2021年10月15日
気候関連災害による経済損失は年々大きくなっており、金融危機が起こるリスクも高まっています。投資家もこの現実を理解しているため、投資先企業に対してカーボンニュートラル(炭素中立)の実現を強く求めるようになっています。カーボンニュートラルに真摯に向き合わない企業は今後、投資や融資を受けられなくなる可能性さえ出てきているのです。
語り/夫馬賢治 構成/講談社SDGs
大災害による保険損害額は、年々増加傾向にあります。大災害は「地震/津波」、「気候関連災害」、「人災」に分けられ、このうち気候関連災害の被害額がとくに大きくなっています。気候関連災害には台風、ハリケーン、サイクロン、豪雨、豪雪、洪水、山火事、旱魃、熱波が含まれます。
2011年には東日本大震災があったため、地震/津波による保険損害額が大きくなりました。その2011年においても気候関連災害による世界的な損害額は、地震/津波による損害額を上回っていたのが事実です。ハリケーンによる被害が甚大だった2005年や2017年などは、それぞれの年の気候関連災害による損害額が東日本大震災の約2.5倍にもなっていました。
今回の記事のテーマでもある「ESG投資」という概念が生まれたのは2006年でした。環境=Environment、社会=Social、統治体制=Governanceという3要素に関する分析を重視して行う投資がESG投資です。「ESGを考慮した経営は、企業そのもののサステナビリティ(持続可能性)を担保するものになる」という考えにもとづいた投資であり、道義的な意味合いではなく利益を求める手法として確立しています。現在では、大規模な投資家ほどESG投資に傾斜しており、気候変動問題を考える観点から企業に対してカーボンニュートラルの実現を強く迫るようになっています。
2020年3月にハーバード大学では、機関投資家と呼ばれるプロの投資家を対象に実施したアンケート調査の結果を発表しています。その中で「もっとも重要なESGテーマは何か?」という問いに対しては、91%が「気候変動」と答えていました。それだけ気候変動問題は重大な関心事になっています。
世界経済フォーラムの年次総会である「ダボス会議」でも、この傾向ははっきりと確認されます。ダボス会議では毎年、グローバルリスク報告書を公表していますが、2021年版でも、今後10年間でもっとも発生確率が高いと考えられるリスクとしては、1位に「異常気象」が挙げられていました。2位が「気候アクション失敗(気候変動問題への対応の失敗)」、3位が「人間による環境災害」です。インパクト(影響力の大きさ)では、1位が「感染症の蔓延」、2位が「気候アクション失敗」となりましたが、トータルでみれば、気候アクション失敗のほうが感染症の蔓延よりもリスク認識が高くなっていたのです。
そんな中にあり、投資家は厳しい要求を突きつけるようになってきました。特に注目すべきなのが年金基金の動きです。資産運用の世界において巨大な存在が年金基金です。
世界全体で見れば、約53兆ドル(約5800兆円)の資産を運用しており、「キング」とも呼ばれています。その年金基金と保険会社、年金基金の資産を預かる運用会社が結集して、投資先企業に対して温室効果ガス排出量の削減を求める団体が複数誕生しました。なかでも注目されるのが2017年に発足した「クライメート・アクション100+(CA100+)」です。
CA100+には、2021年4月現在で575の年金基金、保険会社、運用会社が加盟しており、それぞれの運用資産を合計すると約54兆ドル(約5900兆円)にもなります。5900兆円といえば、時価総額世界最大のアップルの25社分の資産です。
ちなみに、東証一部上場企業の時価総額は700兆円をやや上回っているくらいなので、東証一部の株式すべてを取得したとしても5200兆円のお釣りがくることになります。なお、このCA100+には、920兆円の運用資産を持つ世界最大の運用会社ブラックロックや180兆円の運用資産を持つ日本の公的年金基金GPIFも加盟していますから、CA100+の発言力が大きくなるのは当然と言えるでしょう。
CA100+は、温室効果ガス排出量の多い167社に対して、株主の権限を行使して、排出量を削減するようにメッセージを出しています。具体的には、2050年までにカーボンニュートラルを実現するようにと要求しているのです。この167社の温室効果ガス排出量は、世界全体の工場からの排出量のうち80%を占めているのですから、世界が注視する状況です。なお、カーボンニュートラルが要求されているのは167社の本体だけでなく、グループ企業や取引先も含まれています。
このターゲットとされている167社には、日本企業のトヨタ、ホンダ、日産、スズキ、日立、パナソニック、東レ、ダイキン工業、日本製鉄、ENEOSも含まれています。海外の企業もGM、ボーイング、ウォルマートなど名だたるところばかりです。CA100+の代表機関は、167社の取締役やCEOに面会を求め、直接、要求事項を伝えます。そして、これらの企業が要求を拒めないほどCA100+には力があるということです。
では、CA100+の要求事項に従わなければどうなるかといえば、株主総会で問題として取り上げられて、「株主提案」として公式に改善要求が突きつけられます。場合によっては取締役を解任し、要求事項に従う取締役の選任を迫られることもあり得ます。実際にCA100+はこうした要求を行う意思を示しています。その一方で要求事項に従っている企業があげる成果についても開示しているので、要求にどう応えるかは企業にとって存続問題にもなり得るのです。
2019年には「国連責任銀行原則(PRB)」が発足しました。銀行の戦略や実務が、国連が示す持続可能な開発目標(SDGs)やパリ協定などで示されている世界共通の社会的目標に沿ったものであるかを確認するための枠組みです。
2021年4月時点で220行が加盟しており、資産総額は50兆ドル(約5500兆円)を超えています。創設メンバーに日本の銀行は入っていなかったのですが、これまでに三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループ、三井住友トラスト・ホールディングス、野村ホールディングス、滋賀銀行、九州フィナンシャルグループ、新生銀行が加盟しました。
加盟した銀行グループには、現状生み出している環境と社会に対するネガティブ、ポジティブ両面のインパクトを査定することが要求されます。そのうえで今後どうしていくかの目標設定を行い、進捗状況を開示することが義務化されています。
加盟銀行は、自分で自分を律するルールを設けることになるわけであり、それにより融資を受けている企業も影響を受けます。銀行は、融資先企業が環境や社会に対してマイナスのインパクトを生み出していないか、融資した資金がプラスのインパクトを生み出す方向で使われているかをチェックするようになるからです。
銀行は収益をあげるために融資しているので、企業に対しては、プラスのインパクトを起こしながらしっかりと利益を生み出す経営を求めます。つまり、上場企業だけでなく非上場企業も、環境と社会への影響を考えながら利益を生む経営をしていかなければ、今後、銀行の融資を受けられなくなるのです。
環境と社会に対するインパクトを考慮した融資商品も開発されています。融資で調達した資金の使途が特定の環境目的に限定される「グリーンボンド」はその一種で、最近ではニュースになることも多く、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
今後はこのようなタイプが融資商品の主流になっていくことは間違いありません。環境や社会に配慮した「ESG投資」が世界標準となっていく流れを鑑みれば、カーボンニュートラル(社会や環境)を無視し、持続可能な企業であり続けることは、難しいと言わざるを得ません。変化する常識に合わせて、企業もまた変化していくことを迫られているのが企業の現在地と言えるでしょう。