2024年06月06日
先日、講談社で開催されたイベント「ジェンダーバイアスへの各企業の取り組み最前線」。本勉強会では、ジェンダー問題をテーマに、ゲスト講師を招いたセッション、同テーマと親和性の高い講談社メディア「FRaU」「COURRiER Japon(クーリエ・ジャポン)」の取り組みを紹介。本稿では、広告表現におけるジェンダーバイアスを測定するグローバルスタンダードな調査手法「GEM®」の概要とともに、トークセッション「ジェンダーバイアス表現の測定基準であるGEM®スコアとその活用について」をレポートします。
近年、人材の獲得競争力の向上など、経営戦略のひとつとして大きな注目を集めているDEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)は、広く社会に浸透しつつあり、広告表現においても留意することが求められる時代となっています。
本セッションでは、ジェンダーバイアスの世界的な測定基準「GEM®スコア」の活用法、導入事例を紹介。株式会社オリコムの栗原雅代氏が進行役を務め、ゲスト講師として「GEM®スコア」を広告表現の検証に活用している、エン・ジャパン株式会社 執行役員 マーケティング部長の田中奏真氏を迎えて展開されました。
「GEM®」は、Gender Equality Measureの略で、広告やコンテンツにおいて、ジェンダーの描写に対する生活者の反応を測定する手法です。2016年、全米広告主協会(ANA)内にある女性のメディアにおける描き方を研究する団体「SeeHer(シーハー)」が開発。すでに世界14ヵ国で導入されており、30万件以上の広告を評価するなど、グローバルスタンダードな手法となっています。
広告業界では近年、ジェンダーへの偏った表現によって炎上騒動を引き起こすケースも多く、デジタル・クライシス総合研究所の調査によれば、「非常識な行動」や「問題発言」などとともに、「女性軽蔑」というワードが上位に入っています。
そのなかで、2023年、全米広告主協会(ANA)とComexposium Japan(コムエクスポジアム・ジャパン)株式会社が業務連携、株式会社オリコムが調査・運営担当として加わり、日本でも「GEM®」が始動しました。
「GEM®」は、独自の測定手法を用いて、ジェンダーバイアスの度合いをスコア化。基準値を100とし、その高低から判断します。
なお、日本の「GEM®」は、世界各国で行われている定量調査(GEM®スコア)に、日本独自の定性調査(インタビュー)を合わせてインサイトを深掘りしているのが特徴です。これにより、「GEM®スコア」とその裏にある生活者のインサイトを紐づけることで、表現の改善点の発見などにつなげることが可能です。
すでに「GEM®」を導入している国では、GEM®スコアの高い広告が「ブランドに対する評価の向上」および「ブランドや商品に対する購買意欲の喚起」にもつながることが分かっており、その影響力の大きさがうかがえます。
「GEM®スコア」の高い広告が与える影響
本セッションでは、「GEM®スコア」の活用法について、オリコムの栗原氏が進行役となり、ゲスト講師である、エン・ジャパン 田中氏にお話を聞きました。
栗原 まず、御社で「GEM®」を導入された理由を教えてください。
田中 私の所属している部には現在、70名ほど在籍しており、男女比はおよそ男性40%、女性60%。社員の年代は、入社3年目未満が60%ほどです。2009年に私が営業からマーケティング部署に異動後、採用を行っていくなかで意識していたのが「多様性」でした。
今日のような勉強会に参加したり、本を読んだりすることで、自分の中では、比較的ダイバーシティや多様性の観点を持っているほうだと思っていました。しかし5年前、自分の子どもが生まれてベビーカーで駅を移動しようとしたとき、「こんなに大変なのか」と知りました。そのとき、多様性が大事であるとか、そういう視点を意識しようと思っても、行動を変化させない限り、本質的なところに出会えないと気づきました。
私は転職サイトのマーケティングをしていますが、転職の経験がありません。そのため当初は、広告表現のジェンダーバイアスにおけるスコアの数値自体を知りたいというよりも、CMを見た人が何を考えてどのような見解を持ったのかという情報が欲しいという思いから、「GEM®」を導入しました。仕事探しほど「多様」なものはないですから。
エン・ジャパンは「GEM®」を国内でもいち早く導入。これまで「エン転職」「AMBI」「エンゲージ」で「GEM®スコア」を活用。
栗原 欧米と比べ日本は、まだまだジェンダーギャップの観点を取り入れる活動は非常に少ないのが現状です。この状況について、田中さんはどのように思われますか?
田中 日本でも習慣ができればもっと増えていくだろうと思います。どうしても目先の売り上げや、PDCAを回しやすいところへの投資が優先されがちですが、今後利益を上げていくための選択肢としてダイバーシティへの投資も増えていくのではないでしょうか。生成AIもここ2年くらいで急激に注目されるようになりましたし、ダイバーシティにおいても同様の流れが広がっていくのではないでしょうか。
栗原 ダイバーシティ(ジェンダーギャップ)の観点を取り入れるのであれば、短期的ではなく、中長期的な視点が大事になってきますよね。
田中 そうですね。明日あさって、急に変化は目に見えなくても、1年後に振り返ったとき、「すごく変わったよね」と実感する機会は増えるのではないでしょうか。
栗原 では、実際の事例紹介に入りたいと思います。本日紹介するのは、「AMBI(アンビ)」の広告表現の結果です。まず「AMBI」についてご紹介いただけますか。
田中 「AMBI」は、若手ハイキャリア向けのスカウト転職サービスです。裁量を持って働きたい、社会に貢献できるような仕事をしたいという人へ向けて、求人情報を提供しているサイトです。
栗原 「AMBI」の広告表現は、どういった狙いで作られたのでしょうか。
「GEM®スコア」を活用した「AMBI」の広告(テレビCM)
田中 「社会は、仕事で変えられる」をメインメッセージとして、高いポテンシャルと挑戦心を持つ若手ハイキャリアの背中を押すCMにしました。
栗原 この広告表現は、「GEM®スコア」110という結果でした。先ほど「GEM®スコア」の基準は100とお伝えしましたが、基準を10上回っています。また、性別・年代別でも差が非常に少ないというのが大きな特徴でした。
「GEM®スコア」は、4つの指標別に性別、年代ごとに見ることができる。
栗原 次に4つの指標別で見ると、
「Presented(印象)」が108/「Respectful(尊重)」が127
「Appropriate(適切な)」103/「Role Model(ありたい姿)」が113
という結果(全体の数値)でした。この結果をどのように捉えられましたか?
田中 まず、マトリックスでスコアを見ることができたのはよかったですね。また、スコアの内訳を年代や性別ごとに、4つの指標で見られるというのは、おもしろいなと思いました。
栗原 御社のメインのターゲットは若年層とお伺いしていましたので、上の年代でここまでスコアが高いことに驚きました。なぜ幅広い層でスコアが高かったのか、定性的な検証を行いましたのでご紹介します。
栗原 「AMBI」のケースでは20代から50代の男女8名にインタビューを実施しました。そこから分かった共通のインサイトが、「社会の中では、自分ならではの役割を見つけたい。だけど自分は小さい存在だから、現実は、そうはいかない」です。
この共通インサイトがあったからこそ、CM表現を見たときに、「前向きな気持ち」や「勇気がもらえた」と感じてもらうことがき、その結果、幅広い層への共感につながったのではないかと考察しています。
性別、年代、転職経験によって異なる多様な共感が存在していることも、興味深い点です。たとえば20代の女性からは、「私たちのこと、わかっているね」という共感がありました。転職経験者からは、「転職を乗り越えている今をがんばる自分にいいね」という共感がありました。さらに、40代、50代の女性からは、「息子がこうなったらうれしい」「この青年を応援したい」というような共感がありました。
インタビューによる深堀りによって、性別や年代、転職経験によって、異なる多様な「共感」があることが見えた
栗原 先ほど紹介した「GEM®スコア」では、4つの指標のうち特に「Respectful(尊重)」と、「Role Model(ありたい姿)」が高スコアになりました。
客観的に自分たちの世代事として"共感"があったことで「尊重」のスコアが高くなり、主観的に自己経験と重ねての"共感"があったことで、「ありたい姿」のスコアが高くなったと、考察しています。
このように、定性インタビューによって「GEM®スコア」が高くなった要因が浮かび上がってきました。このインタビューから、何か気づきや発見はありましたでしょうか?
田中 ひとつのテレビCMを見たときの、解釈の仕方がこれだけ違うんですよね。作り手側のこう伝わったらいいなではなく、見ている側にどう伝わったかという視点で考えたときに、先ほどの3つのコメントが出てくることは想像できていませんでした。他にもたくさんのコメントをいただきましたが、どう伝わっているのかという、共通認識を得られたことがよかったです。
栗原 ジェンダーバイアスの視点で優れている広告表現とは、表層上の男女平等というのは当たり前で、その先の人間の内面のありたい姿、アンコンシャス(無意識的)な部分も含めて共感を作っていける、そういった広告なのではと捉えています。
では最後に、質問形式でいくつかお伺いできればと思います。
栗原 よく、「GEM®スコアは広告やブランドの"コアターゲット"だけ見ればいいですよね?」という質問を受けます。一方、御社では幅広い層のスコアを見ていらっしゃいます。その理由はどのようなものでしょうか?
田中 もちろんコアターゲットを優先的に見ることは大切です。ただターゲットじゃない人もいずれターゲットになり得ますよね。先ほどの「AMBI」でいうと、入社1年目の人はコアターゲットではありませんが、3年後にはターゲットになり得ます。
もうひとつは口コミという観点です。たとえば、ご家族がテレビCMを見て、「この転職サイトいいんじゃない」と、ターゲットに伝えてくれることもあります。また、コアターゲットではない人たちのインサイトを把握することも、多様性の観点から重要だと考えています。
栗原 御社では、「GEM®」以外にも、さまざま調査を導入されていると思いますが、使い分けはされていますか?
田中 「GEM®」ならではのユニークな点は、CMを見た人のコメントがとれるところです。たとえば、去年より認知度が上がったという結果があったとしても、その認知がポジティブなものなのか、ネガティブなものなのかはわからないですよね。自分たちが必要としている属性の認知の中身を知るためにも、「GEM®」と既存調査を併用して見ていくことが大事だと思っています。
栗原 ありがとうございます。では最後の質問です。企業としてジェンダーバイアスを推進するにあたり、コミュニケーションの取り方などで、工夫されていることはありますか?
田中 とにかくフィードバックをもらうことですね。CMやデジタル広告を制作したときに、制作に関わっていない人たちがどう感じたかを聞けるように、Slackのチャンネルを設けています。
今日からできるひとつのTipsとして提案があります。家に帰ってテレビCMを見たとき、「このCMは何を言いたかったのだろう」と考えてみる。また、なぜ、そういうふうに作られたのかを考えていくことも大切です。
栗原 ありがとうございます。とても参考になるお話でした。
田中 ちなみに、「GEM®スコア」を活用する企業というのは、増えているのですか?
栗原 そうですね。ここ1、2年ぐらいで着実に増えてきています。
田中 私としては「GEM®スコア」を活用された企業の方と、今後どんな工夫をしていくのか話し合えることを非常に楽しみにしています。ぜひ今日の話をきっかけに導入された方がいらっしゃれば、後日ディスカッションができればと思います。
栗原 そのような機会を作れるように、私たちもがんばります。本日は、ありがとうございました。
●開催概要
ジェンダーバイアスへの各企業の取り組み最前線
「ジェンダーバイアス表現の測定基準GEM®スコアとその活用について」
<登壇者>
進行役:栗原雅代/株式会社オリコム デジタルコミュニケーションプランニング局 ストラテジックプランニング部 部長
ゲスト講師:田中奏真/エン・ジャパン株式会社 執行役員 マーケティング部長
<会場>
講談社
筆者プロフィール
講談社SDGs編集部
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