2021年10月12日
岡山を拠点に明治16年(1883年)の創業以来、138年間、自然界にある微生物や酵素を自然由来の原料とかけあわせ、人々の健康と幸せに役立つ素材をつくり続けてきたバイオメーカー「林原」。国内外の企業とパートナーシップを結ぶ、国際的な評価の高い老舗メーカーの原点は「サステナビリティ」にありました。
株式会社林原 経営デザイン室 室長 竹本圭佑さん(右)と、同 宗友洋子さん
──御社は創業以来、機能性糖質などの"素材"の研究と製造を行ってきました。消費財ではないため、私たちが身近に感じる機会は多くありませんが、さまざまなものに使われ、確実にそれらのクオリティを維持・向上させる役割を果たしています。現在は主に、どのような素材を展開しているのでしょうか?
経営デザイン室 室長 竹本圭佑さん(以下、竹本) 林原は創業以来、自然の恵みである微生物・酵素の力を自然由来の原料と掛け合わせることで、独自の素材を生み出してきました。現在は、食品素材や健康食品素材、化粧品素材、医薬品素材、機能性色素など、人々の豊かな暮らしを実現するための製品を開発・製造しています。
経営デザイン室 宗友洋子さん(以下、宗友) お餅やおまんじゅうなど、でん粉を多く含む食品の柔らかさをキープしたり、冷凍ダメージを抑えるなど、食品のおいしさを維持する働きがあるため、加工食品に欠かせない素材となっている「トレハロース」の量産化を、世界で初めて実現したのも当社です。
トレハロースは、きのこ類や海藻類などに多く含まれ、自然界に存在している糖質のひとつですが、当社の研究員が土壌の微生物や酵素を研究し、それまでごくわずかしか生産できなかったトレハロースの大量製造を可能にする酵素を発見したことで、食品だけでなく、化粧品や医薬、農畜産分野への利用が可能になりました。
──御社は2020年6月に4つのマテリアリティを基軸とした「サステナビリティ方針」を発表されました。この内容と、策定の経緯について教えてください。
竹本 微生物・酵素の力を自然由来の原料と掛け合わせることで独自の素材を開発してきた当社にとって、地球環境・自然の恵みは、事業活動の源泉です。
2015年に国連で採択されたSDGsは、地球と社会に対する目標ですから、当社にとっても、決して他人事ではありません。加えて、2018年頃から、主にヨーロッパの取引先を中心に、サステナビリティの取り組みに関する問い合わせが増えてきたため、サステナビリティへの取り組み強化の重要性を感じていました。
「自然の力を使った製品開発で豊かな暮らしに貢献してきた林原とSDGsは親和性が高い」と話す竹本さん
また、BtoB事業が中心の当社では、SDGsの目標達成にはパートナーシップが欠かせないため、共通の課題意識を持ったパートナーに出会うためにも、サステナビリティの「発信」に力を入れる必要がありました。
そこで、サステナビリティの共通言語であるSDGsの概念を経営に取り入れて会社をデザインし直そうと、2019年度に各部門から若手・中堅層の社員を1名ずつ集めた「SDGsチーム」を設立。「2030年に向けて林原は何をすべきか、何ができるのか」をSDGsの観点を含めて議論しました。
こうして4つの「マテリアリティ」を制定し、2021年4月にサステナビリティ経営の推進を担う「経営デザイン室」を立ち上げました。
なお、制定したマテリアリティは以下です。
「①健康寿命延伸への貢献」
「②安定的な食料確保」
「③社員エンゲージメントの向上」
「④環境負荷の低減」
宗友 当社が「2030年のありたい姿」に近づくためには、「持続可能な社会への貢献」だけでなく、「持続的な企業価値の向上」も両立させなくてはいけません。
サステナビリティ経営を実践する取り組みには、経営陣と現場社員が共通意識を持って取り組むことが重要です。そして、その主体は社員です。多様な働き方やキャリアアップを支援しつつ、社員の心身の健康を守る「③社員エンゲージメント(帰属意識)の向上」は外せない課題として、マテリアリティに加えています。
竹本 マテリアリティを定義しても、社員一人ひとりが「自分ゴト」として捉えなければ意味がありません。そこで、全社員に浸透を図るべく、今年の4月から「全員参加プロジェクト」をスタートさせました。各部門から1~2名を選出し、部門の意見やアイデアを経営陣へ提言するとともに、エバンジェリストとして自部門へサステナビリティを浸透させる役割も担ってもらっています。
──御社は昨年、サプライチェーンに関する国際的な評価機関であるフランスのEcoVadis社(エコバディス社)のサステナビリティ調査において、「シルバー」評価を獲得しています。さらに社内意識を高める狙いは、どこにあるのでしょうか?
竹本 エコバディスは「環境」、「労働と人権」、「倫理」、「持続可能な調達」の4つの分野における企業方針、施策、実績について評価されるものです。上位25%の企業に与えられる「シルバーメダル」の受賞は、素材メーカーとしての当社の信頼性に一定のご評価をいただけたものと受け止めています。しかしこの先50年、そして100年と、求められ続ける企業となるためには、社内の意識改革をさらに進めていく必要があると考えています。
宗友 昨年社内でアンケートを取ったところ、SDGsやサステナビリティへの共感度は高いものの、マテリアリティへの理解度は低いという結果でした。
つまり当社はまだ、SDGs・サステナビリティと経営の統合が十分にできていないということだと思います。そこで、2030年に私たちが目指す"ステークホルダーの皆さまへの提供価値"を明確化し、その達成に向けた2025年度および単年度の目標を策定。今年の8月に「サステナビリティ行動計画」として社内外に表明しました。
「SDGsを自分ゴトとしてとらえられる社員を増やしていきたいですね」と話す宗友さん
竹本 当社は2021年9月にニューヨークで開催された「国連食料システムサミット」(Food Systems Summit/フードシステムサミット)への支持を表明し、コミットメントを発表しました。
当社が扱っているトレハロースには、食品のおいしさを維持する働きがあるので、賞味期限を延ばしフードロス削減に貢献できます。
また近年、環境負荷への配慮や健康意識の高まりから植物由来肉の需要が増加しています。トレハロースには、植物由来肉のクセを抑えて食感をよくし、おいしさを向上させる働きや、飼料に混ぜると家畜のストレスが軽減する効果、農作物の成長促進の効果もあることがわかっています。
SDGsと経営の紐づけにおいても、自分が研究している「トレハロース」が、フードロスや飢餓の削減といった課題解決に具体的にどう寄与しているかということを自分の言葉で説明できれば、もっと自信をもって研究に取り組めるようになり、それがやがて事業拡大につながるよい循環を生み出すと考えています。
──ステークホルダーとのパートナーシップ強化のために、発信にも力を入れているとお聞きしました。『FRaU』への出稿も、その一環なのでしょうか?
竹本 そうですね。当社の事業について、消費者の皆さまにも積極的に発信していくことで、当社の理念に共感してくださる方を増やし、また同時に記事に共感していただいたパートナー企業さまと、連携をさらに深めたいという思いがありました。同様に、自社ホームページでの「林原のサステナビリティ」のページや、「国連食料システムサミット」への支持表明も、外部発信強化の一環です。
宗友 当社が扱っている素材は、直接一般消費者の方の目に触れる機会が少なく、SDGsへの思いを表現するのが難しいという課題がありました。そこで、消費者に近いタッチポイントをつくろうと、『FRaU』さんへの出稿を決めました。
『FRaU』への記事掲載は、私たちにとっても大きな挑戦でしたが、おかげさまで社内外から多くの反響をいただき、大変ありがたく思っています。
8月号では、トレハロースが持続可能な食料システムにどう寄与するかということを一般の方にもわかりやすく、そして10月号ではトレハロースをご利用いただいているパートナー事業者さまのサステナビリティにどのように貢献しているかという事例をご紹介いただきました。
トレハロースが持続可能な食料システムにどう寄与するかをわかりやすく解説した『FRaU』8月号
──今後、さらに「SDGs」への取り組みは強化していくのでしょうか?
竹本 はい。今年の当社のテーマは、「試行錯誤」と「対話」でした。『FRaU』への出稿も当社にとっては大きなチャレンジでしたが、パートナーとの関係性が広がったり、社内啓発が進んだりと、SDGsの取り組み推進につながりました。
当社がSDGsの啓発でよく活用しているのが「ウェディングケーキの図」です。
出典:Stockholm Resilience Centre | Stockholm University
これは「土台である"環境"が傷んでしまうと、我々の"社会"、そして"経済(企業活動)"も成り立たない」という説明をする際に、社内教育などでも利用させていただいています。
この図を見ていると、結局、地球にも人にもやさしい価値を提供していかなければ、子どもたちが大人になったときに幸せな未来を残せないのだと感じます。
これからの時代、企業は「地球にも人にもやさしい」ということが大前提になってくると思います。そのなかで、自然の恵みとともに歩んできた老舗メーカーの責任として、SDGsは取り組まなければいけない"使命"だと考えています。「きれいゴト」を実現することが必要な時代になったと考えていて、これからもますます取り組みを強化していきたいですね。