2022年07月08日
SDGsのアプローチは、ともすれば国際機関や国家、あるいは大企業といった大きな主体が取り組むべきものと思われがちです。
しかし、将来の世代に持続可能な地球を残すために、私たちの暮らしは変わらざるを得ません。政治や行政、ビジネスの変化をただ待つだけではなく、市民の生活や消費のスタイルも変化させる必要があります。
本連載では、私たちの日々の衣食住とSDGsの各目標との関係を整理し、持続可能な未来のためのライフスタイルについて想い描きます。
国連の持続可能な開発目標(SDGs)は、開発と環境を包摂する国際目標です。前身のミレニアム開発目標(MDGs)は開発分野の国際目標だったため、取り組む主体も国家、開発援助機関、NGOなどが中心でした。一方SDGsは、環境と経済、先進国と途上国といった二項対立を乗り越えて、すべての人々にとって理想的な社会を作ることを目標としており、各国の中央政府だけでなく、地方自治体、企業、メディア、教育機関に加え、市民社会や市民ひとりひとりも取り組みの主体に数えられています。
衣食住は人間が生活する上での基本的ニーズですが、その生産と流通は多くの企業の事業領域ですし、また関連する法律や規制を通じて、国や地方の政府とも関わる領域です。そこで本連載では、衣食住の視点からSDGsを展望し、市民として、ビジネスパーソンとして、SDGsについて考えてみたいと思います。
衣食住の中でも最も根幹を成す要素は「食」でしょう。この世に食べない人はいませんし、どのような地域であっても、人間が住むところには必ず食に関連するビジネスが存在しています。
ところであなたは、食というと何を思い浮かべるでしょうか。手に取って口に運ぶ具体的な食べものや食品でしょうか、献立や料理文化、または材料となる野菜や肉や魚でしょうか。レストランや食堂など提供される場所を想い描く方もあれば、給食や弁当など提供の方法を考える方もいるでしょう。あるいはダイエットやサプリメントについて連想されるかもしれません。食にはこのように多様な切り口があります。
従来、食の領域は、生産(農業や漁業)、加工・製造、流通、消費と、段階ごとに切り分けられ、取り扱われてきました。しかし、農業の大規模化や機械化、そしてグローバル経済の発達により、食の生産から流通、消費、廃棄に至るサプライチェーンは、複雑に絡まり合い、海を越え国境を超えて、地球の隅々を結びつけるようになりました。
現在、私たちの日常にある食のサプライチェーンは、国を超えてつながっていて、かつ、それぞれの段階が密接に影響し合っています。
たとえば、健康への意識から糖質制限という食べ方が流行すると、その影響はサプライチェーンを遡って波及し、炊飯器の売り上げ低下やコメの消費量減少をもたらします。場合によっては、日本の耕作放棄地が増える要因になるかもしれませんし、過疎や農山村の荒廃とも無縁とは言えないかもしれません。
スナック菓子やチョコレート、アイスクリームはごくありふれた食べものですが、多くの製品が共通して含む原料の植物油脂・パーム油については、東南アジアの森林破壊の主因であるという批判が長年寄せられています。パーム油の原料となるアブラヤシは、原生林を切り開いてつくられた農場で、プランテーションとして栽培されることが多いためです。私たちがコンビニで何気なくお菓子を買う行為は、まわりまわって東南アジアの森林破壊を引き起こしているかもしれません。
人間は食べなければ生きていけませんが、現代の、特に先進国の社会では、食の消費の選択肢が日常にあふれています。消費者は金銭的な余裕さえあれば、どんな食でも手に入れることができます。とはいえ繰り返し行われる日常的な食の消費については、消費者のひとつ川上に当たるスーパーマーケットやチェーンストアが、何を販売するかの影響も多くあります。つまり、生産ではなく、チェーンの下流にある流通や消費の段階が、食のあり方を決めているのが現代の食なのです。
したがって、食が環境や社会に及ぼす影響を考える際には、従来のように工程ごとに分けて考えるのではなく、食のシステム全体を捉えなくてはいけません。この生産、加工、流通、消費、廃棄にわたるあらゆる食の取り組みをひとまとめにして、フードシステムと呼びます(農業と食をあわせて、アグリフードシステムと呼ぶ事も有ります)。SDGsと食を考える場合、フードシステムの視点が重要です。
現在、世界のフードシステムは多くの課題に直面しています。農林業部門は、世界の温室効果ガス排出量の4分の1に寄与していて、食料生産は気候変動の主要要因のひとつです。しかし同時に、気候変動の結果である異常気象の頻発は、食料生産に大きなダメージを与え、世界の食料需給や農村の経済を不安定化させています。
品種改良、農薬や化学肥料の多用、機械化、単一作物の集約的な栽培で特徴づけられる工業的農業は、農業の生産性を飛躍的に高めましたが、世界各地の森林を伐採して農地に変えたことで気候変動を促進し、多くの生きものの生息場所を奪いました。水質や土壌の汚染、遺伝的多様性の喪失も工業的農業につきものです。
増え続ける世界人口をどう養うかもまた問題です。意外に思われるかもしれませんが、現在、世界では、世界人口を養うことができるだけの食料生産量があります。1960年代以降、工業的農業が主流化するにつれて、世界の穀物生産量は約3倍に増大しました。現在の穀物生産量は年間で27億トンに達していますが、世界人口がおよそ79億人であることを考えると、計算の上では、穀物だけで、1人当たり年間0.3トンの分け前が生産されていることになります。
にもかかわらず、飢えに苦しむ人の数は年々増加しています。国連食糧農業機関の推定によれば、2019年には約6億9000万人が飢餓状態にあります。なぜ食料の生産効率が向上しているのに、飢餓はなくならないのでしょうか。
原因のひとつに、生産される穀物の多くが家畜用飼料として利用され、人間の口に入らないことがあります。また、生産される食料のうち約3割が廃棄されているというフードロスも問題です。さらに、経済的に貧しい人々にとって、収入が下がったり物価が上昇した場合、真っ先に切り詰められるのは食費です。要するに飢餓とは単純な食料の生産量の不足ではなく、分配の問題なのです。
飢えだけではなく、栄養不良も食に起因する問題です。乳製品や生鮮の果物、野菜、そしてタンパク質を多く含む食品は、炭水化物などに比べると高価で、十分に栄養価がある食事をするためにも、金銭的な余裕が必要です。栄養があって質の高い健康的な食事は、先進国・途上国を問わず、貧しい人には手が出ないものとなってしまっています。
フードシステムは新型コロナ禍によってさらに混乱しました。国境の封鎖はグローバルな食の流通を混乱させました。生産段階では、季節的な移民労働者の往来が制限され、先進国の農業経営が不安定し、彼らの出稼ぎに頼っていた途上国の農村地域にも打撃を与えました。ロックダウンで外食関連産業では失業者が続出しましたが、多くは非正規など立場の弱い労働者でした。パンデミックは、フードシステムの脆弱性を高め、社会の弱い立場にある人々を一層苦しめました。
2021年9月、コロナ後の世界のフードシステムを、より環境に配慮し、持続可能で、公正で、健康的なものへと変革することを目標として、国連フードシステムサミットが開催されました。開催に当たり、国連は、フードシステムは「目標2 飢餓をゼロに」だけでなく、SDGsの17の目標すべてに関わりがあること、したがって、フードシステムの変革はSDGsの達成に最も大きな推進力になると主張しました(表1)。
表 1 フードシステム改革とSDGsの17の目標の関係
世界では何十億人もがフードシステムに関連して生計を立てています。世界銀行によれば、世界のフードシステムの価値は8兆ドルと推定され、世界経済のおよそ10分の1を占めています。持続的で公正なフードシステムが実現すれば、多くの国や地域の経済、人々の生活を変えることができるでしょう。
また一般に、開発が進むと農業の生産性があがるため、農業従事者の割合が少なくなります。世界のすべての労働人口のうち農業就業者が占める割合は、1990年代には40%程度でしたが、2018年には29%まで低下しています。それでもまだ、世界全体で、およそ10億人が農業に従事していて、なかでもアフリカや南アジアの農村地域では、農業は地域における収入の過半を占めています。これらの地域は飢餓人口が多い地域でもあるため、フードシステムの改革の効果が一層、期待されます。
国連フードシステムサミットには日本政府も参加しましたが、サミットに先立つ2021年5月、農林水産省は、「みどりの食料システム戦略」を策定しています。これは災害や温暖化に強く、生産者の減少やポストコロナも見据えながら、健康的な食生活や持続的な生産・消費の活発化に対応することを目的として今後の農林水産行政の方針を示したものです。
この戦略では、2050年までに目指す姿を次のように描いています(表2)。
表 2 みどりの食料システム戦略 2050年までに目指す姿
農林水産業のCO2ゼロエミッション化 化学農薬の使用量(リスク換算)を50%低減 輸入原料や化石燃料を原料とする化学肥料の使用量を30%低減 有機農業の取り組み面積の割合を25%(100万ha)に拡大 食品製造業の労働生産性を最低3割向上 持続可能性に配慮した輸入原材料調達の実現を目指す エリートツリーの林業用苗木を9割以上に拡大 ニホンウナギ、クロマグロ等の養殖において人工種苗比率100% |
注目は、有機農業の取り組み目標でしょう。現状の2.3万ヘクタールから100万ヘクタールへと、極めて野心的な面積の拡大目標が掲げられています。これまで、世界に比べるとやや遅れていた有機農業の拡大についに本腰を入れるのであれば、大きな進展といえます。また、絶滅危惧種でありながら、水産重要対象種であるニホンウナギとクロマグロを取り上げている点も日本らしい目標です。
これらの戦略でフードシステムを対象とすることの最大の意義は、食に関わる全ての分野を包括的に取り扱えることです。しかし先に掲げたフードシステムサミットでのSDGsの位置づけと見比べると、みどりの食料システム戦略が掲げるビジョンでは、健康や栄養、コミュニティといった要素はそれほど前面に表れていません。持続可能で公正なフードシステムへの転換が急務だという国際社会の論調からすると、やや物足りなさを感じます。
しかしこれは、戦略が農林水産行政という枠組みに依拠する以上、仕方がないことともいえます。省庁では乗り越えられない壁を乗り越えていくのは、ビジネスや市民社会の取り組みなのかもしれません。農林水産行政のビジョンを、フードシステム全体の変革に波及していくような、新たな実践が期待されます。
次回は、食とSDGsをめぐる際に避けては通れない肉食をめぐる議論について取り上げます。