2025年04月15日
プラスチックという素材のおかげで、私たち人類は豊かで便利な生活を享受している。一方で、使い捨てプラスチックの大量消費は環境への多大な負担を強いてきた。
海洋汚染を食い止め、海の生物多様性や豊かさを守るために、「もう後がない」という段階まで来ているのが2025年という年だ。
2025年4月13日より開催の大阪・関西万博にて、NPO法人ZERI JAPANが手がけたパビリオン『BLUE OCEAN DOME』では、海の豊かな未来のために私たちに何ができるか、来場者に問いかける。3月27日に報道公開されたパビリオンの様子をお届けする。
ZERI JAPANは、廃棄物を0に近づける「ゼロ・エミッション構想」という構想を出発点として、2001年に設立されたNPO法人だ。主導するのは、「ヤシノミ洗剤」で知られるサラヤ株式会社。
冒頭で挨拶を述べた専務取締役の更家一徳氏は、「海の問題に関して、一社だけで取り組むことは限界がある」と、より多くのセクターが集うことを期待してNPOでの出展を決めたと語る。
パビリオンの建築プロデューサーは坂茂氏、総合プロデューサーは原研哉氏が務め、没入し海の問題について考えるための環境を作り上げた。
左から、坂茂氏、更家一徳氏、原研哉氏
BLUE OCEAN DOMEは、A、B、C三つのセクションに分かれており、それぞれがつながっている。まず足を踏み入れるDOME Aには、「水」の循環を想起させるインスタレーションが広がり、雨が山に染み込み、川となって蛇行し湖や海に注がれてゆく様を表現した。建築には竹の集成材が用いられており、環境負荷が少なく、軽量でかつ耐久性に優れた建材としての可能性を示している。
インスタレーションについて説明する原研哉氏。制作協力はエンジニア集団・nomena。
超撥水の塗料を施した盤面を水が滑り落ちて行く
続いてDOME Bへ。球体の巨大なLEDスクリーンで高精細の動画を鑑賞する劇場型になっている。リアリティあふれる動画はビジュアルスタジオ「WOW」によるもの。生命の誕生や、魚の群れや鯨、くらげなど海の生き物たちの様子をフルCGで手がけた。海の環境にひっそりと侵入するプラスチックごみの存在が今「共存」している様があやしくも美しく表現されているのが示唆的だ。
DOME Bの球体のスクリーン
DOME Bの建材であるカーボンファイバーは、鉄の10分の1で4倍の強度がある新しい素材。今回のパビリオンは、世界で初めてCFRP(カーボン・ファイバー・リーンフォースド・プラスチック)を構造材として用いた事例となった。
最後のDOME Cでは、このパビリオンのため特別にインタビューを重ねた団体、企業、有識者たちのコメントを集めた特別動画を放映する。このドームの構造材は「紙管」で、ジョイントは紙テープ、屋根の膜剤も不燃加工や防水加工を施した紙だ。
DOME Cの内部。紙管が組み合わさりドームを構成する。
すべてのDOMEに通底するのが「軽い建築」という考え方だ。坂茂氏は次のように語る。
「本来の万博とは、未来のために新たな出会いがある実験の場だと考えています。でも近年は、ユニークな形を表面的に追求するだけで、新しい構造の提案が少なくなったのは残念なことです」
「万博のパビリオンは仮設なので、半年後には壊して杭を抜き、ゴミを出すということになってしまいます。そこで無駄な杭を無くしたいと思った時に、建築が軽くなれば杭が無くても支えられるわけです。軽くて移動・移設しやすい、リサイクルできるパビリオンを目指しました」
すでに、現在モルディブで進行中のホテルの建設計画にカーボンファイバーが活用されることが予定されている。竹や紙管は、高価なカーボンファイバーと違って移動コストのほうがかかってしまうため、現在検討中だという。
「これまで建築というのは軽くする必要はありませんでした。しかし、移動できる建築の価値はこれから高まってくると考えています」と坂氏。
例えば、坂氏が2004年にアムステルダムで手がけた「Paper Dome」は、当初、ダンスの公演のための仮設劇場として建てられた。役目を終えると今度はユトレヒトに移設されて住宅街の多機能スペースとして用いられ、現在はまたアムステルダムに帰ってきてスポーツ施設として再利用されている。「紙」という素材が、仮設だけでなくパーマネントな存在になり得るということは、すでに実証されているのだ。
総合プロデュースの原研哉氏は、2025年というこの時代を、環境問題の結節点としているという強い課題意識を述べた。
「2025年に万博をやって、『いのち輝く未来社会のデザイン』テーマを掲げるということは、環境問題に対して具体的な態度変容が起こるようなメッセージを発信しなければならないということ。『未来』をどうこうする、という段階ではすでにないわけです。2050年には海洋の魚の総量をプラスチックが超えてしまうという試算が出ています。あと25年で、僕らが海と呼んでいたものは海では無くなる、ということをしっかり認識する必要があります」
パビリオン全体の表現としては、小学校6年生にも伝わるような情緒面でのインパクトを重視したという。DOME Aのインスタレーション、DOME Bの映像で情緒的なインパクトを受け、DOME Cへと至ると、そこでは、現実に起きている深刻な状況と向き合う20数名の識者たちのインタビュー映像に触れることができる。
「坂さんの紙のドームは、人間の知というものは何のためにあるのか、という反芻を促すような、教会のような不思議な空間」と原氏が語るとおり、ここで来場者に「これから人間に、自分には何ができるのか」を問うて日常に戻ってほしいという願いが込められた動線だ。
DOME Cのカフェスペースでは料理研究家・土井善晴氏が手がけたスープ「海と山の超純水」を販売する。味覚にも感覚を開きながら非日常の体験に没入することができる。
大きな「問い」を受け取り、自分の暮らしに戻っていった時に私たちに何ができるか。一人の生活者として、会社員として、地域社会の一員として、それぞれの立場で考え続けていくことが求められているのだ。
撮影/西田香織 編集・コーディネート/丸田健介(講談社SDGs)
C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。