2024年04月19日
2023年6月、日本のジェンダーギャップ指数が、過去最低の125位であることが発表されました。「これほどまでにDEIが叫ばれているのになぜ過去最低なのか?」「どうすれば現場で、本当の意味での改革が進むの?」「どんな工夫をしてどう発信すればいいんだろう?」、そうお悩みのDEI推進担当者や広報マーケティング担当者も多いのではないでしょうか。そこで本連載では、政府や民間団体で数々のジェンダー平等プロジェクトに携わる羽生祥子さんに、「有識者のホンネ」や「現場の超リアルな現状」についてお聞きします。
羽生さん、正直なところ、日本のジェンダー平等って、ホントに進むと思いますか......!?
お聞きしたのは... 羽生 祥子さん 著作家・メディアプロデューサー
京都大学農学部入学、総合人間学部卒業。大学卒業後に渡仏し、帰国後、無職、フリーランス、ベンチャー、契約社員など多様な働き方を経験。2005年、現日経BP入社。「日経マネー」副編集長、「日経DUAL(当時)」創刊編集長、「日経xwoman」創刊総編集長を歴任。内閣府少子化対策大綱検討会、厚生労働省イクメンプロジェクトなどのメンバーとして働く女性の声を発信する。22年羽生プロ代表取締役社長。23年内閣府・厚生労働省・東京都の各種検討会委員、大阪・関西万博Women's Pavilion WA talksプロデューサー等に就任。著書は『多様性って何ですか? D&I、ジェンダー平等入門』(日経BP)。
※DEI(Diversity, Equity & Inclusion:ディー・イー・アイ)とは...「ダイバーシティ(多様性)」、「エクイティ(公平性)」、「インクルージョン(包括性)」の頭文字をとった言葉。くわしくはこちら。
──「日本のジェンダー平等は遅れている!」と言われ続けていますが、実際のところはどうなのでしょうか? 相変わらず遅れ続けているのか、変化しているのか、羽生さんから見た「本当の現状」についてお聞かせください。
羽生 2023年に発表されたジェンダーギャップ指数で、日本は、過去最低の125位に位置付けられました。以前は「いや、ほら、アジア圏は歴史的な価値観とか文化の問題もあるかさら」なんていう声もありましたが、今や韓国が105位で、中国が107位 。「アジア的価値観」なんていう言い訳は、もう通用しない状況です。
日本は、特に、政治と経済の分野での遅れが目立つと言われています。私が注目しているのが、各国の企業役員に占める女性比率の推移を示したデータです。フランスやノルウェーといった国々は50%に迫る勢いですが、日本はやっと15%。政府が「2025年までに、各社女性役員の登用を1名以上目指すぞ!」「2030年までに30%だ!」と目標を立てて働きかけをしていますが、まだまだこれからの状況だと言わざるを得ません。
そもそも3割という目標そのものが、グローバルで見ると、別に高いわけではないんですよね。世界は5割を目指している。まずはそこを認識しておく必要があると思います。
各国の企業役員に占める女性比率の推移。日本は欧米各国と比較して、依然低い水準にある
では、「日本におけるジェンダー平等の取り組みはまったく進んでいないのか?」というと、決してそんなことはありません。上のグラフからもわかる通り、女性役員の比率は6年で10%程度上がっていますし、男性育休の推進などさまざまな取り組みも進んでいます。
日本のジェンダー平等の取り組みは着実に進んでいる、進んでいるのですが、世界に比べて圧倒的に着手や進みが遅いのです。グローバルで見ると微々たる進展で、ほぼ足踏みレベル。国内だけ見ていると「おおっ、なんか女性の役員や管理職が増えてきたな」「女性の活躍が進んできた気がする!」という感じがすると思うのですが、世界で見るとやっと入口に立てたぐらいの状況だと思います。
──なぜ「日本は圧倒的にジェンダー平等の進みが遅い」のでしょうか? 控えめな性格や、女性は家庭を守るべきという価値観、国民性が影響している......?
羽生 国民性はまったく関係ないと思います! それよりも制度の問題です。先ほどのグラフをもう一度見てください。フランス、ノルウェーといったジェンダー平等先進国は、クオータ制などの制度をいち早く導入しています。イギリス、アメリカは、女性役員の比率が一定の割合を満たしていないと上場を規制するというルールを作っている。ペナルティ付きの強めの法律や制度を積極的に実行しているのです。フランスでも、2003年時点では日本と変わらない女性役員比率でしたからね。それが制度を入れることで、グイッと上昇しています。
日本でも2023年に、やっと政府によって、私も関わらせていただいた「女性版骨太の方針」というものが定められました。罰則付きの規定があるわけではないのですが、しかし明確に、政府の強いメッセージや努力目標が掲げられています。これによって、空気が変わってくるはず。今年度以降は、これまでにない勢いで日本のジェンダー平等が進むのではないかと予測しています。
──「女性版骨太の方針」が発表されたこともあり、経営層や管理部門では、女性の活躍を推進しなければならないという意識が高まりつつあるように感じます。一方で現場は、「どうせポーズだけでしょ」「本当に進むのかなあ」と、ちょっと冷ややかに見ているような気が。現場と足並みを揃え変わっていくためには、どうすればよいのでしょうか?
羽生 おっしゃる通り、私も、経営層と現場でかなり温度差があるように感じています。でも、そこであきらめちゃダメ! できることはめちゃくちゃいっぱいあります。現場の文化や価値観を変えるような新しい取り組みを積極的にやっていきましょう!
私がぜひとも現場リーダーにやっていただきたいのが、男性育休をきっかけにしたチームビルディングです。男性は、赤ちゃんができたからといって女性みたいにおなかが大きくなるわけでもないし、つわりがあるわけでもありません。つまり、外から見て子どもができたことが全然わからないんですよね。で、例えば自分の部下が突然「来週、妻が出産するんです」と言ってきたとする。そして、急に「育休取ります!」と言われてしまうと、引継ぎなどの準備が間に合わず残されたチームは大変なことになってしまいます。ですから、少なくとも3か月ぐらい前から、育休取得予定の男性の仕事を部下に割り振っていくんです。この仕事ならAさん、あの仕事ならBさんというように、任せられそうな仕事を選んで、計画的に委譲していく。そうすると育休を取っても仕事がまわるようになりますし、なにより、非常に効果的な人材育成にもなるんです。
しかも、そのように業務を整理しながら配分していくと、「あれ? この仕事って省略できるかも」「外注のほうが効率的では?」と気付いて、業務の見直しにもなるんです。男性育休に向けたチームビルディングって、つまりは、組織を強くすることにつながるんですよね。
「男性育休はチームビルディングの良い機会」と話す羽生さん
政府が2025年に男性育休の取得率を5割にすることを目指すと言っていますが、5割を目指せと言って無理やり取らせちゃ絶対ダメですね。現場が混乱して雰囲気が悪くなるだけです。そうではなく、組織を筋肉質に、持続可能にする大チャンスだととらえて取り組むんです。そうすると、残る人たちにとってもプラスになるし、次に続く男性がより育休を取りやすくなります。
ひとつ注意してほしいのは、育休の期間を「上司が短期間、穴埋めをするとき」にしないこと。部下に育休申請をされると上司が出てきて、「1週間ぐらいならオレがなんとかするよ」「お前が休んでる間、オレが1週間頑張ればいいってことでしょ? OKOK、やっとくわ~。戻ってきたら覚悟しろよ(笑)」などと言って、チームビルディングとは程遠いことをやってしまうこともあります(笑)。そういう事例をいくつも見てきました。ですから、男性育休を「1週間くらいの緊急事態」ととらえず、3カ月などの長期間でも、しっかりチーム人材育成ができるようにしてください!
──なるほど。よくよく考えると、女性誌の編集部や保育園など女性が多い職場で行われてきたことに似ていますね。これを男性でもやる、と。しかし、男性社員から、家族計画や妻の出産の予定を聞いて育休に向けて準備するのはハラスメントになりそうな気が......。ここはどう乗り越えたらよいでしょうか?
羽生 それなら1on1を活用するのはいかがでしょう? ただし、いきなり「君のところはもうすぐ結婚3年目だよね? 子どもは考えていないの?」みたいな聞き方をするのはNGです。 あくまで1on1の軸はキャリアに据えて、じっくり部下のキャリアプランを聞き出すことが大事です。そうしたなかで、「そろそろリーダーになってほしいんだけど、どうかな?」「昇進するにあたっての懸念を教えてほしい」というように話していくと、「実は子どもを考えていて......」といったことが出てきます。日常的に対話を行って、キャリアに対する考えや環境の変化をウォッチすることが大切ですね。
──女性に向けての取り組みについてはいかがでしょう? なにか職場のジェンダー平等を進める上で有意義な施策や工夫などはありますか?
羽生 役員を選定する手前の段階で、必ず「役員候補者リスト」を作成すると思うのですが、ここに女性候補者を3人以上入れるようにするとよいと思います。女性を3人以上入れようと思ったら、より多くの女性をしっかり育てなければいけなくなります。そうすると、「この女性の実績はすごい」「素晴らしいスキルを持っている」といったことが見えてきて、急に経営層も、女性のキャリアに興味を持つようになるんですよね。出産や育児などによるキャリアの中断で、男性よりも注目されにくくなりがちな女性が、グッと存在感を増すんです。ですから、ひとりやふたりでなく3人以上を目指して候補者リストを作るところから始めるとよいと思いますよ。
女性候補者を「3人以上」入れるようにすることが重要
──候補の女性が、「役員は嫌だ」と言い出したらどうしましょう。「女性は管理職になりたがらない」という話もよく聞きますが......。
羽生 あと一歩で役員、というところまできていたら、さすがに女性でも昇進を熱望している人が多いと思います(笑)。管理職になりたがらないのは、部長候補くらいの20~30代のワーキングママが多い。それも、産育休の制度が整っていなかった時代の話で、もはや都市伝説です(笑)。いまの日本の産育休制度は世界一と言ってよいほど手厚く、整っています。かなり両立しやすくなっていますし、健全な競争心や向上心を持った女性も増えてきました。ブラック企業とか、男性中心の会社じゃなければ「管理職や役員に挑戦したい」という人も増えているように思います。
ただ、「役員のなかに女性がひとり」とか「女性初の○○」という状況にはなりたくないという人は多い。ひとりとなると、やはり意見が言いにくく居心地が悪いんですよね。よく「心理的安全性が担保されるのは3人から」と言われますが、3人ぐらいいたら声が上げやすく安心できます。ぜひ複数人の女性を同時に引き上げるようにしてみるといいと思います。
ほかに、副部長や次長や部長代理といった、リーダーに次ぐ役職を作ってしまって、リーダーの仕事の一部を任せちゃうという取り組みをしている企業も多くあります。数か月、リーダー的な仕事をやってもらい、自信をつけてもらったら、「あなたがやっていた仕事はリーダーの仕事とほぼ同じ。自信をもってリーダーになってください」と背中を押し、役職をひとつ引き上げるんです。こういう工夫をすると女性側も安心して管理職に上がれます。
──ジェンダー平等に対する意識は、男性・女性、役員・現場だけでなく、世代でも異なるように感じます。羽生さんは、世代間ギャップについてどのように分析していらっしゃいますか?
羽生 女性には4層の労働背景があると考えています。まず⓪番と位置付けているのが、「1970年代モデル 性別役割分業を基にした社会」です。いわゆる昭和的な、「男は仕事、女は家庭」の価値観の社会ですね。女性が家族ケアをすることが前提の社会でした。続く①が「1985年 男女雇用機会均等法制定(86年施行)」、②が「1997年 男女雇用機会均等法改正(99年施行)」で、③が「2015年 女性活躍推進法(16年施行)」です。
法改正の変遷に紐づく女性の労働背景(©羽生プロ)
いまの20代は、③の世代。学校などでバリバリにジェンダー平等教育を受けてきた世代です。体操着はユニスタイルですし、生徒の名前をくん付け・ちゃん付けでなく男女とも、さん付けで呼ばなければならないとする学校も増えてきた時期でした。
そういえば、先日、うっかり20代の男子をくん付けで呼んでしまったら、「羽生さん、○○くんは古いっすよ~」と突っ込まれちゃったんですよね。思わず「来たよこれ~。ジェンダー平等世代ってやつか~」と返したら、「うわ~、それもキツイっす~」って。価値観のバーションアップは必要だと痛感しました(笑)。
彼らにとってジェンダー平等は当たり前。当たり前すぎるから、「役員の女性比率3割を目指す」なんて聞くと、「なんだか気持ち悪い!」「なんで女性だけ数字が設定されてるんですか? 逆差別なのでは?」と言うわけです。でも勘違いしないでくださいね。⓪から価値観をアップデートできていない方々の言う「女性3割なんていらない、わざわざ目標数値まで設定するなんてない」とは、全然意味合いが違いますから。
「日本の社会は、もっと手前の段階にいるのだ」、そういうことを20代の若者たちにしっかり伝えて、取り組みを進めていかないといけないと思います。
──なぜジェンダー平等を推進しなければいけないのでしょう? 取り組みを進めないと、どんなことになってしまうのでしょうか?
羽生 「属性が同じ人だけで集まると異なる意見が言いにくい」「グループシンクに陥りやすい」ということは心理学的にも証明されています。仲間外れにされることを恐れて意見を言わない人を増えていくと、まっとうな議論ができなくなり、なにかおかしなことが起こっても気づかなくなり、そして組織の健全性が保てなくなります。これは、経営リスクが高い状態と言えるので、このままでは、コンプライアンスの危機につながります。
実はコンプライアンスって、女性役員の割合に正比例してるんですよ。女性役員が多い企業ほど環境対策などの情報開示に強く、コンプライアンスやガバナンスが担保されているということがデータとしてわかっているのです。
企業が生き残っていくためには、多様性が必要です。多様性を担保できない企業は、隠ぺい体質に傾いていき、株主からも認められず、人材からも逃げられてしまう。すでに、いま、優秀な若手人材がガンガンと外資企業等に取られているという事態が起こり始めています。このまま弱っていくわけにいかないと思うなら、死に物狂いで、DEIやジェンダー平等を進めるしかありません。投資家向けのポーズとか、いい企業だというアピールではなくて、会社を強くするため、永続的に発展するために、DEIが欠かせないんですよね。
冒頭でも述べたとおり、政府から女性版骨太の方針が出され、これから確実に、ジェンダー平等の機運が高まっていくはず。この波に乗り遅れることなく、取り組みを進め、そして情報の発信・シェアをし合いながら、みんなで、社会を変えていきたいですね!
【聞き手】 秋山 由香 株式会社Playce(プレイス) 代表取締役
大学卒業後、編集プロダクション、出版社を経て独立。2007年、広告宣伝物の制作を手掛けるコンテンツプロダクション、株式会社Playceを設立。2017年、子育てをしながら会社を成長させるためM&Aを実行し、上場企業グループの一員に。ウーマンエンパワーアワード2023、WOMAN's VALUE AWARD 2023、Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2022など、女性活躍系のアワードを多く受賞する。
撮影/大坪 尚人 取材・文/秋山 由香 編集・コーディネート/丸田 健介(講談社SDGs)
C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。