2024年09月17日
今回は、SDGsのゴールの達成において日本が最も遅れているとされる「ジェンダー問題」を取りあげ、これと環境問題の関係を整理していきます。
ジェンダーとは、生物学的な特徴として区別される性別ではなく、「男だから」「女だから」と言われるように、特定の役割や行動を期待されて、社会的・文化的に構築された性別のことをいいます。
ジェンダーは固定的な性別の役割分担意識や社会的・文化的な規範によるものであり、これによって一人ひとりの自由な行動や権利の行使が阻害されることに問題があります。
「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」(SDSN)の「Sustainable Development Report」の2024年版によれば、日本のSDGs達成度は167カ国中18位で、前年より3ランク、順位を上げています。
同レポートでは、目標別に達成度を評価していますが、日本で【深刻な課題がある】(Major challenges)とされている目標は5つあり、目標5「ジェンダー平等」、目標12「つくる責任、つかう責任」、目標13「気候変動対策」、目標14「海の豊かさ」、目標15「陸の豊かさ」です。
つまり、「ジェンダー」と「環境」に関連する目標の達成度が低いということになります。
各目標の達成度は、具体的な指標で評価されています。【深刻な課題がある】とされる目標について、達成度が低い指標を抽出した結果を表1に示しました。
表1 日本で達成度が低いSDGsの指標(達成度が低い目標別)
注1) 男女の中位所得の差を男性中位所得で除した数値
注2) CO2を一定以上の価格で設定している程度
出典)「Sustainable Development Report 2024」より筆者作成
各指標が目標を代表するものなのかどうか(代表性)についての吟味が必要ですが、日本はSDGsのうち、ジェンダーと環境の分野の取り組みが遅れていることは否めないところです。本稿で注目する2つの問題が遅れていることは、この問題が関連することと無関係ではないと考えられます。
次に、日本におけるジェンダー問題の状況を詳しくみてみましょう。
ジェンダー問題の状況を国別に比較する指標には、世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数 Gender Gap Index :GGI」、国連開発計画の「ジェンダー開発指数 Gender Development Index:GDI」、「ジェンダー不平等指数 Gender Inequality Index:GII」があります。
日本のGGIは118位/146か国(2024年6月発表)、GDIは92位/193か国(2024年3月発表)、GIIは22位/193か国(2024年.3月発表)と、指標によって順位が異なることがわかります。
これらの指標は、指標を構成する項目、項目へのウエイトのかけ方によって、評価の結果が異なります。
たとえば、GGIでみると、教育(就学率や識字率等)と健康(健康寿命の男女比等)では日本の数値は世界トップクラスですが、経済(賃金の男女格差、管理職の男女比等)、政治(国会議員や閣僚の男女比等)で値が低いことがわかります。
さらに、独立行政法人国立女性教育会館が作成しているジェンダー統計から、日本の状況を詳しく見ることができます。経済、政治を中心に、主な傾向を表2に抜粋しました。
表2 日本におけるジェンダー格差の具体的状況
出典)独立行政法人国立女性教育会館のジェンダー統計より筆者作成
このように、女性と男性の不平等な状況は確かにあり、ジェンダー問題の解決が求められます。ジェンダー問題として特に重要なのが、次の4点と考えます。
ジェンダー問題と環境問題との関連として、大きく2つの側面を指摘することができます。
ひとつは女性が環境問題の被害を受けやすいという「女性の脆弱性」の側面、もうひとつは女性の環境政策への参加が不十分という「女性の参加機会の不平等」の側面です。
まず、女性のほうが環境問題の被害を受けやすい(脆弱性)が高い傾向にあることについて説明しましょう。
開発途上国における気候変動の影響についていえば、豪雨災害における死亡人数、気候変動による難民化、気候災害後の社会復帰のしづらさ、気候災害発生時の女性の人権問題(人身売買、家庭内暴力)などが報告されています。
これらの脆弱性は、男性と女性の身体的特性(女性の方が男性よりも小柄で、体力がない人が多い傾向にある)こともありますが、それよりも女性の社会経済的状況(社会的脆弱性)によるところが大きいと考えられます。女性の就学・就労率の低さ、農業従事者の多さ、財産権の制限などが、気候変動による被害をより深刻なものとしています。
2010年7月の国連総会決議により、UN Women(United Nations Entity for Gender Equality and the Empowerment of Women、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関)が設置されましたが、ここで自然災害への女性の脆弱性を示す、開発途上国の自然災害の被害データを示しています。
たとえば、1991年にバングラデシュで起きたサイクロンでは20歳から44歳の男性の死亡率は1,000人につき15人だったのに対し、女性の死亡率は1,000人につき71人であったこと、2008年にミャンマーで発生したサイクロン・ナルギスによる死亡者の61%は女性だったことを記しています。
UN Womenでは、気候変動による農業被害への女性の脆弱性について、世界的には経済的に活動している女性の4分の1が農業に従事しており、気候変動の影響による農業被害の影響を受けやすいこと、また食料が不足し、女性や少女が最初に食べる量が少なくなるリスクがあること、性別役割分担で水や食料の確保を強いられている女性はますます過酷な労働を強いられること、などを指摘しています。
このほかにも、開発途上国では、女性が自然から食料や燃料を調達する労働を分担していることが多いとされます。
気候変動によって自然生態系が影響を受けたり、森林火災が頻繁になると、食料や燃料を探すためにより長い距離を移動する必要が生じ、女性の労働負担が増える傾向がある、という指摘もあります。
また、気候変動の影響により収入源が減少した際、男性は職を求めて都市部に移住し、残された女性の労働負担が増えるという問題もあるようです。
以上のような開発途上国における問題の全体像を図1にまとめました。
開発途上国とは社会経済の状況が異なりますが、日本においても女性の単身世帯が多く、経済基盤が弱いという点で女性の脆弱性が高い傾向にあります。それゆえ、日本においても女性が気候変動の影響を受けやすいということができます。
さらに、気候災害時の避難先において女性の方がストレス環境におかれやすいという問題もあります。
図1 女性の脆弱性による気候変動の影響の連鎖(開発途上国を想定)
出典)UN Womenの資料等より筆者作成
気候変動に対する「女性の脆弱性」について、米非営利組織アドリアン・アーシト・ロックフェラー財団レジリエンス・センターが「酷暑格差」と題した報告書を公開し、「気温上昇による影響について、女性のかたが危険度が高く、損失も大きい」としています。
同報告では、特に米国、ナイジェリア、インドのデータを分析して、女性の無給労働時間が長く、気候変動は無給労働に与える影響が大きいと、いう問題を指摘しています。
無給労働は育児や基礎教育から栄養や医療まで、人間の最も基本的なニーズの多くを満たすものです。開発途上国では、家事だけでなく、家族のための水や食料、燃料の調達等も無給労働に含まれます。以下に、要点をまとめました。
無給労働が女性に不平等に割り当てられることが、女性の就労や社会参加の制約となり、生産性の低下や低賃金につながる可能性もあります。また、「時間の貧困」により、健康管理や個人の健康のために使える時間も減る可能性があります。
気候変動は無給労働に直接的な影響を与えるだけでなく、無給労働の問題を増幅させ、問題が連鎖していくという間接的な影響があります。気候変動による貧困のスパイラルは、不平等な社会的な役割を強いられている女性にとって、男性以上に深刻であることを想像する必要があるのです。
次に、環境問題における「女性の参加機会の不平等」に話題を移します。
先述のように、日本で国会議員や地方自治の首長といった政治家に女性が少ないことも問題ですが、環境政策を検討する審議会に女性の委員が少ないという問題もあります。
環境省の中央環境審議会では委員30名中女性は16名、東京都では21名中同12名等と女性比率が半分以上となっていますが、Y県では30名中8名、T都K市では12名中同2名、S県H市では10名中3名というように、女性の登用が十分とはいえない場合が多いようです。
ジェンダー問題の専門家である萩原なつ子先生は、環境ホルモンの問題がクローズアップされたときに、環境政策を検討する審議会で、環境ホルモンによる"女性化"が問題だという表現が平然と使われる状況に違和感を覚えたといいます。男性ばかりの環境政策の検討が、女性蔑視の思想に気づくことなく進められている場合があると知らされます。
一方、女性が環境問題を告発し、社会を変える動きを先導してきた歴史があります。北九州市の大気汚染問題や滋賀県の合成洗剤追放運動などが象徴的なできごとでしょう。
この北九州市の場合では、地元の工場が原因となる大気汚染の問題に男性が沈黙したのに対し,女性が公害に対して抗議をする「青空がほしい」運動を起こしました。
大規模調査,テレビやラジオを利用したキャンペーン、地方自治体や企業経営者に対する陳情が地域を動かしました。このことが公害問題を克服し、その経験を生かして国際的に貢献する、環境首都という北九州市のアイデンティティを確立するに至った起点になっています。
高度経済成長下における企業城下町においては、公害問題への積極的な反対運動が起こしにくい状況にありましたが、子どもの健康を心配した母親たちが「企業に勤める男ができないなら、女がやろう」と立ち上がったことが北九州の行政や企業を動かすことになりました。
また、滋賀県における合成洗剤追放運動では、生活雑排水による琵琶湖の富栄養化が問題になるなか、その原因となる合成洗剤を追放しようという女性の活動が県行政を動かし、企業を動かす成果を得ることになりました。
話を戻して、女性の環境政策(対策)への参加の不平等が問題となる理由としては、次の3点をあげることができます。
環境政策に参加すべきは、女性だけでなく、子どもや高齢者、障がい者等の脆弱者も同様ですが、ややもすれば男性中心・企業中心の環境政策となりがちな議論に多様性の視点を持ち込むうえで、批判的思考をもった女性の参加は不可欠であり、よい政策を作るために有効だといえるでしょう。
第66回国連女性の地位委員会が、2022年3⽉に国連本部(ニューヨーク)において開催され、「気候変動、環境及び災害リスク削減の政策・プログラムにおけるジェンダー平等とすべての女性・女児のエンパワーメントの達成」をテーマに、一般討論、閣僚級円卓会合、インタラクティブ・ ダイアローグ、合意結論の採択が行われました。
日本の男女共同参画計画においても、11ある政策分野の8番目が「防災・復興、環境問題における男女共同参画の推進」となっています。この内容は防災・復興が中心となっていますが、「気候変動問題等の自然環境や社会環境・生活環境に係る環境問題の取り組みに当たっては、男女共同参画の視点が反映されることが重要である」という一文が書かれています。
一方、環境政策におけるジェンダーへの踏み込みはどうでしょうか。第6次環境基本計画(2024年5月閣議決定)の基本的考えかたにおいて、世代間衡平性を確保する観点からの若い世代の参加促進が必要という記述と並べて、「国内外においてジェンダーに対応した気候変動政策の推進が求められていることなどから、気候変動政策を始め環境政策における女性の参画をより一層後押しする」という一文が盛り込まれています。
さらに開発途上国支援や生物多様性の再生に関する記述においても、ジェンダーの視点という言葉が書かれています。第六次「生物多様性国家戦略 2023-2030」(2023年3月閣議決定)においても、「ジェンダーや世代等により異なる多様な価値観を反映」等といった表現があります。
このように、女性福祉と環境政策のそれぞれの政策から統合の方向への踏み出しが見られます。
しかし、その統合の動きは力強いものとは言えません。循環型社会形成推進基本計画、地球温暖化対策計画においては、女性やジェンダーという言葉すら出てきません。
地方自治体の福祉と環境の計画では、国を先導する動きが期待されるところです。先述の北九州市の環境基本計画では「地域経済循環の推進と環境産業における若年者・女性・高齢者の就職促進」という記述があったり、SDGsと地域活性化の連載で取り上げた福井県鯖江市の環境基本計画では(同市の)SDGsへの取り組みで女性参画の取り組みが国際的に高い評価を得ている記述があったりしますが、十分に踏み込んだ内容になっているとは言えません。
環境とジェンダーの統合政策を主流化するような、さらに力強い計画の策定と実践が期待されます。
フェミニズムは、ジェンダーによる不平等の問題を解消し、男女に関係なく平等な社会を目指すという考えかたのことです。
ただし、フェミニズムの考えかたは時代とともに変化してきており、1つの考えかたに収束しているとはいえません。フェミズムの考えかたの分類や相違点の厳密な議論は他の書籍や論文に譲るとして、大まかに捉えると、フェミニズムの考えかたには3つのタイプがあります(表3)。
表3 フェミニズムの3つのタイプ
このうち、ジェンダー統計で指摘される問題や男女共同参画で推進されている政策は、①のタイプ(女性解放・男女平等型)の考えかたによるものといえます。
これに対して、②のタイプ(対男性中心・女性中心志向型)考えかたは、男性中心の社会における技術開発と経済成長が「自然の抑圧」をもたらし、本来的には自然と一体的にある「身体の阻害」になっているというように、男性中心の社会のありかたを批判的に捉えています。①のタイプが男性中心の社会のありかたを変えずに、女性も男性並み(並み以上)に活躍することができるようにしようという社会の改良であるのに対して、②のタイプは社会の転換を求めるものです。
さらに、③のタイプ(社会構造の転換型)のフェミニズムは、②のタイプが男性と女性を二元論で捉える傾向があることを批判します。男性と女性の特性をステレオタイプで捉え、女性の特性を重視すべきという考えかたに大きな間違いはないとしても、そのことが男性と女性の特性や役割を固定化してしまうことを危惧しています。
問題は男性中心社会にあるのではなく、男性の加害や女性の被害を規定する社会の根本にある構造や規範にあり、それを転換していく必要がある、それが③のタイプの考えかたです。つまり、①の追従(キャッチアップ)や②の二元対立と二元固定という限界や課題を超えていこうというものです。
フェミニズムの異なる考えかたのどれに立脚するのかによって、ジェンダー問題と環境問題の関係、そして両者の統合的解決の方向が変わってきます。
「エコフェミニズム」は、ジェンダー問題と環境問題は相互に関連しており、その統合的な解決を目指すという考えかたです。
エコフェミズムは、ジェンダー問題にせよ環境問題にせよ、当初は「自然を支配する特性による環境破壊、そして男性が女性を支配するという特性が男性中心社会にあり、女性の本質的な力により社会を変えていこう」という考えかた(フェミニズムの②のタイプ)として生まれました。
これに対して、フェミニズムの③のタイプの考えかたに立ち、ジェンダー問題と環境問題の根本を見直すというエコフェミニズムの具体化が期待されるところです。
またジェンダー問題の踏み込んだ議論では、ジェンダー問題と他の不平等問題の「交差性」と「等根源性(等根本性)」を扱います。
交差性とは、ジェンダー問題と人種差別、南北格差、貧困問題、地域格差等の問題が重なりあっていることを指します。開発途上国の特に貧困層の女性において、問題がさらに深刻であるというように、ジェンダー問題は他の問題と重なりあうことで一様ではありません。
そして等根源性とは、異なる分野にみえる不平等の問題の根本には共通する構造の問題があるという捉えかたです。
エコフェミニズムでは、ジェンダー問題、環境問題、さらに他の不平等の問題との交差性と根源性を捉えて、社会を変えていくビジョンを示していく必要があります。
本稿では、①SDGsの達成度の評価指標やジェンダー統計から明らかであるように、ジェンダー問題は確かにあること、②ジェンダー問題と環境問題という2つの問題は相互に関連していること、③環境問題における女性の脆弱性や環境政策への参加の不平等の問題を解消すべきこと、④女性福祉と環境政策の両面から2つの問題を解決しようする統合の動きがあることを示しました。そのうえで、⑤フェミニズムの異なる考えかたを、2つの問題の統合的解決(エコフェミズム)にも当てはめるべきだと示してきました。
最後に、2つの問題の統合的解決を目指すビジョンについて、筆者なりの3つの提案を示しておきます。
第1に、女性福祉や環境政策において、ジェンダー問題と環境問題の関係を具体的に明らかにして、その根本的な解決に踏み出す政策の推進が必要です。この意味では、現在の行政計画では言葉を記しているだけで、具体的な統合的政策の実践に至っていません。企業の活動においても同様です。
第2に、女性の無給労働からの解放や軽減を支援するとともに、無給時間の持つ社会的価値を評価し、気候変動が無給労働に与える影響を評価し、それへの適応策を具体的に検討し、推進すべきです。
無給労働の多くはケア労働でもあり、人へのケア、環境へのケアを行うもので、社会を支える基盤であり、それ自体が生活の中心となるものです。女性がケア労働を担うからというだけでなく、ケア労働の持つ社会的価値を再評価、再構築する取り組みが求められます。
第3に、ジェンダー問題は環境問題、さらには他の福祉問題と交差しており、複雑な問題であることを丁寧に解きほぐし、性別だけでは語れない多様なケースを理解し、相互理解と関係形成の基盤として、共創を生み出していく創造的対話が必要です。様々な場所で創造的対話が行われる社会を作っていくことが期待されます。
なお、本稿では、フェミニズムの新しい動き、たとえば、ポストフェミニズム、ネオリベラル・フェミニズムなどには言及しませんでした。常に進化していくフェミニズムのダイナミズムと連動させ、環境問題の解決のスタイルもしなやかに変化していきたいものです。
次回は、先住民(日本ではアイヌ民族等)と環境問題の統合をとりあげます。