2025年01月24日
多くの組織でダイバーシティについての提言を行っている羽生祥子さんにDEIについてお聞きする本連載。その3回目となる今回は、「男性育休」をテーマに、企業と羽生さんとの鼎談を実施しました!
今、多くの企業が、男性育休の取得に向けた取り組みを強化しています。一方で、「なかなか取得が進まない」「社内に浸透しない」と悩む企業が多いという現状も。そこで、ダイバーシティ経営の先進企業、積水ハウスの山田さん(執行役員)、槻並さん(育休取得者)をお招きして、羽生さんと一緒に、たっぷり男性育休についてのお話をお聞きしています。
積水ハウスが取り組む「家族ミーティングシート」ってどんなもの?
男性育休取得における効果や、取り組みを成功させるポイントとは......?
同社の変化や、本音、ノウハウを、あますところなくお教えいただきます!
山田 実和さん(写真左) 積水ハウス株式会社 執行役員/ESG経営推進本部 ダイバーシティ推進部長
1990年積水ハウスに一般事務職で入社。一般職から総合職に職群転換し、 2020年2月より ダイバーシティ推進部長、2020年6月 ESG推進委員会 社会性向上部会長、2021年4月 執行役員 就任。社外活動としては、2021年6月より 関西経済連合会 労働政策委員会D&I専門委員会 副委員長。
槻並 省吾さん(写真右) 積水ハウス株式会社 人事総務部 労政企画室 ワークエンゲージメント推進グループ
2018年キャリア入社。広報部を経て、2023年より現職。4児の父親で、第3子と第4子で男性育休を取得。
お聞きしたのは... 羽生 祥子さん 著作家・メディアプロデューサー
京都大学農学部入学、総合人間学部卒業。大学卒業後に渡仏し、帰国後、無職、フリーランス、ベンチャー、契約社員など多様な働き方を経験。2005年、現日経BP入社。「日経マネー」副編集長、「日経DUAL(当時)」創刊編集長、「日経xwoman」創刊総編集長を歴任。内閣府少子化対策大綱検討会、厚生労働省イクメンプロジェクトなどのメンバーとして働く女性の声を発信する。22年羽生プロ代表取締役社長。23年内閣府・厚生労働省・東京都の各種検討会委員、大阪・関西万博Women's Pavilion WA talksプロデューサー等に就任。著書にに『ダイバーシティなぜ進まない?性別ガチャ克服法』『多様性って何ですか? D&I、ジェンダー平等入門』(共に日経BP)。40~50代向けインスタコミュニティ『The NOON』編集長。
──積水ハウスさんは、2018年、他社に先駆けて、「男性育休1か月以上取得」を強く推奨する取り組みを始めていらっしゃいます。まずはどのようなきっかけでこの取り組みが始まったのかお聞かせください。
山田 当社社長の仲井嘉浩が、2018年、スウェーデンに視察に行ったことがきっかけになりました。スウェーデンでは、男性が育休を取り育児をするのが当たり前。平日の日中に公園でベビーカーを押す男性や、赤ちゃんを抱っこするパパが、驚くほどたくさんいたそうなのです。カフェでは、育児中の男性が子どもを遊ばせつつ楽しそうに語り合う、いわゆる「ラテダッド」と呼ばれる文化や光景が見受けられ、「その姿がかっこよく衝撃を受けた」と話していました。
たまたまその日の夜に政府の方とお話する機会があり、仲井が、「なぜこんなに男性が積極的に育児をしているのか」とお聞きしたところ、「スウェーデンでは制度として、男性が3か月育休を取得できるような仕組みを設けている」と教えてくださったとのことでした。それを聞いた仲井が、「この取り組みは素晴らしい、ぜひ我が社でもやりたい」と考えて、帰国してすぐに、まずは制度設計を開始しました。
スウェーデン視察が制度設計のきっかけだったと語る、積水ハウス 山田さん
当社は、"「わが家」を世界一幸せな場所にする"というグローバルビジョンを掲げています。スウェーデンの取り組みは、まさにこのビジョンに合致する取り組み。「社員とその家族を幸せにしたい」「幸せな育休を実現したい」、そんな仲井の強い思いがあって、急ピッチで取り組みが進められました。
──なぜスウェーデンにならって3か月ではなく、1か月の男性育休からスタートしたのでしようか?
山田 2018年当時、当社の男性育休取得率は95%とかなり高い水準に達していました。ただ、出産当日とその翌日など、超短期の取得がほとんどだったんですよね。そんななか、いきなり3か月の育休を取りましょうというのはハードルが高い。「今期の業績にどう響くかわからない」といった意見もありました。議論を重ねるなかで、とはいえ育児・家事をしっかり行うには1か月は必要だろうということで、「まずは1か月から始めよう」ということになったんです。
──取り組みを成功させるために、念入りに準備をし、さまざまな施策を行ったとお聞きしています。具体的にどんなことを行ったのでしょうか?
山田 社内に対する啓発活動や社外向けのプレス発表などさまざまなことを行ったのですが、もっとも特徴的なのは「家族ミーティングシート」なのではないかと思います。
男性育休を推進する積水ハウスの「家族ミーティングシート」
公式サイトから無料でダウンロードが可能
「家族ミーティングシート」は、育休取得予定の男性社員に書いてもらう、育休中のプランシートです。「育休の取得計画」「わが家のありたい姿」「目指したい家事育児の分担割合」などを夫婦で話し合って記入してもらい、これをもとに「男性育休取得計画書」を作成して会社に提出してもらっています。
冒頭でお話しした通り、当社の男性育休の取り組みは、仲井の「社員とその家族を幸せにしたい」という強い思いから始まったもの。単に育休を1か月取ればよいということではなく、幸せな育休にしなければいけない、育休そのものの質を高めなければならないという思いがありました。そのためには、まずは家族としっかりコミュニケーションを取らないといけないよねということで、「家族ミーティングシート」を作りました。
──羽生さんは「家族ミーティングシート」を最初に見たとき、どのような感想を持たれましたか?
羽生 企業がこういうものを採り入れたということにいい意味で驚きました。社員のプライベートに入り込むような内容ですし、仕事とは関係ないと感じる方もいらっしゃりそうですし、導入には相当な覚悟と勇気が必要だったと思うんですよね。そこを、えいっと踏み込んでやってくださった。これはすごいことだなと思いましたね。
それから、2枚目の「家事分担表」! これが本当に素晴らしいと感じました。家事の内容が、食事系、生活サポート系、教育系などに大別され、さらに細かなタスクが列挙されているんです。内容もとてもリアルで、育休中の家事育児を本当によくわかっていらっしゃる方が制作したんだろうなと思いました。
「食事系」・「教育系」など、家事・育児に関連するタスクを細かに網羅した分担表
ここまで見える化されると、もう、仕事の勢いですよね。ガントチャートとか、プロジェクト計画書の勢い(笑)。とてもイメージしやすいと思いました。
山田 「子どもにごはんを食べさせる」といったざっくりした内容だと、「とにかくごはんをあげればいいんだな」といったような、ぼんやりとしたイメージしか持てないと思ったんです。実際の食事って、準備やら、子どもの食事介助やら、片付けやら、いろいろやることがあるわけですよね。しかもそれが、朝・昼・晩、家族の分、赤ちゃんの分と発生します。こういう細かいタスク、目に見えない家事というものがあるんだということを、ちゃんと理解してほしいなと思って考えました。
羽生 さらにすごいのがここ! 家事や育児の目指したい分担率を「現状」「育休中」「育休終了後」と3段階に分けて記入するところがあるんですよ! 育児は育休が終わったあともずっと続いていくもの。そこを見据えて細かく分担を話し合えるところが素晴らしいなと思いました。
「家族ミーティングシート」と一緒に提出する「男性育休取得計画書」に、配偶者のコメント欄と署名欄があるというのも画期的だなと思いました。会社に提出する業務的な書類に妻がコメントを書くことって、滅多にありませんよね......? 「なるほどここまでやるんだ」みたいな。配偶者とちゃんと話し合いなさいよという会社の強い意志を感じて、衝撃を受けたことを覚えています。
──ここからは、実際に「家族ミーティングシート」を使って話し合いをし、男性育休を取得された槻並さんにもお話をお聞きしたいと思います。第三子、第四子の育休を取る際に、こちらのシートを使ったとのこと。どんなふうに話し合いを進めていかれたのでしょうか?
槻並 第三子のときは、「家事育児を全部やる!」ということを目標に掲げました。実際に全部やってみると、それまで家事育児をやっていたつもりが、全然できていなかったことに気づくことができました。
「家族ミーティングシート」を2回利用する機会があった、積水ハウス 槻並さん
その反省を踏まえて、第四子のときは、私が全部やるのではなく「家族みんなで楽しんで家事育児に関わるようにしよう」と決めました。たまたま1人目~3人目の子が全員小学校に上がったタイミングで第4子が生まれたということもありましたし、妻が「楽しんで子育てをしたい」と希望していたこともありまして、ここは最初にバチッと決まりましたね。
そのあとは、子どもたちをダイニングテーブルに座らせて、みんなで、家事育児の分担について考えていきました。
2024年に第4子が生まれた槻並さんファミリー。シートが家族みんなで家事育児を考えるきっかけに。
山田 「家族ミーティングシート」には、家事育児の負担割合を、「夫:妻:その他」に分類して記入する欄があるんです。私たちは、「その他」の部分を、例えば祖父母やベビーシッターなど外部のマンパワーとイメージしていたのですが、槻並家はここに「子ども」を当てはめたようなんです。ちょっと想定外でびっくりしました(笑)。
家族をチームととらえ、「チーム槻並」で、子どもたちを巻き込みながらやっていったというところがとても素敵だなと思いました。しかも、家族全員が、話し合いや家事育児そのものに、とてもイキイキと、やりがいを持って取り組んでくれたと聞いています。話を聞いて、男性育休を推進してきたひとりとしてとても嬉しく思っています。
──育休中は、どんなふうに家事育児に取り組まれたのでしょうか? なにか印象に残っている出来事はありますか?
槻並 日中の家事育児はできるだけ私と子どもでやろうと決めて、手が空いている人が動くようにしていました。食洗機に洗い物を入れたり、洗濯物を取り込んだり......。いろんな場面で声を掛け合って、協力しながら取り組めたと感じています。
赤ちゃんのお世話も、子どもたちががんばってくれました。特にすごいなと思ったのが沐浴ですね。首の据わらない赤ちゃんの沐浴は大人でも怖いもの。にもかかわらず、長女が積極的に沐浴を買って出てくれました。その様子を次女が興味津々でのぞき込んでいて、「見ることで参加する」「見て学ぶ」という関わりもあるんだなあと気付かされました。とにかく楽しく、みんなで、家事育児に取り組めたよう思います。
──第3子、第4子と「家族ミーティングシート」を活用し育休を取得して、なにか変化はりましたか?
槻並 第3子のときに、「家族ミーティングシート」を使ってしっかり話し合いをした上で育休を取得していたため、前向きに第4子を考えるここができました。妻にとっても、「第3子のときの体験」が、ひとつの安心材料になったようです。
また、第4子の育休を取得する際に現状を整理してみて、「思ったほど家事育児ができていないな」と。「第3子の育休終了後に、せっかく進んだ分担が元に戻ってしまったな」ということに気付きました。
そこで第4子のときは、育休後の家事育児分担割合を「夫4:妻4:その他(子ども)2」にすることを目指すことに。育休中に子どもたちに家事育児を教え、子どもたちも巻き込んで、長期的にチームで家事育児をしていこうと考えることができました。
──槻並さんの取り組み、素敵ですね。お写真からも楽しそうな様子が伝わってきて、とても充実した育休だったということがわかりました。一方で、そもそも男性育休が浸透せずご苦労されている企業も多いと聞いています。浸透、推進のために工夫されたことや、コツなどはございますか?
山田 育休取得の3か月ほど前に「家族ミーティングシート」を書き始め、2か月ほど前に職場で話し合って、1か月前に提出する、という流れを「3・2・1アクション」と名付けて周知したり、取得計画書を1か月前に提出するということ自体を社長表彰のESG指標項目に入れたりと、色々なアプローチをしてきました。計画書が出てこない場合は、本人と上司にアラートが行くようなシステムも導入しました。
あとは、育休の取得率を経営評価にきちんと盛り込むということや、役員報酬に反映させるということもしていますね。ほかに、槻並のような男性育休の事例を社内報やセミナーで共有するという取り組みも行っています。
なにより大切だと感じているのが、トップの強いメッセージです。経営層が本気で取り組み、その姿勢を見せているからこそ、ここまで早期に浸透したのだろうなと思います。
羽生 そう、トップのメッセージは重要ですよね。現場のマネージャーに向けて話すときは、キーワードとして、ESG経営、サステナブル経営、ダイバーシティ経営といった言葉を入れて説明すると伝わりやすいように思います。「仕事として必要なこと」「仕事の一環である」とわかってもらえるようにコミュニケーションすることもひとつのコツと言えるのではないでしょうか。
──なるほど。経営幹部向け、現場マネージャー向け、本人向けと、コミュニケーションを変えてそれぞれに響くメッセージを発信しつつ、地道なリマインドなどをしていく......というやり方をしていく必要があるということですね。では、男性育休取得の、企業におけるメリットとはどんなところにあるのでしょうか? 最後に、会社にとっての意義についてお聞かせください。
山田 助け合いの風土が醸成される、仕事の属人化が解消される、育休中に部下が育つ、採用に好影響を与えるなどさまざまなメリットがあるのですが、私がもっとも意義深いと思うのが「育休中の女性の気持ちがわかるようになる」というところですね。
社長の仲井も、「『部下の女性の気持ちがわかるようになった』という男性社員の声がなにより嬉しかった」と申しています。私も『子どもが熱を出したので休みます、というときの女性の心情が理解できるようになった』、『それは大変だね、すぐ帰ってあげて、というコミュニケーションができるようになった』という声を聞いて、本当に進めてきてよかったと感じています。
他に、「リビングやキッチンの提案が実感を伴ってできるようになった」、「お客様への共感力が上がった」など、仕事によい影響があったという声も聞いています。なかでも印象に残っているのが、「お客様から『自分の家族を幸せにしている人に私の家をお任せしたい』というコメントをいただいた」という報告です。育休を取ることで迷惑をおかけしてしまうのではないかと思っていたようなのですが、逆に評価していただいて、とても驚いたと話していました。
羽生 それは素晴らしいですね......! 育休は、つまり会社から見ると社員を休ませるということ。それを近視眼的に考えてしまうと、「業績が落ちる」とか「仕事に穴が開く」とか目の前のデメリットばかりに目が行ってしまうように思うのですが、長期的に考えると、メリットがとても多いんですよね。
今、内閣府や厚労省で、「イクメンという言葉はもう古い、これからは"共育て"という言葉や考え方にシフトしていこう」という動きが活発化しています。今後、日本は、共育てに向かっていくと思いますし、そこにきちんと向き合っている企業が評価され、生き残る時代になると思うんです。ですから、ぜひ、本気で男性育休に取り組んでいただきたい。「日本の女性は男性の5.5倍も家事育児をやっている(他の先進国は1~1.5倍程度)」、この異常な状況を、みんなで、変えていかないといけないと思っています。
【聞き手】 秋山 由香 株式会社Playce(プレイス) 代表取締役
大学卒業後、編集プロダクション、出版社を経て独立。2007年、広告宣伝物の制作を手掛けるコンテンツプロダクション、株式会社Playceを設立。2017年、子育てをしながら会社を成長させるためM&Aを実行し、上場企業グループの一員に。ウーマンエンパワーアワード2023、WOMAN's VALUE AWARD 2023、Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2022など、女性活躍系のアワードを多く受賞する。
羽生祥子氏の新刊発売! 『ダイバーシティ・女性活躍はなぜ進まない? 組織の成長を阻む性別ガチャ克服法』(日経BP)
ダイバーシティ分野の第一人者、羽生祥子が約100社の企業研修を通してまとめた決定版!
撮影/村田 克己 取材・文/秋山 由香 編集・コーディネート/丸田 健介(講談社SDGs)
C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。