レジリエンスとは? SDGs実現のカギのひとつは、危機や困難への対応力

2023年03月14日

ここのところビジネスや心理学、そしてSDGsの分野など、さまざまな場面で「レジリエンス」という言葉を耳にするようになりました。レジリエンスは、目まぐるしく変化する時代の課題解決力として注目されている概念です。
本記事では、SDGsを中心とした視点からレジリエンスの意味を探り、事例なども交えながら今後SDGs達成のためにレジリエンスにどう取り組んでいくべきか、そのヒントをご紹介します。

レジリエンスとは

「レジリエンス」が生まれた背景

レジリエンス(resilience)「回復力」「弾力性」「適応力」などの意味を持つ言葉で、ラテン語の「fusilier(跳ね返る)」から派生したと言われています。元々は、物質が外力を吸収して変形し、元の形に戻ろうとする性質をあらわす物理学用語として使われていました。レジリエント(resilient)という形容詞で使われることもあります。

物理的な弾性やしなやかさという意味で使われてきたレジリエンスは、1950年代になると、「困難な状況にあっても回復する精神力」という意味で、心理学の分野で使われるようになります。そして近年ではビジネスや生態学、防災、教育などさまざまな分野で「これからを生き抜くために不可欠な回復力や適応力」という意味で用いられるようになりました。

この言葉がSDGsの視点でも注目されるようになったのですが、そのきっかけのひとつとしてレジリエンスがメインテーマとなった2013年の世界経済フォーラム(ダボス会議)があげられます。レジリエンスと経済的競争力を軸に国力の評価が行われたこの会議で、日本は経済的競争力に対してレジリエンスが著しく低いと評価されました。

ダボス会議でレジリエンスが大きく扱われるようになったのは、地球全体が想定外のリスクにさらされるようになったこと、さらにグローバル化によってその影響が一国にとどまらず、世界中に連鎖するようになったことが考えられるでしょう。経済危機やアメリカ同時多発テロ、大規模な自然災害、サイバー攻撃などを世界が経験し、そこから立ち直るためのレジリエンスが共通認識となりました。

日本では、2011年に起きた東日本大震災でその重要性が再認識されています。さらに新型コロナウィルスの感染拡大により、レジリエンスが持つ意味はいっそう高まっていると言えるでしょう。想定外の困難にあっても、しなやかに回復する強さが、個人レベルから企業、国、地球規模で求められています。

世界で起こっている問題は、自然災害、環境破壊、食料問題、エネルギー、テクノロジーなどさまざまな分野に及びます。これらの課題には複雑な要因が絡み合っており、単独で解決できるものではありません。レジリエンスは、これらの困難に対応するためにますます重要性を増していくことになるでしょう。


レジリエンスの一般的な意味や使われかた

レジリエンスには明確な定義がなく、分野ごとにやや異なる使われかたをしています。心理学では逆境から立ち直り成長する力、ビジネスシーンでは突然のリスクやトラブルに対する適応力、生態学では環境汚染や自然災害による被害からの回復力など、多方面においてさまざまなニュアンスで使用されています。日本の教育現場では、いじめなどのトラブルを乗り越えしなやかに生きるための「レジリエンス教育」が進められています。

ビジネスシーンでのレジリエンスも、個人・企業を問わず重要性を増しています。その背景には、時代の変化が起こるスピードが早まっていることや、労働環境の変化があります。テクノロジーの急速な発展や、リモートワークの導入、ダイバーシティの推進など、働く環境の変化は誰もが感じていることでしょう。働きかたが多様化すれば、それを柔軟に受け止め対応していく能力も必要となります。

なお個人においては、「メンタルヘルス」がレジリエンスに近い位置づけではありますが、メンタルヘルスは心の健康をあらわす言葉で、「心理的な負担を軽減することにより精神の疾患を予防する」ことを意味します。一方レジリエンスは「起きた困難をどのように受け止め、上手く回復できるか」を意味します。


目まぐるしく変化する環境において、すべての変化を予想して防ぐことは困難です。したがって、変化を柔軟に受け止め上手く切り抜けていく能力が必要とされているのです。レジリエンスは、いろいろな分野で応用可能な多面的な概念であるため、曖昧に捉えられがちですが、「脆弱性(vulnerability)」を対義語と考えると理解しやすいかもしれません。

宇宙飛行士の野口聡一さんは、2021年に搭乗した宇宙船「クルードラゴン」に、レジリエンスという愛称を付けたことを発表しています。コロナ禍で苦しむ世界がそこから回復するための力になれば、との想いを込めていたそうです。

SDGs視点によるレジリエンス

2013年のダボス会議でメインテーマとなり、その後2015年にSDGsが国連で採択されたことで、レジリエンスに対する注目はさらに高まるようになりました。SDGsの17の目標と169のターゲットの文言の中で、レジリエンス(強靭性)という言葉は繰り返し使用されています。

社会・生態システムにおけるレジリエンス科学の先駆者であるブライアン・ウォーカー教授は、「変動する環境下で社会が持続するには、高いレジリエンスが必要である」と提唱しています。

SDGsにおいて、レジリエンスは「気候変動への対応と災害に備えた街づくり」「貧困層の脆弱性の軽減」「飢餓をゼロにするための食料生産システムの構築」などで使われています。その詳細をご紹介しましょう。

レジリエンスとSDGSゴールとの関連性

目標1「貧困をなくそう」
あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる

ターゲット1.5に「2030年までに、貧困層や脆弱な状況にある人々の強靭性(レジリエンス)を構築し、気候変動に関連する極端な気象現象やその他の経済、社会、環境的ショックや災害への暴露や脆弱性を軽減する」とあります。

貧困はさまざまな要因によって起こります。開発途上国の絶対的貧困だけでなく、先進国の相対的貧困も問題となっています。必要な支援を提供することはもちろんですが、それぞれが環境の変化を乗り越えていくためには、経済的な自立をサポートする仕組みを作っていくことが求められます。

目標2「飢餓をゼロに」
飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する

ターゲット2.4に「2030年までに、生産性を向上させ、生産量を増やし、生態系を維持し、気候変動や極端な気象現象、干ばつ、洪水及びその他の災害に対する適応能力を向上させ、漸進的に土地と土壌の質を改善させるような、持続可能な食料生産システムを確保し、強靭(レジリエント)な農業を実践する」とあります。

飢餓をゼロにするためには、安定的な食料生産を持続させなければなりません。そのために必要なのが、レジリエントな農業システムです。

目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」
強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る

目標11「住み続けられるまちづくりを」
包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する

この2つの目標では、自然災害が起こっても迅速に復旧できるインフラの構築と、都市に発生するさまざまな問題に対応し誰もが住みやすい街を作ることの必要性について言及しています。

目標13「気候変動に具体的な対策を」
気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる

ターゲット13.1に「すべての国々において、気候関連災害や自然災害に対する強靭性(レジリエンス)及び適応力を強化する」とあります。

気候変動による地球温暖化により、集中豪雨や海面上昇、干ばつなどの被害が増え、今後もさらに拡大することが予想されます。気候変動の課題はさまざまなジャンルと連動しているため、広い視野で取り組む必要があります。


目標14「海の豊かさを守ろう」
持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する

ターゲット14.2に「2020年までに、海洋及び沿岸の生態系に関する重大な悪影響を回避するため、強靭性(レジリエンス)の強化などによる持続的な管理と保護を行い、健全で生産的な海洋を実現するため、海洋及び沿岸の生態系の回復のための取組を行う」とあります。

廃プラスチックゴミ等の海を汚染する原因への対応とともに、生態系を守っていくための取り組みが求められます。特に海に囲まれた日本にとっては大きな課題といえます。

行政や企業とレジリエンス

行政:防災、まちづくり、医療/衛生など幅広い分野で

「災害レジリエンス」は、災害への対応力という意味で用いられています。災害レジリエンスは、第3回国連防災世界会議の成果文書として採択された防災指針「仙台防災枠組2015-2030」において、「災害に対するコミュニティや社会が、その基本構造や機能の維持・回復を通じて、災害の影響を適時にかつ効果的に防護・吸収し、対応するとともに、しなやかに回復する能力」と定義されています。

耐震化や不燃化などの事前にできる予防力、想定外の災害が起きたときに状況に応じて行動する順応力、そしてこれまでのシステムの在りかたを根本的に見直す転換力の3つの要素が必要だとされています。一人ひとりが素早く対応するため、災害情報をリアルタイムで提供する仕組みなども紹介されています。

海に囲まれた地震大国である日本では、これまでも被害を最小限に抑えるためのさまざまな工夫が行われてきました。しかし、地球環境の急速な悪化や大規模な津波、洪水、地震などの災害の頻発は、都市の持続的な発展に大きな障害となっており、レジリエントなまちづくりがますます重要なテーマとなっています。

また高い信頼性が求められる医療の分野では、「レジリエンスエンジニアリング」というアプローチが注目されています。医療ではこれまでは失敗事例をもとにした安全管理が行われてきました。が、患者や現場の状況が刻々と変化する医療現場において、すべてを制御するには限界があります。状況に合わせ、限られたリソースの中で柔軟に対応していくのがレジリエンスエンジニアリングです。この考えかたは、宇宙航空や原子力などの分野でも浸透しています。

企業:変化や危機に対応するレジリエンス経営

企業におけるレジリエンスは、不測の事態や企業を取り巻く環境の変化に対応できる組織と、問題に直面した際に一人ひとりが上手に対応できる社員個人、この両面で考えることができます。

企業がレジリエンスを取り入れる場合、取り組みのひとつとしてあげられるのが「ダイバーシティ&インクルージョン」(D&L)です。D&Lは性別や年齢、国籍、人種、宗教、障がいの有無など個々の違いを受け入れ、さらにそれぞれの個性を尊重しながら発展する取り組みを表しています。変化に対応しながら組織の活性化と個人の充足を両立させるために、非常に重要なテーマといえるでしょう。

その他の取り組みとして、PDCAとは異なる行動手法として注目されている「OODA(ウーダ)」があります。これはObserve(見る)、Orient(わかる)、Decide(決める)、Act(動く)の頭文字をとったものです。計画から始まるPDCAサイクルとは異なり、観察するところから始まるOODAは、変化に合わせた柔軟な対応ができるようになるとして、予測が難しい時代の課題解決のメソッドとして注目されています。

他にも、将来起こることが予想されるシナリオを複数描き、それぞれの対処法を考える「シナリオプランニング」や、組織のメンバーが安心して発言できる「心理安全性の確保」などによって、レジリエンス経営に取り組む企業が増えています。

企業のレジリエンスを高めるには、従業員一人ひとりのレジリエンスも高める必要もあります。経済のグローバル化が進み国際競争が激化する中で日本が存在感を高めるためにも、レジリエンスは大切な能力であるといえます。物事を多面的に楽観的にとらえ、困難にぶつかったとしても、それを乗り越えさらに成長していく力が求められます。

レジリエンスの必要性はビジネスシーンに限ったことではありません。日常生活におけるさまざまなストレスに負けず、いきいきとした毎日を送るためにも備えておきたい能力です。

日本国内における代表的な取り組み

政府の取り組み方針

2014年に成立した「国土強靭化基本法」に沿って「国土強靱化(ナショナル・レジリエンス)」の取り組みが推進されています。
これは「強さとしなやかさ」を備えた安全・安心な国土・地域・経済社会の構築を目指すもので、

  1. 人命の保護が最大限に図られること
  2. 国家及び社会の重要な機能が、致命的な障害を受けず維持されること
  3. 国民の財産及び公共施設に関わる被害の最小化
  4. 迅速な復旧復興

を基本目標としています。

具体的には、南海トラフ大地震による津波に備えた海岸堤防、消波提離岸堤などの整備、洪水時の危険に対する河川改修工事、停電時にも燃料供給を継続する47都道府県でのサービスステーションの設置、高規格道路と直轄国道のダブルネットワークによる災害時の交通機能の確保などが推進されています。

自治体の取り組み事例

京都市

京都市では、魅力と活気に満ちた都市(=レジリエント・シティ)の実現に向けた取り組みを進めています。京都市が直面している課題はいくつかあり、地震や台風などの自然災害による被害、人口減少、文化や景観の継承に関わる課題、空き家問題などです。

これらの危機や課題に対応するための施策を、リーディング事業と位置づけ推進しています。市民と行政が一体となった子育て支援ネットワークの充実、だれもがあらゆる場所で活躍できる京都ならではの働きかた改革、京都で学び働きたいという希望をかなえる移住・定住促進、地域コミュニティの活性化など、京都の強みを活かす取り組みが特徴的です。

京都市は、アメリカの慈善事業団体であるロックフェラー財団が創設した「100のレジリエント・シティ」のプロジェクト参加都市に選ばれています。

金沢市
金沢市は、ユネスコが定める「創造都市」の一つに選定され、「文化」を土台としたレジリエントな街づくりを進めています。そのひとつが「グリーンインフラを取り入れた街づくり」です。

グリーンインフラは、自然環境が有する機能を社会におけるさまざまな課題解決に活用しようとする考えかたですが、金沢市がグリーンインフラの要素として特に重視しているのが、伝統的な景観を作っている用水と庭園です。これらは、都市景観の維持や自然災害があった際の延焼防止や避難所の確保、分散型雨水管理として機能するだけでなく、人とのつながりを生み出す役割も担っています。

企業の取り組み事例

ユニ・チャーム

ユニ・チャームでは、「国家間の関係性」と「政策・人々の意識」との2軸において、不確実性の高い未来に備えたシナリオプランニングを行っています。国際協調が進むか否か、環境政策が優先されるか経済が優先されるか、など想定される4つのシナリオのもと、中長期の環境変化を予想し、それに対応するリスクへの組織対応力を高めています。

この取り組みは、国によって異なる法規制に対応するため、事業を展開する80を超える国々で行っているということです。またOODAを導入し、現場のスタッフ一人ひとりが自主的に何をすべきか判断して行動する組織を目指しています。

キリンホールディングス

キリンホールディングスでは、「キリングループ環境ビジョン2050」を公表し、生物資源、水資源、容器包装、気候変動の4つへポジティブなインパクトを与えることを重要課題として取り組んでいます。また、レジリエントにつながる多様性への対応を積極的に推進しています。2006年に「キリン版ポジティブアクション」を宣言し、母親になっても営業の仕事を続けられるかというような課題を元に発案された「なりキリンママ・パパ」を始めとする、独自の働きかた改革を進めています。


個人ができること

レジリエンスのために、個人ができることもたくさんあります。まず防災の面では、災害に備えて水や食料を備蓄すること、避難経路や情報の収集方法を確認しておくなどの準備が代表的です。地域の活動に参加するなどして、いざという時に助け合える関係性を築いておくこともできます。

未来の予測が困難で、何が起こるかわからない時代です。新しいスキルを身に付けたり、知らない場所へと行動範囲を広げたりなど、自分自身の知識や価値観を広げることが、何かの役にたつかもしれません。日頃から目の前の状況を冷静に分析して、それに合わせて臨機応変に対応することを習慣化したいものです。研修やセミナーに参加し、対応力や自己肯定感を高める活動を行うこともいいでしょう。

今後の課題

VUCA(社会やビジネスにとって、未来の予測が難しくなっている)時代と呼ばれ、環境変化が激しい現在では、社会も企業も個人もどれだけ臨機応変に対応していけるかが大きな課題となっています。

そのためにレジリエンスは有効な考えかたですが、多様な概念であるため、単に言葉の表面をなぞるような目標設定にしてしまうと、あいまいなまま具体的な施策に落とし込むことなく過ごしてしまう可能性があります。それぞれの目的と結びついたレジリエンスとは何か? を模索していくことが必要です。

また、何らかの困難に直面したとき、事前に予測されていたシステムに従うのか、計画にはないが現在の状況に合わせた対応をするかで、相反する行動になってしまう可能性もあります。両方を相互補完的に取り入れられるような制度設計も必要となってくるでしょう。

レジリエンスを知るための本

「包摂都市のレジリエンス 理念モデルと実践モデルの構築」 
大阪市立大学都市研究プラザ(編集)/水曜社

文化創造と社会的包摂に向けた都市の再構築をテーマに研究を続ける大阪市立大学都市研究プラザが、創設から10年の間に関わってきた研究者たちの論考をまとめたものです。日本と東アジアの事例を多数紹介し、「21世紀型レジリエンス都市」はどのようにあるべきかを探っていきます。

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「レジリエンス思考――変わりゆく環境と生きる」
ブライアン・ウォーカー(著)、 デイヴィッド・ソルト(著)、 黒川耕大(翻訳)/みすず書房

レジリエンス思考による環境保全を提案する生態学者による著書。フロリダのエバーグレーズやカリブ海のサンゴ礁など、5つの地域の環境問題を取り上げ、レジリエンスの視点から解決策を提案しています。環境問題に取り組む人はもちろん組織のシステム管理に携わる人にとってもヒントとなる一冊です。

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SDGs実現のためには、多様性を受け入れる柔軟性やコミュニケーション力、変化への対応力、そして最善を導き出す問題解決力などによって、多くの課題を総合的に解決していくことが必要です。そのために、レジリエンスという視点で世界を見ることは欠かせないでしょう。

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SDGsの基礎知識