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自然の中の企業研修で、参加者にもたらされる大きな変化。FC今治の教育事業が都会のビジネスパーソンに問いかけるもの。

2024年11月28日

FC今治は、サッカークラブの運営だけをしている会社ではない。企業理念は、「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」。社長の矢野将文さんは、「『サッカー』や『スポーツ』という言葉は入っていません」と笑う。

サッカーを中心とした企業体でありながら、大きな精神的支柱となっているのが教育部門の「ヒューマンディベロップメントグループ」だ。岡田武史さんが大切にする「遺伝子にスイッチを入れる」という言葉を体現するべく、今、小学生以上の子どもたちを対象にした自然学習や冒険キャンプ、企業を対象にした研修まで、幅広い事業を手がけている。

「遺伝子にスイッチを入れる」とは? そして、この事業を通じてどんな未来を目指しているのだろうか?

執行役員でグループ担当の木名瀬裕さんと、しまなみ野外学校ディレクター・河﨑梨乃さんにお話を聞くと、自然の中だからこそ得られるさまざまな気づきが見えてきた。

かけ離れてしまった人の生活と、自然のリズム

「ピッとスイッチを押せば電気がつくし、コンロをひねれば火がつきます。でも、その便利さは、誰かがずっと考え続けて到達した結果です。そういう原点を忘れてはいけないと思います」

と語る木名瀬さん。もともと、猟師や、高知や北海道でのガイド業など、自然の中で揉まれる生活を営んできた。阪神淡路大震災、東日本大震災ではボランティアとして現地で活動したが、そこで人と自然との距離があまりにも離れてしまっていたことにショックを受けたという。

もともと北海道でクマ猟師を営んでいたという木名瀬 裕さん(通称がってんさん)

「山から降りてきた僕は、寒ければ火を焚けばいいっしょ、って思ってたんだけど、もう人々の中にそういう考えはありません。人の生活と、自然のリズムは、あまりにもかけ離れてしまったのだと思いました。もっと、生きることの中にある冒険的要素と向き合って、ちゃんと若い世代に伝えていく必要がある、と思ったんです」

そんな時、ガイド業を通じて親交があった岡田武史さんから声をかけられ、今治. 夢スポーツに参画する。

「生きる力を育む」ことを目的に、子どもや若い世代を対象に野外体験プログラムを提供する「しまなみ野外学校」は、体験格差への課題意識から、企業とのパートナーシップや、スポンサーを募ることで手の届きやすい価格帯を実現している。

企業の特性を活かしたアライアンス事業も近年増えており、ビーチクリーン活動や、子どもたちの居場所づくりのプログラムにも参画してきた。

「しまなみ野外学校」は子どもの年齢に合わせて様々な自然体験プログラムを提供している

また、企業研修事業の「Switch!」「Kickoff!」も、企業からの引き合いが増えている。「Kickoff!」の対象は内定者から役員クラスまで幅広く、岡田武史さんの経験と知見、チームビルディングの最新理論、課題解決型の体験・体感を織り交ぜたプログラムで構成されている。

「Switch!」は自分ではコントロールができない自然環境下の野外生活を通じた過酷なサバイバルで、自分自身と、組織やチームの問題点と向き合っていく。

ある程度パッケージの型が決まっている「Kickoff!」と異なり、「Switch!」は企業の要望に応じてカスタマイズが可能となっている。長いものだと6泊7日で、四国の無人島からシーカヤックで瀬戸内海を横断して本州まで行き、また戻ってくるという行程があったそうだ。

都会ではなく、自然の中の研修だからこそ気づけること

「Kickoff!」を担当している河﨑梨乃さんに、参加者の声を紹介していただいた。

「考えていることをちゃんと声に出していいんだ、と安心感と勇気を得ることができた、とおっしゃっていた新入社員の方がいました。中堅の社員の方だと、これまでどこか『他人事』だと思っていた仕事が、研修を通じて変わった、という声もあります」

「Kickoff!」の研修の中では、自分の意見をしっかり表明しなければクリアできない課題にも直面するため、他人任せにすることができない。

より自然の中に踏み入っていく「Switch!」はさらにそれが顕著で、持っていく食糧の量も、天候の変化も、見極めを間違えると命に直結してしまう。裏を返せば、このような極限の状況だからこそ文字通り遺伝子にスイッチが入り、成長することができるのだ。

海図や潮流図を見ながらA地点からB地点の海峡を渡るといった切実な「決断」を迫られる時、チームの目標に向かって役割を全うする「キャプテンシップ」が育まれるのだという。

幹部候補、役員クラス向け研修として要望が増えている、自然環境下での研修プログラム「Switch!」

「大人は最初、ちょっと斜に構えている人が多いんですけどね(笑)」と木名瀬さん。

「こんなので本当に変わるのか?って。それも当然だと思います。やっぱり、これまで自分を支えてきた歴史がありますから。でも、72時間までですよ。72時間以上の辛い、臭い、不快が続くと我慢できなくなります。都会にいたら、きっと、『一生懸命ごと』に向き合っている自分に酔いしれてしまうところがあるはず。でもそれができない環境下では、これまでの自分を越えなければいけません」

自然の中では、これまで眠らせてしまっていた「本当はこうなりたかった自分」が素直に現れる、と語る。

「誰もあなたを変えてくれないんです。人が人を変えることは、やっぱりできない。でも、『変わりたい』と腑に落ちる瞬間を、僕は一緒に壁打ちをするようにご一緒させていただいています。『自然』『あなた』『私』みたいな距離感覚のコミュニケーションを意識してますね」

心の豊かさとは、「何があっても大丈夫だ」と信じ抜けること

さらに話を伺っていくと、FC今治の社員たちもまた、みな入社してから必ず「山に捨てられる」という経験を経ているという。出向でやってくる社員も例外ではない。携帯電話を持たず、自力で火を起こし、山で野宿をして目的地に生還しなければならないのだ。自然でのこうした経験を経た社員たちは、どのように成長し変わってゆくのだろうか。

河﨑さんは、インターンシップでFC今治での仕事を経験し、新卒で入社、現在5年目になるそうだ。「多分、(入社当初と比べると)すごい変わったんだろうなと思います」と振り返る。

「もともと、子どもたちの前で何かを話したりするのがすごく苦手だったんです。現場に立った時に、ボロボロ泣きながらやっていたくらいです(笑)」

インターンシップでの経験をきっかけに新入社員で入社した河﨑 梨乃さん

「とても企業理念には共感していたから、どうやったら相手に伝わるかと、自分なりに色々考えてたんですけれど。ただ、泣いたりするときって、全部ベクトルが自分に向いているんですよね。『変に思われてないかな』みたいなことを考えている。でも、自然の中で自分のことばかり見ていると、自然が刻々と移り変わっていく瞬間を追えなくなってしまう。変わったのは、そこに気づけたからだと思います」

この近代資本主義社会にあっては、自分のキャリアや人生はコントロール可能なものであると多くの人が考えているのではないだろうか。しかし、その考え方がかえって自分の可能性を狭めている側面もあるのかもしれない。自然という、自分が影響を及ぼせる範疇を超えたものと接して初めて発見できることも多いのだと、お話を聞いて改めてわかった。

未来が予測できない時代だと言われる今、FC今治は「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という企業理念を体現することで社会に新しい価値を届けようとしている。

河﨑さんは、最後に「心の豊かさ」について考えていることを語ってくれた。

「心の豊かさって、何があっても大丈夫だ、って信じ抜けること、安心して歩めることだと思うんですよ。地球との繋がり、人との繋がりを信じられること、幸せだと感じられることの強さだと思う。ここは、その体感を実際に誰かに届けられる場所だと思っているので、これからも頑張って体現していきたいです」

撮影/大坪尚人 編集・コーディネート/丸田健介(講談社SDGs)

丸田 健介 エディター・コーディネーター

C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。

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