エネルギー自治先進都市・長野県飯田市の事例を考える|SDGsと地域活性化【第3部 第1回】

2022年06月29日

SDGsを達成するには、全国展開する企業や、住民が多く存在する大都市圏だけでなく、すべての地域で積極的に取り組むことが必要です。特に地域におけるSDGsへの取り組みは、その地域の活性化につながるものであることが重要になるでしょう。
武蔵野大学工学部環境システム学科で環境政策を専門とする白井信雄教授が、SDGsを活かしてどのように地域の活性化を図っていくべきかを解説します。


今回から、先進的な持続可能な地域づくりを進めている物語(ヒストリー)を紹介します。取り上げるのは、2000年頃から環境と地域活性化を両立させる動きが注目されてきた地域です。これらの地域では、SDGsの動きを取り入れることによって地域づくりを進めてきたわけではありませんが、発展のダイナミズム(エコシステム)から、SDGsを活かした今後の地域づくりへの示唆を得ることができます。

初回は「エネルギー自治先進都市」として、長野県飯田市を取り上げます。エネルギー自治とは、地域や住民が主導して地域のエネルギーの生産・共有・消費に主体的に取り組むことです。石油や石炭、原子力等といった市民が制御しきれないエネルギーに依存するがゆえに、エネルギーは市民の手を離れ、中央政府や専門家、大企業など見えないところに依存せざるを得ない状況でした。しかし、再生可能エネルギー(以下、再エネ)は地域の身近にあり、制御可能な技術としての特徴を持つため、エネルギー自治が可能となってきたのです。

なぜ飯田市はエネルギー自治の先進地なのか

飯田市は、長野県の南端、諏訪湖から流れる天竜川に沿った南北に広がる「伊那谷」に位置します。総面積658.66 k㎡、うち森林面積が84%、人口約9万8千人(2022年5月)が居住する、典型的な中山間地域です。この飯田市がエネルギー自治の先進地といえる理由として、3つの点があげられます。

第1に、地域の至るところに市民共同発電所が設置されていることです。2017年時点の調査によれば、全国の市民共同発電所の数は推定で約1,000ヵ所。そのうち飯田市内の市民共同発電所は約350ヵ所となっていました。その市民共同発電所は、1つ1つは小規模なものですが、公共施設の屋根の上に設置され、そこを拠点とした環境教育が実施されてきました。

第2に、市民の再エネへの意識や関与が高いことがあげられます。筆者が2016年に実施した住民アンケート調査によれば、飯田市住民の住宅における太陽光発電の設置率は15%を超え、全国平均を大きく上回っています。山に囲まれた南信州にあり日照時間が長いという気候条件もありますが、市民共同発電所を活かした環境教育などの効果であると考えられます。

第3に、飯田市はもともと公民館における地域課題解決型の学習が活発な地域ですが、2013年に「飯田市再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくりに関する条例(以下、再エネ条例)が施行され、地域自治組織が主体となった再生可能エネルギー事業が推進されています。つまり、自治活動と市民共同発電の統合が制度化されています。この条例の仕組みについては、この後に記します。

飯田市内の地域拠点施設に設置された太陽光発電所

飯田市のエネルギー自治の発展プロセス

飯田市のエネルギー自治に関する取り組みのプロセスは、5段階で整理することができます(表1)。

第1段階では、全国に先駆けて行政による住宅用太陽光発電設置への融資あっせんと利子補給が開始されました。そして、シンポジウムの開催を契機として「NPOおひさま」が設立されました。同時期に、市職員も参加して「NPO山法師」が設立されました。

第2段階では、2004年度に環境省の「環境と経済の好循環のまちモデル事業(略称:まほろば事業)」による補助金を活用し、市民出資と市役所の支援により、公共施設の屋根上での市民共同発電事業が開始されました。NPOおひさまがリスクを覚悟して、「おひさま進歩エネルギー会社」を設立し、事業主体となりました。

第3段階では、市役所とおひさま進歩エネルギー会社より、一般住宅や工場等の屋根上での太陽光発電所の設置が全市的に展開されました。第2段階は公共施設での展開、第3段階ではそれ以外での展開です。一般住宅向けの事業では、設備リースにより初期投資0円で太陽光発電が設置される仕組みが創出されました。

第4段階は再エネ条例が制定されました。これにより、市役所とおひさま進歩エネルギー会社の公民協働を中心に進めてきた再エネ事業が、地域自治組織主導のものとなりました。市内中学校では、中学校生徒会の発案で太陽光発電所が企画され、再エネ条例の認定を受けました。

第5段階は、売電を前提とした発電事業に留まらず、エネルギーの地産地消を目指す地域新電力会社が設立されました。同会社への市行政の出資はなく、おひさま進歩エネルギー株式会社を含めた3つの民間企業が事業主体ですが、公共施設への電力供給が事業の基盤であり、公民協働での運営となっています。

表1 飯田市におけるエネルギー自治の年表(段階別)

再エネ条例を活用した飯田市の取り組み

次に、再エネ条例の仕組みとそれを活用した飯田市の事業の実施状況を詳しく説明しましょう(図2)。この条例で整備された仕組みのポイントとして、3点をあげます。

1つめは「地域環境権」を市民に賦与していることです。「地域環境権」とは、「現在の自然環境及び地域住民の生活と調和する方法により再生可能エネルギーを自ら利用し、その下で生活していく地域住民の権利」として、条例に定められたものです。

2つめに「公民協働」のルールを定めたことです。このルールでは、「認可地縁団体」等の地域自治組織が地域住民として事業を行う主体となること、その主体が企業等の「公共的団体」と協働して「地域環境権」を行使できること、そして再エネ事業実施には地域的合意が必須であり、持続可能な地域づくりに役立つように「公益的利益還元」を実施することを求めています。

3つめには、専門機関を設けて「公共品質」を確保しています。専門機関とは専門家で構成する第三者機関である「飯田市再生可能エネルギー導入支援審査会」のことです。同会は、公益性や安定運営性について助言・提案したうえで、市長が対象事業を認定し、客観的・公共的な信用付与を行い、市場からの資金調達の円滑化を図る、といった支援を行うための答申を行います。

再エネ条例で定められた仕組みにより、再エネ導入における自治活動のメリットが創出され、地域自治組織の再エネへの取り組みが促されました。再エネ条例の制定当初は、地区のまちづくり・地域づくり委員会が事業主体、おひさま進歩エネルギーが協働企業となり、コミュニティセンター等の地域拠点施設の屋根上に太陽光発電を設置する場合が多くありました。その後、小水力発電所が認定され、さらに小学校で設置する太陽光発電、おひさま進歩エネルギー以外の協働企業の事業などが認定されてきています。つまり、事業の多様化が進んでいるのです。

現在、再エネ条例による認定事業は23件となっています。地域から相談や要望があり、事業認定に至るわけですが、市役所職員が現場に出向き、条例の仕組みの説明や関係者の調整を行うことで、事業認定に至っています。市役所職員がコーディネイターとしての役割を発揮している点も見逃せません。

図1 飯田市における再エネ条例の概要

地域新電力の設立と地域貢献

飯田市の地域新電力会社である「飯田まちづくり電力株式会社」は、株式会社飯田ケーブルテレビ、おひさま進歩エネルギー株式会社、株式会社飯田まちづくりカンパニーの三者が出資して、2018年に設立されました。地域での顧客開拓、電力調達、収益の地域還元を図るうえで、それぞれの企業が持つ強みと蓄積したノウハウを活かしていく協力体制となっています。

この新電力会社の役割は、エネルギーの地産地消を進めることですが、それ以外にもローカルSDGsへの貢献に配慮した取り組みを実施しています(表2)。飯田市行政の要請もあるわけですが、収益をあげることではなく、地域づくりを進めることがこの会社のミッションになっていることがわかります。

表2 飯田まちづくり電力株式会社におけるSDGs貢献型の割引

エネルギー自治への関与の多様化・多面化

ところで、前述の5段階のプロセスにおいて注目すべきは、「再エネに関わる主体の多様化」と「住民の関わりかたの多面化」が進んでいることです。
各段階の関与の主体と関わりかたのおおよそのところは、表1に示しました。飯田市のエネルギー自治は、市行政とおひさま進歩を中心とした公民協働が推進の基盤となってきましたが、段階を積み重ね、第3段階では、民間事業者(工場)が設置者となり、地元金融機関も融資者となりました。第4段階では、再エネ条例により地域自治組織が主導者として参画することになりました。

住民の再エネへの関与の選択肢を図2に示しました。自宅に再生可能エネルギーを設置できない住民もいますが、出資、購入、計画参加等の様々な方法で住民は再エネに関与することができます。飯田市の住民は、再エネを活かす地域づくりが進むことで、消費者、設置者、出資者、学習者、自治組織構成員という様々な関わりかたができるようになってきています。住民が多面的に再エネに関与できることが、エネルギー自治の重要な点です。

図2 住民の再生可能エネルギーへの関与の選択肢

飯田市のエネルギー自治から何を学ぶか

飯田市では、たくさんの市民共同発電所の設置を基盤として、市民の再エネへの意識を高めました。さらに再エネ条例や地域新電力により、市民は再エネに対して多面的な関与を持つようになりました。

さらに、ハードウエア(発電所)、ヒューマンウエア(組織、住民、社会関係資本)、ソフトウエア(政策・条例)の相互作用を高める取り組みが時間軸で積み重ねられてきました。飯田市はもともと地域課題解決型の公民館活動が盛んでしたが、それによって形成されてきた結合型社会関係資本が再エネ事業によってさらに活かされ、強化されてきているとみることもできます。

飯田市がエネルギー自治を高めてきたプロセスや手法をそのまま他地域に持ち込み、一朝一夕に成果をあげることは難しいかもしれません。しかし、その取り組みから得られる次のような示唆は、他地域でも参考になると考えられます。

  1. 地域自治組織や住民が主体的に動くエネルギー自治の形成を目標として、それに向けた学習を促すとともに、住民はもとより多様な企業の参加機会を提供し続ける。
  2. 公民協働を通じて、地域のエネルギー自治を担う専門会社(飯田の場合はおひさま進歩エネルギー等)の形成と成長を促す。
  3. 公民協働や公共品質を確保する仕組み(条例)をつくり、行政職員が条例の運用、つまり事業のコーディネイトに汗をかく。

エネルギー自治とSDGsとの関連

本連載の4回目に、地域主導の再エネ事業によるSDGsへの貢献例を示しました。これらの多面的な貢献は、飯田市においてもみられることです。おひさま進歩エネルギー株式会社が長年手がけてきた環境教育、小学校や中学校での再エネ条例認定事業の実施、飯田まちづくり電力会社が行っている子育て支援等を考えると、飯田市のエネルギー自治は、3番目(すべての人に健康と福祉を)、4番目(質の高い教育をみんなに)といったゴールの達成にも関係しています。

市民共同発電所や条例による発電所設置が生む気候変動防止や地域経済活性化の効果は、それだけでは大きいとは言えないかもしれませんが、それに住民が関わっていることが重要な意味を持ちます。今後は、地域新電力によるエネルギーの地産地消などが進み、気候変動防止や地域経済活性化の効果は波及的に大きなものとなっていくでしょう。

そして、飯田市のエネルギー自治が成果をあげているもうひとつの重要なゴールは、17番目のパートナーシップです。再エネによりパートナーシップが高まり、それを基盤にして再エネの導入・活用が進むという相互作用が形成されていることが、飯田市の取り組みの真骨頂だといえるでしょう。

次回は、公害問題が深刻であった地域が環境先進地となってきた事例をとりあげます。

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SDGsの基礎知識