヒントをもらっています。最終的に「やさクリ」としてアイデアを形にする場合もあれば、メンバー個々が形にする場合もあるなど、状況に応じてフレキシブルに活動しています。
クリエイティブユニット「やさクリ」のロゴ。詳細はこちら
──SDGsへの取り組みは「自分ゴト」化が難しいと言われますが、企業のSDGs推進にについて、課題や取り組みを、多くの人に自分ゴト化してもらうためにはどうしたらよいと思われますか?
村田 「自分ゴト化」というものがいまいち自分にはわからないのですが、僕自身、南極の氷が溶けていることを自分のことのように考えられているとは思えません。「脱炭素」という言葉もピンときません。それが普通なんじゃないかと思います。でも、熱中症で親や子どもが倒れてしまうことはわかります。そのためになら自分ができることをしようという気になる。「身の回りのこと」として情報を渡していく、ということですかねぇ。
僕が意識しているのは、「自分は大したことはできないが、目の前にある小さなことなら取り組めるかもしれない」ということと、「それを誰かに伝えることならできるかもしれない」ということです。
広告や広報という仕事は、誰かに何かを伝えることができます。自分の生活、仕事の延長で、学び、考え、取り組んだことを発信することで、ひとりでも誰かに影響を与えることができるなら、無駄ではない、価値があることだと思っています。
「SDGs」「脱炭素」みたいな客観的で経済的なワーディング、捉え方ではなく、もっとフィジカルに捉えて、何かしらやって発信している、ということかもしれません。
──まずはできることをやる。次に、「続けていくこと」も同じくらい重要です。過去の震災もそうですが、時間の経過とともに、人々の記憶から次第に薄れてしまいがちです。それに、被災地から離れた場所に住む人にとっては、どうしても「自分ゴト」として、捉えづらい部分があるように思います。それでも「困っている人がいる」という事実に変わりはありませんよね?
村田 熱意があるならば、続けていくことはもちろん大事だと思います。「風化する」という課題に対して思うのは、広告広報に関わる人間が、そこにあるものを「簡単にまとめない」ということだと思っています。ざっくり見ると、解決に向かっているように思えてしまうことを、いかに毎回異なる切り口で企画を出し、鮮度ある情報を発信し続けられるか、既視感にいかに打ち勝てるか、考えていきたいです。
困っている人がいる、ということは確かにそうだと思いますので、何かしら工夫をして発信して、それがひとりでも多くの人に伝わるといいですよね。伝わった人が何かしらのアクションをして、そのアクションをした人によってまた別の人がアクションをして、という風に影響を与え合っていくことができれば、風化を防いで向き合う人が、ひとりから5人になり、10人になりと、つながっていけるかもしれません。難しいことですが。
──SDGsへの取り組みを進めるうえで、小規模な取り組みだとホームページで紹介しない、といった企業もいるように思いますが、大切なのは大小ではなく、取り組んでいる、という事実なのですね。
村田 小さな取り組みだとしても、発信することにはとても意味があると思います。その情報を目にした誰かをモチベートすることができるかもしれないですし、その人が次のアクションを生み出していくかもしれない。一緒にやりたいと声をかけてくれる人がいるかもしれない。発信は次のステップにつながる重要なアクションだと思います。
自主的に開発した視覚障がい者がウィンドウショッピングを楽しめるアプリプロトタイプ「Listening Window」。発信を続けることで協力者が増えている。
──社内の理解を得たり、協力者を増やすためには、どのような発信をしたらよいと思いますか?講談社SDGsが以前行ったアンケートでは、SDGs担当者が取り組みを伝えたい相手としていちばん多かったのが「自社の社員」でした。
村田 僕だったら、「どう発信するか」というよりも、「いかに関係人口を増やすか」と考えるかもしれません。
自分がやりたいプロジェクトがあったとして、その社内理解をもっと得たいとすると、「これをあなたに頼みたい」「これをやるから参加しない?」と5人でも10人でも、自分が声をかけられるところに直接声をかけ、コミットしてくれる人を少しずつ増やそうとするでしょうね。地道ですが、効果があるのではないかと思います。
クラウドファウンディングを達成するコツも、身の回りの人に一生懸命声をかけるのが大事って言いますから、それに近いような気がします。
「理解者や協力者を増やすには、自ら声をかけ関係人口を増やすことが大事」と語る、村田さん
弊社でもイントラネットにSDGsに関するいろいろな情報が日々アップされていますが、みんな忙しくてなかなかアクセスされません。イントラネットに情報をアップしたことで満足せずに、たとえ少ない人数でも、確実にひとりひとりに伝えていくと、地道でも効果はあるのかなと思います。
僕は先日、自分がやりたいプランに社員に参加してもらうために、「社内キャラバン」を行ったところ、とても反応が良かったですね。メールで送ってもちゃんと見てもらえないので、「5分だけでいいので話を聞いてください」といろんな部の部会に出て、700人くらいと直接話すことができました。結果的に、メール送信だけでは得られないかなりの反応がありました。
昔、コピーライターの先輩から「言語における創造性は読み手に対する懇願の強度の関数」だと教わったことがあります。かなり難解ですが、熱意は大事ということは感じます。SDGsへの取り組みにおいても、まずは社内に熱意を共有していくことに、価値があるんじゃないだろうかと思います。
──活動や熱意を継続させていくための工夫やヒントも教えてください。
村田 「やさクリ」を作ったのは、熱意を継続させるためでもあります。所属部署に縛られず、近い志の人間が集まって頻繁に会話することはとても大事だと思います。
「やさクリ」の活動は、基本的に2週間に1度、12時からの1時間、リモートで昼食を食べながら話し合うことです。友達と食事しながら悩みを相談したり、いま抱えている課題を話したりしています。たまにゲストが来てくれて、関係する人が増えていき、具体的なアクションに発展していくというやり方です。
また、縛りやノルマも設けていません。義務感ではなく、あくまでも個人の意思の延長で、そこから自分たちのできることを考え、仕事にも発展させていく。なんだかんだとみんなちゃんと集まって、モチベーションにもなっているのではと思います。
あと、たとえば弊社には自分がやった仕事や活動をチャットツールでみんなに共有する場があります。投稿を見た上司や先輩後輩から褒めてもらったり、発信に共感する人とつながる機会が生まれています。それが結構みんなの仕事のモチベーションの維持になっているように思いますね。リモートワークが増えている今、自分がやっていることを気軽に社員に伝えられる仕組みは、モチベーション維持に有効だと思います。
──自主性を重んじる「やさクリ」の活動から仕事に発展した事例を教えてください。
村田 若者の社会課題解決ワークショッププログラム「社会を変えるアイデアフェス〜#1骨髄ドナーを増やすには」を紹介させてください。
これは日本骨髄バンク様と一緒に、骨髄ドナー不足を解決するためのアクションとして考えた、若者を対象としたアイデアコンペ&ワークショッププログラムです。
参加者たちは、アイデアを出すために骨髄ドナーに関する多くのインプットを受け、頭を使って考えます。それによって参加者自身に強い意識変革が生まれることが第一目的。さらにそこから受賞した若者のアイデアは社会実装され、さらに多くの若者たちに伝わっていくことが第二目的になっている、というものです。
このイベントには「やさクリ」メンバーの多くがワークショップのメンターとして来てくれて、ほぼスタッフの手弁当で行いましたが、Yahoo!ニュースや地方のテレビ番組でも取り上げられ話題となりました。企業からの問い合わせもいただき、その後も受賞アイデアは骨髄バンクの継続的な活動として続いています。
受賞アイデアを「やさクリ」メンバーがグラフィックにし、骨髄バンクのSNSアカウントから発信。
高校生が考え受賞したアイデア「ピースドナーシート」は今も様々なスポーツ競技の会場で実施されている。
──SDGsへの取り組みを続けていくためには、発信も重要ですよね。
村田 発信は大事ですし、加えてメディアに取り上げていただくこともとても大事だと思います。
発信をすることで、または、メディアに掲出することで成果として残る、次につながる、ということがあります。発信しなかったら無かったことのようになってしまう恐れもあります。小さなことでも発信すれば、何かしら次につながるかもしれません。出版社など発信を手伝ってくれるパートナーと組むというのも、非常に有効な手立てだと思います。アクションがあるならば、ぜひ発信していただき、そこからまた新しいつながりが生まれていったらいいなと思います。発信は、手を取り合っていく大事なアクションだと日々感じています。この記事を読んでくださった方で、もし僕にできることがありそうなことがあれば気軽にお声がけいただけると嬉しいですね。
村田 晋平
株式会社 電通 コンテンツビジネス・デザインセンター コピーライター/クリエーティブ・ディレクター
地元熊本が被災したのを機に、コピーライターとしての社会課題解決に興味を持ち、こつこつと活動している。NY ADC Merit賞、SEBRA AWARD WINNER、日本PRアワード準グランプリ、Google Ads Leaderboard Top8、日本イベント大賞アート部門賞、フジサンケイグループ広告大賞メディアミックス部門優秀賞、HAHAHA Osaka Creative Award Ha賞、BOVA(ボバ)ファイナリスト、ACC、TCC、TDCなど受賞。現在は、広告クリエイティブの領域を拡張し、コンテンツビジネスに力を入れている。
撮影/村田克己 取材・文/相澤洋美 編集・コーディネート/赤坂匡介・丸田健介(講談社SDGs)
C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。