2021年09月07日
二酸化炭素の排出量と吸収量をプラスマイナスゼロにする「カーボンニュートラル」。そもそも「よく耳にする温室効果ガスは、二酸化炭素とイコールなのか?」という疑問をもつ人も多いのではないでしょうか。今回はそうした疑問や具体的なアプローチ法について、解説します。
語り/夫馬賢治 構成/講談社SDGs
「温室効果ガスとは何か」と聞かれたとき、自信をもって答えられる人は意外と少ないのではないでしょうか?
地球の熱は、常に宇宙空間に放出されていきますが、ある種の化学物質が大気中に蓄積されると放出されにくくなり、大気の内側に熱をこもらせてしまいます。そこでいう化学物質が温室効果ガスであり、二酸化炭素(CO₂)、メタン(CH₄)、一酸化二窒素(N₂O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六フッ化硫黄(SF₆)、三フッ化窒素(NF₃)の7種類があると定義されています。
そのなかで二酸化炭素が占める割合がもっとも大きく、74.4%にもなります。そのため、温室効果ガスと二酸化炭素がイコールで考えられるケースが多いのです。
温室効果ガス=悪という印象がありますが、もしなくなれば、熱がすべて放出されてしまうため、地球の平均気温はマイナス18℃まで下がってしまうと考えられています。しかし現状は、大気中の温室効果ガス濃度が高すぎる状況にあり、平均気温はどんどん上昇しています。
18世紀後半から19世紀に起こった「産業革命」(一連の産業の変革と、石炭利用によるエネルギー革命)以降、世界の平均気温は1.2℃上昇しており、今後、平均気温の上昇をどれだけ抑えられるか課題となっています。
そこで、二酸化炭素の排出量と吸収量をプラスマイナスゼロにする「カーボンニュートラル」に注目が集まっているわけです。実現した場合、産業革命以前に比べて、平均気温の上昇は1.5℃に抑えられると言われています。一方で、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が2021年8月に発表した報告書によれば、温室効果ガスの排出量が増え続けていけば、平均気温は最大5.7℃上昇すると考えられています。
平均気温が上昇するほど異常気象の発生頻度が高まり、台風、ハリケーン、サイクロン、干ばつ、洪水などによる被害は甚大になります。また、平均気温の上昇を1.5℃に抑えられるか2℃の上昇になってしまうかによっても、地球におよぼす影響には大きな差が出ます。これは同時に、0.5℃の温度上昇を抑えることが決して簡単ではないことの表れとも言えるでしょう。
現在、温室効果ガスの年間排出量は、世界全体で約50Gt(Gt=ギガトンとはトンの10億倍の単位)になっています。
これだけの温室効果ガスがどこから出ているのかといえば、"いたるところから"です。2016年段階の統計で見れば、種別に分けなければ工場がもっとも多く(全体の30.4%)、他で目立つのは自動車交通の11.9%、住宅の10.9%です。
ガソリンやディーゼル燃料を燃やして動力を得る自動車からは、かなりの二酸化炭素が排出されます。なぜなら、「燃やす」には炭素と酸素をくっつける必要があるからです。
住宅が占める割合が多いのは意外なことではありません。電気やガスを使えば二酸化炭素が出ます。ただし、太陽光エネルギーを用いる「太陽光発電」や、風力でモーターを回転させて発電する「風力発電」は、発電時に何も燃やしていないので二酸化炭素は出しません。
火力発電で使う石炭や石油が枯渇していく有限資源であるのに対して、太陽光発電や風力発電は自然の力を活用していて何度でも使えることから「再生可能エネルギー」と呼ばれます。水力発電も再生可能エネルギーに分類されますが、ダムをつくる過程で生態系を破壊していることもあり、大規模な水力発電は再生可能エネルギーとみなされない場合もあります。
原子力発電も二酸化炭素は出しません。しかし、原子力発電の技術は安全なものだと考えていない人も多いので、再生可能エネルギーと呼ばれることはまずありません。再生可能エネルギーも原子力発電も、二酸化炭素を出さない点では共通しているとして、双方を合わせて「ゼロエミッション(排出ゼロ)電源」と呼ばれることはあります。ただし、再生可能エネルギーも原子力発電も、発電機そのものをつくるための工場では二酸化炭素を出していることは知っておくべきでしょう。
森林は、二酸化炭素を吸収する役割を果たしてくれますが、森林を伐採して開発を進める過程で森林火災が発生するケースが増えています。そうなれば大量の二酸化炭素が出されます。
たとえば2019年に起きたインドネシアの大規模森林火災では、広島県の面積よりも広い約85万ヘクタールの森林と土地が燃えて7億トンもの二酸化炭素が排出されました。アマゾンでも繰り返し大規模森林火災が起きており、やはり2019年には九州より広い規模の森林が失われています。国内でも年間1000件以上の山火事が起きており、これもまた、気温上昇や乾燥とも関係しています。
ちなみに畜産では、牛や羊のげっぷに大量のメタンガスが含まれており、漁業では船を動かすことで二酸化炭素を出してしまいます。
人間社会はこれだけ温室効果ガスの排出があり、平均気温の上昇と切り離しにくい状況となっています。
事実、2020年には新型コロナウイルスの感染拡大によるロックダウン、人間活動の停滞、経済活動の縮小があったことから二酸化炭素の排出量が大きく減少しました。このことから見ても、人間の日常的な活動や経済活動の影響力がどれだけ大きいかがわかるはずです。
2050年までにカーボンニュートラルを実現するオプションは3つあります。
1つ目は、現在排出している年間約50Gtの温室効果ガスをゼロにすること。
2つ目は、50Gtの排出を続けたまま、同量の50Gtを吸収して相殺すること。
3つ目は、排出をできるだけ減らしたうえで、減らせない分は吸収すること。
3つ目がもっとも現実的な方向性といえます。どうしても削減できない温室効果ガスの排出分をなんとか吸収することを「二酸化炭素炭素除法(CDR)」、「ネガティブエミッション」といいます。
具体的な方法はおおむね5つあるので、それぞれを簡単に解説しておきます。
1.植林・森林管理――森林を伐採したり森林火災が起きたりすれば、二酸化炭素が排出されるのに対して、森林を増やせば二酸化炭素を吸収できます。そこで近年、企業は植林活動の取り組みを積極的に進めています。植林だけでなく、既存の森林を育てていく森林管理も大切です。企業のSDGs活動にもつながりやすい部分です。
2.ブルーカーボン――海洋植物や海洋で生息する植物プランクトンなどが吸収する二酸化炭素を「ブルーカーボン」と呼び、近年注目されています。特に注目されているのが、沿岸浅海域に広がるマングローブ林です。近年は開発や埋め立てのために減少が目立っていたものの、保護活動も活発になってきました。
3.バイオ炭――バイオ炭とは、木材、海草、生ゴミ、紙、動物の死骸やふん尿、プランクトンなどのバイオマス(生物資源)を無酸素か低酸素の環境下で加熱、分解して得られる炭のことです。バイオ炭を燃焼させれば二酸化炭素が出てしまいますが、農地に撒くと、土壌に炭素を蓄積する効果があります。
4.直接空気回収(DAC)――人工的に大気中の二酸化炭素を吸収しようとする技術がDACです。一般的には、大型換気扇のようなもので大気を吸引し、大気中に含まれる二酸化炭素だけを化学反応で吸着して除去してしまう方法がとられています。現在、世界には15ヵ所以上の設備があります。ただし、現在はコストが高すぎるという欠点があります。
5.バイオエコノミー――バイオマスやバイオテクノロジー(生物工学)を活用した経済活動をこう呼びます。バイオマスを燃料とした発電などが代表的なものです。また植物由来の油脂を使ったバイオ繊維や、バイオプラスチックの研究も盛んです。プラスチック容器を紙容器に切り替えるのもバイオ素材化といえることであり、企業のSDGs活動の一環として積極的に取り組みが進められています。
もし私たちが一切の対策をとらずに人口増加と経済成長を続けていけば、温室効果ガスの排出量は2100年までに現在の2倍から3.5倍にまで増え、平均気温は最大5.7℃上昇する可能性もあると予測されています。
世界最大手の保険会社アクサのCEOは「気温が4℃上昇したら保険がかけられなくなるだろう」と発言しています。気温上昇によって自然災害が頻発すれば、損害保険というビジネスモデルそのものが維持することが難しいからです。それは現在の社会システムの崩壊とも言えます。
2021年9月の時点で、137もの国が2050年までのカーボンニュートラルの実現を宣言しています。ただし、それを実現したとしても2.1℃程度の気温上昇が予測されています。そのため国連や金融界、そして投資家は、各国や企業に対し、さらに高く、より早いレベルの削減目標を設定するように求めているのがカーボンニュートラルの現在地なのです。