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ガマンしないとお金がもらえない社会からの脱却を──「働き方改革」のプロフェッショナル・箕浦龍一さんに聞く、SDGsと仕事

2021年11月22日

働くことは、生きること。そう感じられるほど、私たちにとって「仕事」は人生において重要な位置付けにあります。近年では、新型コロナウイルスの影響もあり、働き方にも多様性が生まれ、その価値観も変化し始めています。そこで「ニューノーマル時代の働き方〜SDGsと仕事〜」をテーマに、元総務省官僚であり、「働き方改革」のプロフェッショナルである箕浦龍一さんに、コロナ前後、そしてこれからの「働き方」をお聞きしました。

箕浦龍一(みのうら・りゅういち)さん
元総務省官僚。公務部門ワークスタイル改革研究会 研究主幹/一般財団法人 地域活性化センター シニアフェロー(人材開発、働き方改革、ワーケーションなど)/一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 理事/一般社団法人 日本スポーツ・ヘルスケア・デザイン推進機構 理事/一般社団法人 日本ワーケーション協会 特別顧問

働き方への意識が高まった「休暇予定表」

──まず、なぜ『働き方改革』に取り組むようになったのか、そのきっかけから教えてください。

箕浦 私は今年の春まで総務省に在籍していたこともあってか、よく「霞ヶ関の人間は夜遅くまで働いているから、『働き方改革』を意識するようになったのか」と聞かれますが、そうではありません。

私が自分の働き方を考えたのは、入省して最初の年にどうやって夏休みを取ろうかと考えたことが、きっかけだったように思います。

当時は、各自が個別に上司に打診して休みを申請するスタイルでした。しかし、このやり方だと新入社員は遠慮してなかなか「休みたい」と言い出せません。そこで私は、同じ課のメンバーの休暇予定表を作成。全員にまわして、それぞれに休暇希望日を記入してもらう方法を考えたところ、これがうまくいった。

この経験を経て、私は自然と「働きやすい環境づくりや働き方は、当事者が意識しなければいけない」と考えるようになりました。

その後、人事や組織の業務管理を預かる「上司」という立場になるにつれて、ハードワークは官民問わず日本全体の問題で、多くの企業が普遍的に悩む問題だということに気がつきました。そして、さまざまな形で「働き方」に関わるなかで、自分が取り組むべき課題だという認識を強めていきました。

「コロナで働き方改革が進んだ」は大きな誤解

──新型コロナウイルスの感染拡大によって、私たちの働き方、そして仕事への意識も変化しました。コロナが<働き方>に与えた影響について、どのようにお考えですか?

箕浦 多くの人が「コロナで働き方改革が進んだ」と思っていますが、これは大きな誤解です。むしろ「働き方改革」とは真逆のことが起きていると私は見ています。

たとえば、子どもが小さい、集中できる場所がないなど、自宅で仕事をすることが難しい人にとって、「自宅で仕事をしなさい」と働く場所を決められてしまうことは「働き方改革」(柔軟な働き方)とはいえません。

一方で、コロナは働き方そのものに大きな影響を与えました。

テレワークはその最たる例です。コロナ以前にテレワークを導入していた企業は全体の約2割以下でしたが、コロナのパンデミックによって企業のリモートワーク導入率はぐんとあがりました。

いま、どの企業も当たり前のように使用しているオンライン会議システムは、コロナ用に開発されたテクノロジーではありません。もとからある技術を使って、こんなことができるよね、ということが実現できた。つまりコロナの最大の功績は、「働き方改革が行われやすい環境が整った」という部分にあると私は考えています。

──柔軟な働き方が実現しやすい環境は、SDGs推進にも効果があると思われますか?

箕浦 そもそも無理をしたり、自分が望まない生き方をしたりするというのは持続可能ではないわけです。そういう意味では、毎日満員電車に乗って会社に通勤する働き方は、決して「持続可能な働き方」とはいえませんでした。

今後、「移動の制約」がなくなり、働く場所の自由度が高まっていけば、交通機関の混雑が平準化され、エネルギー問題改善にもつながるし、SDGsの推進に大きなインパクトを与えることができます。

働き方のなかでのSDGsというのは、心地よさやWell-being(幸福)が高まるなかで結果的にもたらされると理解すればよいと思います。

たとえば、出勤したいという社員に対しては出社日を設ける、外回り営業の多い社員に対しては営業先から直帰できる働き方を用意するなど、誰にとっても居心地がよく働きやすい環境を整えることが、結果としてSDGs推進につながるのではないでしょうか。

残業を減らすことが「働き方改革」ではない

──「働き方改革」によって従業員の幸福度を高めるために、企業側やCEOが意識しなければいけないことは何だと思われますか?

箕浦 まずは、「働き方改革」は残業時間を減らすことではないと正しく理解することです。

「働き方改革」のいちばんの課題は、社員が幸せに、生きがいをもっていきいきと働ける環境をつくることです。

いきいきとやりがいと誇りをもって社員が働くことができれば、たとえ100の力しかもっていない社員でも200の力を発揮できるかもしれません。つまり、自社の貴重なリソースである人材が、フルに力を発揮できるような職場環境や働き方が実現できる組織になっているかということを、経営者はまず考えるべきです。

もうひとつ大事なのは、テレワークです。テレワーク=在宅ワークと思っている人が多くいますが、それは間違いです。テレワークは、場所や時間の制約がなくいつでもどこでも働ける形態のことです。

「コロナがおさまったら、また元に戻す」と考えている経営者も多くいると聞きますが、いまは新幹線の車内やカフェ、高速道路のサービスエリアや道の駅など、どこでも仕事ができる時代です。

従業員のパフォーマンスをあげるためにも、「会社か自宅か」の2択ではなく、経営者は真のテレワーク推進に全力で取り組むことが重要です。

ちなみに、「ワークライフバランス」という言葉がありますが、私は「ワーク」と「ライフ」は切り離して考えるものではなく、「ライフ」のなかの重要な一要素が「ワーク」だと思っています。

ですから「ワークかライフか」を選ぶのではなく、誰もが自分の仕事を通じて、活き活きと輝くことができれば、自ずとライフも豊かになる。柔軟な働き方はそのために必要なものだと考えています。

──一方で、テレワークは従業員の管理がしづらいという話も聞きます。

箕浦 多くの企業の方から同様のご質問をいただきますが、そもそもテレワークでサボる社員は、出社していてもサボると思いますよ(笑)。

つまり、在宅で管理できないと思っている管理職は、これまでも社員が毎日会社に出勤しているかどうかを管理していただけに過ぎず、部下がどういう仕事を与えられてどこまでできているかというのを管理できていなかったと考えるべきです。

これは、マネジメントの質の問題ともいえます。コロナによってテレワークが広がったことにより、人にフォーカスしていた日本のマネジメントが、成果にフォーカスした評価・マネジメントに変わっていくことを期待しています。

チームコミュニケーションのスキルも、これまで多くの組織が十分にできていなかった部分です。テレワークで疎外感や孤独を感じる社員が増えた場合は、チームの一体性をどうやってキープしていくかを考え、メンバー同士のコミュニケーションもスキルアップしていかなくてはいけないと思います。

日本の未来を変える「ワーケーション」

──箕浦さんは早くから「ワーケーション(ワーク+バケーション)」に関わってきた有識者のひとりでもあります。ワーケーションを含めた「働き方改革」は、地方にどのような変革をもたらすと思われますか?

箕浦 働く場所の制約がなくなったのは、「産業革命」並みの大きな変革だと思います。産業革命によって労働者たちが工場で働くようになり、職住近接という概念が生まれ、日本でも大都市に人口が集中し、地方は人口流出や高齢化に悩まされてきました。

しかし、リモートの時代を迎え、これからの時代は、好きな場所を仕事場にできる。これは地方にとっては大きなチャンスです。今後ワーケーションが当たり前になってくると、旅をしながら仕事をする人も増えてくるでしょう。いままでは平日は人がいなかった地方都市や観光地においても、交流人口が増え、経済も地域も活性化していくと期待しています。

──ワーケーションの現状と可能性について、箕浦さんのお考えをお聞かせください。

箕浦 私は、個人的にもワーケーションが好きです。ワーケーションには、仕事と旅の形を大きく変える大きな可能性があるように思います。

いままで出張に行ったら、出張先の仕事しかできなかった人が出張先で資料を作成して現地の得意先を営業まわりしたり、法事の合間に本社のオンライン会議に参加したり、旅先でのライフスタイルやワークスタイルが変わり始めていますし、環境も徐々に整いつつあります。

ただ、さらなるワーケーション促進のためには、社会全体のデジタルシフトも必要です。人々の暮らし方や生き方、時間の過ごし方がこれだけ変化したいま、その変化に応じてサービスの提供もブラッシュアップしていく必要があります。

そこで私がいま力を入れているのが、地域の滞在をコーディネートしてくれる「ワーキングコンシェルジュ」の育成です。現在、男女約30人が全国各地で「ワーキングコンシェルジュ」として、地域と、その地域で働きたい人や企業とをつなぐ活動をしています。

働き方の多様性が尊重されていない現状が生む問題点

──箕浦さんの思う「仕事(もしくは働く)」とは、何かをお聞かせください。

箕浦 これまで、日本のサラリーマンはガマンしてお金をもらうという意識が強くありました。しかし冷静になって考えれば、「ガマンしないとお金がもらえない」という理屈は"変"ですよね。

いまの日本は、自分の意志で副業、兼業、パラレルキャリアをしている人にも「週に40時間以上働いてはダメ」と規制するなど、働き方の多様性が尊重されていないと感じます。

このままいくと、自立して考えて行動できるワーカーと、組織に管理されて課題を与えられて正解のある場で勝負したい人たちに二極化してしまうでしょう。そうならないためには、「働くことの意義を考え、自分で楽しいことを求めて生きていった方がいいよね」という考え方がより広まるとよいのではないかと考えています。

──一気にDX(デジタルトランスフォーメーション)が進むなかで訪れた「ニューノーマル時代」。新しい時代であるはずなのに、暗いニュースも多い現状をどう感じていますか?

箕浦 コロナ禍の現在を、「最悪の状況」と形容することもできるでしょう。しかし視点を変えれば、これ以上悪くなりようがないともいえます。そう捉えると、ここからはよくなる一方なわけですから、どんな未来がやってくるのか、ワクワクしませんか?

これから世の中全体も、働き方も、きっといい方向に変わっていく。私はそう信じています。

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