2025年02月18日
アフリカと日本をつなぐ様々な取り組みで知られる原ゆかりさん。「FRaU関編集長のSDGs Talk」vol.5の後編では、前編に引き続き、SDGsの今後の行方を掘り下げます。
2024年、世界では、アメリカのトランプ大統領の再選や、欧州の極右政党台頭など、脱炭素より経済政策を重視するような動きも見られました。2025年以降の世界は、SDGsはどうなるのでしょうか?
もやもやすることが多い不確実な世界で、それでも着実に前へ進むために、企業が、一個人ができることを、原さんと関編集長の対談から考えていきます。
関 SDGsを取り巻く動きは、2025年以降どうなっていくと思われますか?
原 MDGs、SDGsときたわけなので、2030年にはまた次のイニシアチブが来るはずなんですよ。となると、おそらくすでに次の準備が始まっているはず。
SDGsが「流行っちゃうことの功罪」についてお話ししましたが、流行ってしまったがゆえに、社会全体に「ちょっと食傷気味」という空気も感じますよね。消費者が、SDGsやエシカルを謳った商品の背景を、時間をかけて理解しようとする精神的・時間的余裕がなくなっている。これは社会の構造的な問題です。
原ゆかりさん / 愛媛県今治市出身。東京外国語大学を卒業後、2009年に外務省に入省。在職中の2012年にガーナ北部ボナイリ村を拠点にNGO MY DREAM. orgを設立。2015年、外務省退職後、NGOの活動と並行し、三井物産ヨハネスブルク支店での勤務、アフリカ企業での勤務を経験。2018年独立し、株式会社SKYAHを設立。
関 届いている人には届いているけれど、全体で見るとまだまだ、という状況は、『FRaU』がSDGs特集を始めてからも劇的には変化していないと思います。
『FRaU』最新号では、気候危機をテーマにしたSF小説を紹介しているのですが、そこで取り上げた『未来省』という作品は「カーボンコイン」というデジタル通貨がある設定で、これは炭素排出の削減や、炭素を空気中から回収することで発行されます。
現実世界でも、こういう「儲け」につながるわかりやすい仕組みがない限り、なかなか前に進まなさそうです。
日本ではここ数年、天気予報の中で気候変動について触れていこう、という動きが見られているものの、それでもまだまだ目立っていません。一方フランスでは、気候科学者が気候危機について解説する天気予報が話題になって、視聴率もアップし、視聴者からの質問が集まって番組が盛り上がり、局への評価も上がったそうです。
日本のテレビ局ではまだ「気候危機の話題なんて暗くて視聴者から敬遠される」とジャッジされる傾向が強いようですが、変わっていって欲しいですよね。
原さんは、子どもたちと接していて、SDGsへの関心はどうですか?
1月号で紹介されている、キム・スタンリー・ロビンスン作の『未来省』(パーソナルメディア)
原 私が「意識が高い子」と接している可能性もありますが、でも、公立・私立など関係なく、SDGsに関してはみんなが知っています。SDGsネイティブです。
関 その世代に期待したくなる気持ちもありますよね。もちろん、だからと言って大人が何もやりませんという話ではないのですが。
原 でも、SDGsネイティブの子どもたちは授業の中で新しいカタカナ用語をたくさん覚えているので、そういう日常とはかけ離れたように聞こえる語彙には嫌悪感を持たれる方もいると思います。そうなると勿体無いですよね。日本には、もともと「おばあちゃんの知恵袋」的な、ものを大切にする知恵を実践してきた人たちは多いはず。双方の間でギャップが生じないよう、本質が伝わるコミュニケーションの工夫も必要だと感じます。
関 コミュニケーションですか。たしかに、結局、どんな伝え方が効果的なのか模索することは永遠の課題ですよね。SDGs、エシカルを謳った商品の良さを頭では分かっていたとしても、「やっぱり高いじゃん」「みんなが余裕あるわけじゃ無いんだよ」という反発は常にあります。そこをどう乗り越えるか。
『FRaU』2025年1月号(2024年12月27日発売) テーマは「もっと話そう、気候危機のこと」
原 SDGsの意義を伝えるにあたって、罪悪感を煽ったり、正義感に訴えたりするような文脈のものだけでは、残念ながら受け入れられにくいんですよね。気持ち良い、かっこいい、といったポジティブな気持ちが伴わないと、人はなかなか積極的になれない。
最近の動きで印象に残っているのは、アフリカで大量廃棄される古着の問題と向き合うデザイナーやアーティストたちの姿です。
ここ数十年で、ファストファッションの影響で生産される服の量も増え、かつ粗悪なものが増えました。大量の古着は先進国から寄付や廃棄の目的で「輸出」されるようになり、次々とビジネスの取引を経て、ガーナに届く頃には全く着られない状態に劣化し、廃棄される服が増えてしまってるんです。
捨てられた大量の服が排水溝を詰まらせて洪水の原因になったり、あるいは火の元になったりしてしまう。年明けにもガーナの古着市場で大きな火災が発生していました。
こうした「大量生産・大量消費・大量廃棄」をどうするか? という課題がある時、「こんなに酷いことになっている」「先進国の消費者は罪深い」という発信では、やっぱり届かないんですよね。そんな中、古着や廃棄素材をアートに変えるアーティストや、アップサイクルで素晴らしい服に生まれ変わらせる現地のデザイナーたちがいるんです。
関 なるほど。ファッションデザイナーの中里唯馬さんのドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』を思い出しました。中里さんが、ケニアのゴミ集積地で大量の服の廃棄を目の当たりにして衝撃を受けたことから、アップサイクルで新たなオートクチュールに挑戦する過程が描かれていて、印象に残っています。
中里さんが現地の先住民の生活から影響を受け、刺激を受け、どんなふうにその文化を大切にしながらオートクチュールと融合するか、模索する姿が描かれていたのが素晴らしかったです。
原 現地の人たちと同じ目線で取り組まれているということですよね。私が知るアフリカの人たちも、どうすればアフリカの発信を世界に受け止めてもらえるか、と真剣に考えているので、そういう声を拾い上げながら、これからも日本とアフリカを心で繋いでいくお仕事を続けていきたいです。
関 こういったSDGsや気候危機の話をしていると、絶望してしまう、という人もいるかもしれません。でも、僕は「個人の力」というものは本当に大きい、という事実に立ち返ってほしいな、と思います。
日本財団さんの「18歳意識調査」の国際比較で、日本は「自分の行動で、国や社会を変えられると思う」と答えた若者が5割を切っていて、各国と比べても低さが際立っていました。だから「自分が頑張ったところで......」となりがちな人が多いと思うんですが。
それぞれが縁があったテーマの中で、自分を信じて頑張ることが大事だと思うんですよね。
三菱電機イベントスクエア「METoA Ginza」(「東急プラザ銀座」内)のショップで紹介されているアフリカのブランドたち。株式会社SKYAH が運営するProudly from Africaの取扱商品。
原 わかります。その「18歳意識調査」も関連しているかもしれないのですが、日本って、個人も企業も、目標の山に旗が立ったら、とにかくそこまでの距離が遠すぎることを憂いがちだと思うんです。
そうじゃなくて、どれだけ変化を積み重ねて来られたか、進めてこられたか、という足元の「マイクロステップ」を見ることも大事です。これは、「ハフィントン・ポスト(現ハフポスト)」創業者のアリアナ・ハフィントンさんとお会いした時に伺った言葉です。
「できていない」ことに光を当てすぎるのではなく、たとえば、今日は珍しく早起きしてちゃんと取材に来れた、っていう私を褒めてあげるとか(笑)、そういうレベルのマイクロステップでいいんだという考え方です。
世の中に対して、地球に対して、自分ができることは確かに小さいし、地球の長い歴史で見たら人間一人の人生なんて......と思いがちですが、自分は今日これができた、とちゃんと評価してあげたい。
これは企業のSDGs施策においても、社員たちが誇りに思えるようなマイクロステップの設計を検討する価値はあると思います。
子どもたちは今、VUCAの時代と言われ、先が見えなくてどんな選択をしたらいいのか、本当に不安だと思うんですよね。だからこそ、ほんの小さな半歩でも一歩でも認めて賞賛してあげる、という姿勢を大事にしようと伝えたいし、私自身もそうでありたいな、と思っています。
関 今、VUCAの時代だというお話がありましたが、FC今治高校に行った時、岡田武史さんはそれを強く意識されていると思いましたね。大人が子どもに答えを提示できない時代だから、僕たちも一緒に悩むんです、と仰っていました。
原 そうなんですよ。だから、FC今治高校では先生を「コーチ」と呼ぶんですよね。先生が一方的に正解を教えるのではなく、子どもに対して「あなたはどうしたいの?」と話を聞いて、「私にできることはある?」と問いかける。
自分がどうしたいのか、と考え続けられるよう働きかけるのがコーチの役割だ、というその考え方に、とても共感しています。
ある意味、アフリカの人たちはそれに関してはプロなんですよ。毎月お給料をもらって生活をしている人が本当に少ないですし、自分が起業家マインドを持って、思いついたことをどんどん実践する行動力がある。生きる、ということについて、自分たちでずっと考え続けてるんですよね。
アフリカの人たちのレジリエンスは、コロナ禍で強く感じました。本当に、彼らからたくさんのことを学んでいます。
関 原さんは子どもたちに教える立場でもありますが、同時に、自分もまた学んでいる立場なんだ、という姿勢でいらっしゃいますよね。
原 教わることばっかりなんです。
コロナ禍の時、ちょうどガーナにいたのですが、私は日本で学校が一斉休校になった、というようなニュースを見ているうちにどんどん不安になってしまって。
そしたら、ガーナ人の起業家が、「不安になるのはわかるけど、自分がコントロールできること、コントロールできないことをちゃんと整理しよう。そして、コントロールできないことに悩んじゃダメだ」「できる範囲の中でベターな答えを探していく方が楽しいよ」と言ってくれたんです。それで本当に吹っ切れました。
もやもやすることの多い世界ですが、そんなふうに自分をちょっとずつ勇気づけながら、できることを着実に進めていけたらいいですよね。
撮影/坂功樹 編集・コーディネート/丸田健介(講談社SDGs)
C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。