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「タンパク質危機」は社会課題。KDDIは通信のチカラで、いかにして日本の漁業を守るのか?|魚ビジネスのプロ・ながさき一生が聞く、スマート漁業の現在地

2024年08月28日

水産大国・日本。しかし漁業は漁師の高齢化、次世代の担い手不足など、いくつもの課題を抱えています。加えて、勘や経験に頼る部分が多いことも、大きな課題となっていました。それらを、IoTを活用して技術の平準化、効率化によって解決を目指すのが「スマート漁業」です。
その現在地について、『魚ビジネス』の著者であり、おさかなコーディネータの、ながさき一生(いっき)さんが、KDDIのIoT漁業担当者おふたりに聞きました。

(左から)ながさき一生さん、
KDDI株式会社 ビジネス事業本部 ビジネスデザイン本部 地域共創室 室長 齋藤 匠さん、同 エキスパート 加藤英夫さん

世界で拡大、日本で縮小。水産市場の現在地

ながさき一生(以下、ながさき) 現在、日本の魚食消費量や水産業は右肩下がりになっています。一方で、グローバルでは健康志向の高まりとコールドチェーンの発達によって、人口増加の2倍のスピードで水産物の消費が伸びているという現状がありますよね。

齋藤 匠(以下、齋藤) そうですね。昨今、人口増や環境変動により、地球規模でタンパク質の需要と供給のバランスが崩れる「タンパク質危機」が叫ばれています。タンパク質の供給と日本の食料自給率向上のためにも、漁獲量を増やすことは喫緊の課題と言えますよね。

一方で、日本では「高齢化」「過疎化」によって漁業の担い手が減っていますので、まずは漁業を魅力ある産業、儲かる産業にしていくことで、日本の漁業を活性化させていくことが必要だと考えています。

きっかけは、東日本大震災の復興支援

ながさき そのなかで、KDDIさんがスマート漁業に参入した、きっかけは何だったのでしょうか?

齋藤 きっかけは、東日本大震災の復興支援でした。震災時、弊社では復興支援として、仙台を拠点に被災した自治体に社員が出向しました。そのなかで、現地のお困りゴトとして、「宮城県東松島市が津波で漁港がやられて困っている」と聞き、IoTを活用した、定置網の漁獲量予測に取り組んだのが始まりです。

さまざまなセンサーで取得したデータから漁獲量が予測できたら、「(揚げてみたけど)空振りだった」という確率を下げれると考えトライしました。。

以来、さまざまなご相談をいただくようになり、課題に合わせて、IoTを活用したスマート漁業の支援を行っています。

「漁業に関わる方のお困りゴトを解決したいという想いがスマート漁業に関わるきっかけ」と語る齋藤さん

スマート漁業支援は、通信会社としての「責務」

ながさき 通信会社であるKDDIがスマート漁業に参画した背景に、ビジネスチャンスや将来性を感じたという側面はありますか?

齋藤 ビジネス的な視点を無視しているわけではありませんが、むしろ社会を支える通信会社としての「責務」という側面のほうが大きいですね。

KDDIは企業理念のなかで「豊かなコミュニケーション社会の発展に貢献します」と宣言し、それに紐づいた多岐にわたる事業活動を展開しています。

これまでも、魚群探知機をはじめ、電子機器は活用されていましたが、データ蓄積と通信分野においては十分に活用されていませんでした。しかし日本の水産業の現状を鑑みれば、IoTを活用し、漁業の技術の平準化、効率化を実現することは、日本の未来、持続可能な水産業の未来につながるものだと考えています。

スマート化のハードルが高い「海」

ながさき 農業でも、昨今は通信のチカラを活用して、現場に行かなくても様子がわかる、異常があればアラートが鳴るなど、効率化が進められています。一方でスマート漁業は、"海"の存在によって、スマート化のハードルが高くなっていますよね。

加藤 おっしゃる通りです。機械は塩水で壊れやすいため、センサーの設計を海仕様にすること自体が難しいという課題があります。また、海には電源もWi-Fiもありません。そのため、漁業のスマート化が遅れていたという部分はあったと思います。

しかし最近の技術の進化でIoT機器の精度が向上し、ようやくデータを取りやすい環境が整ってきたと感じています。まだ「価値(利益)を生む」段階までは到達できていないところもありますが、今後、漁業においても利便性の向上を目的に、IoTを活用したスマート化が進んでいくと思っています。

スマート化によって、勘や経験を見える化

ながさき あらためて、読者の方に向けて、おふたりの口から、漁業にどのようにIoTのチカラが活用されているか、簡単にご説明をお願いしてもいいでしょうか?

持続可能な水産業について語り合う3人

齋藤 はい。現場に行ってお話を聞いていると、いまだに勘と経験でやられている方が非常に多いという印象があります。さらに漁業従事者は高齢化が進んでおり、技術や経験を確実に次世代へ残すためには、データ活用など、IoTのチカラが必要だと考えています。

つまり、IoTを導入することで、データに基づいて、どんなアクションを起こすべきかの判断材料が得られるわけです。

たとえば養殖だったら「水温に応じて、エサをあげるのを止める」など、データを活用した判断が可能です。勘や経験のない若手や新人も、ベテランと同じような判断ができるようになれば、人手不足にも対応できると思っています。

IoT活用を、効率化そして利益向上につなげたい

ながさき IoTと漁業の掛け合わせによって、賃金向上、品質向上といった課題解決にもつなげたいとお考えですよね。

齋藤 そうなのですが、それは決して簡単なことではありません。
IoTでもっとも期待できるのは効率化です。ですが、効率化がそのまま、漁業者さまの売り上げや利益向上につながるわけではありません。機器の導入コストがかかるため、IoTを活用することで、利益向上につながらなければ、コスト増になるだけ。導入してもらうことはできません。

加藤 私たちはIoTを活用することで、勘と経験をいかに「見える化」していくかを目指しています。データ化・見える化したその先に、魚をより大きくおいしくする、単価の高い魚をつくるといった新たな価値が出てくると思っています。

たとえば養殖の場合、育て方をデータ化することで、付加価値の高い魚をつくることができるかもしれません。また、「地球沸騰化」と言われるように、海水温がどんどん上昇し、これまでの勘と経験が通じなくなってきている現場も増えています。データ化でこうした変化にも適切に対応し、漁獲量減少を食い止めることができればと期待しています。

「気候変動でこれまでの勘と経験が通じなくなっている今こそ、データ活用が有効」と加藤さん

事例「あまべ牡蠣スマート養殖事業」

ながさき 水産業の市場規模は拡大傾向にありますが、IoTやICTが市場の拡大に寄与しているかというと、これからの部分が大きい印象です。「魚の価値をどうやって上げていくか」は水産業の未来にも関わる問題です。実際にIoTやICTを使った事例として、御社が進めるスマート養殖事業について教えてください。

加藤 はい。では、徳島県海陽町で行っている「あまべ牡蠣スマート養殖事業」をご紹介します。

これは、海陽町で新たにカキの養殖事業のベンチャーを立ち上げた株式会社リブルとの協業による、センサーや管理アプリを活用し、養殖業務の効率化を目指す事業です。

徳島県では長年、県全体で漁獲量減少と高齢化による水産業の低迷が課題となっていました。日本でのカキ養殖は、イカダなどからカキを吊り下げて養殖する「イカダ垂下方式」が一般的です。しかし海陽町の澄んできれいな海洋環境は、プランクトンなどカキの養分になるものが少なく、牡蠣が上手く成熟しない状況にありました。

そこで海の中にバスケットを設置し、その中に牡蠣を入れて養殖生産する「シングルシード生産方式」を採用した養殖で「計画的に育てる漁業」事業に着手。身入りが良く質の高い牡蠣の生育を目指しました。

あまべ牡蠣の養殖の様子。写真の手前に移っているのがセンサーの送信機

牡蠣の生産効率向上のために生み出された管理アプリの画面イメージ。養殖場内の牡蠣の数やサイズなどが、ひと目でわかるようになっている

牡蠣の"声"をデータ化

ながさき 具体的にどのように進めていったのですか?

加藤 まず、「牡蠣と会話ができる」という牡蠣養殖のプロの方にアドバイスをいただくところからはじめました。

その"会話(牡蠣の声)"をデータ化するために、水温、水の濁り、塩分濃度など、細かい環境データを取得しました。その結果、バスケット内の揺れ具合や温度などが牡蠣に与える影響が、おぼろげながらわかるようになってきました。

この経験を活かし、「誰でも牡蠣養殖ができる」を目指して、昨年からは徳島県以外の香川県、愛媛県でもデータに基づく牡蠣養殖という横展開を始めています。将来的には、日本中にIoTを活用した牡蠣養殖を広げていけたらいいなと考えています。

ながさき 牡蠣養殖はそれこそ「勘と経験」が頼りで、バスケットの揺れに関しても目視が主流でしたよね。揺れの状況は、牡蠣の生育に大きく影響してくるので、オペレーションの最適化を図るためにも、データ化できると便利ですね。

漁師の息子として生まれ、漁業界の発展と向上に力を注いでいるながさきさん

齋藤 そうですね。また、漁業はエリアによって環境があまりにも違うので、これまで横展開する、という概念自体がありませんでした。そこも新たなチャレンジだと考えています。

スマート漁業は「未来への先行投資」

ながさき やはり最終的には、コストの問題が出てくると思うのですが、その辺りは現在、どのようにクリアしているのでしょうか?

加藤 現在は、テストケースという形で導入いただいています。ほかにも、新しい産業を作りたい自治体さまに「補助金」という形でご協力いただいているケースもあります。

ながさき 計測の機械は高額なモノが多いので、どのデータを取るかが絞れてくると、コストダウンが図れそうですよね。

加藤 はい。クロロフィルセンサー(植物プラクトンの光合成を把握する機械)などは、1台100万円以上するものもあります。電子機器をどう活用し、どんなデータを取るべきか、ということが、3年間計測してようやく少しずつ見えてきました。

ただ、海を変えたら、また環境が変わるので、地道にデータを集めながら、無駄なセンサーやコストを抑えて、最適化を図っていけたらと思っています。

目先の利益優先ではなく、社会課題の解決を優先

ながさき そういう意味では、IoT漁業は5年後10年後を見据えた「未来への先行投資」ということになりますよね。ビジネスとしてはどういうバランスで見ておられますか?

齋藤 正直、何年で黒字化させなくては、と気負いすぎると、真の意味で社会課題にアプローチできなくなってしまうので、長い目で見ています。

簡単に解決できないからこそ、社会課題になっているわけですから、すぐに結果が出なくて当然だと思っていますし、結果が出るまでにある程度の時間はかかると考えています。

ただ、弊社の業績が悪化したから支援がストップしてしまうような事態は絶対に避けたいと思っています。そのとき、地域経済がビジネスベースで循環する仕組みとして成立していれば、何の問題もありません。持続可能な漁業に貢献するというのは、ビジネス的な側面も必ず必要だと思っています。

ながさき 御社には、スマート漁業を支えるだけの技術力があります。時間が経てばテクノロジーも進化するでしょうし、また状況は変わっていきそうですよね。

齋藤 ありがとうございます。弊社は、比較的新しい技術を早く取り入れていますので、技術力には強みを感じています。たとえば直近では、携帯電話と通信衛星をつないだ通信の仕組みも構築できる予定です。そうなれば、海の上での通信環境が整い、データ取得が可能になりますし、未来に向けて着々と歩みは進められていると考えています。

デジタル化によって、日本の漁業を支えたい

ながさき 御社の取り組みによって海の状況が見えてくると、海全体の把握にもつながってくるのではないかと期待してしまいますが、いかがですか?

齋藤 今回の牡蠣養殖の話とは少し異なりますが、昨年3月に、漁村の脱炭素・収益向上に向け、ブルーカーボンの自動計測システム構築に向けた取り組みを開始しました。自治体や漁協と協力し、藻場の創出・保全体制を構築し、ブルーカーボンが吸収したCO2を「Jブルークレジット」として売り出し、地域創生につなげたいと考えています。

ブルーカーボン自動計測システム構築の概要

ながさき 企業理念に則った活動が、海の環境保全、地域創生にもつながっていく。素敵ですね。

齋藤 弊社では最近、日本のデジタル化をスピードアップさせていきたいという想いから、IoTやモバイルなどを組み合わせて業界別に最適化したネットワークを設計・構築して大規模計算基盤による企業間データの蓄積・融合・分析を行う「WAKONX(ワコンクロス)」というプラットフォームも立ち上げました。

漁業のみならず、第一次産業全てにおいて持続可能な社会を作っていくためには、デジタル化の推進は不可欠です。弊社のビジネスプラットフォームを通して、サステナブルな社会に貢献していけたらと考えています。

加藤 地方の漁業者さまと話していると、疲弊していると感じます。このまま魚が取れなくなったら、市場機能も衰退し、地方の漁業が成り立たなくなってしまいます。

通信やICTですべて解決できるとは言えませんが、何かを変えるきっかけにはなると信じて、これからも我々の技術でできることを精一杯やっていきたいです。

ながさき ICTやIoTの活用は、これからますます漁業の最適化に寄与していく段階となってくるでしょう。しかし、現場ごとのカスタマイズやデータの蓄積など、地道な取り組みもまだまだ必要です。

おふたりの話を聞いて、水産業や漁業の未来にとっても頼もしく感じました。これからも日本の漁業のためにも、ぜひ御社のお力をお貸しください。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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