2021年06月25日
左から、三菱UFJモルガン・スタンレー証券 共同キャピタル・マーケッツ・グループ長 池崎陽大さん、ニューラルCEO 戦略・金融コンサルタント 夫馬賢治さん
コロナ禍においても重要な役割を果たしている「ESG債」――。環境問題や社会問題に関連した事業に資金使途を絞って発行されるこの新たな債券は、どうしてこれほど急速に伸びているのでしょうか? その意味を理解すれば、世界がこれからどこへ向かっていくのかが見えてきます。
池崎 ESG債の流れを加速させた要因のひとつに新型コロナウイルスの感染拡大がありました。コロナによって経済面で苦境に立たされた人たちの支援が必要になったとき、ソーシャルボンド(社会貢献性を有するESG債)がカバーする部分がありました。
夫馬 コロナへの対応を見ていて、「ここまできたか!」と驚きましたよね。リーマンショックの際、日本ではコスト削減が徹底されて、すぐさまリストラを始める企業も多かったです。今回も同じようになるかと思いましたが、違った部分が出てきました。
経済活動が止まったとき、企業が自分たちの今期の利益を確保しようとするなら、いち早くリストラを進めることになります。投資家としてもリストラに賛同することが自分たちの短期的な投資リターンを確保することになるわけですが、コロナ禍にあっては非常に早いタイミングで機関投資家から真逆のメッセージがありました。
それはどういうものかというと、「雇用を守れ」、そのために「自分たちへの配当を削ってもいい」という内容だったんですね。ずっと配当がない状態が続くのは困るにしても、このタイミングでリストラを断行すれば、経済が沈んで分断が起きていく。来年、再来年、数年後を考えるなら、その選択は間違っている。そこで誤った方向へいかないように踏ん張ってほしいという声が届けられたんです。投資家がそれだけ中長期的な考え方をするようになっていたわけです。
池崎 これまでは成長オンリーという路線でしたが、サステナブル(持続可能)を投資家も重要視していることが浮き彫りになりましたよね。
パラダイムシフトといえるほど世の中の価値観が変わり、お金を出す側の人の考え方も変化した。その結果、最近は社会全体のことを考えた投資が増えてきました。
夫馬 それくらい危機的状況を迎えているということでもあるんですよね。以前だったら、自分の周りがきれいであったなら、離れたところで環境破壊が起きていても目を向けずにいた。しかし、これまではそれで通っていたとしても、地球全体として見たときにはもう耐えられなくなっている。広い視野で持続可能性を意識しなければ、持続可能な繁栄はないと感じるようになってきた。金融機関などもそれを理解しているというのは、それだけ並大抵ではない状況だということです。
池崎 ESGやSDGsの哲学が広まる以前にコロナの感染拡大があったとしたなら、大変なことになっていたと思います。リーマンショックが起こった当時、世の中全体として資本主義の成長路線一直線になっていました。
ですが、コロナの感染拡大の少し前から、「誰ひとり取り残さず、分断しないで協調していこう」という発想が生まれるようになっていました。それが幸いだったのだと思います。
だからこそ未曾有の危機の中でも落ちついた動きをとれたのではないでしょうか。「協調」という発想がなければ、企業は人員を削減したはずであり、ワクチンなども独り占めする方向になっていたと考えられます。コロナ禍で分断を進めていては、誰の命も守れないと誰もが理解したのではないでしょうか。
夫馬 変化という点では、DX(デジタルトランスフォーメーション)も挙げられますよね。これから新しい社会を迎えていく中でデジタルをいかに活用していくのか。何も対応しようとしないで放置すれば、デジタルデバイド(情報格差)は広がってしまう。そこで企業は格差を埋めるべく、未来への投資とも呼べる取り組みを進めました。
代表例としては、アメリカでは、大企業が、教育支援の一環として学校にパソコンを寄付し、低所得者向けにはデータ通信料の無償化を打ち出しました。コピー機メーカーでは、家にプリンターがない家庭のために、近所でコピーを無料で取れるようにする体制も整えた。
企業にとっては大きなコストとなりますが、長い目で見て社会が荒廃していかないようにしなければ、自分たちもつらい目に遭う。そこまで考えて必要な投資だとみなされたわけなのでしょう。数億円、数十億円という単位の損失です。覚悟がなければできないですよね。
池崎 一方で、コロナによって人とのつながりの大切さを再認識する瞬間もあります。会えないからデジタルでコミュニケーションを取るけれど、やはりリアルで会って話をする楽しさとはまた違う。今後はバランスが求められてくるのでしょうし、微妙な均衡の中で各企業は何ができるのかといったことが、これまで以上に強く問われていくのだと感じています。これは日本国内に限らず、グローバル全体に言えることだと思います。ちなみに夫馬さんは、最近のグローバルな動きで、注目していることはありますか?
夫馬 ESGの分野でアメリカとヨーロッパが突き進んでいるのは誰もが感じられていると思いますが、新興国の動きにも注目しています。特に東南アジアに関する話題はよく耳にします。
東南アジアの若者は現在、SDGsやサスティナビリティといったキーワードに非常に敏感になっています。
また、中国では積極的にESGやSDGsについて語られていない印象もありますが、やはりサスティナブルの波は押し寄せています。中国の銀行がイギリスの銀行を招いて勉強会のようなものを開いたりもしていますし、機関投資家も中国の化学メーカーやエネルギー機関とコミュニケーションを取り、「どのように脱炭素化を進めていくのか」といった話をしていたりもします。
中国も世界から孤立するわけにはいない。そのために、中国も環境問題に対して目を向け始めているわけです。
池崎 自分たちだけ、日本だけ、といった考え方は本当に通用しなくなっていますよね。共に考えていくことが重要です。
我々金融の人間は、ESG債を発行する企業を増やして、投資家にはESG債への投資を推奨しています。自分たちの事業を通じて、少しずつでも世の中を変えていきたいと思うからです。
夫馬 もしESG投資やSDGsを進めていくうえでネックになるものがあるとすれば、「変化をおそれる気持ち」ではないでしょうか。企業だけではなく、投資家も政府も、消費者もそうです。これまでと違うことを始めていくことに対するおそれや躊躇があると、せっかく明るい未来をつくっていこうとしてもブレーキになってしまう。
これからの時代は、変化を柔軟に受け止めていけるマインドセットがいちばん重要になるように思います。誰もが変化をうまく受け止めながら前に進んでいく。そうやって日々を積み重ねた先に「持続可能なビジネス」や「持続可能な社会」があるのではないでしょうか。だからまずは、自分自身が変化をおそれずに前進し続けたい。そう思っています。