2024年06月05日
戦後の日本において、「食糧の安定供給が図れる事業で社会に貢献したい」との想いから誕生した築野食品工業。米ぬかを無駄なく活用し、こめ油や医薬品原料へとアップサイクルする同社は、SDGsの誕生前から持続可能な社会の実現に貢献し続けています。父から引き継いだ事業への思い、そしてSDGsへの思いを、同グループ 代表取締役社長 築野富美さんに聞きました。
築野グループ株式会社 代表取締役社長 築野富美さん
──本来は廃棄される「米ぬか」をアップサイクルする御社の事業は、SDGsへの取り組みそのものです。築野グループは、どのような思いを持って、創業されたのでしょうか?
築野 築野食品工業は、私の父・築野政次が、1947年に農林水産省指定の精麦工場として創立したのがはじまりです。創業時から77年間、一貫してSDGsへの取り組みを推進してきました。
フィリピンのミンダナオ島で終戦を迎えた父は、過酷な状況で食べることにも非常に苦労したそうです。さまざまなご縁をいただいて無事帰国できたことに感謝した父は、戦後の食糧難の時代に「食糧の安定供給が図れる事業で社会に貢献したい」という想いで事業をスタートさせました。
1960年、米ぬかを原料とする製油業(こめ油の製造)に進出。背景には、麦の消費減退に伴う事業の多角化と、もうひとつ大きな理由があります。
米ぬかは、農家で生産されたお米を精米する際に生じるのですが、「処分に困っている」と、近所の農家や、米ぬかを肥料に活用していた業者から父は聞いていたそうです。
そこで、「なんとか捨てずに活用できないだろうか」と考えた父は、米ぬかからこめ油を製造する事業を設立。以降、当社では「米ぬかを余すことなく使い切る」ことを目標に、米ぬかに無限の可能性を見出し、事業を拡大してきました。つまり、当社の事業すべてが、この「もったいない」という精神と、「まだ何かできるのではないか(捨てるのではなく活用する)」という逆転の発想から生まれているのです。
「創業以来一貫してSDGsへの取り組みを進めてきた」と語る築野さん
──米ぬかを活用することで、具体的に、持続可能な社会や環境問題にどのように貢献できているのか、教えてください。
築野 米ぬかは、先ほども申しましたように、かつては飼料や肥料にされる以外は捨てられていたものでした。そのためそこには、廃棄やCO2の排出という問題がありました。
たとえば、米ぬかをこめ油にアップサイクルすることは、廃棄削減や環境問題への貢献だけでなく、食用油の国内自給率向上にも寄与します。これはサステナブルな循環であり、まさに循環型社会に貢献したビジネスと言えます。
築野食品工業のこめ油は、生産者、消費者、地球環境の3者によい循環を目指している
──こめ油にアップサイクルし、それでも生まれてしまう「無駄」については、どうされているのでしょうか?
築野 米ぬかからとれるこめ油は、全体の15%ほどです。残りの85%もなんとか活用したいと研究を重ねたところ、米ぬかには白米を熱や酸化から守る機能があり、抗酸化作用のあるビタミンEなど、健康と美につながる成分が凝縮されていることがわかってきました。
さらに、母乳にも含まれている成長促進効果のあるイノシトールや、更年期症状や動脈硬化を緩和する作用があるといわれるγ-オリザノールなどの、多くの機能成分が含まれていることもわかりました。
こうした副産物を宝に変える(捨てるのではなく活用する)逆転の発想で、「こめ油製造事業」のほか、「ファインケミカル事業」と「オレオケミカル事業」を展開。3つの事業で、こめ油製造に加え、化粧品や医薬品などの原料製品化など、さまざまな分野に活用を広げています。
米ぬかの高度有効利用を推し進める築野食品の3つの事業
──逆転の発想によって加わった、2つの事業について、詳しく教えてください。
築野 「ファインケミカル」は、特殊な用途で生産される、高機能・付加価値の高い化学品のことです。
築野食品では、米ぬかの機能性成分をその特徴に応じて、化粧品や医薬品などの原料に使用し製品化することで、さまざまな分野で活用しています。
たとえば、天然植物由来のマグネシウムなども米ぬかから製造可能です。健康食品や飲料の健康素材ミネラル源としてはもちろん、希少な天然の固結抑制剤としても利用されています。
米ぬかの豊富な成分を利用して製造したライスマグネシウム
「オレオケミカル」とは、植物由来の油脂を原材料として製品を生み出す化学のことです。
当社では、こめ油をつくる過程で発生した脂肪酸を利用し、インキや接着剤、潤滑油の原料などに使用する工業用原料をつくっています。最近では、米袋やコンビニおにぎりの包装など、フィルム印刷に使用されている「ライスインキ」と呼ばれるインキが、環境負荷の低減が期待できると注目されており、その原材料としても活用されています。
──事業以外にも、地元の発展のために、さまざまな取り組みをされているそうですね。
築野 はい。そこには、育てていただいた地元に恩返しがしたいという想いが強くあります。
本社所在地である和歌⼭県伊都郡かつらぎ町では、⾼等学校の跡地を活⽤し、国産資源「⽶ぬか」の研究開発拠点となるTSUNO innovation & welfare center (TIWセンター)を設立しました。地域の雇用・産業を促進するとともに、県外からの採⽤も強化。移住促進による地域活性化にも寄与しています。
ほかに、自社農地での地元小学生を対象とした芋掘り体験学習や工場見学を通じて、米ぬかの可能性や食の大切さを子どもたちに伝える活動も行っています。
こうした多岐にわたる取り組みによって、米ぬかをはじめ、弊社の事業に興味を持った方が全国各地から入社を希望されるケースが増加しており、私が社長に就任したとき125人だった社員は、現在550人に増えました。
──地元だけでなく、世界に向けても「米ぬか」の研究成果をシェアしているそうですね。
築野 世界中で生産されているお米の食糧としての重要性はもちろん、そこに含まれる成分の有効性についての研究成果と知見を共有するため、1998年より10年に一度、弊社が開催事務局となり、国際シンポジウムを開催しています。
シンポジウムでは、お米の持つさまざまな可能性についての有意義な意見交換がなされ、大切な資源である「米の科学」の発展に寄与できていると考えています。
──「食」の持続可能性から始まった御社の事業への注目は、今後ますます高まると思います。今後どのような未来を目指しているのか、展望をお聞かせください。
築野 私たちは「We have a dream in Rice Bran. ~米ぬかに夢を託して~」という言葉を掲げて事業を行っています。弊社では従業員全員が目を輝かせて米ぬかの夢を、そして将来を語っています。
残念ながら日本におけるお米の生産量、消費量は年々減少しており、米ぬかの発生量は減ってきています。
お米は日本の貴重な国産資源であり、健康や自給率にも寄与する重要な穀物です。私たちは、稲作、米食、副産物活用すべてが、サステナブルな循環を生み出す活動であると考えています。
私たちは、米ぬかにはまだ未知なる可能性が秘めていると思っています。さまざまな取り組みを通して、お米の価値を再認識してもらうとともに、お米がカタチを変えて世界中で活躍していることを知ってもらうきっかけになればと願っています。
そしてこれからも「もったいない」「まだ何かできるのではないか」という精神のもと、農家や事業者のみなさまとともに、米ぬかを通して豊かな暮らしをお届けしていきたいと考えています。
築野富美社長(左)と、同社取締役 経営企画部 部長を務める娘の築野靖子さん
筆者プロフィール
講談社SDGs編集部
SDGsをより深く理解し、その実現のために少しでも役立てていただけるよう、関連する知識や事例などの情報をお届けします。