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小1の壁ってナニ? どうやったら乗り越えられるの!? 羽生さん、「小1の壁のリアル」について教えてください!|企業のDEIの現在地 vol.2

2024年08月21日

多くのワーママ、ワーパパが悩む「小1の壁」。子どもが小学生になった途端に、子どもの登校時間(=親の出社時間)が全員ほぼ一律で固定されてしまったり、子どもの帰宅時間が保育園時代に比べ早まってしまったりするなどの事情で、「働きにくくなる状態」のことを指しています。なぜこんなにも小1の壁に悩むママ・パパが多いのか、そもそも小1の壁とはどんなものなのか......? 今回は、自身も2児の母であり、かつ多くのジェンダー平等プロジェクトに携わる羽生祥子さんに、「小1の壁のリアル」や「乗り越え方」についてのお話をお聞きしました!

お聞きしたのは... 羽生 祥子さん 著作家・メディアプロデューサー
京都大学農学部入学、総合人間学部卒業。大学卒業後に渡仏し、帰国後、無職、フリーランス、ベンチャー、契約社員など多様な働き方を経験。2005年、現日経BP入社。「日経マネー」副編集長、「日経DUAL(当時)」創刊編集長、「日経xwoman」創刊総編集長を歴任。内閣府少子化対策大綱検討会、厚生労働省イクメンプロジェクトなどのメンバーとして働く女性の声を発信する。22年羽生プロ代表取締役社長。23年内閣府・厚生労働省・東京都の各種検討会委員、大阪・関西万博Women's Pavilion WA talksプロデューサー等に就任。著書にに『ダイバーシティなぜ進まない?性別ガチャ克服法』『多様性って何ですか? D&I、ジェンダー平等入門』(共に日経BP)。

※DEI(Diversity, Equity & Inclusion:ディー・イー・アイ)とは...「ダイバーシティ(多様性)」、「エクイティ(公平性)」、「インクルージョン(包括性)」の頭文字をとった言葉。くわしくはこちら

最近よく聞く「小1の壁」。いったいなにがそんなに大変なの......!?

──自分の子どもが小学生になったこともあり、最近、育児情報誌やキャリア関連メディアなどで、よく「小1の壁」に関する特集が目に入るようになりました。ズバリ、小1の壁とは、どういったものなのでしょう? 具体的に、なにが壁になっているのですか?

羽生 「小1の壁」は、保育園という温水プールから、いきなり小学校という大海原に放り出されるようなもの、だと思います。保育園は厚生労働省が管轄している児童福祉施設です。働く保護者に代わって、乳幼児を保育する目的で設置されました。ですから、基本的に、親のく状況を前提とした環境になっているんですよね。朝は一般的に7:00から8:00などから開いていて、早めの時間でも子どもを預かってくれます。夜も19:30や20:00など遅くまで子どもを見てくれるところが多いようです。

一方の小学校は、文部科学省が管轄する、教育のための施設です。自治体にもよりますが、朝はだいたい8:00~8:30頃に登校して、小1の場合は13:00~14:00頃に帰ってきます。

そこで困るのが、まず朝の出社の時間です。子どもを送り出してから出社すると、通勤時間に1時間かかる人は、会社に着くのが9:00を過ぎてしまう。多くの会社では始業時間に間に合いません。
それだけなら時短を使うとか祖父母に協力してもらうとかでまだなんとかなるのですが、帰りの時間もとんでもなく早くなってしまう。小1の場合は、だいたい13:30か14:30ぐらいには学校が終わって帰ってきてしまうんです。学童に入れたとしても、公立だとだいたい18:00で閉まっていまいますから。間に合うように帰るには、17:00頃に会社を出なくてはいけません。

このように、まず時間的な制約が一気にハードになるんです。それで、「保育園のときはなんとかやれていたけどもう無理かも」「時短かパートか退職か」と考えてしまう保護者が増えてしまうんですよね。これが「小1の壁」の実態です。

──なるほど。私事で恐縮ですがウチの子どもが現在小学2年生でして、確かに、小1の頃、「一気に家の外で過ごす時間が短くなったな」と感じたことを思い出しました。あとは、学校生活のフォロー、これがいきなり大変になるというのもありますよね。保育園のときは毎日園に行くため先生から情報を得られましたが、それがバタッとなくなって全部紙やアプリになっちゃう。ですから、単に情報整理が大変というだけでなくて、突然、子どもの様子が見えにくくなったとも感じました。

羽生 そこですよね。小学校進学というのは親だけでなく、なにより子どもにとって大きな環境の変化です。ストレスもたまるし、プレッシャーだってある。そんななか、情報は減ってしまうわけで......。子どものケアにより時間を割かなければならなくなるケースも多いことと思います。入学したての頃は宿題の伴走も必要でしょうし、水着やらピアニカやら持ち物の用意も大変です。

こうした変化やハードルが、"一気に"、それはもう一気にやってくるのが、小1の壁の凄まじさなんですよね。

そして問題なのは、これがいまだに「ほぼ母親のみの課題」であるところ。女性活躍を論じる場で、よく「女性の正規雇用者の比率は25~29歳をピークに右肩下がりになっていく」という、いわゆるL字カーブのグラフが話題に上るのですが、一方で男性の場合は、いったん就職したら定年までほぼ正社員のままという台形のグラフになっているんです。小1の壁、小4の壁、中1の壁と壁がやってくるたびにママさん正社員は減っていくのに、パパさん正社員はまったく減りません。このデータからも、いかに日本の育児がママ頼みかが見てとれますよね。

女性の正規雇用比率は25〜29歳をピークに減少(L字カーブ) ※内閣府男女共同参画局 男女共同参画白書 令和6年版より

共働きに対する意識は高まってきていると思いますし、環境も整ってきたように思います。でも、"共育て"の意識や環境がまだまだ足りてないんです。夫婦がうまく働き方を調整して共育ての環境をつくれば無理なくちゃんとダブルインカムを継続できるはずなんです。また、企業側は、そうした働き方や調整を後押しするため、例えば「今年だけ週3出勤、週2リモートワーク」といったように、男女の別なく正社員のままで、柔軟に働き方を選べるような仕組みをつくるべきだと思います。人事は制度設計が難しいですけどね。

小1の壁を突破するためにも、女性が活躍する社会をつくるためにも、今後は共育てという考え方がますまず重要になってくるのではなかと思いますね。

長女が小1になり、夫は学生になった!?羽生さんが経験した小1の壁と、共働きの強さ

──羽生さんには高校生のお子さんがおふたりいらっしゃるそうですね。お子さんが小1だったとき、どのような状況だったのでしょうか? 羽生さんにも小1の壁はありましたか?

羽生 もちろん、ありました! 当時は長女の小学校入学と、私の新規事業立ち上げと、そしてなんと夫の法科大学院進学が重なってしまって......。三重苦のような状況でした(苦笑)。

もともと夫は編集者だったのですが、なにを思ったのか、突然「会社を辞めて、法科大学院に入りたい」と言い出したんですよね。聞いたときはびっくりしましたが、3秒ぐらい考えて「いいよ」と返事をしました(笑)。子どもが7歳ぐらいのときって、ちょうど親も働き盛りで。30代、40代の、脂の乗り切ったタイミングだと思うんですよね。転職、起業など、思い切った勝負に出る人も多いと思うんです。そういうときに、夢への挑戦を阻むようなことを言うのは無粋だと思いました。夫が学生になるということは私が大黒柱になるということですし、私自身も新規事業の立ち上げを抱えていたのでプレッシャーでしたが、「やるしかないな!」と腹をくくりました。

もうね、火事場の馬鹿力を利用して、「今、全部やっちゃえ!」と。落ち着いたらやろう、いつかやろうと思っていたら、新しいことはできません。そもそもファミリーイベントが落ち着くことなんてありませんから。小1の壁を乗り切ったら小4の壁が来て、中1の壁が来る。その先には高校や大学受験、そして就職。親の介護だって発生します。壁の連続、それが家族なんです。

「壁の連続だからこそ家庭に入りたい」「仕事をしていると子育てがないがしろになってしまうのでは」という方もいらっしゃいますが、私はむしろ共働き・共育てのほうが、家族の関係や向き合いがクレッシェンドするように思います。使える時間は限られているかもしれませんが、だからこそ、家族がみんなで協力し合い、見つめ合っているような感覚があるんですよね。

私の夫も、法科大学院に通いながら育児をがっつり担ってくれましたし、夫が多忙なときは私が仕事を調整して育児に時間を割くことありました。大変さはあるけれど、チャンスや家族の関わりも2倍3倍になる。それが、共働き・共育て家庭の強さだと思いますね。

怒涛の小1の壁を乗り越えるために......。会社や上司に、冷静に状況を伝えよう!

──なんともパワフルですね。一方で、きっとご苦労もあったのではないかと思うのですが......。特にお子さんや羽生さんのお仕事関連で、なにか印象的だったエピソードはありますか?

羽生 今でもよく覚えているのが、新規事業のプレゼンの日のことです。長女を自転車に乗せて学校に向かっていたのですが、学校でうまくいっていなかったこともあり明らかに元気がなく、背中から泣きそうな空気が伝わってきて......。私もめちゃくちゃ急いでいたのですが、「このままではいけない」「これは子どもときちんと向き合うべきタイミングだ」と思い、キュッと自転車を止めて、通りかがった公園で、ふたりでコーヒーカップのような遊具に乗り、狂ったようにカップを回して大笑いして遊んだことがありました。しばらくして娘が明るい表情で、「ママ、もう行っていいよ。私は大丈夫、ありがとう」と。そのあと全力で娘を送り、汗だくになって出社して、大急ぎでハンズアウトを用意し、ゼェゼェ言いながら経営会議に臨んだことを覚えています。

そのとき、会議の参加者たちから、「君はなんでそんなに余裕がなさそうなんだ?」と言われたんです。内心「は!?」と思いましたが(笑)、心を落ち着けて、冷静に、朝起きてからここに来るまでの出来事を話しました。そうしたら、参加者の皆さんが、育児の実情や大変さを理解してくださった。「なるほど」「それは大変だ」と言ってくださったんですよね。

今でも、自分の状況を冷静に上司や同僚に伝えること、諦めないで話すことは大切だと思っています。加えて、「あのときの大変さを忘れないぞ」と。女性でも子育てが落ち着くと、子どもが小さいときの苦労を忘れてつい部下に無遠慮な言葉をかけてしまいがちだと思うのですが、「私は決して忘れまい」と心に誓っています。

こんな感じで、ウチの子たちが小1だった12年前から小1の壁はあったわけなんですが、そのとき苦労したワーキングマザーたちが、いま続々と管理職や役員になっていますから。理解して応援してくれる人や助けてくれる上司が、今はたくさんいる状況です。「しんどい!」「もう無理!」と早まらないで、ぜひ働き続けてほしいなと思っています。

食卓近くのカレンダーで情報共有、安価な家事代行を活用するなど、家庭でも工夫できる

──ほかに、ご経験から編み出した羽生さん流の小1の壁の乗り越え方はありますか? なにかコツやメソッドがあればお教えください。

羽生 我が家でやっていたのは、「テーブルのすぐ近くに3か月分の予定が見通せるカレンダーを貼ること」ですね。さらにその横に「長女用」「長男用」のコルクボードを貼って、ここに学校からのプリントをピン止めしていました。そうすることで、家族全員で、毎日、予定を共有することができるんです。アプリだとどうしても、夫しか見ないとか、見忘れるということが起こりがちなのですが、カレンダーなら朝食を食べながら子どもと一緒に指差し確認できますから。とにかく情報を共有する、ママひとりで抱えない、ママパパ関係なく動ける人が動くということを徹底していました。

あとは、家事代行ですね。これをガンガン使っていました。我が家が利用していたのは、地域のシルバー人材センター。格安で、時間と心に余裕のあるおばあちゃんが来てくださり、子どもとお手玉をしたり、紙ふうせんで遊んだりしてくださいました。こういう方がひとり家の中にいてくれると、大人も子どももすごく心が安定するんですよね。これも乗り越えのカギになったように思います。もちろん、相性が合う家事代行さんと出会うには、時間がかかりますけれどね。

とにかく、日本は、女性が家事子育てをやりすぎです。各国の女性が男性に比べ何倍程度家事をやっているかのデータがあるのですが、アメリカで1.6倍、フランスで1.7倍、対する日本は5.5倍ですから。夫と分担する、家事代行を利用する、そういうこと──つまり共育てが当たり前の社会にしていかなければなりませんね。

男女別に見た家事に費やす時間は日本は5.5倍の差がある ※内閣府男女共同参画局 男女共同参画白書 令和4年版より

──確かに......。しかし、家事代行サービスについては利用するご家庭が増えてきたように思うのですが、夫の意識や行動を変えるというのがなかなか難しいように思います。この辺はどうすればよいのでしょうか?

羽生 ウチは夫をとにかく褒めまくりました。子どもの前で「なんでパパが皮を剥くとリンゴがこんなに甘くなるんだろ~」と言ってみたり、「パパ、お願いするとすぐお醤油取ってくれる~。こんなに素早くお醤油取ってくれる人いないわ~」と言ってみたり(笑)。若干ネタ入ってますが、それでもいいんです。子どもの前で褒めると、子どもも一緒になって褒めてくれますし、そうすると夫も、ますます行動するようになってくれます。

小1の壁は、女性が家事育児の負担を減らすよいチャンスです。これを機に、会社に、夫に、状況を伝え、理解してもらい、「一緒にやろう」と声をかけて、共育ての環境を作り上げてください。案外、夫たちは「妻がやりたいんだ」と思っているだけで、頼まれると積極的に関わってくれるようになるものですよ。

企業が行っているユニークな助け合い施策って?小1の壁の未来はどうなるの?

──最後に、企業側の取り組みについてお教えください。小1の壁を乗り越えるために、会社は、どんなサポートをしているのでしょうか?

羽生 小1の壁に限定した取り組みではないのですが、MSD製薬さんが行っている、「産育休や介護などで人が抜けて手薄になってしまう業務やセクションに、社内公募制で、しかも現在の職務と兼任という形で参画できる制度」がとてもよいなと思いました。「仕事の領域を広げたい」「新たなことをやってみたい」と考えている社員に、まさにぴったりの仕組み。穴埋めではなくチャレンジというニュアンスで能動的に取り組めるため、とても前向きな雰囲気になるんですよね。しかも今の仕事と兼務できるので、部署間での「人を取られた!」みたいな軋轢も発生しません。

挙手してサポートを担った社員には「ポイント」が付与されて、これをためると換金できるというのも魅力的。みんながハッピーになる仕組みだなと思いました。

ほかにも、テレワーク、フレックス、時短、時間休など、昔はなかったような制度が、各社でかなり採り入れられています。欲をいえば、例えば「子どもが小1の間だけは週3勤務」など期間限定で柔軟に働き方が選べるとさらによいと思いますが、しかしそれを「母親だけが使う制度」になってはいけないと思います。母親も父親も使える風土にならないと。現在でも、十分に充実した勤務制度が揃ってきている会社は多いです。これらの制度をうまく組み合わせつつ、夫婦で家事育児を分担し、家事代行を活用するなどすれば、小1の壁は、かなりの確率で乗り越えられるのではないでしょうか。

それから、小1の壁は、ずっと続くものではありませんから。小1の1学期と最初の夏休みは調整などで大変なことが続きますが、親も慣れますし、子どもも成長します。慌てて仕事を手放してしまうのは本当にもったいない。これだけ急激に物価が上がっていて、変化が激しい時代ですから、子どもがいるなかで収入源が1本になってしまうというのはとても大きなリスクにつながると思います。

もちろん、専業主婦もしくは主夫家庭にシフトして、稼ぎ頭と家事育児を担う人を分けるというやり方もあると思います。それもひとつの選択だとは思うのですが、「辞めようかなどうしようかな」「本当は辞めたくないな」と思うぐらいだったら仕事を続けてほしいなと思いますね。

現在の共働き家庭は約70%。これからジェンダー平等教育を受けた若者たちが社会に出て来て、ますます共働きが当たり前になり、より働きやすくなると思います。企業のサポートも今以上に充実するはず。雇用主・被雇用者ともに一丸となって、ぜひ長期的な視点で、家族の計画やキャリアを考えてほしいなと思います。

【聞き手】 秋山 由香 株式会社Playce(プレイス) 代表取締役
大学卒業後、編集プロダクション、出版社を経て独立。2007年、広告宣伝物の制作を手掛けるコンテンツプロダクション、株式会社Playceを設立。2017年、子育てをしながら会社を成長させるためM&Aを実行し、上場企業グループの一員に。ウーマンエンパワーアワード2023、WOMAN's VALUE AWARD 2023、Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2022など、女性活躍系のアワードを多く受賞する。

羽生祥子氏の新刊発売! 『ダイバーシティ・女性活躍はなぜ進まない? 組織の成長を阻む性別ガチャ克服法』(日経BP)

ダイバーシティ分野の第一人者、羽生祥子が約100社の企業研修を通してまとめた決定版!

撮影/市谷 明美 取材・文/秋山 由香 編集・コーディネート/丸田 健介(講談社SDGs)

撮影協力/WeWork丸の内北口

丸田 健介 エディター・コーディネーター

C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。

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